第百二十三話 天空の宮殿
「確かにな。だが、本気で戦ってもいいのか? ミレティも知っているだろう、私が本気になったらあまり手加減は出来ないぞ」
マシャリアの言葉に、ミレティ先生は小首をかしげると答える。
「大丈夫ですよ、マシャリア。私も半分殺すつもりでエルリットと戦いましたが、この子は見ての通りピンピンしてますし」
(半分殺すつもりってあんた……)
確かに風の刃満載の竜巻は、ぶっ殺す気満々だったからな。
まあ、そのお蔭でドラゴニックバレットを編み出すことが出来たから、怪我の功名とは言えるだろう。
人間追い詰められると馬鹿力がでるものだ。
先生はマシャリアに言う。
「エルリットは並みの生徒ではありません、昔のジーク並みに扱っていいでしょう。多少のことでは死にはしませんよ」
「……ミレティ。エルリットにジークのことを話したのか?」
少し目つきが鋭くなるマシャリア。
それに気づいてか気づかないでか、ミレティ先生は飄々と答えた。
「ええ、私はもうエルリットを四大勇者の一人だと思っています。正式な任官は数日後だとしてもね」
「そうか、ならばやはりその力を知っておかねばなるまいな。いざという時に、どれほどの力を持つ相手か知らなければ背中を任せられん」
マシャリアの言葉に、ミレティ先生は頷いた。
「貴方が戦っている間は、私が陛下の傍にいて護衛をしましょう。御前試合が目的だとしたら、今動くとは思えませんが念のためです」
マシャリアも同意する。
「王影騎士団も動いていることは、王妃も知っているはずだ。下手な動きはしないだろうがその方がいいだろうな」
俺は二人に尋ねた。
「えっとですね。でもどこで戦うんですか? 王宮の中で派手にドンパチする訳にもいかないだろうし」
その疑問にマシャリアが答える。
「お前が御前試合をする予定の場所だ、あそこならば邪魔は入らないだろう」
「俺が御前試合をする場所? 何処なんですか、それは」
ミレティ先生は俺に答える。
「エルリット、貴方にはまだ話していませんでしたね。天空宮ルハシャルト、この王宮の上にあるもう一つの宮殿ですよ」
「へ?」
思わず変な声が出てしまった。
「あの、天空宮って……つまり空の上に宮殿があるってことですか?」
「あら、知らないのですか? エルリット」
ミレティ先生の言葉に俺は頷く。
俺は世事には疎いからな。
じい様の書庫には魔導書は唸るほどあったが、都のガイドブックは置いてなかった。
俺は先生に尋ねる。
「えっと、でも空に宮殿なんて浮かんでないですよね?」
天空宮とやらが俺たちが今いる宮殿の上にあるとしたら、外から見えるはずだろう。
ミレティ先生は俺の疑問に首を横に振ると。
「あそこは、特殊な結界に周囲を覆われていますからね。外からは見えませんが、内部からは天空に浮かんでいるその様子がハッキリとも分かりますよ。あそこには大闘技場がありますからね、こういう時にはもってこいです」
マシャリア同意すると。
「そもそも、あそこはファルルアンが作り出したものではない。太古の魔道技術が使われている天空遺跡だからな。そして、その存在を見つけ出したのはジークだ。遺跡自体を覆い隠していた結界を破り、天空宮への通路を作り出した」
「太古の魔道技術……」
もしかすると、地竜族やあの聖女とも関係があるのだろうか?
タイアスの日記によると、例の聖女はファルルアンの元になった国の王女らしいからな。
思わず言葉を失う俺にミレティ先生は頷くと。
「その技術の一端は、貴方も見ているはずですよ」
「俺が?」
「ええ、タイアスが作り上げた大図書館。空間に歪みを作り上げる技術です」
ああ、そう言えば。
タイアスの研究室への通路、そしてあの巨大な大樹。
まるで、禁断の地を封じ込めたようなあの大図書館。
ミレティ先生とマシャリアは言う。
「彼の研究室への道を知った時、正直驚きました」
「ああ、間違いなくあれは太古の魔道技術を応用していた。確かにタイアスは優れた魔道士であり錬金術師だ。しかし、あれ程の技術を解明できる能力があったとは」
マシャリアの言葉に、ミレティ先生も静かに頷いた。
「ええ、あれを解明が出来る者がいるとしたら、ジークだけだと思っていましたから」
(ミレティ先生に本物の天才って呼ばれるほどの魔道士、よっぽどの男だったんだろうな)
マシャリアが言った。
「ジークとタイアスは仲が良かった。ジークから多くのことを学んだのだろう。だが、それだけに奴を殺すとき一番辛かったのはタイアスだろう」
そりゃそうだろうな。
親友を自らの手で葬ったんだ。
マシャリアはそう言ったものの、自ら未練を吹き払うように俺を見つめると。
「下らぬ話をした。タイアスはもはやこの国にあだなす存在、不要な感傷など無用だ」
「ええ、相手が元四大勇者の一人とあれば、その感傷が多くの命を奪い国を滅ぼしかねません」
ミレティ先生のその言葉に、マシャリアは頷くと俺に言う。
「ついてこい、エルリット! お前の力を知りたい。これから天空宮に行くぞ、いざという時の為に王影騎士団の連中も数名既に向こうの防衛にあたっているからな」
「へえ、王影騎士団の人たちが。どんな人たちなのかちょっと興味がありますね」
その後、ミレティ先生は王宮の警護任務に向かい、俺たちはマシャリアに案内されてその天空宮とやらの入り口に向かった。
エリーゼも楽しそうに俺の手を握って一緒に歩いている。
「空のお城です! エリーゼ、前に大伯父様に連れて行ってもらいました」
「へえ、エリーゼはもう行ったことがあるんだな」
俺の言葉にエリーゼは可愛らしくコクンと頷く。
「でもエルリットと一緒に行きたいです!」
「あらあら、エリーゼは本当にエルリット君が好きなんだから」
エリザベスさんの言葉に、エリーゼは嬉しそうに頷くと。
「エルリットは、エリーゼの大事な弟ですもの」
「フユ~、フユちゃんの弟でもあるです!」
俺の手を握るエリーゼと俺の肩の上に乗るフユ。
結局どちらにとっても、俺は弟扱いだ。
大人モードになったら、お兄ちゃんって呼んでもらえると思っただけどな。
人間、やはり中身が変わらないと駄目なようである。
(それにしても、天空に浮かぶ宮殿か)
太古の文明の遺跡ということらしいが、厨二な心をくすぐられる存在である。
マシャリアについて宮殿の中庭を進んでいくと、その先に大きな扉が設置されている。
不思議な扉で、その先が建物になっているわけでもなく中庭の中央に大きな扉だけがぽつんと建っているだけだ。
入ったとしても、普通に考えればそのまま数歩先の中庭に出るだけだろう。
周囲は厳重に衛兵が守っている。
マシャリアを見ると、彼らは深々と礼をした。
氷の魔剣士は彼らに命じる。
「扉を開けよ。我らは、今から天空宮に向かう」
その言葉に兵士たちを頷くと、大きな扉を左右に開いた。
本来ならばその先には何の変哲もない中庭の光景が広がっているだけのはずだが……
俺は思わず呻いた。
「凄え……まじかよこれ」
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