第百三十四話 マシャリアの部屋で
「エルリット! とっても気持ちいいですね!」
「ああ、そうだなエリーゼ」
エリーゼは大人モードの俺の前に座って、眼下にある天空宮を眺めている。
さらにその前にはフユが陣取っていた。
「フユ~、キュイちゃんが大きくなったら、みんなで大空を飛ぶです!」
フユのその言葉に、エリーゼは目を輝かせて頷いた。
「楽しみですね、フユちゃん!」
「フユ~!」
キュイも隣でマシャリアに抱かれて大空を飛んでいる。
父親であるラセルの背中に乗っていることが嬉しいのか、キュイキュイと鳴く声が聞こえた。
そして、暫くすると父親を真似てキリっとした顔になる。
それを見て、エリーゼとフユは顔を見合わせて笑った。
「ふふ、キュイちゃん張り切ってます!」
「フユ~、格好つけてるです!」
「はは、そうだな」
アルサも、息子のそんな姿を見て目を細めていた。
暫く飛竜に乗って大空の散歩を楽しんだ俺たちは、闘技場の上空に戻るとアルサを着地させる。
俺たちは礼を言ってその背から降りた。
マシャリアに抱かれたキュイは、すっかり興奮したように父親のラセルを見上げている。
「キュ~! キュキュ!!」
息子からの尊敬の眼差しに、大空を見上げて格好をつけるラセル。
どうやら、父親の威厳を息子に見せるにはいいイベントだったようだ。
ラセルとアルサは、兵士たちが騎乗してまた地上の厩舎に向かうようである。
『ふふ、それじゃあまたねエルリットくん。その子を頼むわ』
『ええ、後で飛竜の厩舎に連れて行きますから安心してください。ラセルさん、アルサさん、ありがとうございました! 楽しかったですよ』
俺が改めて礼を言うとアルサは頷く。
『こちらこそ楽しかったわ。それに、この人も息子の前で良い所が見せられたみたいだし』
『そうだな、息子からの尊敬の眼差しを感じたぞ!』
調子に乗る夫を眺めながら、少し溜め息をつくアルサ。
そして、俺たちを残して飛び立つ白竜の夫婦。
マシャリアは俺に言った。
「さて、そろそろ私たちも戻るか? 例の領地の件もそうだが、お前に幾つか連絡事項がある」
「連絡事項? 何か面倒なことじゃありませんよね」
俺の返事にマシャリアが呆れたように言った。
「とにかく私の部屋にこい。お前と二人でゆっくり話がしたい。これからは四大勇者として共に戦う仲間となるのだからな」
「俺と二人でですか?」
マシャリアはまだ例の姿だ。
再生中の九つの尾が、フリフリと左右に揺れている。
銀色の大きな狼耳も可愛らしい。
そういえば、さっきはもう少しでモフれそうだったからな。
丁度、エリーゼたちがやってきたからすっかり忘れていた。
俺は咳ばらいをすると、マシャリアに答える。
「ぐふふ、いいですよ。ゆっくり話し合いましょう」
俺の顔を見てビクッとするマシャリア。
「お、お前……その不気味な笑顔はやめろ!」
「は、ははは。生まれつきの紳士であるこの僕に対して失礼ですね」
なにしろ女性の部屋に招かれるのは初めてだ。
しかも相手が美女エルフときたら、少しはだらしなくもなるものだ。
もちろん、仕事の話だとは分かってるけどさ。
「それじゃあ、地上に戻りましょうか」
「うむ、そうするとしよう」
俺たちは天空宮を後して、地上の王宮に向かった。
王宮の中庭に戻ると、エリーゼはキュイと一緒に国王の間に向かう。
もちろん、エリザベスさんも一緒だ。
あそこなら、ミレティ先生が傍についているので安心だろう。
本来俺も一緒に向かうべきだろうが、不要だとマシャリアが言った。
「陛下にはご許可を貰っている。エルリット、私の部屋に来い。ここでは話せないこともあるからな」
「分かりました、確かに御前試合の前ですし、今俺が陛下に会うのは良くないかもしれませんね」
マシャリアは頷く。
「それもある。いずれにしても、不用意に王妃派を刺激してもいいことはあるまい」
「ですね」
俺はマシャリアの後について彼女の部屋に向かった。
国王の寝室の近くにある部屋だ。
護衛の要であるマシャリアの立場を考えれば当然だろう。
扉の前には二人の衛兵の姿が見える。
マシャリアの姿が見えると、深く一礼して部屋の扉を開けた。
「お前たちはもう下がってよいぞ」
「「はっ! マシャリア様」」
人払いをするマシャリアの言葉に、衛兵たちはその場を立ち去る。
俺は彼女に、促されるままに部屋の中に入っていった。
「へえ、ここがマシャリアさんの部屋ですか」
騎士らしく綺麗に整理整頓された部屋に、アンティーク調の家具が並んでいる。
四大勇者の為に用意されただけあって、そのどれもが一流の職人が作ったものだと直ぐに分かるレベルだ。
騎士らしい部屋ではあるが、やはり調度品からは女性らしさも感じられる。
「突っ立ってないでそこに座れ」
マシャリアは、客用のテーブルの傍にある椅子を俺に勧めた。
俺は頷いて椅子に腰かけようとした時、部屋の中にある物を見つけた。
「これは……」
お読み頂きましてありがとうございます!




