第百三十六話 動機
「ファティリーシア、私から話そう。エルリットお前を見ていると少し不安になる時があるのだ、それほどにお前の才能は抜きんでている。まるであの時のジークのようにな」
やっぱりな、マシャリアの弟子たちの写真。
そのなかで剥がされていたのは、ミレティ先生やマシャリアにジークと呼ばれる男。
ジークリフィトの事のようだ。
「国王陛下の末の弟らしいですね。母親は違うそうですけど」
「ああ、母親は王宮の侍女だ。平民の出の為にジークは結局、父親とも母親とも離されてとある貴族の養子として育てられた。本人も幼い頃は、自分が王族だとは知らなかっただろう」
なるほどな、先代の国王が正妃とは別の女性との間に産んだ子供だって訳だ。
生まれてすぐに、ことの成り行きを言い含められた貴族の家に養子に出されたのだろう。
マシャリアは続ける。
「士官学校に入ってきた時、既にジークは天才的な才能を発揮していた。自在に四つの属性の魔力を分離し、属性分魔術を使いこなす子供など今までには存在しなかったからな」
「それは凄いですね、属性分魔術を士官学校に入る前にだなんて」
「ああ、天性の才能なんだろうな、あのミレティが舌を巻いたぐらいだ。魔力を操作することに関して、ジーク程抜きんでている者はいなかった」
そう言ってマシャリアは壁の写真を眺める。
じい様の幼い頃の写真だ。
「一方で、魔力を放出する力に抜きんでていたのはガレスだ。全ての属性の魔力の調節と操作の上手さで言えばジーク、火炎系の魔法で全てを焼き尽くすことに特化するのならばガレスといったようにな」
「なるほど、分かりやすいですね」
「無論、ジーク自身の魔力の高さも特筆するレベルではあったがな」
つまり、ジジイは脳筋だということだ。
マシャリアは俺と見つめると。
「エルリット、お前はどちらかというとガレスに似ている。ここぞと言う時の異常な火力は、特筆するものがあるからな。だが、操作系も含めその歳にしては老獪な技も心得ている。私を破ったオリジナルの魔法も見事なものだった」
「はは、老獪って」
まあ、齢七十有余年のミレティ先生や百年以上生きているマシャリア程じゃないが、合計で30年以上生きてるからな。
オリジナル魔法に関しては、アニメの影響だろう。
この世界の人間が考え付かない程、中二なアニメを見尽くしてきたからな。
マシャリアに使った変わり身も、アニメで見た忍術の応用だしドラゴニックバレットも中二病の賜物である。
「流石のジークも、その歳では私たちを破ることは出来なかった。ある意味、お前は異常だ」
「異常って……」
「ふふ、褒めてるのさ」
そう言いながら、マシャリアは俺の写真を壁に貼った。
そして、マシャリアは尋ねる。
「ジークとガレスは常に競い合っていた。エルリット、お前がジークならガレスとどう戦う?」
「まあ話を聞く限りですけど、最初は楽だったと思いますよ。力技できたところをいなせばいいですから。寧ろジークにとっては、受けが上手いタイプの方が苦手のはずですよ。例えばミレティ先生ですね。あの防御を打ち抜くには絶対的な火力がいる」
俺の言葉にマシャリアは笑った。
「流石だな。その通りだ、最初はジークが何をやってもガレスを圧倒していた。だが……」
「まあ、じい様も馬鹿じゃないですからね。歳を重ねて経験を積めば、守りも覚えその火力が器用さを打ち破る時がくる」
マシャリアは頷く。
「そういうことだ。ガレスほどの火力を出すことは、ジークには出来なかった。ジークだけの魔力ではな」
……含みがある言い方だな。
どういう意味だ?
マシャリアは続ける。
「それでも士官学校を卒業する年、誰しもが首席をとるのはジークだと思っていた。だが結果は……」
「じい様が勝ったって訳ですね?」
「ああ、そうだ。そして、その後ジークは姿を消した」
ショックだったんだろうな。
天才と呼ばれた男だ、それが負けるはずがない男に負けた。
偶然なら救いがある。
だが、その時ジークはこれより先、自分では二度とうちのジジイに勝てないと悟ったのだろう。
受け入れがたい屈辱だったんだろうな。
天才と呼ばれる人間だからこそ、それが受け入れられなかったに違いない。
「だが、数年後私たちの前に再び現れたジークはまるで別人だった」
「別人?」
俺の問いにマシャリアは頷く。
「再び現れたジークはその火力さえも、ガレスを上回る魔導師になっていたのだ。あれこそ、まさに完璧な天才と呼べるだろう」
「そんなことあり得るんですか?」
「私も最初は信じられなかった。だが、今思えばジークの中に別の魔力の主が宿っていることに気が付くべきだったのだろうな」
……そういうことか。
俺は不思議な剣を手にしたオッドアイの男の姿を思い出す。
あの時、エルークの中に別の魔力の主が存在した。
俺はマシャリアに尋ねる。
「つまりは戻ってきたジークの中に、魔族が巣くっていたと」
「今思えばな。真の魔王ではなく四魔騎士長のバールダトスと言ったか? ジークは何らかの方法で魔族と接触し、その力を自らの物にした。それが私たちが戦った魔王の正体なのだろう」
「足りない火力を魔族の力で補ったって訳ですね」
だが……
問題は、どちらがどちらを利用していたのかってことだ。
「ジークは、養父母から自分が王家の血を引いていると聞かされていたんですか?」
「ああ、知っていた。養父母たちも本来なら王子である息子のことが不憫だったんだろうな」
マシャリアは首を傾げた。
「エルリット、何故そんなことを聞く?」
「いえ……実はずっと考えていたことがあるんですよ」
つまり、動機はどちらにもあるってことだ。
この国をぶっ壊したい動機がな。
バールダトスにとっては、かつて主を封じた聖女の血族。
ジークにとっては、自分と母親を追い出した王家。
ミレティ先生の相棒である風の王ファルシルトが言っていた。
ジークが死んだとは思えないと。
その言葉がずっと心に引っかかってた。
バールダトスが黒幕だったとすると、頷けない部分が多すぎるからだ。
一体、誰がエルークにバールダトスの力を与えたんだ。
それにエルークにあの術をかけたのがタイアスだとしたら、彼は何者かに操られているかのように豹変しているように思える。
だが操るなどと言っても相手は四大勇者だ。
誰にそんな真似が出来るんだ?
ディアナシア王妃と組んでいる人間が、実はタイアスじゃないとしたら。
これは俺の考えすぎなんだろうか?
「マシャリアさん、もしかしたら生きているっていう可能性はありませんか?」
「生きている? 誰がだ、エルリット」
問い返すマシャリアに俺は答えた。
「かつて魔王と呼ばれた男。ジークリフィトが、ですよ」
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