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第百九話 拮抗を崩すもの

 気が付くと、俺の前に一人の少女が立っていた。

 

「エリーゼ?」


 最初はそう思ったが、直ぐに別人だと言うことに気が付く。

 年齢は15歳ぐらいだろうか?

 俺の前に立ってはいるが、視線はこちらを見てはいない。

 まるで俺が見えていないかのようだ。

 いや、それどころか、俺の体をすりぬけるようにして通り過ぎていく。

 

(何だこりゃあ?)


 俺たちが立っている所は小高い丘で、そこから見える周囲の様子は、まさに焼け野原という言葉がピッタリだった。

 少女は丘の上に歩いていく。

 そこには巨大な樹がそびえ立っていた。

 その根元には白く美しい竜がいる。

 少女はその背に乗ると、しっかりと前を向いてその竜に声をかけた。


「行きましょう。キュトアース!」


 白い竜は一声鳴くと空に羽ばたいていく。

 いつの間にか俺も大空にいた。

 少女の傍で、一緒に空を飛んでいるような感覚。

 地上には多くの竜の死骸が見えた。

 そして、黒い翼を持つ不気味な生き物の死骸も。

 少女の周りには、まだ生きている竜たちの姿が見える。

 その背には騎士姿の者達が乗っているのが見えた。

 白い飛竜に乗る騎士達の姿。


「姫! 我らの命はこの大地と姫の為に!!」


「「「おお~!!」」


 一斉に声を上げる騎士たち。

 少女と竜に乗る一団は、空を舞っていく。

 その先には巨大な影が見えた。

 三つ首の黒い獣にまたがる妖艶な女の姿。


 その周りには戦団が見える。

 黒い翼が生えた生き物たち。

 特徴的なのは、それらを率いる四人の者達の姿だった。

 巨大な黒い翼を広げ悪魔とも魔人ともつかぬその姿。

 三人は男、その中の一人は女だった。


(あれは!)


 バールダトスに似た者もその中にはいた。

 より強力で禍々しいその姿。

 ぶつかり合う騎士たちと魔族の群れ。

 まさに阿鼻叫喚の世界が、俺の目の前に繰り広げられていた。

 先程の四人のうち、巨大な剣を持った魔人がこちらに迫ってくる。

 凄まじい速さだ。

 その巨大な剣が一閃されると、次々に竜と騎士たちが倒されていく。

 魔戦士と呼ぶに相応しい剣技。


「くくく、死ね! 忌まわしい竜と聖騎士ども、貴様らの血が吸いたいと、この俺の剣が言っておるわ!!」


 赤く血に染まった巨大な大剣。

 魔戦士の血に飢えた目が、こちらをねめつけるように眺めている。


「ほう、貴様が白銀の聖女か? 面白い。貴様の首、四魔騎士長が一人、このゼギドアがとってくれようぞ」


 そう宣告すると、黒い翼を羽ばたかせてこちらに向かって来くる。

 強力な魔力と闘気を感じる。

 それは俺が今まで戦った相手を遥かに凌駕していた。


(くそ! まじかよ!!)


 俺は思わず身構える。




 

「エル君……ねえ、起きて。エル君たら」


 耳元で誰かがささやく声。

 何だかいい匂いがする。

 頬に触れる柔らかくモフモフした感触。


(……何だ?)


 夢か? それにしては、妙にリアルな夢だったな。

 思い出した。

 確かリスティに尻尾枕をして貰いながら、ついウトウトしてたんだっけ。

 俺が薄目を開けると、リスティがこちらに顔を寄せて囁きながら、俺の頬を軽く叩いている。


「ああ、リスティさん」


 整った顔が直ぐ近くにあって、俺は思わず赤面した。

 何しろリスティは歴代のミス士官学校の一人だからな。

 しかも大きな狼耳までついているという、ファンタジー感溢れた容貌である。

 俺が返事をすると、リスティは人差し指を唇の前に立てて俺に静かにするように促す。

 ふと横を見ると、リスティのモフモフの尻尾枕でスヤスヤと眠るエリーゼとフユの姿が見えた。


「二人の無邪気な顔を見ていたら、起こしたら可哀想だと思って」


 リスティは、俺の耳元でそう囁くと大樹を指さす。

 そこには、興味深げに色々と調べているミレティ先生の姿があった。


(ていうかあの人、どうやってあの小部屋から出たんだ?)


 俺は首を傾げた。

 リスティは言う。

 

「丁度今、ミレティ先生が大樹から出てこられたの。エル君には知らせた方がいいと思って」


 俺は立ち上がるとリスティに礼を言って、エリーゼたちを起こさぬようにそっとミレティ先生の元に向かう。

 エメラルドグリーンの髪をした少女は、コンコンと大樹の表面を叩いたり耳を当てたりしていた。

 そして俺に気が付くと、こちらに声をかける。


「ああ、エルリット。もう少し寝ていても構わなかったんですよ?」


「すみません、色々あって疲れていたみたいで。エリザベスさんとアーミアさんは? それに、どうやってあそこから出てきたんですか?」


 俺の問いにミレティ先生は頷くと。


「エリザベスたちはまだあの小部屋の中です。出てくるのはそれほど苦労しませんでしたよ。この研究室の結界に似た術式で守られているのが分かりましたから」


 ああ、そうなのか。

 確かによく似ていると言えばそうだな。

 何しろミレティ先生は、じい様やタイアスさんの魔法の師匠でもあるわけだ。

 こんなことで驚いていてもしょうがない。

 問題は……。


「それで、エルーク王子は? あの術式の解除は出来そうですか?」


 俺の言葉にミレティは首を横に振った。


「今のところは難しいですね。タイアス自身に解かせるか、それとも術者を殺すか……」


「殺すって……」


 相手は四大勇者だ。

 この国の英雄の一人でもある。


「もしも、タイアスがファルルアンを裏切って動いているとしたら、その不始末は師であるこの私がつけるべきでしょうから」


 一瞬俺はたじろいだ。

 悲しそうなその顔とは裏腹に、凄まじい魔力の胎動を感じたからだ。


(怒ってるのか? ミレティ先生)


 いつも茫洋としているミレティ先生とは少し違う。

 大きな杖を、しっかりと握りしめているのが分かった。

 俺は思わず口を開いた。


「先生のせいじゃありませんよ。ここの事だって、タイアスさんが帰ってくるのを信じていたからそのままにしていたんでしょう?」


 ミレティは、エメラルドグリーンの大きな瞳で俺を見つめる。


「……エルリット。それはもしかして、私を慰めてくれているんですか?」


「はは、すみません。俺ごときが生意気ですよね」


 何しろこう見えても御年七十……。


「ふふ、エルリット。今何を考えているんですか?」


 ニッコリと笑顔を見せるミレティ先生。

 その目は全く笑っていない。


「は……ははは。べ、別に何も考えていませんよ! 言ったじゃないですか、俺は女性の年齢は覚えられないって」


 俺の顔を覗き込む、ミレティ先生。


「いい子ですね。でも生意気ですよ、この『風の魔女ミレティ』を慰めようなんて十年早いです」


「すみません……」


 そう言いながらも笑顔になるミレティ先生に、俺はホッとした。


「三年前、ここを調べようとしなかったは私の間違いでした。あの子が直ぐに帰ってくると信じていたのです。……いいえ、そう信じたかったのでしょうね」


 表向き、タイアスさんはこの巨大な図書館の館長に過ぎない。

 まさかそこでこんな研究がおこなわれているとは、流石のミレティ先生も考えもしなかったのだろう。


「それで、どうしますか? ディアナシア王妃のこともありますし。もしタイアスさんが生きているのなら」


 そもそも、タイアスさんを動かしていたのはディアナシア王妃だ。

 普通に考えれば……。


「ええ、貴方の考えている通りでしょう。もしタイアスが今も生きているとしたら、王妃陛下の傍に居る。そう考えるのが自然でしょうね。三年前、一体何があったのか……」


「あの日記を読んだんですね?」


 タイアスさんの研究日記。

 その最後にはタイアスさんの葛藤が書かれていたからな。

 そして姿を消した。


「少なくても、あの日までは今まで通りのタイアスだった。それは確かなようですね」


 俺はミレティ先生に尋ねた。


「どうしますか? ディアナシア王妃を捕らえさせて事情を問い詰めるとか」


「出来ると思いますか? そんなことをしたら、国内の王妃派の貴族が黙ってはいない。彼らが隣国のランザスと通じて、ファルルアンとの戦争を始める。そのきっかけになるでしょうね」


(確かにな……内紛とそれに乗じた隣国からの侵攻)


 十分にあり得る話だ。


「大国同士の戦いは外から攻めるだけでは消耗戦になるだけ。賢いのは中から分断し、それと同時に外から攻める事です。その口実を相手に与えるのは、策としては最も愚策ですよエリルット」


 まるで授業のように俺に言って聞かせるミレティ先生の言葉。

 同意せざるを得ない。

 この人はいつも実戦を想定している。

 だからこそ、士官学校の校長を任されているのだろう。


「今まではファルルアンとランザスの間には力のバランスがあった。決定的な戦力の差がランザスからの侵攻を防いでいたんです。それがかりそめとはいえ平和を保つ要因になっていた」


(抑止力だな……強力な力による)


「四大勇者ですね。ファルルアンにあってランザスにないもの」


「エルリット、やっぱり貴方は賢い。正解です、なら分かりますね。それを崩そうとするのであれば、どうしたらよいのかを」


 凄えな。

 この人は魔道士としても凄いが、軍師としても一流といえるかもしれない。

 想像も出来なかった王妃の目的が、ようやく俺にも見えてきた。


「四大勇者を凌駕するような力、それを作り出すことですね」

いつもお読み頂きまして、ありがとうございます!

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