第百八話 賢者の石
「エルリット、あれは何ですか?」
エリーゼは、好奇心旺盛な瞳で天井を指さした。
伸びていく大樹、その先にある高い天井に描かれた巨大な魔方陣。
それが気になるようである。
「錬金術で描かれた魔法陣さ、エリーゼ。俺にもまだ分からないところが多いんだけどな」
「錬金術?」
エリーゼにはピンとこないのだろう。
俺は疑似生命体のフユを指さして言った。
「エリーゼの傍にいる大きなフユだって、錬金術で作ったんだぜ」
俺の言葉に、何故か小さいほうのフユが胸を張る。
「そうです、錬金術で作られたです! フユ~」
『フユ、フユ~』
幼稚園児のようなフユも、フユを真似たのか胸を張る。
エリーゼは、ぱぁっと目を輝かせるとパチパチと手を叩いて喜んでいる。
「錬金術凄いです! エリーゼも習いたいです」
「はは、そうだな。簡単なものならエリーゼも使えるかもな」
俺は改めて白銀に輝く本を眺める。
(こいつは便利だよな、いわば錬金術の奥義が書かれてるようなものだからさ)
検索機能も優れモノだが、やはりなんていってもその内容だ。
エネルギー循環という心臓部の作成法に関する術式解析はまだ出来てはいないが、外見の作成に関する部分は大方理解が出来た。
基本は普通の疑似生命体を作るのと同じ作業のようだが、その際に己のイメージを疑似生命体に転写する術式が重要となる。
そこは、地竜族の文字といくつかの古代魔法言語で構成されていた。
(まあエネルギー循環の元になる核を作る作業に比べたら、通常の魔法に近いからな)
言ってみれば俺の頭の中にあるフユのイメージから作り出された立体コピーを、簡単な制御プログラムで動かしている、そんな感じだろうか。
逆に言えば、フユに対する俺のイメージが薄弱なら似ても似つかぬ外見になるわけだ。
外見は良くできているが、錬金術を学んだ者が観察すれば偽物だと分かる程度の代物だろう。
「そう考えるとアーミアさんの存在は異次元だな。どうやってるんだ?」
俺は本の目次を眺める。
重要なことは二点。
一つ目は動力となるエネルギーの循環。
いわば作り出した疑似生命体の中に、循環的にロスのない永久機関のようなものを作り出す作業といったらいいだろうか。
(それにアーミアさんは凄え出力で戦ってたもんな、あそこで使ったエネルギーはどこかから補充してるはずだ)
リスティと戦った時のアーミアを思い出す。
それはつまり、美少女モードのリスティと遣り合うパワーをどこかから得ているわけだ。
「リスティさん。アーミアさんと戦ってみてどうでした?」
俺は隣に立っている獣人美女に聞いてみる。
こういうことは、手合わせした本人に尋ねるのが一番だろう。
「どうでしたって、驚いたわよ。いくらタイアス様が作り出した『ドール』だからって、あそこまでやるとは思わなかったもの。戦っている最中は額の宝玉から膨大な魔力を感じたわ」
「確かにね、俺も感じましたよ」
(やっぱり、いきつくところはあの宝玉か……)
それは、もう一つの大きな疑問にも繋がっている。
魂の定着にかかわるあの宝玉。
それがエネルギーの循環や、補給にも大きな役割を果たしているとしたら。
「やはり、あの石自体が錬金術の奥義の一つだってことですね」
永久機関のごときエネルギー循環を可能にし、時には膨大なエネルギーを作り出す。
そして、生み出された偽りの肉体に魂を定着することまで可能にする宝玉。
ある意味、究極の命の結晶と言えるかもしれない。
「賢者の石……か」
俺がそう呟くとリスティが首を傾げた。
「賢者の石って、錬金術師たちが追い求めているって言う究極の存在のこと?」
「ええ、俺も錬金術に関しては詳しくないですけど、賢者の石ぐらいは本で読んだことがありますからね」
リスティは、長い尻尾をフサフサと揺らしながら俺に言う。
「私もミレティ先生の授業で教わったわ。多くの錬金術師が追い求めて、決して作り出すことが出来なかった物。言い伝えでは、物質を黄金に変えたり、永遠の命を与えたりする物だなんて言われているらしいけど。まさか、アーミアのあの額の宝玉が?」
「まだ、分かりませんけど少なくてもそれに類した物じゃないかと」
俺の言葉に、リスティが感心したように答える。
「エル君がそう言うならそうかもしれないわね。ふふ、でもやっぱり小さいエル君が真面目な顔をしてそんなこと言うと、可愛いわね」
「ぐふふ、そうですかね。可愛いですかね?」
思わずデレた俺の顔を見て、リスティは苦笑いする。
「悪いけど、その笑顔は可愛くないわね」
「あ……はい」
調子の乗り過ぎると大抵は失敗するものである。
俺がリスティと話していると、エリーゼたちはその後ろで遊んでいる。
どうやら、リスティのフサフサの尻尾が揺れるのが気になっている様子だ。
エリーゼは大きな目でそれを眺めながら、遠慮がちに手を伸ばしてはひっこめている。
その様子にリスティも気が付いたようで。
「触ってご覧になりますか? エリーゼ様」
それを聞いて、ぱぁっと嬉しそうな笑顔になるエリーゼ。
「いいんですか? エリーゼ触りたいです!」
うずうずしたような顔をしているエリーゼを見て、リスティは頷いた。
「ええ、もちろん」
それを聞いてエリーゼは遠慮がちにリスティの尻尾を撫でる。
フユとフユ人形もそれを真似た。
「フユ~、フサフサしてるです! モフモフです!」
小さなフユがリスティの尻尾の上に飛び乗ると、器用にその上で寝転がる。
遠慮がちだったエリーゼもリスティの尻尾を抱き締める。
「ほんとですモフモフです!」
『フユ、フユ~』
(確かに気持ちよさそうだな……)
異世界で狼耳の美女の尻尾をモフるとか、男のロマンの一つと言っていいであろう。
俺はチラリとリスティを見上げる。
「どうしたの? エル君」
「実は僕も少しばかり、リスティさんの尻尾をモフらせて貰いたいと思いまして。いえ、もちろん他意は無いんですよ。あくまでも学術的な興味です」
出来るだけ爽やかに可愛らしく言ってみる。
そうさ、エリーゼと同じ無邪気な子供じゃないか、僕は。
リスティがジト目て俺を見おろしている。
「学術的興味って顔じゃないわよ」
そう言いながらも、リスティは俺の前に長い尻尾を突き出すと触らせてくれた。
「仕方ないわね。男になんて触らせたことは無いけど、エル君は特別よ」
光栄な話である。
確かに、元ヤンのリスティの尻尾に触れようする度胸がある男はいないかもしれないな。
下手をしたら違う意味で天国に送られそうだ。
俺は恭しくお辞儀をすると、そっとモフモフした尻尾に手で触れた。
「おお、これは……」
獣人美女の尻尾は、最高の肌触りだ。
フユが満面の笑みで寝転がっているのも、合点がいくと言うものだ。
最高級の布団でもこうはいかないだろう。
「フユ~、最高です。エルリットもやってみるです」
俺とエリーゼは、その言葉にリスティを見上げる。
「何よその目は……エリーゼ様まで! んもう、いいわ。好きにしなさいよ」
その後、俺は大樹に寄り掛かるようにして、エリーゼやフユと一緒にリスティの腕枕ならぬ尻尾枕をしてもらいながら、錬金術の本に目を通していた。
あまりに快適なので、思わずあくびが出る。
エリーゼは少し疲れたのだろうリスティの尻尾をギュッと抱き締めて、スヤスヤと寝息を立てていた。
小さいほうのフユは、だらしなくお腹を少し出して寝ている。
大きなフユは、少し前に魔力の循環に限界がきたようで土にかえっている。
リスティが、エリーゼたちの寝顔を眺めながら俺に微笑んだ。
「可愛い寝顔だわね。エル君、こうしているとまるでこの地下に本当の魔王がいるなんて嘘みたいね」
「そうですね。俺としてはこうやってのんびり暮らせたらそれでいいですけど」
エルークとの戦いもあったことで疲れていたからだろうか。
俺は心からそう思いながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
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