第四十五話 真紅の薔薇(後編)
「……悪いんですが、お断りします」
俺の返事に三人の騎士達は、俺を睨んだ。
「貴様! 聞こえなかったのか? これは王妃陛下の命令だぞ!!」
「ふざけやがって!」
「さっさとついて来い!!」
俺は何も答えずに、ゆっくりと厩舎の入口から外に出る。
どうにも今は手加減など出来そうにない気分だ。
「「「なっ! 何処に行く!」」」
三人の騎士達が俺の後を追って来る。
それを横目で見ると、俺は振り返った。
「俺は詫びるべきことはもう謝りましたからね。ここからは、心置きなくやらせてもらいますよ」
俺の肩の上でバロが笑っている。
三人の騎士達の周囲はすでに、俺の使い魔たちが取り囲んでいた。
「おい、こいつらこのまま帰れると思ってるらしいぜ?」
「馬鹿な奴らだぜ、エルリットをここまで怒らせるなんてよ!」
「すげえ魔力だ!! まるで魔王様だぜ!」
「ヒャッホー! こいつら消し炭にしてやろうぜ!!」
「「「行くぜ!!!」」」
小人姿のバロ達は、俺の魔力に混ざり合って火トカゲの姿に変わっていく。
真紅に輝く俺の使い魔達は、薔薇の騎士団の連中の周りをグルグルと回りながら、その頬に舌なめずりをした。
普段より魔力が荒ぶっているのが分かる。
まるで渦を巻くように湧き上がる魔力が、その場の空気を震わせていた。
「なっ!!」
「何だ! この魔力は!?」
「嘘だ! 有りえない! こんな力!!」
ギルバートさんが唸りを上げる魔力の渦を見て声を上げる。
「こ、これは! マシャリア様!!」
マシャリアが静かに頷く。
「ああ、これがエルリットの本当の魔力だ。私と戦った時でさえこいつは無意識に力を抑えていたからな。無論私もあれが全力では無いが、あのミレティが本気のエルリットと戦ってみたいと言っていた。こんなクズどもが喧嘩を売っていい相手ではない」
三人の騎士達は剣を構えたが、バロ達が笑いながらカギ爪でそれを抑えていく。
「く、くそ!!」
「「ならば、喰らえ!!」」
魔法を放とうともしたが、俺と使い魔達から放たれる膨大な魔力が、奴らの魔法陣を打ち砕いていく。
「「「な!!!」」」
こいつらも士官学校ではそこそこ優秀だったんだろうが、ミレティ先生やマシャリアの愛弟子であるヨハンやラセアルとは比較にならない。
フユの体に火炎魔法を放った騎士が叫んだ。
「こ、こんな真似をしてただですむと思ってるのか!! 俺を誰だと思ってるんだ! 俺の父上は、王妃陛下の側近であるバリウス上級伯爵だぞ!!」
公爵夫人のエリザベスさんの前でここまでやったんだからな予想はついたが、どうやらこいつは高位の貴族の息子らしい。
王族ではないにしても、王妃から目をかけられて王族と肩を並べる程の権力を持った大貴族の息子なのだろう。
俺はそいつを見つめながら言った。
「なるほど、先に教えて頂いて助かります。なら一片の骨も残らないように、念入りに焼き尽くすしかないですね。証拠が一切残らないようにな」
「お! お前何を!!」
火トカゲ達は俺の言葉に大きく口を開く。
バロが低い声で笑いながら言った。
「安心しろよエルリット。灰も残しゃあしないぜ! 魔王様なら、こんな奴ら一瞬で消し去ってるからな」
「「「ひぃいいい!!」」」
そいつが腰から提げた剣をごくんと飲み干ながら溶かしていくバロを見て、三人は完全に腰を抜かした。
俺はそいつらを冷酷な目で見おろした。
「悪いな。俺は目の前で自分の家族を火だるまにされて、笑っていられるほど人間が出来ていないんでね」
その言葉に、俺を追いかけてきていたエリーゼの手からフユがぴょんと俺の肩の上に乗る。
「フユ~、フユちゃんエルリットの家族ですか?」
「ああ、俺の使い魔になるんだろ?」
泣きべそをかいていたフユの顔に笑顔が戻る。
フユは大きく頭の花を開かせて俺の首に抱き着いた。
「フユちゃん、エルリットの家族です! お姉ちゃんです!!」
「おい! どう考えてもお前は妹だろ」
どうやら、エリーゼの口癖がフユにもうつったようだ。
(まあいいか)
「安心しろ一瞬で終わる」
ギルバートさんが慌てたように俺を止める。
「エルリットくん、やめろ! 本気じゃないよな?」
マシャリアと白狼は、青ざめる三人の騎士を見て氷のように冷たく言い放った。
「エルリット、やるなら証拠は残すな。後が面倒だ」
「ふふ、ですわね。ギルバートには悪いですけど、こんなクズどもに生きる価値などありません」
「どうせローゼが聞いたら許しませんわ。死ぬのが早いか遅いかだけですもの」
「「「それにエルリットがやらないなら、私たちがこの牙で屠ります」」」
白狼達にとっても、フユは大事な娘のようなものなのだろう。
おそらく俺がバロを喚び出していなければ、とっくにその牙はこいつらにめり込んでいたかもしれない。
「だそうだ、諦めろ。俺に殺された方が楽だぞ」
俺はゆっくりと古代魔法の詠唱を始める。
「我命ず、燃え盛る炎の王の眷属よ。その深淵なる炎の力にて、我に仇なす者達を炎滅せよ……」
真紅の輝きを増していく俺の使い魔たちを見て三人の若い騎士は仲間割れを始めた。
「や! やめてくれ!! 悪いのはロエス様だ! 殺すならロエス様だけにしてくれ!!」
「そ、そうだ!! 俺達は何も見なかったことにする!! 約束する! 約束するから!!」
見なかったことにするとか、仲間に対して酷い言い草である。
ロエスと呼ばれたバリウス上級伯爵の息子がそれを聞いて気色ばむ。
「お前達!! ふざけるな! お前達だってこいつが気に入らないって言ってただろうが!! ひぃいい!!」
バロがペロリとロエスの頬を舐める。
「ゆ、許してくれ! 何でもする!! 金が欲しいなら幾らでもやる!! だから命だけは!!」
「どう思うフユ? 俺はこんなくそ野郎どもは消し去った方が、世の為になると思うんだけどな」
この手の連中は普段から王妃や親の地位を利用して、散々悪さをしているに違いないからな。
フユは俺の言葉にぴょこんと地面に飛び降りると、ロエスの前に立った。
「フユ~」
「ふ、フユ! いやフユ様! 俺が悪かった! 悪かったですから! 許して下さい!!」
どうやらフユは焼き殺していい相手から、フユ様に格上げされたようだ。
フユはロエスを見上げて言った。
「いじめないですか? フユちゃんをもういじめないですか?」
ロエスは恐ろしい速さで、首を上下に動かす。
「は! はい!! いじめません、フユ様!!」
「「俺達もいじめませんフユ様! ですから! ですから、どうかエルリット様に!!」」
三人の言葉を聞いてフユは俺を振り返る。
「フユ~、泣いてるです。フユちゃん許してあげるです!」
フユのその顔を見て俺は肩をすくめた。
そしてフユの頭を撫でる。
「お前がそう言うなら仕方ないな。フユに感謝しろよお前ら。でもな二度目は無いぞ、俺の大事な人達に手を出すなら、俺は誰が相手だろうが容赦するつもりは一切ない。これはその為の刻印だ」
俺は三人の首筋に指で術式を描いていく。
「今後フユや俺に逆らおうと考たりすれば、お前たちの体は燃え尽きる。誓いを忘れるなよ!」
「「「はっ! はい!! ありがとうございますフユ様! エルリット様!!」」」
俺はそう言って土下座をする三人の前に立つ。
ギルバートさんが、俺にそっと耳打ちをした。
「エルリット君、本気で殺す気だったんですか?」
俺は溜め息をつきながら頭を掻いた。
そしてギルバードさんに囁く。
「さあどうでしょうかね。正直、本気で燃やしてやろうとは思いましたけど。さっきのあいつらに描いた術式は俺達に逆らったら死なない程度体温を上昇させるだけです、あれだけ脅せばそれでも効果は十分でしょうからね」
マシャリアがふっと笑う。
「奴らにはいい灸になっただろう。このような真似は二度とはすまい」
気が付くとミレースが近くで俺達の姿を熱心にスケッチしている。
そして、うっとりしたように俺に言った。
「いいです! とてもいいです! エルリット君!! 悪を許さぬ正義の炎、まるで小さなロイエールス伯爵ですわ!! でも、あ……あの少しぐらい燃やしてから許してあげたほうが、迫力がある絵が描けたんですけど」
(少しぐらい燃やしてからって、あんた)
意外とこのウサ耳少女はドエスのようだ。
エリーゼは笑顔に戻ったフユを見て、俺の手を握った。
エリザベスさんはこれが脅しだと分かっていたのだろう、にっこりと俺に微笑んでいる。
その時、辺りに女の笑い声が響いた。
俺達は思わずその声の方向を見る。
「ほほほ、待っておるのが惜しくて来てみれば、その力、やはりガレスの孫じゃな」
まるで水晶のように澄んだその声の響きは、声の主の美しさを証明してるかのようだ。
王宮の方角からこちらにやってくる女のシルエットは、妖艶である。
そのそばには数名の侍女が付き従っている。
エリザベスさんが清楚な白薔薇だとしたら、目の前からやってくる女は艶やかな赤い薔薇だ。
(おい、この人もしかして……)
若くしてファルルアンの国王に嫁ぎ皇太子を生んだと聞いたが、もう四十は越えているはずだ。
年齢を経て衰える美ではなく、より輝きを増す美をまとっているその女は俺の前まで歩み寄ると、嫣然と微笑んだ。
これは寵愛をめぐって若い男達の間にも争いが起きる訳である。
薔薇の園にいるような香りが辺りに漂う。
「エルリット・ロイエールスよ。苦しゅうない、わらわの高貴なる手に忠誠を誓う口づけを許そうぞ」
女は匂い立つような妖艶な仕草で、俺に白い手を差し出す。
整った鼻梁と、高慢だが美しい微笑み湛えた瞳。
そう、今俺の目の前に立っている真紅の薔薇のごとき美女こそが、この国の第一王妃ディアナシア・ファルルアンだった。
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