第百十八話 火炎の女王
「あら、エルリット。貴方知らなかったのですか? ファルーガの妻で『火炎の女王』を名乗るフレイミリアはガレスと盟約を結んでいる相手ですよ?」
「へ? じゃあ、ファルーガさんの奥さんが、俺のじい様と血と魂の盟約を結んでるってことですか?」
バツの悪そうな声でファルーガは答えた。
「まあそういうことじゃな。ワシも小僧のことをよく知ってから気が付いたのじゃが、わざわざこちらから言う事でもあるまいて」
(いやいや、言うだろ普通!)
どうりでバロたちが、じい様の槍でスパゲティみたいに絡めとられるわけだ。
向こうの相棒は、あいつらの母親だってことだからな。
まさに赤子を捻るようなものだろう。
「まあこちらにも色々と事情があるのだ、小僧」
ファルーガのその言葉を聞いて、ファルシルトが笑う。
「何を偉そうに。お主が魔王になどくみしたが故に、フレイミリアがガレスに力を貸したのだろうが」
「うぬ……あの時は、奴がまさか魔王などと名乗るとは思ってもおらなんだわ!」
俺は首を傾げるとファルーガに尋ねる。
「奴ってだれのことですか?」
魔王ってことは、かつて魔王を名乗っていたバールダトスの事か?
いや、魔王を名乗るとは思わなかったってことは、もしかして……
ミレティ先生がふぅと溜め息をつくと、代わりに答えた。
「前にも一度、貴方には話しましたわね。属性分魔術、私にも風の属性しか分魔出来ないということを」
「ええ、ラセアル先輩と戦った後、フユを使い魔にする話をしていたら先生が」
ミレティ先生は頷くと。
「その時に、貴方に話しましたね。火、水、風、土、この世界の魔法の四大元素、その全ての属性を自由に分魔出来た天才がいたと」
(やっぱりそうか)
ミレティ先生さえ天才と呼ぶような魔道士。
バールダトスの器になったという男だ。
「エルーク殿下から、王族だって聞きましたけど」
「ええ、私の教え子でガレスやタイアスの友でもありました」
ミレティ先生は、昔を懐かしむような目をしている。
「彼の名はジークリフィト。母親は違いますが国王陛下の末の弟ですよ。母親の願いにより、彼は王族としての身分は隠して生きていた。それ故に、このことを知る人間は限られていますけどね」
「国王の末の弟って、あの爺さ……いや今の国王のですか?」
「ええ、だから極秘事項なんです。まさかそんな人物が、かつてこの国を滅ぼしかけたなどと言う話は、あってはならぬことですから」
ミレティ先生はそう言うと、俺を見つめた。
「この秘密を知るということは、現時点で私が貴方を四大勇者として認めたということです。私とマシャリアが推せば陛下もお認めになるでしょう。正式な任命は、御前試合の開会式でということになるでしょうね。多くの人間が集まることを考えると、それ以上に効果的な場所はないですから」
「ちょ! ちょっと待ってくださいよ先生! そんなの、いきなりすぎますって!」
ミレティ先生は俺を見つめると言った。
「悪いのですがエルリット、この際貴方の意思は後回しです。このような事態が起きた以上、これ以上四大勇者に空席は許されませんからね。力のない者を据えるぐらいならとは思いましたが、今の戦いで貴方がその責に相応しいと知りました」
風の王ファルシルトが愉快そうに笑う。
「確かに、これ程の才を持つ男はジーク以来だろう。だがそれだけに、ワシには今でもあの男が死んだとは信じられぬ」
ファルーガそれに答える。
「ジークは死んだ。前触れもなくワシとの盟約が切れたことがそれを証明しているじゃろう。あれ程の才を持ちながら惜しい男だったが……」
「そういえば、ファルーガさんはどうして魔王なんかの言うことを聞いてたんですか? バロたちもそうだけど、世界を滅ぼすとか世界征服とかあんまり興味なさそうじゃないですか?」
俺はファールガに尋ねた。
「ふむ、実は当時のことはよく覚えてはおらぬのだ。ある時期から、我らは次第に闇にのまれていくような感覚に陥っていた。それがあの魔族とやらの力だったのだろうが……魔族がジークを支配したのか、それともジーク自ら魔族を招き入れたのか、今となってはもう分からぬ」
ミレティがファルーガに言う。
「結局、不甲斐ない夫の姿を見て、フレイミリアがガレスに力を貸して我々と一緒に魔王を打ち破ったという訳です。今では実質の火炎の王はフレイミリアですわね」
それを聞いたファルシルトが、ドン引きしている。
「ミレティ……お主も容赦ないのう。もう少しオブラートに包んでやらぬか、少しばかり嫁から愛想をつかされただけではないか」
(いや、あんたも包めてねえぞ)
「ぐぬぅううう! 勘違いするでない! 愛想をつかされたのではない、ワシが家を飛び出したのだ!!」
言うことが火炎の王とはかけ離れている。
これじゃあまるで家出少年だ、威厳も何もあったものではない。
ミレティ先生はすうっと風に乗って、ファルーガの顎を撫でると言った。
「でも、エルリットに力を貸して戦う姿を見れば、フレイミリアも考え直すかもしれませんわね。頼もしかったころの夫を思い出すかもしれませんわよ」
「ぐっ! ぐぬ……今更何を! わ、わしはもう家に帰る気などないわ」
未練たらたらのご様子である。
盟約を結んだ相手から、夫婦喧嘩をして家を追い出された男のような悲哀を感じたくはないものである。
ミレティ先生は興味深そうな声で俺に尋ねる。
「それはともかく、エルリット。先程の『ドラゴニックバレット』でしたっけ、あれはどうやったのです?」
俺の傍にふわりと着地すると、興味津々な顔でこちらを見上げる姿は可愛らしい魔法少女そのものである。
とても御年七十……。
「うふふ、何ですか? エルリット」
「いいえ、ミレティ先生はいつ見ても可愛いなぁと」
「あら、生意気ですわね。エルリット」
「はは……」
笑顔の中の威圧感に押されるように、先程俺がやって見せたことを説明した。
ミレティ先生は、頷きながらそれを聞いている。
「ふふ、やっぱり貴方は面白い。その魔力と知識、そして何よりも常識に縛られない発想が貴方の強い武器ですね」
まあ元々俺は違う世界の住人だからな。
オリジナルな魔法を生み出すときに、この世界の常識よりは寧ろ、厨二病アニメの発想になってしまうのはやむを得ないだろう。
「もちろん圧縮すべき膨大な魔力とそれを凝縮できる程の強力な魔力、これがあって初めて成立する魔法ですけどね」
普通の人間には、到底真似は出来ないだろう。
厨二病な部分が気に入ったのか、フユがさっきから真似をしているが怪しげな技になっている。
「フユ~、フユちゃんバレットです! 喰らうです!!」
先ほどから、氷の塊が通路の壁に何度も激突しているのだが俺も先生も完全にスルーしていた。
ミレティ先生は、思い出したように俺に言う。
「御前試合の前にはガレスも到着している事でしょう。貴方の四大勇者就任の件、ガレスにも承諾を得なくてはなりませんからね」
(くそ! そうだった、ジジイの奴が来るんだった)
「は……はは。絶対に反対されると思いますよ」
ミレティ先生は、ニッコリを笑うと俺に言った。
「その時は貴方が力で証明して見せればいいのです。ファルーガとフレイミリアの件もありますし、丁度いいじゃありませんか」
何が丁度いいんだ!
俺はふぅと溜め息をつきながら、あの頑固ジジイの顔を思い出していた。
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