第九十七話 眠る少女
リスティの言葉に、俺も20m程のカプセル型の装置の中身を覗き込んだ。
「これは!」
俺も思わずその場に立ち尽くす。
ホムンクルスが入っていたカプセルと同じように、中には何らかの液体が満たされてる。
あのホムンクルスの様子を見る限り、その中でも生命が維持できるような特殊な液体なのだろう。
だが、こちらの装置のそれは淡い光を放っていた。
大きな装置の割には、中に入っているのはあのホムンクルスと大差のないサイズの存在だった。
だが……。
「エリーゼ……」
俺の言葉に、フユも肩の上でから装置を覗き込んだ。
「フユ~!! エリーゼお姉ちゃんです! 何でこんなところにいるですか?」
リスティも驚いたように俺を見た。
「エル君、これは? でもエリーゼ様にしては……」
一瞬動揺した俺も、冷静になってもう一度装置の中の人間を見つめる。
(いやよく似ているが違う……これはあの扉に描かれていた少女か!?)
その姿はエリーゼに瓜二つなのだが、僅かに雰囲気が違う。
見た目の年齢は15歳ぐらいだろうか。
エリーゼが成長したら、間違いなくこんな風になるだろう。
そう思わせるほどよく似ている。
清楚で可憐なその美貌。
その額には、アーミアの額にある宝玉に似た石がはめ込まれていた。
「アーミアさん、これは一体?」
「分かりません、私も何が何だか……」
そうか、アーミアさんもこの研究所の中には体を取り換える時に、僅かな時間しか入ったことはないと言っていたな。
ここに入ることが許されたのは、タイアスさんとその愛弟子の二人。
俺は改めて静かに眠っているかのような少女を見つめる。
この少女もホムンクルスなのだろうか?
だが不思議な魔力をその少女から感じる。
今までに感じたことのない魔力だ。
俺が知る四つの魔法属性、火、水、地、風そのいずれでもない。
エルークの剣から感じた魔力も、俺が知らないタイプのものだったがこちらはそれとも違う。
いや、真逆と言った方がいいのだろうか。
(あれが闇だとしたら、これは光……)
その時、背後から不気味で低い声が響いた。
「くくく、大地の錬金術師め。つまらぬ小細工をしおったが、それもこれで終わりだ」
振り向いたリスティが身構え、アーミアが悲鳴を上げる。
「きゃぁああああ!!」
「エル君! あれ!!」
俺が振り返るとそこには、黒く濁った魔力の霧のようなものに絡めとられているバロたちの姿が見える。
「ぐっ……エルリットすまねえ。逃げろ……こいつはやべえぜ」
「バロ! お前たち!!」
俺は使い魔達に叫んだ。
今のこいつらを、こんなに容易く拘束できる奴がいるなんて信じられない。
黒い霧を放っている正体を俺たちは見た。
それは先程まで干からびているように見えた、あの悪魔のような姿をした生き物である。
その巨体と禍々しさ。
干からびた肉体が徐々に修復されているのが、ここからでも見てとれる。
アーミアの美しい唇が震えながら言葉を紡ぐ。
「……魔王」
その言葉に俺は火竜剣を握りしめる。
エルークが言っていたことが本当なら、あれが魔王か?
俺と戦った時、エルークが手にしていた剣から微かに感じた禍々しい魔力が完全に具現化している。
その凄まじい魔力に俺は叫んだ。
「リスティさん! アーミアさんを連れて、逃げろ!!」
俺がいなければあの結界を通れない。
それは分かっている。
だが、そう叫ばずにはおれない程の力を目の前の生き物からは感じた。
(四大勇者は、こいつを倒したって言うのか!?)
どう考えても無理ゲーだ。
少なくても今の俺には。
それほどの力の差を感じる。
当然だろうな……こいつがもし本当の魔王だとしたら、じい様たちが四人がかりでようやく倒した化け物だ、俺一人で何とかなる相手のはずもない。
背中に冷たい汗が流れる。
化け物はこちらに向かって歩いてくると、黒い霧で俺たちを覆う。
圧倒的な存在感に身動きが取れない。
直ぐに俺たちはバロたちのように拘束された。
「ぐっ!!」
思わず呻く。
黒い魔物は、獣のような顔を歪めて笑った。
「小僧、貴様ごときの命などいつでも奪える。それよりもまずはこの女だ」
その生き物は、俺たちを見おろすと嘲るように哄笑しながら傍にある装置に向かって歩く。
そしてその中に眠る少女を見おろした。
「……忌々しい女よ。だがこれで終わりだ」
そう言って、まるで獣のような爪が生えた巨大な腕で装置を破壊しようと試みた。
その時──!
化け物の顔が歪む。
「何! 馬鹿な……まさか」
歌声が聞こえた。
とても美しい歌声だ。
俺は自分を拘束する黒い霧が消えていくのを見た。
その歌が浄化するがようにそれは消えていく。
装置の中に眠る少女が歌をうたっている。
気が付くと、エルークがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
この国の第二王子は、青と赤の瞳で黒い魔物を見つめている。
「愚かな奴だ。私を操りここまで来れば、全てを思い通りに出来るとでも思っていたのか?」
「何だと! エルーク貴様!!」
魔王と呼ばれるその生き物は、憎々し気にエルークを睨んでいる。
その巨大な黒い体を、装置の中の少女が放つ白い光が徐々に侵食していった。
「馬鹿な! この女は、人間ごときが作った偽りの存在に過ぎん!! それがなぜこのような力を!!」
輝く光はもう完全に魔王を包んでいた。
(すげえ……こんな魔力は初めてだ)
俺が太刀打ちできなかったあの力を、圧倒していくのが分かる。
巨大な魔物は断末魔の咆哮を放った。
「おのれぇえええ! 覚えておれ!! どうせ貴様らは滅ぶのだ! ふは! ふははああぐあああああ!!」
白い光が目の前の巨大な生物を消滅させていく。
俺の隣で、リスティとアーミアが思わず膝をつくのが見える。
気が付くと魔物を消滅させた歌はもう聞こえない。
俺は、こちらに歩いてくるエルークに尋ねた。
「エルーク……殿下。今のは一体、魔王は死んだんですか?」
いや、そもそも魔王はもう何十年も前に死んだはずじゃないのか。
俺は敵のはずだったエルークに、思わず疑問をぶつけていた。
黒い髪を靡かせた凛々しい青年は、もはや邪悪な存在には思えない。
赤と青の瞳が静かに俺を見ている。
「エルリット・ロイエールス。あれは確かにかつて魔王と呼ばれた存在だ、だがその正体は魔王などではない」
どういう意味だ?
「それは一体……」
問い返す俺にエルークは答えた。
「奴は只の尖兵に過ぎない。お前の足元にいる、本物の闇の手先でしかないのだ」
その時、俺は気が付いた。
先程の黒い霧のような魔力の影響なのだろうか。
それとも、あの清らかな光の力なのだろうか。
俺達が今立っている地面が、透けるようにその奥にあるものを映し出している。
この地の奥に眠る、その生き物の姿。
「こ……これは!」
その姿を見て、俺は呆然とその場に立ち尽くしていた。
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