第百十二話 鬼神がごとく
「あれから数十年、私もただ指をくわえて過ごしてきたわけではありませんからね。エルリット、貴方にも手を貸してもらいますよ。ここからは実戦です、命の保証はない。ですが、タイアスがこうなった以上、貴方には新しい四大勇者の一角として仕事をして貰います」
ミレティ先生の言葉に、俺は戸惑いながら答える。
「四大勇者の一角って、俺がですか!?」
「ええ、そうです。実際に貴方は、それに相応しい力を付け始めている。素質だけを考えれば、四大勇者を超えているでしょう」
(俺が、四大勇者の一人として戦うってことか?)
先生はここからは実戦だって言ってたからな、場合によってはファルルアンとランザスはこの先、全面戦争に突入するだろう。
そうなれば、四大勇者は強大な戦力である共に、ファルルアンを支える旗印の役割を果たすはずだ。
恐らく大軍勢を率いて戦う立場になるだろう。
(俺にそんなことが出来るのか?)
自分一人で戦うのは慣れているが、戦場で兵を率いるなんて俺には到底無理だ。
ミレティ先生は俺の顔を見つめる。
「安心なさい、貴方のサポートは私がします。大事なことは、いざ事が起きた時に四大勇者が健在だと示す事です。それには貴方ほど適任者はいない」
「俺が?」
いざ事が起きた時……か。
言葉にすれば簡単だが、それはつまり戦争が起きた時ということである。
俺の問いにミレティ先生は頷く。
「この国で最も人々から敬愛されている勇者。雄々しく真紅の髪を靡かせ魔王を貫き倒した男、炎の槍の勇者ガレス・ロイエールスを知らぬ者はいません」
確かに、さっきフユが呼んでた四大勇者の絵本でも、じい様が主人公として描かれていたからな。
あのエリザベスさんの初恋の相手になるぐらいだ、この国でのじい様の人気はやはり凄まじいのだろう。
(傍で見ていると、只の頑固ジジイにしか思えないんだがな)
俺なんて、ガキの頃は寄り付かないようにしてたぐらいだ。
まあ、家族というのはえてしてそういうモノだろう。
エメラルドグリーンの髪をした大魔道士は、俺を見つめる。
「その孫が、新たな勇者となってガレスと共に戦う。そうなればこの国の民は熱狂するでしょう。貴方が火炎の王であるファルーガを従えて、リスティと戦った姿は学園中の噂ですからね。士官学校には有力貴族の子弟も多い。直ぐに噂は、都だけではなく国中に広がっていくでしょう」
それを聞いてリスティが頷いた。
「確かに。大人モードのエル君のあの姿は、まるで炎の槍の勇者の再来ですもの」
ミレティ先生は笑みを浮かべる。
「あれは本当にいい演出でした。後は広まる噂に、私が貴方を四大勇者の一人にと考えていると付け加えればいい。私は伊達に噂好きなわけではありませんよ、必要な情報を広めるのに役立つ人材を抱えておくことは、情報戦では命綱になりますからね」
確かにこの人の情報拡散能力は凄まじい。
エリーゼとの一件は、あっという間に学園中に広がっていたからな。
その拡散力たるや、ゴシップ誌も顔負けである。
翌日、浴びた視線と罵声は正直この人のせいである。
「こっちは、そのお蔭で散々な目に遭いましたけどね。エリーゼとの婚約の件、忘れたとは言わせませんよ」
俺はジト目でミレティ先生を見つめる。
それに気が付いたのか、先生は悪びれる様子もなく答えた。
「あれは、最初からエリザベスに頼まれてたんですよ。エリーゼの婚約者が貴方だっていう噂が広まっていけば、貴方の力と相まって次第にそれが既成事実となっていきますからね。次の日のお饅頭は、そのお礼です。まだ聞いてなかったんですか?」
「はは……マジですか」
人間不信になりそうだ。
だが、エリザベスさんならやりかねない。
(そういえば、飛竜の厩舎でも大臣に俺のことをべた褒めさせてたもんな)
完全に外堀から埋めるつもりだったのだろう。
どうやら情報戦の巧者は、なにもディアナシア王妃だけでは無さそうだ。
ミレティ先生はふぅと溜め息をつく。
「ガレスを呼ぶのは諸刃の剣ですけどね。王妃陛下からしたら、寧ろ望むところでしょう」
「どういうことですか先生?」
俺の問いに先生は答える。
「王妃陛下は、御前試合の最中何かを仕掛けるつもりです。有力貴族たちの前で、もはや四大勇者は絶対的な力ではないことを証明するための何かをね。もしそこにガレスもいたとしたら? 三人そろって敗れるようなことがあれば、本当にこの国は終わりでしょう」
「ああ……確かに」
国民の多くが幼い頃から読み聞かされた物語の主人公が、何者かに敗れ去る。
その効果は絶大過ぎる。
「だったらどうして? 例えばじい様には、別動隊として動いてもらうとかは駄目なんですか?」
素人考えだが、別行動で秘密裏に動いてもらうとかもありな気がする。
ミレティ先生は首を横に振った。
「理由は二つ、まず敵の力が分からない状況で戦力の分散は危険であるということ。それにもう一つの理由が、決定的なんですよ……」
「もう一つの理由?」
俺は思わず首を傾げた。
「マシャリアですよ。ガレスが傍にいる時のマシャリアの強さは、尋常ではありません。かつて魔王と呼ばれた存在を倒した時も、ガレスがトドメをさせたのは、最後に魔王の攻撃を正面からねじ伏せたマシャリアのお蔭ですからね。私から見ても、鬼神のごとき強さでした」
「マシャリアさんが?」
(おいおい、確かに俺と遣り合った時は本気じゃなかったけどさ。この人に鬼神って言われるって、どんだけだよ)
それにあのバールダトスの攻撃をねじ伏せるって、人間業ではない。
ああ……そもそも人間じゃないか。
ミレティ先生は溜め息をつきながら。
「あの戦いが終わったら、マシャリアはガレスと結婚するつもりでいましたからね。前日の夜、私の前で剣を構えて頬を染めると『ガレスとの愛の為に私は戦う!』なんて言ってましたから……それが、まさかフラれるなんて」
「は……はは」
何だかマシャリアさんが可哀想になってきた。
フラれた話が、未だに語り草になっているとか地獄である。
大体あんなに美人のエルフの告白を断るとか、ジジイも罪な男だ。
その場合、俺が誕生したかどうかは別として、魔王を倒して二人が結ばれていたら物語としては完璧だったに違いない。
四大勇者マニアであるウサ耳少女、ミレースなら歓喜するだろう。
俺はミレティ先生に尋ねた。
「でも、じい様が来たらマシャリアさん落ち込んだりしませんかね? こんな時に落ち込まれても困りますし」
「エルリット。マシャリアが、そんなタイプに見えますか?」
俺は、じい様が来るかもしれないと、マシャリアが懐に忍ばせている料理本を思い出した。
例の『秘蔵版! これが男を虜にする料理レシピだ!』である。
確かに落ち込むどころか、前のめり過ぎる姿勢だ。
「ああ、確かにそんなタイプじゃないですね」
「でしょう? ガレスと一緒に戦わせた時のマシャリアは、恐らく四大勇者の中でも最強ですよ。愛のパワーは偉大ですね」
「はは、愛のパワーって……」
その辺りは弟子であるラセアルに、きっちり受け継がれている気がする。
ミレティ先生は、改めてリスティに伝えた。
「リスティ、ガレスにそのフクロウを届けてください。そこに全てが記されていますから」
便せんが変化して出来た白いフクロウ。
その頭を撫でてリスティは頷いた。
「ええ、先生。任せてください! ガルオンに乗って夜通し駆ければ、明日にはガレス様をお連れできると思いますから」
リスティはそう言うと、フサフサの尻尾に頭をのせて寝息を立てているエリーゼとフユを起こさぬように立ち上がった。
フユがむにゃむにゃと寝言を言っている。
「フユ~、モフモフ何処に行くですか?」
リスティはエリーゼの体をそっと大樹にもたれかけさせて、フユをその膝の上に乗せる。
「エル君、行ってくるわね」
リスティは少し膝を曲げると少し躊躇したような顔をした後、そっと俺の頬にキスをした。
とてもいい香りと柔らかい唇の感触に、思わず俺は赤面する。
「無茶はしないでね、必ずまた会いましょう!」
「ええ、リスティさんも気を付けて!」
俺とミレティ先生は、リスティを研究室の入り口まで送った。
結界を開くと、リスティはガルオンを喚び出すと軽やかにそれに乗り込んだ。
「じゃあ行ってくるわ!」
一言そう言うと、風のように駆けていくSランクの冒険者。
俺はふと周りを見渡した。
「そういえば、ハヅキさんはどうしたんですか? 一緒に先生を呼びに行ったはずですよね」
てっきり、結界の外で見張りをしているのかと思ったのに姿が見えない。
ミレティ先生は俺の言葉に頷くと答えた。
「ええ、ハヅキには他にやってもらいたいことがありましたから。もうその為に動いてますよ」
いつもお読み頂きまして、ありがとうございます!




