第四十三話 会合への誘い
マシャリアは、ギルバートさんに目配せをしてエリーゼとミレースを少し離れた場所に連れていく。
もちろん、フユもエリーゼと一緒だ。
どうやらここからは、あまり大っぴらに皆に聞かせて良い話ではなさそうだ。
「陛下からお前とラセアルの試合の話を聞いて、興味を持たれたお方がおられてな。お前とロイジェル・スハロエルの試合を、ぜひ王宮でご覧になりたいと仰られている。ただ、王宮での試合ともなれば明日という訳にはいかぬのでな。3日後、陛下の御前での試合をすることになったのだ。今頃、ミレティの元にも使いが行っている頃だろう」
「ちょっと待ってくださいよ。なったのだって、そんなこと勝手に決められても。士官学校のランキング戦ですよ? 王宮でやるようなものじゃないと思いますけど?」
そもそも一体誰だ?
そんなことを簡単に決められる人間なんて限られているだろう。
エリザベスさんがマシャリアを見つめると言った。
「マシャリア。もしかして、ディアナシア王妃陛下ですか?」
エリザベスさんの言葉に美しいエルフは頷くと。
「流石だなエリザベス。その通りだ」
ディアナシア王妃とは国王の第一王妃で、今隣国のランザスに外交に行っている皇太子アイオス殿下の母親である。
元々はランザスの王女で、非常に気位が高い人物だとは聞いている。
俺はふと疑問に思ったことを、マシャリアに聞いてみた。
「そういえば、王妃陛下は今日も国王陛下と一緒には来られませんでしたよね? この間のエリーゼの士官学校入学を祝う宴にもいませんでしたし」
マシャリアは肩をすくめると言った。
「表向きは、体調が優れぬということになっている。だが本当は気に入らぬのだ、血がつながらぬエルーク王子にタイアスの後継者としての声が上がっていることが。それで、アイオス王子が戻られるまでは、公務の殆ど拒否されるおつもりなのだろう」
そう言えばエリザベスさんが、そんな話をリルルアとしていたな。
エルークがアイオス王子を差し置いて、四大勇者に名を連ねることを良く思ってないとか。
でも、そんな人が何で俺の試合が見たいんだ?
「あの、だったら尚更どうして俺の試合を見学なんてしたいんですか? 話を聞く限り、王妃様が俺の試合になんて興味があるとは思えないですけど」
マシャリアが、ふうと溜め息をついて言った。
「分からないか? エルリット。お前は四大勇者の一人、ガレス・ロイエールスの孫だ。そして今日、国王陛下が興味を持たれるほどの戦いぶりをした」
エリザベスさんが俺の肩に手を置いて続ける。
「政治ですわね、マシャリア」
エリザベスさんの言葉にマシャリアは頷いた。
(ああ、そういうことか)
俺にもようやく合点がいった。
マシャリアが続ける。
「お前を自分達、いいやはっきり言えばアイオス殿下側につけたいのだろう。四大勇者の一人であるガレスの孫、そして四大勇者の継承者候補の一人として、国王陛下がその力をお認めになられたのを知って囲い込みたいのだ。ひいては、この国の英雄の一人であるガレスのことをな」
「俺は興味ないですよそんなこと、面倒なことは嫌ですからね。大体、そんな話をじい様にしたら俺が殺されます」
マシャリアは俺の言葉に頷いた。
「お前がそんなことに興味がないのは分かっている。何しろお前は昔のガレスにそっくりだ、政治には向かない。だが気を付けろ、ディアナシア様は社交界や政治の世界では百戦錬磨だ。隣国のランザスとのパイプも太い、油断をすれば利用され足元をすくわれかねない」
聞くからにヤバそうな相手だ。
王位継承争いなんてものに首を突っ込んだら、ろくなことにはならないのは俺にだって分かる。
それこそ場合によっては、命を狙われかねないだろう。
こちらとしては、面倒な相手はエルーク王子だけで十分である。
俺がどんよりしていると、エリザベスさんがギュッと俺の頭を抱きしめた。
相変わらず柔らかくていい匂いがする。
「心配しなくても大丈夫よ、エルリットくんは私が守ります。マシャリア、貴方も協力してくれるわね?」
「ああ、無論だエリザベス。エルリットは私の大事な弟子でもあるのだからな」
そう言ってマシャリアも俺の頭を撫でた。
女神級の美女二人になでなでされるのは、やはりいいものである。
思わず俺がにやけていると、こちらにトコトコ向かってくるキュイの頭の上に乗ったフユが、俺を見上げていた。
「フユ~、エルリット今すごくだらしない顔してたです! フユちゃん、見たです!!」
「は……ははは。こらフユ! 大人の話に首を突っ込むなよな、向こうに行きなさい」
フユは大きく胸を張って言った。
「エルリットも子供です! 生意気です!」
ああ、言われてみると確かにそうだな。
どうやら、フユにもお兄ちゃんと呼ばれる日は来なさそうだ。
そんなことを考えていると、厩舎の扉がゆっくりと開いた。
(これは……)
そこに立っていたのは、騎士姿の男達だった。
だがどこかマシャリアやギルバートさんの部下達とは違ういでたちである。
マシャリアが俺に小さく囁いた。
「噂をすれば影だな。あれはディアナシア王妃陛下直属の騎士達だ」
どうやら、気乗りがしない会合への誘いのようである。
こちらに歩いてくる騎士達を見ながら、俺はふうと溜め息をついた。
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