第百三十五話 剥がされた写真
「これは……」
マシャリアの部屋の壁に掛けられていたのは、じい様の魔写真である。
結構ヤバい数の魔写真がそこには飾られていた。
フユが、壁の近くの棚に飛び乗って、それを見つめている。
そしてこちらを振り返ると言った。
「フユ~! エルリットそっくりの写真もあるです!」
「ほんとだな……じい様の小さな頃の写真か」
俺も思わずその魔写真が飾られている壁の近くに歩み寄る。
どうやら、フユもこの部屋には入ったことがないようだ。
「な、中々可愛い写真だろう? そのころのガレスは私のことを先生、先生と呼んで本当に可愛かった!」
「は……はぁ」
そう言われても、じい様は俺にとっては可愛いとは真逆の存在だからな。
まあしかし、写真に写っているのは今の俺とそう変わらない年頃のジジイだ。
槍を構えて一丁前にポーズを決めている。
ママンの話では、ジジイはガキの頃から神童と呼ばれていたらしいからな。
ラセアル先輩の様子を見ればマシャリアとの修行は相当辛いと思われるが、魔写真に写っているジジイは『調子に乗ってるのか?』と思えるほど満面の笑顔で槍を構えている。
「ミレティから、士官学校の新入生にずば抜けた才能がある少年がいると聞いた時は、話半分で聞いていたのだがな」
マシャリアは昔を思い出すように遠い目をした。
「実際に修行を始めると、ガレスは辛いとは一言も言わずに私についてきた」
「へえぇ。じい様にもこんな時代があったんですね」
魔写真だけに、じい様が写真の中で動いて槍を振るう。
そして、いかにもヤンチャな悪ガキ風の笑顔を見せた。
「ガレスときたら、悪ガキの上に本当に生意気でな。大きくなったら俺が先生を守るんだ、などと言うのだ」
……ジジイの野郎。
マシャリアは厳しいが、弟子への愛があるタイプだ。
ラセアルとの関係を見ていればそれが分かる。
先生は俺が守る、か。
小さい頃から、そんなことを口走る生意気な弟子に次第に母性をほだされていったのだろう。
口だけの男なら相手にしないだろうが、実際にそれだけの力がある弟子に育っていったわけだからな。
「いつまでも子供だと思っていたが、魔王との戦いでは命を賭けた一撃の大役を買って出た。あいつは私の誇りだ」
「へえ、多分マシャリアさんの前で格好つけたかったんですね」
勿体ない。
ならそのまま嫁にしちまえば良かったのにな。
どうも話を聞くと、じい様も満更ではなかったようなふしがある。
「フユ~、ラセアルの写真もあるです!」
そんなことを考えているとフユがそう言った。
よく見ると、壁にかかっている写真の全てがじい様のものではない。
歴代の弟子らしき人物の写真が、ずらっと並んでいるのが分かる。
その証拠にラセアル先輩の写真も何枚かあった。
「フユちゃんも写ってるです!」
その言葉通り、ラセアルの肩上の乗ったフユも写真におさまっていた。
「はは、可愛いもんだな」
「フユ~」
俺の言葉にフユは頭の薔薇を大きく広げる。
マシャリアは、俺たちの姿を見てふっと笑うと言う。
「折角だ、お前たちのことも魔写真に撮ってやろうか?」
「本当ですか? フユちゃん、エルリットと一緒に写真欲しいです!」
フユはそう言って、嬉しそうにマシャリアの肩の上に乗る。
「使い魔になるのは、フユちゃんの夢だったです! エルリットはフユちゃんの夢を叶えてくれたです!」
「そうだな、フユ。さっきはお前の戦いぶりも大したものだったぞ」
「フユ~! マシャリアに褒められたです!」
喜ぶフユ。
それを見てマシャリアは俺に促した。
「どうだ? エルリット。四大勇者となったとはいえ、お前にはこれからも剣を教えるつもりだ。弟子の写真は撮っておきたいからな」
壁に飾ってある魔写真の数を見る限り、どうやらマシャリアは写真マニアのようである。
部屋の書棚にはアルバムらしきものも見受けられるからな。
その背には、きっちりと年代や弟子の名前が記されている。
「そうですね! 撮ってもらおうかな?」
「ふふ、そうかそうか。いいだろう」
マシャリアはそう言うと満足そうに、部屋の棚から魔写真の撮影機を取り出した。
「これは最高級の撮影機でな、そもそも由緒ある魔写真家の元に私が何度も通いそれで手に入れた物なのだ。そもそもその撮影家とは……」
「えっと、それ長くなりそうですかね?」
俺の突っ込みにマシャリアは少し不満げに咳ばらいをすると、大分再生してきた尻尾を揺らしながら俺に言う。
「まったく、お前と言いガレスといい同じことを言うな。やはりよく似ている」
どうやら、じい様も昔同じ突っ込みを入れたらしい。
マシャリアが写真機を構えて、俺たちに言う。
「ほら、ニッコリと笑え。エルリット、フユ」
その言葉にフユは俺の頭の上によじ登る。
「フユ~!」
「いいぞフユ! いい笑顔だ」
俺たちを激写するマシャリア。
すると、写真機から出てきた魔写真が床にひらひらと落ちていく。
俺はそれを拾った。
「へえ、いい感じで写ってるな! フユも可愛く写ってるぞ」
「フユちゃんも見たいです!」
俺は写真をフユにも見せる。
頭の上にフユを乗せて笑う俺の姿。
フユも一緒に写真が撮れたのが嬉しかったのか、満面の笑みだ。
魔写真だけあって、フユが俺の頭によじ登ってくるところがしっかりと撮られている。
「フユ~!」
「いい笑顔だ。これで、お前の写真も無事にここに加えることが出来るな」
満足そうなマシャリア。
俺から魔写真を受け取り、それを壁に貼る。
その時、俺はふと気が付いた。
じい様の写真の隣に何も貼られていないスペースがある。
……いやこれは。
「マシャリアさん、ここには誰の写真が貼ってあったんですか?」
そこにはかつて誰かの写真が貼ってあった形跡がある。
そしてそれを剥がした後も。
俺の問いに黙り込むマシャリア。
その雰囲気が妖艶な女性のものに変わる。
氷の女帝である、ファティリーシアだろう。
「マシャリア、エルリットを四大勇者に迎えたのならば話しておくべきでしょう? 貴方が話さないのなら私が話すわよ、ここに貼られていた貴方のもう一人の大事な弟子の話をね」
「もう一人の大事な弟子って、もしかしてジークさんのことですか?」
俺の言葉にマシャリアは頷いた。
「ファティリーシア、私から話そう。エルリットお前を見ていると少し不安になる時があるのだ、それほどにお前の才能は抜きんでている。まるであの時のジークのようにな」
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