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11月中旬 文化祭 悠斗とリザ 下

*本日2話更新しています*

これが2話目です



『最初から話そうか。……悪夢を見だしたのは、もう随分前だ。イオリがこちらに留学してきてすぐくらいかな。最初はよくあるただの悪夢だと思った。次の日になると忘れてしまうようなそんな、ささいなものだと』


 リザはうつむいたまま、それでもはっきりと口を開いた。

 こちらからでは表情まではうかがえないが、何故か泣きそうな顔をしているんじゃないかと思った。


『でも、すぐに希望的観測にすぎなかったことに気付かされた。それから毎晩同じ夢を見るようになったからだ。せめて忘れられれば良かったのに、あまりにはっきりした夢で、忘れる事さえできなかった』


 両手で顔を覆い、当時を思い出すように言葉を吐き出す。


『その夢は、まだ小さな子供の自分には刺激が強すぎた。毎晩繰り返される悪夢に私は神経をすり減らしていった。様子がおかしいことに母さんが気づき、カウンセラーにかかるようになったのはそれからしばらく経ってからだ。幸い、それからしばらくして夢は収まった。だが……』

『また、始まった?』


 言葉に詰まったリザに、俺は促すように尋ねた。

 リザは頷いて、話を再開する。


『そのとおりだ。……日本に来てから、悪夢は再びやってきた。以前よりもはっきりと鮮明に。眠れば必ずやってくる。私はもうそれに耐えられそうもない』

『もう一度カウンセラーにかかってみればどうだ?』


 そういえば、リザは力なく首を振った。


『多分無駄に終わる。母さんには黙っているけど、前回もカウンセラーが役に立ったわけじゃない。……何となく分かるんだ』

『どういうことだ?』


 わからなくて尋ねると、それには答えずリザはゆるゆると顔をあげた。


『本題はここからだ。……ユウト先輩。馬鹿な事を言っていることは十分理解しているし、夢だという事もわかっているから、何も言わず聞いてほしい。――――私は、人殺しの夢をみるんだ』

『!!』


 思わず目を見張った。リザを凝視するも彼女はそれどころではないようだ。

 息を荒く吐き、苦しそうに胸を押さえている。


『っ!!おい。しっかりしろ。ゆっくり深呼吸するんだ!!』

『だ、大丈夫だ。少し興奮しすぎただけだから。……はあ。うん。もう平気だ。すまない、話を中断させたな』


 問題ないと、まだ整わない呼吸のままリザは話を続けようとする。


『そんなこといいから!!』


 横になれと叫んだが、リザは嫌だと必死で首を振った。


『今を逃したら、きっともう話せない。だから今がどんなに辛くても言わせてくれ。……夢はいつもどこかの会場に入るところから始まる。……でもそれは私じゃない。一人の狂った成人男性だ。私の意識はいつもその男の中にあって、言葉も届かなければ指一本動かせない』


 ようやく呼吸は落ち着いたようだったが、再び両手で顔を覆う。

 ついには嗚咽がもれだした。

 それでも必死で話そうとする彼女を無言のまま抱きしめた。


『……男には目的がある。……愛した女を殺し、自分も死ぬこと。でも、目的の場所に辿り着いた男は、自分ではない男と一緒にいる彼女に逆上して、その男を刃物で刺すんだ。私は、逃げてって叫ぶ。でも声は届かなくて。指一本動かせなくてどうしようもできないのに、彼を刺した感触だけは伝わってくるんだ。それがどうしようもなく怖くて怖くて』 


 リザの話を聞き、彼女をなだめるように抱きしめながら、自分の顔がこわばっていく事が分かる。

 一体彼女は何の話をしている?

 初めて聞くはずなのに、場景すらわかってしまうのは何故なのか。


『刺された男はまだ少年といっていいくらいの年だ。お腹から血があふれて、倒れてしまう。私は何度も声をかけるんだけど、それも誰にも聞こえなくて。刺した男は血を見たことでさらにパニックを起こして逃げだしてしまう』


 夢はそれだけ。

 そう言ってリザは俺の腕の中で肩を落とした。


『今の話が延々と目覚めるまで繰り返される。少年が殺されることが分かっていても、助けられない。声を掛けても届かない。いつだって男の中から逃げてって叫ぶのに、気づかれた事さえないんだ』

『……』


 俺は返事ができなかった。

 彼女が話しているのは、間違いなく俺の死んだときの話。

 それをどうして彼女が知っていて、犯人だと思われる男の中からみているのだ。


『いつも助けたいと思っている。生きてほしいと願ってる。でも助けられなくて。彼の顔だってもうすっかり覚えてしまった。助けたいのに、私が殺してしまう彼の顔を』

『……お前が殺した?』


 反射的に、腕の中のリザを見ると彼女はそうじゃないけどと言葉を足した。


『私は、そんなことしていない。でも、それまで何の感覚もないのに、何故か男が彼を刺すと、その刺した感触だけは伝わってくるから。それが何十回何百回と続くと、自分が殺したような感覚に陥るんだ』


 自分の手をみつめて恐ろしさに震える彼女。

 そんな彼女をさらに強く抱きしめながら、俺もまた震える声で彼女に聞いた。


『……で、なんでその話を俺だけにしたんだ?』


 今の話だけでは、どうして俺にだけこの話をしたのかわからない。多分俺の死んだときの話だとは思うけど、彼女はどうやら何もわかっていないようだから。

 何の意図をもって話されたのかわからなかった。


『実は……』


 こくんと唾をのみこみ、リザは言い淀んだ。何度も口を開こうとして止まる。

 じっと根気よく待っていると、ようやくぽつぽつと理由を話し始めた。


『こんなこと言っても信じてもらえないと思う。でも、嘘じゃない。……先輩と初めて会った時、思ったんだ。――――彼だ。って』

『え?』

『馬鹿だろう?夢の話なのに何言ってるんだって思うだろう?……私だってそう思う。何夢と現実を一緒くたにしているんだって。……でも、本当なんだ。ユウト先輩を見て、いつも殺されてしまう彼だって直感した。理屈じゃない。後はもう、生きていてほしいと願い続けた彼が、目の前に存在してくれたのが嬉しくて嬉しくて……』

『……そいつが、俺だって思った?』


 リザは涙にぬれた目を伏せ、黙って頷いた。


『勿論、本当は違うだろうことも理解している。でもそう思ってしまった私にとっては救い以外の何物でもなかった。毎晩殺されてしまう彼が、実際にはこうやって生きていてくれること。それが悪夢にうなされる私の唯一の救いだったんだ。素直に嬉しいって、本当に思えた』


 俺の腕をどけて、リザは身体を起こした。きちっと姿勢を正すと、俺に向かって頭を下げる。


『自己満足だと分かっている。だけど、彼だと思って聞いてくれると嬉しい。……本当に申し訳なかった。あなたが殺されるのが分かっていても私には何もしてあげられなかった。それどころか、奴を止める事すらできず結果的にいつもあなたを殺すことになっている。言い訳はしない。詰るなら詰ってくれ。気の済むようにしてくれて構わない。……あなたにはその権利がある』


 頭を下げたまま動きを止めたリザをただ眺める。

 ほとんど思考回路は止まっていた。


『お前、記憶はあるのか……?』


 呆然としながらも、尋ねた。

 話を聞いて分かったが、おそらくリザの前世は俺を殺したあの男で間違いない。

 ただ、意識が完全にその男と分離していることが気になった。


『記憶?何の話だ?』

『……その悪夢の犯人の男の記憶だ』

『?』


 きょとんとした表情をしたリザは、思い返すようなしぐさをした後首を振った。


『その時その時の感情は伝わってくるがそれだけだ。そいつが何者なのかも私は知らない。大体、理解不能な狂人の記憶など見たくもないし、理解しようとも思わない』

『……そりゃ、そうだよな』


 リザの答えに、無意識に入っていた力が抜けたことを感じた。

 どうやら幸いなことに前世の記憶は全くないらしい。

 夢も、犯人の男として存在するのではなく、その中に彼女の意識が入り込んでいる状態らしいし、ここまで夢を見続けても思い出さないというのだから前世の記憶自体は完全に消えているのだろう。

 つまり彼女は、奴本人と言うわけではない。

 そのことにほっとした。


『……で、お前は俺に断罪されたいって、そういうわけ?』


 気を取り直した俺は、そう意地悪く聞いてみる。すると彼女は目に見えて動揺しだした。


『いや、あのそういうわけではないのだが……嫌われても……いや、何を言われても仕方ないと、そう思って』

『そう思うなら、言わなきゃいいだろうに。大体夢の話でしかないと自分でも分かっているものを、なんでわざわざ告白しに来たんだ?』


 呆れた様子を隠さずに言えば、リザはさらに慌てだす。


『私も、言うつもりはなかったんだ。ただ、先輩が生きてさえいてくれればいいってそう思っていたし、何より知られたくなかった……でも、声がいうから……』

『声?』


 リザは真剣に頷いた。


『そう、声。ユウト先輩が倒れたあの日。私は夢に見た。いつもとは別種の悪夢。先輩を殺す夢の代わりに、それを断罪する声だけの夢』

『!!!』

『声は知っていた。私の悪夢の真実を。そして言った。先輩に知られたくなかったら、セイジの情報をよこせと。でもそれは、私の親友を裏切る行為に他ならない。そんなこと、できるわけなかった』

『……マスター』


 リザには聞こえないように、ひっそりと呟く。間違いない。

 マスターはリザに接触している。そして何故か、会長の情報を欲している。

 リザは自嘲気味に笑った。


『こんな事を言えば、それこそ夢だから真に受けるなっていうだろうな。でも違う。本能が告げるんだ。この声の言っていることは本当だって。言うとおりにしなければ、こいつは絶対に私の秘密をばらすって』

『お前……』

『私に可能な選択肢はほとんどなかった。先輩には知られたくない。かといって、親友の彼氏を売るような真似ができるはずもない。だから考えた。学園に行かなければそもそも情報を得る事ができないから、秘密をばらされることもないんじゃないかって。……結果としてひたすら部屋に閉じこもった』


 引きこもった真実を知り、愕然とする。

 リザは友人を売りたくなくて、自室にこもっていたのか。


『そのままで済むはずがないのは分かっていた。寝たくないと思ったのは、またあの声が接触してきたら怖いと思ったからというのもある。もうどうしようもない。あとはもう国に帰るしか方法はないと思った』

『それでお前は帰国するつもりだったのか』


 リザはゆっくりと首肯した。


『それしか、思いつかなかった』

『……そんな風に事情も知らせず逃げ帰って、後で周りからどう思われるとか考えなかったのか』

『私一人、黙って耐えていれば済む問題なら、その方がいい。先輩に会えなくなるのはつらいけど、私の夢の内容を知られるのはもっと怖かったから。ばれてしまって、今以上に嫌われてしまうのが怖かった。……でも、そんな私に先輩は優しかったから』

『俺が?』


 俺がいつ優しくしただろうか。

 いつだって彼女の事は見て見ぬふりで、優しくしたことなどついぞ覚えがない。


『毎日、様子を見に来てくれて。心配してくれて。私にそんな資格ないこと分かっていたけど嬉しくて仕方なかった。そんな先輩をみていたら、このまま黙っていて本当にいいのかなって思い始めた。……でも勇気がなくて』


 彼女に会いに行った時、たまに何か言いたげにしていた事を思い出した。


『文化祭に誘ってくれた時に、決めた。先輩に全部話そうって。……あんな声にばらされるくらいなら、どんなに詰られたって自分から話した方がずっといい。始めから脅しなんかに屈せず、そうするべきだったんだ』

『……それで、今に至るってわけか』


 涙をこらえながら何度も頷くリザをみて、俺の方が泣きたくなった。

 

 ――――自分が情けない。

 自分より二つも年下の彼女が、友人を守ろうとしてマスターの脅しにも屈せずにいたのに、いったい自分は何をしていたのか。

 生き残りたい一心で、力になりたいと思っていたはずの2人でさえ一瞬見捨てようかとすら考えた。

 自分が助かるなら周りはどうだっていいと思ってしまった。

 こんな俺が、リザを糾弾できるはずがない。それこそそんな資格あるわけない。

 俺の方こそ、もっと強く自分をもたなければならない。


 潤んだ目でこちらを見上げてくるリザを、乱暴な手つきで抱き寄せた。

 金色の頭をがしがしと撫でる。


『……お前は何も間違ったことはしていないよ』

『先輩』

『そんな状況だったら誰だってそうするだろ。つーか、普通はむしろさっさと会長の情報を売る方向に走ると思うぞ。……それに比べればお前は良くやったよ』


 ……俺なら、売ってしまいそうだ。

 自分が弱い人間だという事をいやというほど思い知らされる。

 改めて彼女の強さに感嘆するとともに、愛しいと思う感情がさらに膨れ上がったのを感じる。

 正直夢の話を聞いた時は、自分の中の想いがどうなってしまうかわからなかったのだが、あんなに色濃く残っていたと思っていた死の記憶トラウマは、思った以上に自分の中で整理されていたらしい。

 というか、彼女に記憶がないのなら、もうどうでもいいとすら思った。

 そしてどうでもいいと思えたことで、自分の中に存在していた最後のわだかまりが、きれいに解けていったのが分かった。

 後に残ったのは、彼女がやっぱり好きだと思う気持ちだけ。


『で?お前どうすんだよ。俺に知られたくなかったから帰国しようと思ったんだろ。でも、俺はもう知っちまったんだから、今更帰る必要ないよな?』

『で、でも』


 俺の腕の中で、必死にリザは反論しようとする。

 だが、俺はもう彼女を帰国させる気はなかった。


『でもじゃねえよ。大体お前、俺を落としておきながら帰るってどういうことだよ。恋愛なんてする気はなかったのに。……責任とって一緒にいろよ』

『え……』


 目を丸くして、こちらを見上げた彼女の唇を素早くかすめ取った。


『だから、好きになったって言ってんだよ。……恥ずかしいな。って何言わせてんだ』

『へ……?え……。嘘……』


 唇を押さえながら、かーっとみるみる赤くなっていくリザ。


『それとも何か。お前は俺に生きていてほしいだけで、実は俺と付き合いたいとか思っていなかったとか、恋愛感情じゃなかったとか今更いうんじゃないだろうな』

『そ、そんなわけない!!私は、本当にユウト先輩が好きで!!』

『なら何も問題はないじゃないか。……悪夢を見るなら、俺に言えよ。何にもできないが、話を聞いて、側にくらいはいてやるから。だから帰るなんて言わず、俺の隣にいろ』


 いいなと念を押すと、リザは信じられないと言いながら、こくこくと何度も頷いた。


『嘘じゃない?私がユウト先輩の側にいても本当にいいのか?』

『だからそういってんじゃないか。疑り深いなあ』

『だ、だってこんなこと言ったら、絶対軽蔑されるか本格的に嫌われると思った』


 そんなの耐えられないから逃げようと思ったのに。そうぼろぼろ泣きながら訴える彼女。


『考えすぎなんだよ、お前は』

『好きになんてなってもらえるとは、思いもしなかったんだ』


 そんな高望みしていなかったのにと、ぎゅっと俺にしがみついてくる。

 再び派手に泣き出してしまった彼女の背中を優しくさする。

 嬉しい、本当に嬉しいと言いながらも一向に泣き止まない彼女の涙を止めるべくもう一度、今度は目元に唇を寄せた。



 さて、これで見事に俺もマスターを無視する方向へと進むことになったわけだ。

 元々マスターと手を組みたいと思っていたわけでもないから、決断するいいきっかけとなったと思おう。

 そう、愚かな俺に前へ進む勇気をくれたのは彼女。

 もうループ狙いなんて一瞬たりとて考えはしない。

 ループなんてして、せっかくこうやって手に入れた彼女を手放すなんて絶対にごめんだ。

 でも勿論おとなしく死んでやるつもりなんて微塵もない。

 何が何でも生き残る。

 そのためにはまず、俺が絶対に裏切ってはいけない奴らに今までの報告と協力を、改めて要請しなくてはならない。

 少しばかり気が重いと思わないでもないが、今までの事を思えばそれくらいなんてことはない。


『好きだ、リザ』

『私も、ユウト先輩が好きだ』

 

 ようやく涙を止めて、微笑んでくれたリザを抱きしめたまま、俺は決意を新たにした。



 


ありがとうございました。

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