第百三十七話 マシャリアとの約束
「かつて魔王と呼ばれた男。ジークリフィトが、ですよ」
マシャリアは、初めは俺が言っている意味が分からないといった表情でこちらを眺めていた。
その後、馬鹿馬鹿しいといった様子で首を横に振ると。
「何を言っているエルリット。ジークリフィトは死んだ、ガレスの放った奥義の直撃を喰らい灰になるのを私が見届けたのだ」
「じい様の奥義……か。でも、バールダトスは生きていましたよ? どうやったのかは分かりませんが、数十年前の戦いを奴は生き延びた」
マシャリアは、ゆっくりとこちらに歩み寄りながら答える。
その体からは青白い闘気が揺らめき立っていた。
「だとしたら、もう一度奴を滅するのみだ。違うか? エルリット」
「はは、確かに仰る通りですね」
やっぱりこの人は単純明快だな。
それが、マシャリアの強さの理由の一つでもあるだろう。
壁の写真を見て分かるように情には厚いが、一度敵だと見なせば弟子相手にも容赦なく剣が振るえる。
まあ、それが出来なくては国を守る要の仕事なんてやっていられないだろう。
「そう言えば、ミレティ先生も俺をぶっ殺す気で攻撃してきたからな」
小さな竜巻の中に、風の刃をふんだんに仕込んでぶっ放してきたぐらいだ。
俺の力を試す為だとはいえ、あの目はマジだった。
九本の尾が優雅に揺らめくと、ファティリーシアが俺に語り掛ける。
「ふふ、当然でしょうね。この私たちに勝つような坊やですもの」
すっかり回復したのか、銀色の尾はフサフサと揺れていた。
あの中にダイブしたら最高のモフモフ感が味わえそうだ。
「はは、今の状態で戦ったらどうなるか分かりませんけどね。ちなみにその尻尾触ってもいいですかね? もちろん学術的な興味で言ってるんですけど」
さっきは断られたが、この尻尾はダメ元でもう一度聞いてみるだけの価値はある。
「あら、どうしようかしら? そうね、貴方が御前試合での任務を無事に果たしたら、この尻尾をたっぷりと触らせてあげるわ。ふふ、なんなら尻尾枕してあげてもいいわよ」
「ま、マジですか!?」
御前試合での任務とはつまり、ミロルミオに勝って優勝するってことだろう。
あの尻尾で尻尾枕とか……これは俄然やる気が出てきた。
「な、ファティリーシア! 勝手な約束をするな! や、やるのは私だぞ!!」
「あら、半分は私じゃない。これも任務の内よ、この坊やがそれでやる気が出るなら安いモノでしょう?」
俺は胸を張って答えた。
「正直、やる気が400パーセントぐらいはアップする自信がありますね!」
この九本の尻尾の海で眠るとか、ケモナー歓喜にも程がある。
マシャリアは少し頬を染めて俺を見おろしている。
「そ、そんなにやる気が出るものなのか? エルリット」
「ええ、間違いありません!」
俺は自信を持って断言した。
純粋無垢な瞳でマシャリアを見上げる。
「不気味な眼差しでこちらを見るな」
「あ、はい……」
どうやら邪念が混ざっていたらしい。
人のサガとは悲しいものだ。
マシャリアはコホンと咳ばらいをすると、自分の尻尾を改めて眺める。
九本の尾を器用に左右に動かしながら答える。
「い、いいだろう。ファルルアンの未来がかかった話だ。確かに、上手くいけば尻尾枕ぐらい安いものだな」
まじ……か。
言ってみるものだな!
フユが俺の顔を覗き込んでいる。
「フユ~、エルリットまただらしない顔をしてるです!」
「何を言っているのかねフユくん。言っただろう? これはあくまでも学術的な興味なのだと」
俺はマシャリアに向き直ると。
「それでは一筆お願いします。俺が御前試合で優勝したら、その尻尾で尻尾枕してくれるって」
「お、おま!! 私を信用していないのか!?」
腹立ちまぎれに、机の上の便せんを一枚破りサラサラと約束書きをするマシャリア。
書き終わると、それを俺に突き出した。
「これでいいだろう!?」
「ふふ、確かに」
やったぜ!!
思わぬプラチナチケットを手に入れた。
正直相当やる気が出来てきたな。
そんな中、王宮の侍女が部屋をノックするとエリーゼとエリザベスさんが入ってくる。
エリーゼの腕にはキュイが抱かれている。
「エルリット!」
「ふふ、陛下もお忙しいようでご挨拶だけ済ませてきたわ」
だろうな。
表立っては平時だが、実際は今は内乱の直前の状況だ。
国王にもやることが多いのだろう。
こんな時にキュイキュイと鳴いてたらどうしようかと思ったが、その辺りの常識はあのじいさんにもあるらしい。
そもそもこの国が無くなったら、俺の領地とサラリーの話も露と消えるんだ。
しっかりしてもらわなくては困る。
そんなことを考えていると、エリーゼが俺が手にした紙を覗き込む。
「エルリット、それは何ですか?」
「え!? は、はは、何でもないさ」
俺はササっと懐に例のプラチナチケットを仕舞いこんだ。
エリーゼは可愛らしく首を傾げる。
「キュイ?」
キュイも不思議そうに首を傾げている。
エリザベスさんが、そんなエリーゼたちを見て微笑むと俺に言った。
「そうそう、エルリット君。これを見て頂戴」
そう言ってエリザベスさんはマシャリアの机に上に、手にした書簡のような物を紐解いて広げた。
「エリザベスさん、それは一体なんですか?」
「さっき陛下から頂いてきたものよ。私宛ってことだったけど、中身を見たらエルリット君への書簡だったわ」
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