第百三十九話 包囲網
「ハヅキさんじゃないですか。どうしたんですこんなところに?」
「ああ、父上からの使いでな。マシャリア様とお前に会いに来た」
部屋の外に立っていたのは、朱色の眼帯をした和風美人だ。
ハヅキ・エレルーシャ。
言わずと知れた冒険者ギルドのSランカーの一人である。
「父上? ああ、そうかハヅキさんの父親って例の王影騎士団の団長でしたっけ」
エレルーシャ子爵、国王派で凄腕の武人らしいがまだ会ったことは無い。
娘のこの人が腕前を考えれば相当な使い手に違いない。
「まあな。今回の一件は正式に冒険者ギルドにも依頼が入った、今はギルドも王影騎士団と共に動いている。そうだな、ギルド長」
ハヅキはそう言って後ろを振り返る。
そこには一組の男女が立っていた。
「なんだ、アウェインさんとミレースさんじゃないですか。二人までどうしたんです?」
冒険者ギルドのマスターであるアウェインと、ギルドのウサ耳受付嬢ミレースがそこに立っている。
「よう、エルリット。ミレティ先生から聞いたぞ、四大勇者代行になったんだってな」
「代行って言うか、まあそんなところですね」
ミレースが目を輝かせている。
「ああ、欠番だった四大勇者の一人にエルリット君が! マシャリア様とダブルロイエールス男子! ふふ、最高ですわ!」
「はは、ダブルロイエールス男子ってあんた」
じじいは男子って歳じゃないだろ。
……そもそも何が最高なんだ。
ミレースは少し目を血走らせて、いつものスケッチブックに猛烈な勢いで何かを描いている。
この人、四大勇者フェチだからな。
どうやら何かを妄想しているようだ。
「ああ、美しきエルフの魔剣士をめぐって争うガレス様とエルリット君! マシャリア様の愛を勝ち取るために戦うのが、二人の定め!!」
「……いや、変な妄想をするのはやめてもらえますかね?」
どうして俺がじい様とマシャリアの愛を勝ち取るために戦わなきゃいけないんだ。
俺の言葉が耳に入らないのか、ミレースはマシャリアを奪い合う俺とじい様の絵を完成させる。
槍を構えたじい様が中々のド迫力だ。
「出来ました! 近年稀に見る自信作です!!」
「フユ~、強そうです!」
「エルリットのおじい様ですか?」
「まぁああああ! 素敵!!」
エリザベスさんのテンションがおかしくなっている。
フユとエリーゼが興味津々と言った様子でその絵を眺めている。
俺は天を仰ぐと尋ねた。
「ミレースさん何しにきたんですか?」
一緒にきたアウェインもドン引きである。
マシャリアがそれを見て軽く咳ばらいをすると、その絵を取り上げた。
「こ、こほん。エルリットの言うとおりだ。何をしにきたのだ? 下らぬ絵を描きにきたのではあるまい」
「マシャリア様、酷いですぅ! これを表紙に三人の本を……」
「はは、やめてくれますかねミレースさん」
どんな本を書くつもりなんだ。
……それにおい。
マシャリア、あんた今スケッチブックからその絵だけ破ってしまっただろ。
俺はマシャリアがそれを丁寧に折りたたんで、例のレシピ本に挟んでしまいこむのをしっかりと見た。
「フユ~、しまったです」
フユにも見られてるぞ。
「こ、これは私が預かっておく。それでお前たち一体何をしに来たのだ?」
さらっと話を変えようとするマシャリアを俺はジト目で眺めながら、ミレースに尋ねた。
「そうですよ。王影騎士団の件があるからハヅキさんは分かりますけど、どうして二人まで?」
俺の問いにアウェインが代わりに答えた。
「ああ、状況が状況だからな。さっきも言ったように今俺たちは王影騎士団と共に動いている。王宮の一室を借りてそこを、ギルドの緊急の支部として使ってな」
「へえ、ギルドの緊急の支部ですか!」
「一々ギルドハウスで状況を確認していたら対応出来ないからな。ハヅキと数名の腕利きが参加している。ミレースはそのサポートだ。これでもうちで一番優秀なサポート要員だからな」
アウェインの言葉にミレースが頬を膨らます。
「一応ってどういう意味ですか、ギルド長!」
まあ、アウェインの気持ちは分からなくもない。
仕事は出来るが、こと四大勇者のことになると目の色が変わるからな。
ミレースは不満そうに腰に手を当てると可憐なウサ耳を左右に揺らしながら、ギルド側の動きを俺達に報告する。
冒険者たちの似顔絵を描いて、名前と配置された場所を俺に説明してくれた。
「あくまでも私たちは王影騎士団のサポートですけどね。エルリット君には伝えておいた方がいいと思って。いざという時に、味方同士が争ってしまっては意味がないですから」
「ですね、ありがとうございますミレースさん」
マシャリアは彼らの顔も見知っているかもしれないが、俺は知らないからな。
こういう時はミレースの絵の才能は役に立つ。
王宮全体の地図と配置された場所のマーク。
そして、そのそれぞれの人員の似顔絵。
俺はそれを懐にしまった。
ハヅキが俺に言う。
「これだけ周りを固めていれば、王妃陛下側もむやみに動けまい。後はガレス様を待って、万全の警備態勢で御前試合に臨むつもりだと父上は言っていた」
「俺たちと王影騎士団、それにギルドとギルバートさんたち正規の騎士団もいますからね」
マシャリアも頷く。
「ああ。後はエルリット、御前試合でのお前の活躍次第だな」
「簡単に言ってくれますね」
エルークは、四貴公子の中に闇の器となるための作られたホムンクルスがいると言ってた。
それが恐らくミロルミオであるということも。
「黒の堕天使、ファルルアンを滅ぼす為の究極の戦士か」
最強モードのマシャリアを倒した技が通じないとも思えないが、万が一がある。
じい様が来たら少しばかり手合わせのしてもらうか。
何しろ、かつて魔王と呼ばれた存在を倒した男だからな。
「たく、面倒なことになったもんだな」
俺はそう呟きながら窓の外を眺めていた。
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