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第二十話 闘いの舞台

 さて次の日の朝、俺は士官学校に登校して昨日教わった特別選抜クラスのある場所に向かって廊下を歩いていた。

 時折、刺すような視線を感じるのは、ミレティ校長の情報伝達能力の高さを証明するものなのだろうか。

 あの後、可愛らしい顔をして色んな所で井戸端会議を繰り返すミレティ校長の姿が目に浮かぶようだ。

 朝から高等部の校舎をうろつく新入生なんて、俺しかいないから一目瞭然である。


「あいつだぜ、新しく高等部の特別選抜クラスに入ることになった奴」


「嘘だろ、どう見ても初等部の生徒じゃないかよ」


「ああ、新入学生らしい。しかもあの公爵家のエリーゼ様の婚約者だってよ」


「くそっ! 生意気そうな顔しやがって!」


 男子生徒たちからは、清々しい程に嫌われているようだ。

 こんな時はどんな顔をして歩いていても生意気と言われるものだ、諦めの境地である。

 俺は一番奥の教室の扉を開ける。

 特別選抜クラスの生徒がいる部屋である。


 ドアを開けると、クラスの中には5人の生徒が座っている。

 開いている席も合わせると10人ぐらいか。


(少ないな、生徒は10人しかいないのか)


 どうやら、このクラスは少数精鋭のようである。

 まあ、あのミレティ校長の言っていることが理解できるのは、士官学校でも限られた数の生徒だろう。

 いま席に座っているのは4人が男子生徒、1人が女子生徒である。

 年齢は皆14か15歳ぐらいか、高等部の学生だろう。


 自分の席はすぐに分かった。

 おそらく、ミレティ先生が書いたのだろう。

 机の上におかれた名札のような小さな白い板に『エルリット』と書かれており、ウインクしている可愛い少女の人形がストラップのようについている。

 デフォルメされて可愛く作られたその人形は、大きな帽子と杖を持って緑色の髪をしている。

 ミレティ校長の作ったものだろう、彼女の魔力がこもっているのを感じる。


(何だこれは? 何か意味があるのかこの人形は)


 ミレティ校長の趣味なのか意味があるのかは分からないが、とりあえず俺は席に座った。

 すると、紅一点の女子生徒が俺に話しかけてきた。

 栗色の髪でショートカット、小麦色に肌が焼けた運動が得意そうなボーイッシュな女の子だ。

 興味津々と言った顔で俺に話かけてくる。


「ねえ、君がエルリット君だよね。どういうこと? 初等部の生徒で、しかも新入生がこのクラスに来るなんて聞いたことないよ」


 すると近くにいたブロンドの少年が、不機嫌な顔をして言った。


「決まってるだろリーナ。公爵様の力だよ、エリーゼ様の婚約者らしいから箔を付けたいんだろ。このクラスに無理やり入れたんだ」


 いかにも優等生と言った顔立ちのその少年は、俺を睨みつける。

 その目は正義の怒りに燃えている。


「汚い奴だな、子供だからって僕は許さないぞ!」


(俺から見れば、お前も十分子供だけどな)


 俺は少しイラッとした、俺のことはいいとしてもラティウス公爵のことを悪く言うのは許せない。

 残りの三人の男子生徒も、このブロンドの少年に同意するように俺を睨んでいる。


「ふ~ん、そんな感じには見えないけどね」


 リーナと呼ばれた女の子は、そう言って自分の席に戻った。

 暫くすると授業開始のチャイムが鳴る。


(変だな、まだ5人しかいないぞ。残りの生徒は来ないのか?)


 それとも最初から空き席なのだろうか?

 そんなことを考えていると、入口の扉が開いてミレティ校長が入ってくる。

 そして、俺を見るとにっこりと笑って言った。


「ふふふ、来ましたねエルリット。みんなに色々教えてあげて下さいね」


 ミレティ校長のその言葉に、一瞬クラスの生徒たちは意味が分からずに静まり返った。

 そして、意味が分かるとざわめいた。

 すぐに先ほどのブロンドの少年が立ち上がる。


「どういう意味ですか、ミレティ先生! こんな奴に僕達が教わることなんて何もありません!」


 校長は首を傾げて言った。


「何をそんなに怒っているんですかヨハン?」


 ヨハンと呼ばれた少年が抗議する。


「当たり前じゃないですか! 公爵様の力でこのクラスに入ったような奴に、何で僕たちが!」


「うふふ、黙りなさいヨハン」


 その瞬間、全員が静まり返った。

 ミレティ先生の顔はにこやかだが、目が全く笑っていない。

 まるで教室の空気の流れが止まったかのような感覚に冷や汗をかく。

 目の前の可愛らしい少女姿の魔法使いがどれほどの力を持っているのかを、その体から湧き出るオーラで俺は感じた。

 これは、まじでやばい相手だ。


「公爵はそんな方ではありません。それに、させると思うんですか? このわたくしがそんな下らない理由で生徒をこのクラスに入れるとでも?」


 静まり返る教室の中で、ミレティ校長は静かに言った。


「戦ってみれば分かります。貴方に勝てますかヨハン? エルリットは強いですよ」


 ミレティのその言葉に、ヨハンは顔を真っ赤にして立ち上がった。

 そして俺を睨みつけて叫ぶ。


「分かりましたミレティ先生! 僕にだって貴族としての意地があります!! そこまでおっしゃるのなら、今すぐこいつと戦わせて下さい!!」


 それを聞いてミレティは微笑んだ。

 俺はその可愛らしい顔を見つめながら思った。


(最初から計算通りかよ、本気で戦わせる為のな。この人の見た目の可愛さに騙されたらやばいな)


「最初からそのつもりですヨハン。さあ行きましょう闘舞台へ」


(ん? 何だ闘舞台って)


 一体どんな所か分からずキョトンとしている俺にミレティは、先ほどの人形付きの名札を持って付いてくるように言った。

 高等部の建物から裏口を通じて外に出る。


(これは……)


 そこは士官学校の初等部、中等部、高等部の3つの校舎でコの字型囲まれた、その中央にある石畳で出来た広い舞台だった。

 どの校舎からも、はっきり見ることが出来る闘技場のようなものである。

 全ての教室の舞台側にはテラスが作られており、闘技場が良く見えるようになっている。

 まるで、オペラの舞台と客席の様である。


 おそらく実技を見学しやすいように、わざとこういうつくりにしているのだろう。

 授業中なのだろうが、生徒たちは一斉にテラスに乗り出してこちらを見ている。

 その中には教師もいた。


「おい、特別選抜クラスのランキング戦だぜ」


「朝っぱらからかよ、楽しみだな」


「あいつだぜ、あの小さい奴。新入生でミレティ先生のクラスに入ったとか言う奴」


「嘘だろ、あんなガキがランキング戦とかボコボコにされるだけだろ」


 中等部や高等部の校舎から、ざわざわと生徒たちの声が聞こえる。

 どうやら特別選抜クラスの試合というのは、授業に優先するほどのイベントらしい。


 四大勇者の一人『風の魔女ミレティ』の弟子たちの戦い。

 言ってみれば、生きた教科書みたいなものだろうからな。

 ミレティ校長に言われて、俺とヨハンは舞台の上にあがった。


 特別に豪華なつくりの外観をもつテラス付きの教室から、俺に手を振っている人影が見える。

 闘舞台から距離が結構近く、王族の教室は特等席のようになっている。


「エルリットです! エルリット!!」


 エリーゼだ、俺の姿を見てこちらに大声を出して一生懸命手を振っている。

 側には王族の生徒たちがいる。


 それにしても、やっぱりエリーゼは目立つ。

 一瞬、生徒たちは静まり返って天使のような公爵令嬢を見つめた。

 それから俺に視線が集まり、さざ波のように男子生徒たちの怨嗟の声が広がっていく。


「やっぱり噂は本当だったのよ! エリーゼ様の婚約者だって」


「嘘だろ、俺張り切ってたのに士官学校に入学されたら。エリーゼ様の婚約者に立候補しようって」


「馬鹿かよ、そんなのみんな思ってるよ。国王陛下のお気に入りだぞ、結婚したら出世は望み次第だからな」


「出世なんてどうでもいいよ。歴代ミス士官学校、グランドクイーンのエリザベス様の娘だぞ、見ろよ天使みたいだ」


 どうやらエリザベスさんは、元ミス士官学校の有名人らしい。


(グランドクイーンとか良く分からんが、とにかく凄そうだな。こりゃあ公爵が尻に敷かれてるわけだ)


 色んな意味で、俺への視線は鋭さを増していく。

 エリーゼはそんなことは気にならないようで、目を輝かせてこちらを見ている。


「エルリットが一番になったら、エリーゼが奥さんです! ずっと一緒です!!」


 大きな声でにっこりと笑いながら、そう言ってまた手を振っている。

 どうやら、エリーゼの中では婚約と結婚がごっちゃになっているようだ。

 中等部と高等部の校舎から、怒号が渦巻いた。


「ふざけんなくそぉおおお!! ヨハン先輩! そいつをぶっ飛ばしてくれ!!」


「エリーゼ様はそいつに騙されてるんだ! この悪魔め!!」


「俺なんて来年卒業なのに一度も彼女出来たことねえよ!」


「「「「「頼む! ぶっ殺してくれ!!」」」」」


(おいおい、ぶっ殺してくれとか言いすぎだろ……)


 アウェイ感が半端ない。

 声援を受けるヨハンは結構有名人のようだ。


(特別選抜クラスの人間だからな、新入生以外は知らない奴はいないか)


 ミレティ先生が舞台の上の俺とヨハンに言った。


「うふふ、じゃあ始めますわよ。思いっきりやっても、いざという時はその人形が守ってくれますから安心して下さい」


(なるほどな、この人形はその為の物か)

 

 ヨハンは俺を睨みつけて言った。


「お前みたいに卑怯な奴は僕は許さない! すぐに終わらせてやる!!」


 俺は肩をすくめた、こいつはまだ公爵が俺をこのクラスに押し込んだと信じているらしい。


「ゴタクはいいからさっさとかかってこい。本気でな」


 俺のその言葉にヨハンの魔力が爆発した瞬間、俺の両手から炎が舞い散った。

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