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第四十二話 ファルルアンの秘宝

「ミレース、お前が挿絵で知っている剣はこれだろう?」


 マシャリアは腰に提げた剣をスラリと抜くと、ミレースに見せる。

 女神のような美貌の女エルフが使うのに相応しい美しい剣だ。

 銀色に輝く刃、そしてその表面はマシャリアの魔力が伝導して、青く凍り付くような輝きを見せている。

 俺はマシャリアに剣の稽古を受けているので見たことはあるが、細かい部分まで注意して見るのは初めてだ。


(へえ、改めて見ると凄い綺麗な剣だな)


 柄には美しい文様が細工が刻まれており、そこには魔力を剣に伝える術式も描かれていた。

 そして青く美しい宝玉がはめ込まれている。

 ミレースのウサ耳がピコンと立つ。

 そして感激したようにそれを見つめる。


「そうです! レティアース様と言えば、みんなその剣を思い浮かべますわ! 魔氷剣グラキディウス!!」


 相変わらずこの世界のネーミングセンスは厨二病だが、この剣を持つマシャリアを見ると絵になりすぎてその名もしっくりとくる。

 魔力で淡く輝く剣を携えたその姿は、まさに氷の女神と言っても過言ではないだろう。

 エリーゼもキュイとその頭に乗ったフユを抱いて、俺の側でマシャリアが持つ剣を眺めていた。


「綺麗な剣ですねフユちゃん!」


 エリーゼの言葉にフユも頷いて偉そうに胸を張る。


「フユちゃん知ってます! いつもマシャリアが使ってる剣です。フユ~、マシャリアの魔力を感じるです」


「キュイ!」


 キュイも珍しいのか、大きな目を見開いてそれを見ている。

 マシャリアの魔力は水系の精霊花のフユにとっては気持ちがいいものなのだろう、剣から迸る魔力に手を伸ばして嬉しそうにはしゃいでいる。

 物語のワンシーンでも思い浮かべたのだろうか、ミレースもうっとりとしていた。


「素敵ですわ、魔氷剣グラキディウスを持つレティアース様と、その肩を抱いて立たれるロイエールス伯爵様! そして、その手には炎槍イグニハースが! 魔王を倒した後の挿絵のお二人の凛々しい姿。とても素敵で、何度も読み返しましたわ!!」


 魔王を倒したシーンであれば、恐らく四大勇者揃って挿絵に描かれていたのだろうが、ミレースの視界にはマシャリアとじい様のその姿しか映らないのだろう。

 恐るべきはファン心理である。

 にしても俺の使い魔を絡めとったじい様のあの槍は、炎槍イグニハースとかいう大層な名前があったんだな。

 一方でミレースの言葉にマシャリアの頬が赤く染まった。


「そ、そうだな。ガレスの奴、あの時、わ、私の肩を抱いて……我等は共に勝利を祝ったのだ」


(ああ……この人、今完全に妄想モードに入ってるな。ジジイもジジイだ、そんな真似をするからドンドンややこしいことになるんだろうが)


 確かに魔王を倒して寄り添うマシャリアと若き日のジジイの姿は、誰が見てもさまになるだろう。

 だが放っておくと小一時間ほどは妄想から戻ってきそうもないので、俺は軽く咳ばらいをしてそう言った。


「えっとですね、マシャリアさん。とりあえずじい様のことは脇に置いておきましょうか」


「そ、そうか? うむ」


 少し名残惜しそうにマシャリアも咳ばらいをすると、華麗な仕草で腰の鞘にその剣をおさめる。

 俺はマシャリアに尋ねた。


「魔氷剣とか名前を聞いただけで凄そうな剣ですけど、その剣で魔王を倒したんじゃないんですか?」


 マシャリアは俺の疑問に答える。


「名は同じだが、違う剣だな」


マシャリア答えに俺は首を傾げる。


「どういうことですそれは?」


 俺の質問にマシャリアは頷くと言った。


「あの戦いで砕けたのはタイアスの杖だけではない。私の剣もガレスの槍も折れこそはしなかったが、ボロボロになっていた。国一番の鍛冶屋でさえ、鍛え直すのが不可能なほどにな」


(ああ、そういうことか)


 鍛冶屋が鍛え直すことさえ不可能な状況なら、方法は一つしかない。


「つまり、その剣やじい様の槍は名前は同じでも魔王と戦った時の物とは別物なんですね? 戦いの後に作らせた物だと」


 マシャリアは頷いた。


「そういうことだ。私とガレスは役目を終えた二つの武器を溶かし、再び鍛えなおして今の剣と槍を作らせた。名は同じだが、見た目や強度は改良も加えたので少し変わっている。宮廷絵師が描いたのは新しい武器を持った我らの姿だ。無論タイアスの杖も戦いの後作られた物になる」


 その宮廷絵師が描いた四大勇者の絵画が元になって、様々な物語の挿絵が描かれたのだろう。

 マシャリアはミレースが描いた絵を見ながら言う。


「第一、タイアスが使った地竜の杖タイタニウスだけは、国中のどの職人も作り直すことが出来なかったのだ」


 ギルバートさんがマシャリアさんの言葉に頷く。


「タイタニウスはファルルアンの秘宝と呼ばれる程の魔道具ですから。天才と呼ばれたリルルアさんの父君でさえ直すことが不可能だったそうです」


「リルルアさんのお父さんも魔道具師だったんですね」


 俺の言葉にマシャリアが頷いた。


「ああ、もう亡くなられたがな。かつての職人ギルドの長、バルデン・ファリエス殿。大陸でも有数の魔道具師だった」


 昔を思い出すようにマシャリアが続ける。


「時が経つにつれ魔王の恐怖を忘れ、国の秘宝を破壊したことについて王宮の一部ではタイアスを責める愚か者達が出てきた。だが陛下は魔王を倒したタイアスを称えはしたが、決して責めることはなかった」


 まさに喉元を過ぎれば熱さを忘れるである。

 酷い奴らもいるもんだ。

 ウサ耳少女が憧れの人物が語る裏話に熱心に聞き入っている。


「そうだったんですね、知りませんでした私」


 ミレースの言葉にギルバートさんは笑顔で言った。


「陛下が望まれたそうですよ、タイタニウスの件は大ごとにはするなと。民の命を守るために砕けたのであれば、それこそが秘宝の価値であったのであろうと。元々秘宝と呼ばれるだけはあって、その存在を知るものは限られていたそうですからね」


(かっけえな、あのじいさん)


 俺にはエリーゼの前でキュイキュイと言っている姿しか思い浮かばないが、士官学校にやって来た時も大人気だったからな。

 かつては自ら戦場に立ち偉大な王と呼ばれていたらしいがそれも頷ける。

 マシャリアはギルバートさんの言葉を聞くと言った。


「その陛下のお心に応える為に、タイアスは地竜の杖の修復の為に力を尽くしたのだ。バルデン殿が亡くなった後は、その娘のリルルアと共にな」


(そういえばリルルアさんが言ってたな、自分たちと縁が深いお方だとか)


 それでリルルアとも家族ぐるみの付き合いをしていたのだろう。

 リルルアさんの娘のリルカの魔法の師をするほどの付き合いだからな。

 それで色々合点がいったが、まだ分からないことがある。


「つまりもしこの杖が本当にタイタニウスだとしたら、成功したわけですよね地竜の杖の修復に。天才って呼ばれている二人の職人でも出来なかったことを一体誰が?」


 マシャリアは首を横に振った。


「分からないなそれは。まずはこの絵に描かれた人物を探すことだ。これがタイアスであればその辺りのことも全て明らかになるだろう」


「そうですね、俺も何か分かったらマシャリアさんかギルバートさんにすぐ報告するようにしますよ」


 俺の言葉に二人は頷く。

 それにしても、腑に落ちないことばかりだ。

 ミレースの絵に描かれた人物がタイアスさんだとしたら、何の為に姿を消したんだ?

 もしタイタニウスの修復の為なら、同じ四大勇者のマシャリアやミレティ校長に相談して出かけるのが普通だろう。


(そもそも、今さらと言えば今さらの話だよな)


 秘宝である地竜の杖が壊れたのはもう何十年も前の話だ。

 それに国王も許している訳だからな。

 今さら事情を隠してまで修復する理由が分からない。

 どうしても今地竜の杖が必要な訳でもあるのだろうか?

 それとも何か他に目的があって……。


「どうしたんですか? エルリット」


 俺が考え込んでいるのを見て、エリーゼが可愛らしい顔で俺の顔をのぞき込んでいる。

 その姿を見て、俺はあのオッドアイの王子の顔が頭に浮かんだ。

 本来、こんなことはマシャリアやギルバートさんに任せればいいと思うのだが、タイアスさんのことを考えるとあのエルーク王子のことが頭をよぎる。


 タイアスさんはエルーク王子の家庭教師をしているときに姿を消したっていう話だからな。

 今のところエリーゼの事件で一番怪しいのはあいつだ。

 もしタイアスさんの失踪にもあいつが絡んでいるとしたら。

 そんな考えが顔に出てたらしい。


 今のところ何も分かってないのに、エリーゼを不安にさせても仕方ないな。

 何か分かればマシャリア達も教えてくれるだろう。


「ああ、何でもないよエリーゼ。エリザベスさん、今日はそろそろ帰りましょうか、日も落ちますし」


「そうねエルリット君。明日もエルリット君の試合はありますもの、ふふ美味しい夕食を用意しなくてはね」


 そう言って微笑むエリザベスさんの言葉を聞いてマシャリアが言った。


「そういえば、エリザベス達にはまだ伝えてなかったな。エルリット、お前の明日の試合は無くなったぞ」


「どういうことですか? マシャリアさん」


 俺は美しいエルフの騎士にそう尋ねた。

皆様、新年明けましておめでとうございます。

年末年始のドタバタで更新が遅れてしまいまして申し訳ありません。

少し時間に余裕が出来ましたので、明日か明後日にはもう一話更新するつもりです。

今年もぜひよろしくお願い致します。

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