12月中旬 崩壊へのカウントダウン
新生生徒会が発足し、正式な顔合わせが行われた。
本来なら、生徒会顧問であるディアスも顔をだすはずなのだが、彼は忙しいからと理由をつけて、遂に最後まで姿を現さなかった。
……あの文化祭の日から、彼の姿を一度も見ていない。
先日、恒例の期末考査が行われた。
一時はやる気を失っていた勉強だったが、転校も取りやめになったことだしと改めて気合を入れ直し、真剣に挑んだ。
今回の目標は500点満点である。一度くらいやってみたいと思っていた。
結果が貼り出されたという一報を受け、総ちゃんと悠斗と共に職員室へ向かう。
そこはすでに人だかりができており、ざわざわとしていた。
人ごみをかき分け、前の方へ顔をだす。
白い紙に上位50名が貼り出されている。
その一番上には予定通り私の名前があった……が。
1位 鏑木 伊織 498
2位 由良 総太朗 475
3位 今里 悠斗 472
「……やってしまった」
結果をみて項垂れる。完璧だと思った答案だったのだが、どこかでケアレスミスでもしたのだろうか。見事に2点足りない。
自分の犯しそうなミスを想像し、ため息をつく。
昔前世で、『イエス・キリスト』と書かなければいけない所を『キリスト』とだけ書き、99点を取った苦い過去を思い出したのである。
今回も似たようなミスをしたのだろう。自分のおっちょこちょいさ加減が悔やまれる。
答案用紙が返却されたら、要確認である。
同じように順位表をみていた悠斗が、隣で感嘆のため息をもらした。
「相変わらずすげえな伊織」
「ありがと。実は500点狙いだったんだけどね。やっぱり、狙って出せるものじゃないみたい」
賛辞は素直に嬉しいので笑って礼を言う。
でも、兄さんたちみたいにはいかないみたいだ。
ま、私は別にチートじゃないし仕方ないか。
そうやって、自分を納得させてからもう一度順位表を見た。
……あれ?
「あ、総ちゃんが2位だ……」
「え、まじで?」
悠斗もきちんと見ていなかったのだろう。自分の順位を確認し直すと、うわああと頭を抱えた。
「まじか!!総太朗に負けた……」
「ようやく……かな」
隣にいた総ちゃんが、勝ち誇った顔で悠斗を見ていた。
テスト前、必死に勉強をしていた姿を知っているだけに、ようやく報われたのだなと感慨深い気持ちになる。
「総ちゃん、おめでとう!!ついに悠斗に勝ったね!!」
「ありがとう、伊織ちゃん。もう俺にとっても意地みたいなところはあったけどね」
嬉しそうに笑う総ちゃんとハイタッチを決める。
悠斗は頭を抱えたままその場に蹲った。
「うわあああ。マジでへこむ。3位ってなんだよ」
「色ぼけてたから成績下がったんじゃない?」
「ぶふっ」
吹き出してしまった。
でも確かに、試験前でも二人でいるところをよく見かけた。
付き合いたてのカップルはいつでも一緒にいたいらしい。
「……うるせ。それを言うなら、伊織だってそうだろ?」
「おあいにく様。私は試験で手を抜くことは一切ありません」
そういうと、総ちゃんはさらに笑いを深めた。
「だよねー。俺だって伊織ちゃんとは張り合おうと思わないもん」
「総ちゃん、それどういう意味かな?」
「あははは」
「畜生―」
一通り悠斗をからかうと、満足したのか総ちゃんは笑いをおさめた。
「あー、いい気味。そう言えば伊織ちゃん、前に悠斗に勝ったら一緒に勉強会してくれるって言ってたよね」
そんなことも、そういえばあった。
「言ったね。良いよ。勉強会する?」
今の総ちゃんを断る理由はどこにもないので、素直に頷く。
「やりたい、やりたい。一緒に勉強して学年末では悠斗に差をつけてやろうよ」
「それは魅力的なお誘い」
「……ちょっと待て」
二人で調子に乗って話していると、悠斗がゆらりと立ち上がった。
「その勉強会、俺も入れろ」
座った目で此方を睨みつける悠斗に、総ちゃんが軽く返す。
「なんでだよ、勝者のご褒美だろ」
「うるさい。負けっぱなしでいられるか。伊織、いいだろ?」
「私は構わないけど……」
総ちゃんを見上げる。何と言っても彼のご褒美だ。決定権は総ちゃんにある。
その総ちゃんといえば、仕方ないという風に笑っていた。
本当に成長したなあ。私も見習わなければ……。
「いいよ、悠斗もきなよ。俺そこまで心の狭い奴じゃないよ」
「っ畜生。見てろよ……」
悔しそうにつぶやく悠斗に、以前の総ちゃんが重なる。
「うーん、順位が変わると立場も逆転。……悠斗、生徒会長が情けないよ」
「うるせ……あんたんとこの彼氏みたいなことできるか」
「ああ、そういえば」
言われて、3年の掲示板の存在を思い出した。
結果は見えているような気もするが、ついでなので見に行く。
丁度兄さんと蓮が来たようで、うまいこと空白ができていた。便利。
「兄さん、誠司くん」
声を掛けて、隣に並ぶ。
二人が見ていた順位表をみて、がっくりと肩を落とした。
1位 鏑木 里織 500
神鳥 誠司 500
3位 三峰 匠哉 468
「だからなんで、こんな点数が可能なの……」
思わずそう呟くが、隣の2人にとってそれはどうでもいい事だったらしい。
「ちっ、また同率か」
「本当だ。これじゃいつまでも決着つかないから、もう少し難しくしてくれてもいいんだけどな。今回のテストは特に簡単すぎた」
「同感だ」
……なんか恐ろしいこと言ってる。
周囲も、二人がこの点数を取ることをむしろ普通だと認識しているようだ。
「相変わらず素晴らしいですわね」だの「あの二人は別格だ」などひそひそと聞こえてくる。
確かに500点満点を狙ってだせる二人は別格だとは思うが……。
しょうもないミスで満点を逃してしまった自分にとってはうらやましい限りで、はあっとため息をついてその場を去ろうとした。
だが、そううまくはいかない。
「どこへ行く、伊織」
踵を返そうとしたところで、蓮に首根っこを摑まえられた。
首が締まって苦しい。
「ちょ、首、しまってるから!!……離してよ」
タップするが蓮は離してくれない。
「丁度いいところに。最近生徒会室で集まれなくなったからな、お前となかなか話ができないとそう思っていたんだ、鏑木副会長」
「う……」
嫌味ったらしく役職名で呼ばれた。
話ができないなんて、そんなことないはずだ。家に帰るとまるで自宅のようにくつろぐ蓮がいるし、土日だって大概一緒に過ごしている。
「……何を企んでいるの?」
「ひどい言われようだな。単なるデートのお誘いだ。メールや電話より直に誘われた方が嬉しいだろ?」
『デート』の言葉に周りで聞き耳を立てていたらしいお嬢様たちが悲鳴をあげた。
蓮は気にすることもなく話を続ける。
「クリスマスイブ、特に家の用事もなかっただろう?せっかくだから出かけようじゃないか」
確かに家関連で参加しないといけないパーティーは25日だ。24日は空いている。
だが、蓮の更なる爆弾投下に『いやあ!!!』と叫ぶ声があちこちから聞こえた。
兄さんが呆れたようにいう。
「君ねえ、もう少し考えて発言したら?おかげで被害甚大じゃないか」
「どうでもいいだろ。どうせ年明けからは自由登校になるんだし、今更場所など気にする必要はない」
「……はあ。ごめんね、伊織。君に迷惑かけそうなのは私が片づけとくから安心していいよ。というかこんなわがままな奴で本当にいいの?」
兄さんにまで話を振られ、体が固まる。
私にここで言えとおっしゃいますか。蓮も一転、面白そうな顔でこちらを見ている。
ちょっと待て、最初に話を振ったのはそっちだよね!!
「……まあ、もう引き返せないし」
それ以上は恥ずかしくて無理です。勘弁してください。
私の苦悩を感じ取ったのだろう。蓮がくくっと笑いながら私に耳打ちした。
「詳しくはまた連絡する。楽しみにしとけよ」
私は真っ赤になって頷いた。
蓮と兄さんが教室に戻っていき、ようやく解放された私は悠斗たちの元へと戻ってきた。
「伊織、すっげえ注目されてたぜ?公開羞恥プレイどうだった?」
「……もう、最悪」
項垂れてそう答えると、悠斗はお腹を抱えて笑った。
「最近はいっつも俺ばかりいじられるからな。たまにはいいんじゃね?それに先輩も言ってたとおり、もう3年は自由登校になるから、学校ではなかなか会えなくなるしな」
「……そうだね」
それぞれの進路に進む為、受験や何かと忙しくなる。
私は結局日本に残ることになったが、兄さんはドイツに再留学。蓮は……。
「そういや神鳥先輩の進路ってどうなってんだ?」
丁度考えていたことを悠斗に尋ねられ、え?と記憶を探った。
蓮の進路……。聞いた覚えがなかった。
「……聞いてない」
そう答えれば、悠斗は目を丸くした。
「マジかよ。この時期に自分の婚約者の進路知らないって、それってどうなんだ?」
「ばたばたしてたし、そんな先の事考える余裕もなかったから……」
言い訳にすぎない、分かっている。
今まで気にもしなかったというのが正解だ。
「それにしたって……なあ?」
黙っていた総ちゃんまで心配そうに言ってきた。
「それ、神鳥先輩大丈夫なの?何も言ってきたりとかしない?」
「ないよ。そんなの話にもでたことない」
なぜそんなことを聞くのか、不思議に思いながらもそう言うと、総ちゃんは顔をひきつらせた。
「逆に怖い……それさ……実は先輩何も聞かないことを怒っているとか、ないかな?」
「……まさかあ……」
言いながらも、背中につーと冷や汗が落ちる。
何も聞いていないというのもそうだが、いくつか蓮には言っていないことがあることを思い出したのだ。
別に秘密にしているのではなく、単に言いそびれたとか、言いにくいから後回しにしようと放っておいたものだったりとか、そんなものばかりなのだが、もしかしなくてもまずかったのではないだろうか。
思い当たる節が多すぎてぴしりと固まってしまった私をみて、悠斗は言った。
「……さっさと聞いとけば?何にも聞かれないと、自分に興味がないかもって思うかもしれないぜ?」
「誠司くんに限ってそんなことはないと思うけど……」
何にせよ怒りを助長させることにはなりそうだ。
想像したあまりの恐ろしさに私は観念した。
「……できるだけ早めにフォロー入れることにする。二人ともありがと」
神妙に礼を言う私に二人は何故か気の毒そうな目をむけた。
重い気分で教室に戻った私は、さっき二人に言われたことを思い返し、溜息をついた。フォローを入れるといってみたものの、どうすればいいのかわからなかったのだ。
結局悩んだ挙句、蓮に何も言われないのを言い訳にして、放置することを選択した。
進路に関しては、どうせその時になればわかることだしと思った事と、蓮が私から離れる筈がないから聞く必要などないと高を括っていたせいだ。
話さなかったのは、やっぱり言い辛かったことと、もう終わった話なのだからわざわざ蒸し返す必要はないだろうと勝手に決めつけてしまったから。
……つまり、また懲りずに逃げたわけだ。
短絡的なその思考は、結果として大失敗に終わるわけだが。
それを数日のうちに後悔することになろうとは、その時の私は考えもしなかった。
――――そして、クリスマスイブ。
崩壊へのカウントダウンはすでに始まっていた。
ありがとうございました。




