第百二十話 王宮へ
「さあ、これから忙しくなりますよエルリット。まず最初に一つ、貴方にお願いしたいことがあります」
ミレティ先生の言葉に俺は尋ねた。
「俺に頼みたいこと? 何ですか、先生」
「ええ、貴方にはこれから御前試合まで、王宮で過ごしてもらいたいんですよ」
俺は首を傾げた。
「公爵家を出ろってことですか?」
「そうです。ただし公爵家の方々と一緒にですけどね」
エリーゼたちも一緒か、どういうことだろう。
先生は続ける。
「実は、エリーゼの一件を聞いて公爵家には護衛をつけていたのです」
「ああ、俺がマシャリアさんに頼みましたからね。護衛の人たちとは結構顔見知りですよ」
護衛部隊の騎士たちとは挨拶をしたりするから、よく知っている。
だが、ミレティ先生は頷くと──。
「その中に王影騎士団のメンバーがいましてね。彼にはこれから他の仕事をしてもらうことになりますから、人手が足りないんです」
「へえ、あの中に王影騎士団の団員が? 確か王国騎士団とは別に存在する特殊部隊ってやつでしたよね」
「ええ、彼らはもう招集されて恐らく今頃は、それぞれの新しい任務にあたっているでしょうから」
確かに今回のことで王影騎士団は招集されて、特別な任務にあたるって話だったな。
ミレティ先生は俺に言う。
「ラティウス公爵は今、公務で王宮におられることは確認済みです。私がここにエリザベスたちを連れてきたのは、王宮へとお連れするための護衛も兼ねていますから」
「なるほど、今は人材を無駄に使えないってことですね」
俺の言葉に先生は頷いた。
「そういうことです。王宮にはマシャリアがいます、夜には私も行きますからね。最も堅牢なガードが可能な場所になるでしょう。こんな事態になった以上、事実上四大勇者の一人として貴方は公爵家と王宮のガードに回ってもらうということです」
「俺がですか?」
先生は当然です、といった顔で俺を見つめる。
「エルリット、金貨200枚と領地が欲しくないんですか?」
「やりましょう! このエルリット命に代えてもこの使命全う致しますぞ!」
ミレティ先生は、ジト目で俺を見つめている。
「貴方……他にもっといい条件を出す相手がいたら、あっさり裏切りそうですね」
「何を言うんですか? 条件など関係ありませんよ、弟子の麗しき祖国愛が分からないのですか」
国王にも同じようなことを言われたことがあるが心外である。
風の王ファルシルトが、ドン引きしたような顔で俺を見ている。
「ミレティ、こやつ本当に信頼できるのか? 才能がジーク並みなだけに、裏切ったら厄介な相手になるぞ」
「ふぅ、そうですね。いっそのこと、後顧の憂いが無いように始末しておきましょうか」
そう言って俺を見つめる美少女魔道士。
「は……ははは。冗談ですよね?」
「当たり前です。もう貴方も戦力の中にいれていますからね。しっかりと働いてもらいますよ」
やれやれ、どうやら楽に金と領地が貰えるなんていう夢のような話はやっぱり転がってはいない。
しかも、一番大変な時に仕事をしないといけないようである。
この場所は先生とマシャリアがしっかりと封印をしているから大丈夫だとしても、持っていきたいものがある。
「あのですね先生。これを持っていってもいいですか?」
俺はそう言って、先程大樹の中で見つけたあの銀色の本をミレティ先生に見せた。
先生は暫く考えた後、頷いた。
「いいでしょう。私やマシャリアも後で目を通したいですからね。貴方が責任を持って管理して下さい」
そう言うと、先生は俺が手にした銀の本の上に手を置き魔力を込める。
するとその本は消えて、代わりに俺の左手に小さな魔法陣が描かれる。
「せ、先生!?」
「これで、貴方が許可をしない限りはあの本は誰も読むことは出来ません。読みたい時は、その魔法陣に右手をあてて念じて下さい」
(相変わらず、魔法の引き出しが多いな)
俺は言われたように魔法陣に右手を添えて、術式が求める魔力を注ぐ。
そしてあの本のことを考えた。
すると、あの本が現れる。
「ありがとうございます、これは便利ですね!」
俺の言葉に先生はニッコリと微笑んだ。
こうしていると、本当に可愛らしい美少女そのものなんだけどな。
「何かいいましたか?」
「いいえ、なんでもありません」
その後俺たちは一緒に大樹に歩み寄ると、中に入ってエリザベスさんやアーミアと話す。
二人は頷くと言った。
「分かりましたわ、エルリット君と一緒に王宮に参りましょう」
「ミレティ様、私はここでエルーク様を看ています」
アーミアの言葉にミレティは頷いた。
「そうですね、殿下も貴方が側にいれば安心でしょうから。生活に必要なものは後で届けます」
エルークの状態は相変わらずだが、確かにアーミアさんには傍にいて欲しいと思っているだろう。
大樹の外にでると、フユが俺の肩の上からぴょんと降りるとエリーゼを起こす。
「エリーゼお姉ちゃん。一緒に行くです! 王宮でお姫様みたいに暮らせるです」
「……むにゃ。王宮? フユちゃん何を言ってるんですか?」
当然だが、状況が分からない様子のエリーゼ。
少し寝ぼけ眼で辺りを見渡す様子が可愛らしい。
その後、俺たちはアーミアを残して研究室を出た。
大図書館の外には馬車が待っている。
王宮につくと直ぐに迎えがやってきて、宮殿の一室に通された。
公爵家の為に用意されていた客室のようだが、豪華そのものである。
暫くそこで待っていると扉が開く。
入って来たのは美しいエルフの女騎士だ。
「マシャリアさん!」
俺がそう呼びかけると、何故かマシャリアは固まっている。
「えっと、どうしたんですか?」
「お、お前……エルリットか?」
「ええ、他の誰に見えるんです?」
そう言って気が付いた。
(そう言えば俺、今大人モードだもんな)
色々あり過ぎて、子供モードに戻るのを忘れていた。
エリーゼもすっかりこの姿に慣れてきたようだから、別に気にしてなかったんだが。
マシャリアさんは少し頬を染めると。
「うむ。わ、若い頃のガレスによく似ている。そっくりだとは思っていたが……」
遠い目をするマシャリア。
どうやら、過去の妄想の世界に旅立っているようだ。
ミレティ先生は、そんなエルフの美女に言った。
「あら、別に昔のことを思い出さなくても。明日になれば本物のガレスも都に来ますわよ、マシャリア」
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