1月中旬 不安定な日常
次の日、私はクリスマスパーティーを欠席した。
気まずすぎて、蓮と顔を合わせられない。そう思ったのだ。
なにせスイートまで取ってくれた部屋をキャンセルさせてるわけだし、あんな捨て台詞をはいた後に平然とした顔で彼の前にたてるほど私は神経図太くない。
パーティーには行きたくないという私に、兄さんは困った顔をした。
私の態度を見れば、昨日蓮と何かあったことは一目瞭然だ。
私の頭をなでながら兄さんは言った。
「伊織、誠司が何かやらかしたのかい?」
「違う、誠司くんは悪くない。……悪いのは多分私なの」
「伊織が悪いなんて、そんなことあるわけないよ。……どうせあのバカがまた強引に迫ったんじゃないのかい?」
私の左の薬指を見た兄さんが眉を顰めてそう言う。
断言するような口調に、つい笑いそうになった。
「本当に何でもないから。……でもできれば今日だけはそっとしておいてほしい」
懇願するように頼み込めば、兄さんは仕方ないねとまた頭を撫でた。
「伊織は何もないというけど……君は昔から自分の痛みには鈍感だから私は心配だよ。父さんたちには私からうまくいっておいてあげる。今日はゆっくりしていなさい」
「……ありがとう……あの、誠司くんには……」
私がいないと分かれば、また激昂しないだろうか。
少し不安げに兄さんを見上げると、任せておきなさいと請け負ってくれた。
「あいつには何も言わせないよ。……あれほど泣かせるなって言ったのに、少しくらい痛い目にあえばいいんだ」
私の腫れ上がった目元を見て黒く笑う兄さんの言葉は聞かなかったことにして、私はベッドにもぐりこんだ。
いまだ心の整理はついていない。
ただ、今は蓮に会いたくなかった。
そのまま私は仮病を使い続け、結局新年が明けて行われた新年会にも、参加することはなかった。
◇◇◇
「もう、1月かあ……」
季節は真冬。めっきり寒くなり、私はコートを着こみ寒さに震えながら登校した。
3年は自由登校。
兄さんは先週からドイツに行ったきりで日本にはいない。
蓮は……何をしているのかわからない。
あれ以来、蓮からの連絡はなくなった。
携帯はうんともすんとも言わない。
謝る機会も、言い訳をする機会も与えられず燻った気持ちを抱えたままやりきれない日々を過ごしていた。
こちらから連絡をすればいいのかもしれないが、それこそどんな顔で「会いたい」などと言えばいいのか。
追い詰められた気もちで、携帯を握り締めた。
溜息をこぼし、右手をちらりと眺める。
蓮から強引に押し付けられた指輪は、今は右手の薬指に嵌っている。
どうしようか考えたあげく、結局この場所で落ち着いたのだ。
左手薬指に嵌めておくことはできなかった。
かといって、外してしまうのは蓮の気持ちを拒否してしまうようで嫌だった。
蓮の狂気なまでの気持ちを受け入れる覚悟もできず、でも拒否することもできない。
中途半端な右手の薬指という位置が、そのまま今の私の宙ぶらりんの心境を表していた。
昔はあんなに簡単に受け入れられたのに……。
普通の恋人同士ならこんな悩みなどないんだろうなと思ってしまう。
私の部屋の中には、渡せなかった彼へのクリスマスプレゼントが置きっぱなしだ。
それを見るたび、あの時の事を思い出してしまって正直辛い。
だが、どうしても捨てる事はできなかった。
結局のところ、私は彼のことが好きなのだと思い知るしかなかった。
でも、と思う。
あれから約半月、一度も連絡がないというのはどういうことだろう。
初めは戦々恐々としていた。
クリスマスパーティーの欠席。エスコートするべき婚約者が欠席などという不始末。恥をかかせた自覚はある。
次の日にでも、嫌味まじりに訪ねてくるに違いないと半ば覚悟していたというのに。
あの日から、ほとんど我が家に入りびたり状態だった蓮が、全く訪ねてこなくなってしまった。
「もしかして、遂に呆れられたかな……?」
白い息を吐きながら、ふとつぶやく。
そんなこと、今まで一度も考えたことなかった。
蓮の愛情表現はいつも重すぎるくらいで、そんな馬鹿な事考えるひまもなかったからだ。
でもいざ、手を離されてみれば結局寂しいのは私で……。
「馬鹿だ……私……」
手を離したのは私が先で、そんなこと言う資格はない。
なのに今更寂しいなどと、もしかして捨てられたかもなんて考えてしまうなんてどうかしてるとしか思えない。
「なんで、何も言ってこないの……」
あの時だって結局蓮は追ってこなかった。
蓮なら私を追う事など簡単だったはずなのにだ。
もしかしたら、本当にあの時見切りをつけられたのかもしれない。
ずきんと胸が痛んで、思わず強く押さえる。
あの時はあれが精一杯だった。
こんなに早く彼の中に閉じ込められたくはなかったし、自分の気持ちを疑われたのも嫌だった。
でも決して、彼の気持ちが迷惑だったわけじゃない。
そこまで自分を求めてくれることに喜びを感じた部分も確かにあったのに。
――――蓮の考えていることが分からない。
さすがに婚約解消なんてことにはならないとは思うが、沈黙を守る彼の意図が分からず不安ばかりが膨れ上がる。
「蓮も、私の気持ちがわからないってこういう気分だったのかな……」
初めて感じる不安に、そう思い当たる。
確かにこれは厳しい。疑心暗鬼に押しつぶされそうだ。
もう一度ため息をついて、私は自分の教室へと重い足を向けた。
「おはよう、伊織ちゃん」
教室にはすでに総ちゃんがいた。
私も挨拶をして、そちらへと歩いていく。
1月に入ってから、悠斗は学校へ来ていない。
もうすぐ受ける手術のための検査入院中だ。
そのため私が悠斗との約束通り、生徒会長代理を務めている。
「総ちゃん、今日放課後生徒会室ね……」
そう言えば、総ちゃんは首をかしげた。
「何かあったっけ?それって、悠斗帰ってくるまで伸ばせないの?」
私だって、出来るモノならそうしたい。そう思いながらも説明した。
「卒業式の事前準備だから無理。早くやれってせっつかれてる」
「ああ、もうそんな時期なんだね」
納得したように総ちゃんは頷いた。
「そういうわけだから。3人で大変だけど頑張ろう……末には悠斗も帰ってくるだろうし……」
「そうだね。帰ってきたら如何に大変だったか教えてやらなきゃ」
手術が成功することを信じて疑わない総ちゃんに笑みが漏れる。
勿論私も信じているが、事情を知らない総ちゃんが無条件で信じてくれているのとはまた違う。
ふと総ちゃんが、思い出したように言った。
「そう言えば伊織ちゃん、あの二人の事でうるさく言われる機会減ったんじゃない?」
よかったねと笑顔で告げられ、私は目を瞬いた。
気にしていなかったがそういえばここの所、嫌がらせを一切受けていなかった。
「……ああ、そうだね。すっかり忘れてたけど、最近そういうのなかったかも……やっぱり原因の3年がいなくなったからかな……?」
前までは、私があの二人と接触するたびうるさく言われたものだ。
勿論実害がありそうなのは、事前に蓮と兄さんが潰しているので気になるようなものは殆どない。それでも鬱陶しいくらいに向けられる嫉妬と羨望のまなざしは結構しんどいものがあった。それが最近はない。
そう言えば、総ちゃんは意外そうな顔をした。
「あれ、知らなかった?伊織ちゃん。年末に神鳥先輩と鏑木先輩が一斉粛清をおこなった話……」
「……なにそれ」
粛清、恐ろしい響きだ。
「伊織ちゃんが居ない時にね、そういう話になったんだけど。いい加減一つずつ潰していくのは面倒だから根本から刈り取ろうって鏑木先輩が言いだしてね。神鳥先輩も、年末の大掃除だって乗り気で……。2人のファンクラブメンバーを全員呼び出して一斉排除したらしいよ」
「……」
……言葉もなかった。
そう言えば、蓮にクリスマスデートに誘われたとき、兄さんが面倒なのは片づけておいてあげるとかそんなこと言っていた気がする。
もしかして、それがフラグだったとか??
「具体的に、何をしたのかな……」
聞きたくないような気もしたが、当事者なのは間違いないので一応知っておこうと思い総ちゃんに尋ねた。
「んー、それがね、良くわからないんだ。俺も計画してる段階までしか聞いてなかったし。二人による一斉粛清が行われた。ただ、それがどんな内容だったかは、関係者全員が頑ななまでに口を閉ざしているから全くわからない、そんなところだね」
「それって……」
「俺も気になってためしに何人かに聞いてみたんだけどね、一様に顔を青ざめさせて何も言わず逃げて行ったよ……一体何をどうしたらそういう反応が返ってくるのかな?」
本当に何をした!!
「もうほとんどの生徒が知ってると思うよ?知らないのは伊織ちゃんくらいじゃない?そう言うところ、本当あの二人は徹底してるよね」
「もしかしてそれで?最近嫌な視線とか、そういうのがぱったり止んだのって……」
そう言えば総ちゃんは頷いた。
「そうだよ。もうそんなちょっかい掛ける気にもならないんじゃないかな。面白いくらい皆、伊織ちゃんの姿が目に入るや否や逃げていくから……」
「全然気が付かなかった……」
というか、いくら蓮の事でいっぱいいっぱいだったからと言って、鈍すぎだろう、私。
何気にショックを受けていると、総ちゃんが慰めるようにいった。
「基本的に、今伊織ちゃんの周りにいる人たちは、そんな目でみないでしょう?気づかなくて当然だよ」
「そっか……そうだね」
「……伊織ちゃんは、愛されているよ。だから不安に思う必要はないからね」
「!!」
驚いて目を見開けば、総ちゃんは優しい顔で笑った。
「ここのところ、ずっと不安そうにその指輪を眺めていたからさ。すぐに分かるよ。……何があったのかは知らないけど、心配しなくてもあの神鳥先輩が伊織ちゃんを手放すなんてするはずないから。伊織ちゃんは笑ってればいいと思うよ」
「……総ちゃん」
「本当は、俺の所においでって言ってあげたいけど、そうしたら多分俺殺されちゃうからね。……それに、伊織ちゃんは来てくれないでしょう?」
にっこりほほ笑む総ちゃんを見つめ、こくんと頷いた。
「ありがとう、総ちゃん……」
「うわああ。泣かないでよ?それこそ俺、殺されるから!!」
「誰も見てないって……」
思わず涙ぐみながらそうお礼を言うと、総ちゃんは見るからに動揺した。
誰か見てないか確認するように周りを見渡し、ほっと息を吐く。
「そうは思うんだけどさ。……なんか全部知られてそうな気がするのは、俺の気のせいなのかなあ」
「……」
「なんで目を逸らすの……?」
不安げにいう総ちゃんの言葉に適切な答えを返せず目をそらせば、まさかと言う顔をする。
「ごめん、私の口からは何も言えない」
盗聴器デフォだとはとてもじゃないが言えない。……が察してほしい。
「そんな態度で勘ぐるなっていう方がおかしいでしょう!!ちょっとどういうことなの、伊織ちゃん!!」
「世の中には知らないままの方が良い事もたくさんあるんだよ、総ちゃん」
「それ、むしろ教えているのと同義だから!!」
今度は総ちゃんの方が涙目になった。
それに、声を上げて笑いながら心の中で深く彼に感謝した。
ありがとうございました。




