第百三話 杖と大樹
「タイアスの研究を、恐るべきことに利用しようとする者達がいるのだ、私はその実験台にされたに過ぎん。エルリット・ロイエールス、お前には力を貸してもらうぞ。私には奴らに対抗しタイアスが残した研究を、正しく引き継ぐ義務があるのだ」
「恐るべきこと? そもそもこの大樹とあの少女は一体何なんですか? それも分からない俺に、手伝いなんて出来るわけないですよ」
エルークは大樹を見上げる。
「あれは、千年前、地竜族が守っていた生命と大地の大樹を再生したものだ。かつてあの大樹から作られた一本の杖を使ってな」
(一本の杖……まさか)
「もしかして、この大樹は地竜の杖から作ったものなんですか!?」
俺の言葉に赤と青の瞳が静かにこちらを見つめる。
「そうだ。タイアスは、あの杖がかつて地竜族が守り続けた大樹の枝から作られたものだと知り、再びそれを作り出せないかを研究し始めた。千年前の戦いで聖女にその力を与え朽ち果てた大樹、そのレプリカをな。あの少女は、聖女を模して作り上げたホムンクルスだ。大樹の聖なる力を充填し戦う人型の兵器、『エンジェル』と呼ばれる、対魔族の切り札だ」
「エンジェル……」
エルークはあの少女が入った装置を眺めると。
「まだ、あそこから動くことすらままならぬがな」
「俺にその研究を手伝えと?」
俺の問いにエルークは頷く。
「タイアスが残した研究資料には、私では解読できぬ部分も多い。だが、お前ならその全てを読み解くことが出来るだろう」
(確かに、俺には地竜族の文字も魔族の文字も読めるからな。俺が解読した情報で研究を進めるわけか。それにしても……)
俺にとっても錬金術は興味深い。
特に疑似生命体の技術は興味がある。
自分が作り出したホムンクルスとか、ある意味、厨二病患者のロマンだからな。
俺はアーミアを見つめる。
その視線を感じたのか、人形のように端正な顔立ちのアーミアがこちらを見て首を傾げる。
「どうかされましたか? エルリットさん」
「いえ……アーミアさんって、可愛くて綺麗だなって思いまして」
俺は改めてその姿をじっくりと観察した。
アーミアは顔を赤くする。
俺が大人モードだからだろう。
「そ、そんな、いきなりどうしたんですか?」
「どういうつもりだ? アーミアは私の恋人だぞ! 無礼は許さん!」
エルークの顔が一瞬引きつって、アーミアをその腕に抱き寄せる。
冷静に見えるが、こと恋愛に関してはそうでもないようだ。
一方で、アーミアはエルークに恋人宣言されて真っ赤になっている。
「エルーク様!」
「アーミア……」
こんな時に盛り上がっているのを見て、リスティがジト目になっている。
軽く咳払いをする青狼族の美女に気が付いて、二人は少し頬を染めて体を離した。
俺は頭を掻きながら。
「エルーク殿下……少し二人で相談したいことがあるのですが」
「何だ、エルリット」
訝し気にこちらを見るリスティとアーミアを尻目に、俺はエルークと少し離れた場所で話をする。
「事情が事情ですし、ぜひ殿下のお手伝いをしたいのですが、一つお願いがありまして」
「だから、一体何なのだ?」
俺はアーミアをちらりと眺めると。
「ほら、アーミアさんって凄く可愛いじゃないですか。可憐で兄想いで、なんていうか理想の妹って言うタイプですよね」
「ま、まあそうだな。アーミアは可憐だ、凄く可愛いという言葉にも同意しよう」
気取った口調でのろけられたが、まあ今はスルーするとしようか。
そこは、この際問題ではない。
「実は俺、来年には妹か妹が生まれる予定なんですよ」
エルークは、若干イラっとした顔をして。
「妹か妹だと? 普通は妹か弟だろうが。大体、こんな時に何が言いたいのだお前は!」
「いやぁ、俺思うんですよね。エルーク殿下の手伝いって、絶対ヤバいじゃないですか。地面の中には世界を滅ぼすような奴は眠ってるし、それに研究を恐るべきことに利用する連中がいるって。命の保証が無さそうな相手ですよね?」
この国の王子は、まるで軽蔑したような顔で俺を見る。
「貴様……王国の名誉騎士であり、タイアスの友である炎の槍の勇者の孫だからこそ、私がここまで真実を打ち明けたと言うのに。その返事がそれか? 見損なったぞ、臆病者め! もう貴様には頼まぬ!」
「いや、確かに少し怖気づきましたけど。俺はやる気はあるんですよ。あんなのが目覚めて、何もできずに死にたくないですし」
エルークはイライラが頂点に達したのか、赤と青のオッドアイを閉じて眉間にしわを寄せてる。
「貴様は何が言いたいのだ? 金が欲しいのか? それとも地位と名誉か?」
「いえ、妹です」
俺は胸を張ってそう宣言した。
「は? 馬鹿かお前は! 妹が欲しければ、お前の両親にギシアン……いや、愛し合ってもらうのだな!」
少し離れた場所にいるリスティとアーミアが、心配そうに俺たちを見る。
「ねえ、アーミア。今、殿下がギシアンって叫んだ気が……」
「嫌ですわ、リスティさん。殿下がそのようなこと仰るはずが」
「そ、そうね。気のせいよね」
エルークが、俺を二人からもっと離れた場所に連れていくと睨む。
「い、一体何が言いたいのだ貴様は!」
「いえね、生まれてくるのは妹だと思うんですよ。でも、万が一って言う可能性もあるじゃないですか?」
再びイライラが頂点に達したのか、エルークは──
「だから! その時は、もう一度お前の両親に!」
「いや、ですからね。その時は、理想の妹を自分で作れないかと思いまして」
「は?」
何を言ってるんだ、と言う顔でこちらを見るエルークに俺は。
「つまり、俺のオリジナルの疑似生命体を作りたいってことですよ」
「……」
そりゃあ、無言にもなるだろう。
言ってみて自分でも相当ヤバいと自覚したからな。
俺は軽く咳ばらいをすると。
「い、いえね。もちろん純粋な学術的興味ですよ? 魔族と戦うほどの強さを持つ疑似生命体を作るには、やっぱりお互いに愛情も必要だと思うんですよ。ほら『お兄ちゃん大好き!!』って言ってくれるような疑似生命体なら、こっちも頑張って研究できるかなって思いまして」
「貴様……本当はやはり魔族に操られているのではないだろうな?」
「フユ~、邪悪な波動を感じるです!」
フユとエルークが俺を見つめている。
この国の王子はアーミアをちらりと横目で見ると、少し考え込む。
「確かに、愛情が研究への情熱になることはあることあるが……」
意外と押せば、いけそうだな。
しかし、自分が作り出した疑似生命体とかまるでSFの世界だな。
『私、お兄ちゃんと世界の為に戦う!』とか言われたら色んな意味で凄い破壊力だ。
敵がどんな相手だろうが、死ぬ気で戦う勇気をくれる存在である!
(それにしても……)
「そういえば、殿下が仰ってたタイアスさんの研究を恐るべきことに利用しようとしている連中って、一体何者なんですか?」
エルークは俺の言葉に真顔に戻ると。
「すぐに分かる。お前は数日後の御前試合で、その一人と戦うことになっているのだからな」
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