第百四十五話 一時の団欒
シャルロットに促されてリスティは部屋に入る。
夫のアレンは少し席を外しているそうだが、すぐに戻ってくるとシャルロットは言う。
そんな中、メイドのミュアは少しもじもじして、シャルロットに申し出た。
「あ、あの……奥様、もしお許しくださるのなら私も」
リスティがエルリットの知り合いだと聞いて、都でのエルリットの様子が知りたいのだろう。
上目遣いにシャルロットを見つめる。
それを見て、シャルロットは微笑む。
「ふふ、もちろんいいわ。ミュア、貴方もエルリットの近況が気になるのね。貴方は、あの子が小さなころから面倒を見てくれてるんだもの。家族同然だわ」
「は! はい!! ありがとうございます奥様! それじゃあお茶とお茶菓子をご用意しますね!」
そう言うとミュアは張り切った様子で一度部屋を後にした。
「もうミュアったら」
そんな様子を見てリスティは目を輝かせた。
「お優しいんですね、シャルロット様は。た、例えば、将来エルリット君にお嫁さんが来ても、絶対いびったりしないタイプですよね!」
「え? ど、どうしたのリスティさん」
ガルオンがふぅとため息を吐きながらたしなめる。
「おい、リスティよ。初めからグイグイいきすぎじゃ。全く、顔に似合わずそんなところは昔から変わっておらんのだからな。だから、いまだに番長などと言われ……ぐお!」
リスティはコホンと咳ばらいをして、ガルオンの足をギュッと踏む。
そしてシャルロットにニッコリと笑った
「し、失礼しました」
シャルロットはくすくすと笑いながら答える。
「面白い人ねリスティさんて。それに可愛いペットですわね。使い魔ですの?」
「いいえ、でも似たようなものですからお気になさらずに」
リスティの言葉にガルオンの喉元を撫でるシャルロット。
ガルオンはグルルと機嫌よく喉を鳴らす。
(やりおる。流石はあの小僧の母親じゃな。聖獣のこのわしをペット扱いとは)
余程気持ちいのか、すっかりと身をゆだねている。
少し天然なリスティにシャルロットっもすっかり気を許したのか、打ち解けたように話し始めた。
「でも、あの子が大きくなって好きな人を家に連れてきたら仲良くしたいわね。最初は私も苦労したのよ。私はこの国の人間じゃなかったので、いくらうちの人が五男坊だからといっても、由緒あるロイエールス家には相応しくないってみんなに思われてたから」
「そうだったんですか。大変だったんですね、でも今はとてもそうは見えないわ」
ガレスのシャルロットへの配慮があったからこそ、こんな事態の中でもエルリットの近況を伝えることが許されたのだろう。
嫁として大切にされている証拠だ。
シャルロットは思い出し笑いをしながらリスティに答えた。
「お義父様は、私が嫁いだ時も決して酷い言葉をかけたりなどなさる方ではなかったし、ロイエールス家の当主として私に敬意を払ってくれていたわ。でもね、やっぱりどこかで私のことを認められなかった部分があったと思うの」
そう言うと、シャルロットはエルリットへの書きかけの手紙が乗っている机の傍まで歩くと微笑んだ。
そしてリスティに言う。
「本当に私のことを家族の一員として迎えてくれたのは、もしかするとエルリットが旅立つ少し前のことかもしれない。お義父様に逆らったエルリットを見て、思わず私のことを他国から来た嫁だと口にしたお義父様に、あの子ったら言ったのよね。母親を侮辱されて謝るような奴が、一体誰を守れるんだって。その後、大乱闘になっちゃって。義父様は愛する者を守る為に命を懸けることも出来ないようでは、どんな技も技術も意味がない、エルリットを良く育てたと、お前は立派なロイエールス家の嫁だって仰って下さったの」
「聞きました。エルリット君らしいですよね。いつもはとぼけた顔してるくせに。あ! いけない……ごめんなさい」
リスティの言葉にシャルロットは楽し気に笑った。
「ほんとに変わった子よね。でもね、私にとっては命より大事な息子なの。それをあの子に伝えたくて。変よね、近くにいる時は叱ってばっかりだったのに。離れたらなんだかとても寂しくて。リスティさん、エルリットに伝えて頂戴、私もアレンも貴方のことを誰よりも大切に思ってるって」
「シャルロット様……」
思わずウルウルっとするリスティ。
シャルロットは静かに自分のお腹をさする。
「もちろんこの子もね」
「お腹にお子さんがいらっしゃるんでしたね」
リスティの問いにシャルロットは頷いた。
「ええ! エルリットったらおかしいのよ。妹が欲しい妹が欲しいって、ほんの小さな頃からずっとそればっかり。でもこればっかりは天からの授かりものだもの」
そんな話をしていると、お茶とお茶菓子を持ったミュアと一緒にアレンが帰ってくる。
主人にも関わらずお茶菓子の乗ったお盆を持っているアレンにリスティはクスリと笑った。
そしてシャルロッテに囁く。
「優しいご主人ですね」
「ええ、それが取りえなの」
二人は顔を見合わせて笑った。
アレンが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「何でもないわ貴方。それよりリスティさんよ。都のエルリットの様子を伝えに来て下さったの」
「ああ、ミュアから聞いた。わざわざすまないね、リスティさん」
その言葉にリスティはまた直立不動になって返事をする。
「いいえ、とんでもないお父様!」
獣人の美女のその様子にアレンは戸惑ったように笑う。
「は、はは……軍人さんか何かかな? 礼儀正しい方だなシャルロット」
シャルロットは頷く。
「ええ。ふふ、面白い人なの。私は好きよ」
「ほ、本当ですか! シャルロット様、いいえお母様!」
「え? お母様って……ちょ、ちょっと近いわよ、リスティさん」
ガルオンはそれを見てふぅとため息をついた。
「だから、グイグイいきすぎだとあれほど」
そんな中、マイペースでお茶とお茶菓子を机に並べるミュアの姿。
「旦那様、奥様、リスティさん、お茶の準備が出来ました。さあ、こちらに」
シャルロットとリスティは頷くと、席についた。
アレンもミュアも一緒だ。
もちろん都が緊急時であるといった機密事項になるようなことを話すことは出来なかったが、リスティは都でのエルリットの近況を伝える。
色々あって公爵家で世話になっていることを知って、目を丸くしながらそれを聞くシャルロットたち。
「公爵家って大丈夫なのか? エルリットの奴」
心配するアレンにリスティは笑いながら答える。
「心配いりませんよ。すっかり馴染んでますから」
「ふふ、坊ちゃまらしい」
「ほんとねミュア!」
ミュアとシャルロットは顔を見合わせて笑った。
都に戻る旅路にでるまでの僅かの間だったが、リスティは一時の団欒を味わったのだった。
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