第百五話 大剣を手に
「これから宴が始まります。ロイジェル・スハロエル、貴方にはそれに相応しい力を授けてあげましょう」
ロイジェルは、自らが立つ大地に魔法陣が描かれていくことに気が付いた。
見たことも無い文字で書かれたそれは、淡い光を放つ。
ロイジェルは苦し気に呻く。
「タイアス様、一体これはどういうことです!? 四大勇者である貴方が、なぜこのような真似を!!」
「ふふ、それを貴方が知る必要はありません」
タイアスの返答に、ロイジェルは剣を握る手に力を込めた。
それを見てタイアスは笑う。
「私の術にかかりながら、それだけの気迫を保てるとは。ミレティが目をかけるだけはある。やはり、素材としては悪くありませんね」
「ぐっ! 何を……」
ロイジェルは、自分の四肢を縛る魔力が高まっていくのを感じる。
それに伴って大地に描かれた魔法陣も輝きを増していく。
そこからゆっくりと姿を現した物に、ロイジェルは思わず目奪われた。
見事な大剣だ。
180cmは優に超えるロイジェル。
その体よりも遥かに長い刀身。
そしてその刃の輝き。
タイアスは四貴公子の一人である青年の傍に歩み寄ると、まるで誘惑するがごとく囁いた。
「どうです? 武人であれば、誰しもこの剣に触れてみたいと思うはず。これは私が作らせたもの、かつて四大勇者が使った武具にも引けをとりません」
「四大勇者使った武具……」
大地の杖タイタニウス。
炎槍イグニハース。
魔氷剣グラキディウス。
そしてミレティが使った風のオーブ、シルフィーティリス。
この国で武術や魔術を究めようとするならば、憧れぬ者はいない。
青年の様子を眺めながら、大地の錬金術師は続ける。
「それだけではありませんよ。これを使えば、貴方は四大勇者と呼ばれる者達に並ぶほどの力を得る事が出来る。ふふ、あなた次第ではそれ以上の力をね」
ロイジェルはその大剣の輝きを見つめながら、まるで何かの術にかかったかのようにタイアスが耳元で囁くのを聞いていた。
誘惑するようなその言葉。
「悔しいと思いませんか? ミレティはガレスの孫が現れたとたん、大事な弟子である貴方たちよりも彼を選んだ。知っていますか? ミレティは貴方たちではなく、彼を四大勇者の後継者にと考えていることを」
「ミレティ先生が? 馬鹿な……エルリット・ロイエールスが四大勇者の後継者……」
タイアスは微笑むと、懐から水晶玉を取り出した。
そこには、楽し気に笑うミレティの姿が映っている。
ロイジェルは、敬愛する師がまだ幼い少年に語り掛ける様子を眺めていた。
『エルリット、私は貴方を未来の四大勇者の後継者候補の一人だなどとは考えていません。貴方を近い将来、実際に四大勇者の一人に迎えることを考えている、そう言っているのです』
精霊と融合した美しい姿。
風の魔女と呼ばれた女性のその姿を、ロイジェルは見せてもらったことがない。
そして、四大勇者の一人として迎えると言うその言葉。
(ミレティ先生……)
タイアスは、ロイジェルに同情したような声で囁く。
「哀れですね。ガレスの孫が現れ、貴方たちはもうミレティにとっては無価値な存在になってしまった。どうです、見返してやろうとは思いませんか? この剣が、貴方を四大勇者の一人にしてくるかもしれませんよ」
「だ、黙れ! ミレティ先生はそんなお方ではない……」
その言葉とは裏腹に、ロイジェルの目は水晶玉に映る少年の姿にくぎ付けになる。
かつて士官学校を首席で卒業した、美しき獣人の女戦士。
聖獣使いと呼ばれたリスティの姿が映っている。
そして、その前に立ちはだかる真紅の髪の少年。
霧で描かれた魔法陣。
巨大な精霊を召喚し、血と魂の盟約で融合する姿。
どれもロイジェルには到底及ばぬ技だ。
ミレティの言葉が再び繰り返される。
『エルリット。貴方を近い将来、実際に四大勇者の一人に迎えることを考えている、そう言っているのです』
「分かるでしょう? もうミレティの傍に貴方の居場所などない。真理を教えるべき弟子が、彼女の前に現れてしまったのだから」
(お、俺は……くそ! 俺は!!)
ロイジェルは目の前の見事な大剣を凝視した。
ゆっくりとそれに手を伸ばす。
「貴方はその剣を手にしさえすればいい。その力を受け入れるのです。風の魔女の代わりに、大地の錬金術師と呼ばれた私が貴方に力を貸してあげましょう」
「……タイアス様、お、俺は!」
ロイジェルは大剣の柄に触れた。
そして、それをしっかりと握りしめる。
タイアスはそれを見て笑みを浮かべた。
「そうです。それでいい」
見事な構えで大剣を手にする一人の青年の姿。
彼はゆっくりと目の前の林に歩を進める。
その刹那!
何という速さだろう。
無数の剣閃が鮮やかに宙に描かれる。
青年は笑った。
剣から伝わってくる力、その凄まじさに。
先程水晶玉に映った少年など、もはや敵ではない。
ロイジェルはそう思った。
その笑みはロイジェルのものであり、どこか別の存在のものにも見える。
彼がタイアスを振り返った時、背を向けた林に立つ木々は見事な切り口を残して倒れていた。
巨大な剣を手にした男は、地の底から響くような声で笑う。
「中々使い勝手がいい体だ。武人の俺には丁度いいかもしれんな、タイアス」
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