第百一話 闇の騎士
「面白い、どうやらお前が言っていることは本当のようだな。もしそうだとしたら、エルリット、お前にはやって貰いたいことがある」
エルークの言葉に、俺は首を傾げる。
「殿下。俺にやって貰いたいことって、一体何ですか?」
この国の王子は、それには直接答えずに。
「私が警戒しているのは、人知れずこの地上に存在するあの女の眷属。お前が今、魔族と呼んだ闇の眷属どものことだ」
(やっぱりな)
もしも闇の眷属とやらがさっきの一体だけなら、俺を警戒する理由がない。
リスティが美しい体を震わせる。
「あんな化け物の眷属が地上に? そんな! 数十年前に『魔王』と呼ばれる存在が世界を滅ぼしかけたんですよ? そんな連中が他にもいるなんて……」
エルークはリスティを見つめると、先程あの化け物が消滅した場所を振り返る。
そして口を開いた。
「千年前の戦いを、辛うじて生き延びた闇の眷属ども。タイアスが調べた文献では、奴らは人を唆し闇へと誘う悪魔や魔族としてその存在が記されている。その中でも最も強い力を持つ四人の魔族。その一人が『バールダトス』。かつて地上で魔王と呼ばれ、四大勇者が倒した男だ」
「バールダトス……あいつが」
血の盟約を進化させ、強大な力を手に入れたと思った俺でさえ手も足も出なかった相手。
あの黒い霧のような力が、バロたちを簡単に拘束したのを思い出す。
エルークは続けた。
「古の昔、聖女は地竜たちと共にあの女と黒い獣を地の底に封じ込めた。だが、その戦いで多くの地竜たちは死に、聖女もその力の殆どを使い果たした。そんな最中、灰となり、塵となりながらも辛うじてその生を繋いだ者達がいる」
「それが、魔族と呼ばれる者達ってことですか?」
俺の問いにエルークは頷いた。
「千年の時を経て、奴らの中には強大な力を取り戻しつつある者達が出てきた。特に恐るべきは『四魔騎士長』と呼ばれる四人の魔族だ」
フユが肩の上で震えると、俺の首にしがみついた。
地中に眠るあの女や黒い狼を見て以来、フユの頭の薔薇はすっかりとしぼんでいる。
「フユ~、強そうです」
俺は怯えるフユの頭を撫でた。
「『四魔騎士長』……あいつはつまり、その一人ってことですか?」
俺がエルークに尋ねると。
「そうだ。あの女の傍に仕えた四人の魔騎士長。バールダトスはその一人だ。奴が本当に千年前と同じ力を取り戻していれば、四大勇者とて勝ち目はなかっただろう」
(マジかよ。じい様やマシャリア、それにミレティ先生でも勝ち目がない相手とか、化け物過ぎるだろ)
しかし、地の底に眠るあの女や、滅びの黒い牙と呼ばれる魔獣を見た今はそれが出鱈目だとは思えない。
リスティの顔も青ざめている。
「そんな……ミレティ先生達でも倒せないなんて」
「タイアスは、地竜の杖を修復する過程で多くの文献を研究した。そして、魔族の存在がただの伝承ではないと気が付いたのだ」
エルークの言葉に俺は一つ疑問を感じた。
「でもこんな重大なこと、他の四大勇者は知ってるんですか?」
その疑問にエルークは答える。
「この扉の奥のことは他の勇者たちは知るまい。タイアスはここを去る時に、直ぐに戻るとミレティには手紙を書いたと言うが、ミレティは扉の奥を見ることはなくこの地を封印した。恐らくはタイアスは、ミレティのその性格も見越してそう書き残したのだろう。いや、もしかするとミレティに見て欲しいと望んで、扉に封をしなかったのかもしれないが……その真意は今となっては分からぬ」
俺はエルークに尋ねる。
「何故です、もしも隠したとしたら何かその理由があるんですか?」
エルークは俺をジッと見て、悲し気に言った。
「お前は知らぬかもしれぬが、有力貴族の中にはこの国を救った四大勇者であるタイアスを非難する者は少なくは無いのだ」
「どうしてです? タイアスさんは国を救った英雄の一人じゃないですか」
俺はそう言って、ハッと思い出した。
「まさか……ファルルアンの秘宝である地竜の杖を壊したからですか?」
マシャリアが言っていた。
『時が経つにつれ魔王の恐怖を忘れ、国の秘宝を破壊したことについて王宮の一部ではタイアスを責める愚か者達が出てきた』と。
エルークは俺の言葉に頷いた。
「そうだ、タイアスの母親が隣国であるランザス出身であることが災いし、一部の貴族たちからはタイアスを国外追放せよとまで批判が高まったことさえあるという」
リスティはそれを聞いて体を震わせる。
「そんな! 命懸けで国を救った英雄によくもそんなことを!!」
エルークも師に対するその仕打ちに、怒りを禁じ得ないのだろう。
拳を握りしめた。
「父上は国の為に命を懸けたタイアスに対し、そんな真似は出来ぬと彼らを抑えてはいたが、その勢力は未だに根強い。タイアスが魔族の存在に気が付いた時も、父上には研究の資金を求めなかった。タイアスが申し出れば、父上はその貴族たちの反対を押し切っても研究に国費を出すだろう。そうなれば、国王としての立場は弱まり国は乱れる」
(確かにな……)
政治は綺麗ごとでは動かないのが現実だ。
ありそうな話である。
エルークは続けた。
「タイアスは悩んだに違いない。だが、そんな時タイアスに手を差し伸べた人物がいた」
「手を差し伸べた人物、一体誰ですか?」
エルークは研究室の中を見渡す。
その設備や建物、巨大な大樹のレプリカ。
「その人物は、タイアスの研究に惜しげもなく資金を出した。膨大な資金をな。それが無ければ、地の底に眠るあの女の存在も突き止められなかっただろう」
「つまりは、その人物の意向ってことですね。この場所と魔族のことは伏せておけと」
エルークは静かに首を縦に振る。
「そういうことだ。確かに、もしも魔族の存在が事実だということが広まれば、国民の間に大混乱が生じただろう。タイアスもそれ故にその言に従ったのだ」
そりゃそうだ。
地面の中に、あんなものが眠っているなんて知ったら大パニックだろう。
それよりも問題は、その人物が真実を隠させた理由がそこにあるのかどうかだ。
(……もしそれが俺が考えている人物なら、それだけが理由とは思えないけどな)
リスティが俺に問いかけた。
「でも、こんな施設を作り上げる程の資金を持っている人間なんて、一体誰なの?」
「俺には、一人だけ心当たりがありますよ」
資金力だけでは駄目だ。
タイアスさんに、その条件を飲ませるだけの地位と政治力がある人物。
国王以外にそんなことが出来る人物は、ファルルアンに一人しかいないからな。
赤く妖艶な薔薇。
そう呼ぶに相応しい美貌が俺の脳裏に浮かぶ。
俺は静かにその人物の名を口にした。
「タイアスさんに資金を出した人物、それはディアナシア王妃陛下じゃありませんか? エルーク殿下」
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