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第二十九話 決着

 闘舞台に轟音が鳴り響く少し前の事である。


 俺は自分の周りに魔法陣を作り出した、その数は合計24。

 ラセアルの魔撃を迎撃する為のものだ。

 俺を取り囲むラセアルの魔法陣が銀色に輝き、鋭い氷の槍のような魔撃を放った瞬間、俺の魔法陣も発動した。

 ヨハンの魔撃を撃ち落したのと、同じ方法である。

 俺の考えを察しだのだろう、美しいエルフの少年の唇が動く。


「調子に乗るなよ! ヨハンの魔撃を撃ち落すぐらい、僕にだって出来る。お前が考えている事なんて、お見通しだ!」


 ぶつかり合うかと思われた魔撃が、寸前で空中を交差する。

 ラセアルの放った氷の槍は、俺の魔撃をかわして地面に向かって行った。


(ちっ! そう簡単にはいかないか、流石に)


 俺は自分が放った魔撃を、空中で爆破する。

 観客席のテラスに直撃でもしたら事である。

 放っておいても、ミレティ校長が撃ち落すだろうがな。


 一方でラセアルが作り出した24の魔法陣から放たれた氷の槍は、まるで生き物のように地面に突き刺さっていく。

 闘舞台に響いた轟音は、その槍の先が舞台の敷石を貫き地中に潜っていく時に生じた、破砕音である。


(これは、まるで……)


 ラセアルが作り出した魔法陣から吐き出されるのは、槍では無かった。

 それは槍よりもはるかに長く、地面をそして一部は地中を成長しながら這っていく。


(薔薇のツルか?)


 俺を取り囲むように作り出された魔法陣から生み出されたのは、魔撃ではなく植物である。

 ラセアルは静かに俺を見つめる。


「降参するなら、今が最後だ! ここから先は命の保証はしない」


 どうやら向こうは、俺をぶっ殺す気でいるらしい。

 ミレティ人形があるにしても、相手は四貴公子と呼ばれるような奴だ、万能とは限らないだろう。

 舞台が、太い薔薇のツルから放たれる冷気で満ちていくのが分かる。


(こいつは精霊花だな、ラセアルの使い魔か)


 精霊花とは、植物の精霊の一種である。

 俺がじい様の書斎の本で学んだ精霊召喚術の中にも書かれてたからな、植物の精霊たちに関する事は。

 ラセアルが召喚したのは、氷の薔薇の精霊花だ。

 それにしても、サイズがでかすぎる。

 闘舞台上全てに、すでにそのツルを這わせている。


 まるでここが、氷で出来た美しいツル薔薇の園庭に変わったかのような光景である。

 静かに首をもたげる氷の薔薇のつぼみが美しい。


 ビュンッ!!


 鋭い風切り音が、俺の頬をかすめる。

 棘のついた鞭の様なツルが、脅しをかけるように俺の頬を浅く切り裂いた。


「返事が無いところを見ると、死んでも後悔はしないらしいな!」


「エルリット!!」


 俺の頬に血がにじんでいるのを見て、エリーゼがまたテラスに身を乗り出している。

 今日は側にマシャリアがいるので、すぐにエリーゼとキュイを抱いて安全な場所まで戻した。


「キュキュ! キュキュキュ!!」


 心配そうなエリーゼを見て、キュイも鳴き声を上げている。

 一応、風魔法でいつでもフォローできるようには準備はしていたんだがな。

 俺の右手が風魔法を放ったのを見て、ラセアルの目が鋭くなる。


「そんな暇があるのか? 自分の心配をしろ」


 ラセアルが俺を睨みつけている。

 無数の薔薇のツルが、まるで毒蛇の様に鎌首をもたげて俺を狙っている。

 その鞭の様な攻撃をまともに喰らえば、人間の体など簡単に両断されるだろう。

 既に闘舞台全体に張り巡らされたそのツルは、まるで死を宣告された咎人を閉じ込める氷の牢獄である。


(なるほどな『氷の薔薇のレクイエム』とはよく言ったもんだぜ)



 闘舞台上の冷気は、ますます増していく。

 ラセアルが俺を静かに睨んでいる。

 その魔力が溶け合うように精霊花に流れていくのを、俺は感じた。


「マシャリア様の一番の弟子は、僕だ! お前なんかじゃないことを、証明してやる!!」


 鎌首をもたげていた無数の薔薇の鞭がしなって、俺に向かって打ち付けられた。

 その瞬間、物凄い轟音が再び鳴り響く。


 ドゴォオオオ!!


 叩きつけられた闘舞台の敷石は、凍り付き砕かれている。


「「「きゃぁああああ!!」」」


 女子生徒たちが、それを見て悲鳴を上げる。

 瓦礫が舞い散る闘舞台の上を、生徒たちは見つめている。

 凍り付いた石畳は砕け、細かい氷塵となってもうもうと視界を遮っていく。


「……おい、死んだんじゃないか」


「まさか……あの新入生、跡形もなく粉々になったとか無いよな?」



『お、おいアルサ! あの少年死んだんじゃないか? これからオリマカの実は、誰に頼めばいいんだ!!』


『貴方! こんな時に一体何の心配してるんですか! ああ、エルリット君!!』


 二匹の白竜も、その光景を見て心配そうに舞台を眺めている。

 エリーゼとエリザベスさんの声が聞こえる。


「エルリット! エルリット!!」


「エルリット君!!」


 飛び散った瓦礫の粉塵が晴れていく。

 俺は少しよろめきながら、闘舞台の上でラセアルと対峙をしていた。

 額から血が流れる。

 エリーゼがキュイをギュッと抱きしめて叫ぶ。


「エルリットです!」


「キュキュィイイ!!」


(くそが、ラセアルより強い奴が後3人も居るのが分かってる以上、出来るだけ手の内は見せたくなかったが……そうも言ってられねえぜ)


 氷の薔薇の鞭は、相変わらず四方八方から攻撃を仕掛ている。

 それを全てはじき返しているのは、俺の7匹の使い魔たちだ。

 もう少し出すのが遅かったら、正直危なかった。

 流石に四貴公子と呼ばれる連中の一人だけはある。


「やっふぅうういい!! エリーゼちゃん見てる? 俺のカッコいいとこ見ててくれよ!」


 もちろんバロである。

 相変わらず騒がしい連中だ。


「ヒャッホォオオ!!」


「へへへ、暴れてやるぜ!」


「ん? 気を付けろよ。この精霊花、普通じゃないぜ!」


「ああ、こいつはよく育てられてるぜ。この冷気、上級精霊クラスだぜ! 油断するなよ!」


「どいつが相手だろうが、関係ないぜ。俺たちを誰だと思ってんだよ!!」


「そうだぜ!」


「「「「「「「俺は~火炎の王の息子~」」」」」」」


 魔王級の俺の魔力を十分に吸って、使い魔たちは赤く輝いている。

 ラセアルの使い魔と俺の使い魔。

 俺の目の前で、氷の鞭と炎の鞭が強烈な音を立ててぶつかり合っている。

 俺はさらに強い魔力を込めていく。

 生徒たちは、強烈に輝く俺の使い魔を見て声を上げた。


「おい! あれって!?」


「俺、本で見たことあるぜ、炎の王の眷属。あれって、確か火の上級精霊のはずだよな!」


「嘘だろ……」


「大体、一体いつ喚び出したの!? 詠唱も魔法陣も見えなかったわよ!!」


「ミレティ先生以外に、そんな事が出来る人間がいるなんて」


 ラセアルの目が大きく見開かれている。


「嘘だ……そんな事が出来るはずがない。お前なんかに、そんな真似が!!」


 俺が込める魔力が増えるにつれて、徐々に俺の使い魔たちが氷の薔薇のツルが繰り出す攻撃を圧倒していく。

 ラセアルの体から、一気に魔力が溢れ出るのを感じた。

 その瞬間、ラセアルの使い魔の氷の薔薇の攻撃が盛り返していく。


「おい、死ぬぞあんた。もうやめとけ」


 幾らエルフでも、魔力の量で勝負して俺に勝てる奴はいないだろう。


「黙れ、お前になんか何が分かる! 四大勇者の孫として生まれたお前に、一体何が分かるんだ!!」


 確かに、こいつはずっとマシャリアの側で努力をし続けてきたに違いない。

 普通じゃないからな、マシャリアの力は。

 そんな相手に一番の弟子だと認めさせたのは、並大抵の努力じゃなかっただろう。

 血が滲むような努力をしたはずだ。


「くっ! うぉおおおおおおおおおお!!!」


 ラセアルが魔力を絞り出すように声を上げる。

 まるで、その叫びに呼応するかのように、激しく氷の鞭が俺たちに襲い掛かった。

 物凄い冷気をまとった鞭が、俺の頬をかすめる。


「エルリット早くこいつを倒せ! すげえ魔力だ!!」


 俺は一気にラセアルの懐に飛び込んだ。

 ありったけの魔力を、使い魔たちに注ぐ。

 物凄い音がして、無数の薔薇の鞭を使い魔たちが弾き飛ばす。

 ラセアルが腰の剣を抜いた。

 俺は心底驚愕した。


(こいつ! まだこんな事が出来るのか!!)


 エルフの魔剣士は、俺の使い魔の攻撃を生身で何度も払いのけた。

 マシャリアの弟子だけあって、その剣技は見事である。

 自分の使い魔に魔力を吸い尽くされて、失神寸前の青白い顔が俺を睨みつけていた。


「僕はお前になんか負けていられない。いつか、ガレス・ロイエールスを倒すんだ……先生をあんなに悲しませた男を、僕は絶対に許さない……」



 ゆっくりとラセアルが俺に向かって来る。

 ふらつきながら、ラセアルは目の前の空間を切り裂く。


 何度も、何度も。


 まるで、そこに俺がいるかのように。


(馬鹿だぜ、ラセアル。あんたは馬鹿だ)


 バロたちが攻撃の手を止めた。


「エルリット、こいつはもう……」


 バロの言葉に俺は頷いた。

 ミレティ先生が、ゆっくり俺たちに歩み寄り宣言をする。


「エルリット、勝負ありましたね。もうラセアルは気を失っています」


 俺は静かに首を横に振った。

 そして、目の前の男を見つめる。


「先生、終わってねえよ。まだ終わってねえ……なあ、ラセアル先輩」


 俺はゆっくりと剣を抜いた。

 ラセアルの見事な剣さばきは、もう影をひそめている。

 今はもう、この俺でさえ見切る事が出来るラセアルの剣を、俺は自分の剣で受け止めた。

 目の前の氷の魔剣士に、俺が出来る最大の敬意をこめて。


「強かったぜ、あんたは。氷の魔剣士マシャリアの一番弟子に、誰よりも相応しい程にな」


 ゆっくりと崩れ落ちるラセアルを見て、ミレティ校長はこの試合の終わりを告げた。

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