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11月上旬 リザ視点 悪夢の正体

*注意*

本文の中に人が死ぬ表記があります。なんてことはないものですが、不快に思われる方、苦手な方はUターン、または十分にお気を付け下さい。



 昔から悪夢をみる。


 繰り返される悪夢はいつも同じで、幼い自分の精神はどんどん摩耗していった。

 終わらない悪夢は、何を意味するのだろうか。

 いつか自分に何かをもたらすのだろうか――――。


『!!』


 目が覚めた。知らない間にうとうとと眠っていたらしい。

 しばらく寝ていなかったのだから当然だ。嫌な夢を必ずみる。

 だから眠りたくない。

 目を無理やり覚ますため、のろのろと洗面所へ行き顔を洗った。

 鏡を見れば、寝不足の酷い顔をした自分。

 後、数日の内にはなんとか見れるようにしなくてはならない。

 もうすぐ文化祭。


 そこで私は一世一代の告白をするのだから――――。


 ユウト先輩が倒れたあの日から、私はずっと登校を拒否していた。

 イオリはユウト先輩に対する罪悪感で私が登校できないと思っているみたいだが、それは違う。

 あのユウト先輩が倒れた日の夜。

 初めてみた夢。いつもの悪夢とは違う悪夢。それが全ての原因だ。



**************************


 いつも見ている夢と違う。

 まず思った感想がそれだった。いつもなら眠った瞬間悪夢が始まる。

 繰り返し何度も何度も同じ場面ばかりをリピートする嫌な夢。

 でも今日は違った。自分であきらかに夢だと認識できているのに、悪夢が襲ってこない。

 ついに逃れることができたのかと、知らず涙がにじんだ。


『こんばんは』


 喜びに打ち震えたところで、それを否定するかのように突然声がかかった。

 中性的な声。だが、声音はどこか冷たくひやりとしたものを感じさせた。

 声に反応し、振り返る。だが誰もいない。不思議に思い、辺りを見回してもやはり誰もいないようだった。


『私はそんなところにはいないよ』


 今度は先ほどと反対側から声がかかり、びくりとする。声の主はどこにもいない。

 周りには何もない。

 きょろきょろする私の様子をみたらしい何かはくすりと笑った。


『お前の悪夢は私が払っておいたから、今はこないよ。安心していい』


 言われた言葉に反応するも、どこを向いていいのかすらわからない。

 

『誰……どこにいる?』

『細かいことは気にしなくていいよ。気になったからきてみただけだから。……ふーん。色々と例外が起こるんだねえ』


 一人で納得しているような声が聞こえる。だけどやっぱり何もない。


『……何の話』


 怖くなって空に問いかければ、声は楽しそうに笑った。


『決まってる。お前の夢の話だよ』

『!!』


 思わず絶句し、口を押さえた。


『面白いよね。誰も知らないんだ。お前が嘘ついてること。お前が語る夢の内容には嘘があるってことをさ』


 笑いながら弾劾する言葉に目を見開く。

 誰にも気づかれないと思っていた、知られたくない事実。それをこいつは知ってる?


『な……何を言って……どうして』


 うまく言葉にならない。何を言い返してもむなしいだけだと分かっていた。


『誤魔化しても無駄。夢は私の領分だから。それに言ったでしょ?夢を払ってやったって。内容だって知ってるに決まってる』


 どもる私に対して、声はどうでもよさそうに事実だけをあげつらう。


『笑っちゃうよね。お前の悪夢はなんだったっけ?確か、「人が殺されるのを何もできずに、ただ繰り返し見続けるだけ」だっけ。実際は違うのにうまくごまかしたものだよ』

『あ……あ……』


 突きつけられる事実に体と心が拒否反応を示す。


『知られたくなかった?そりゃあそうだよね。幼い少女の見る悪夢の正体が本当は、「自分が何度も人を殺す夢」だっていうんだから当然だよ。知られたらなんて思われるだろうね?異常者だって指をさされるかな?ああ、そうだ。なんなら『彼』に教えてあげようか。驚くだろうね。自分を慕う後輩の見ている夢が……』

『うわああああああああああ!!!!!!!!』


 それ以上は聞きたくなくて絶叫した。

 耳を両手で塞いでひたすら声を上げる。


『言うな言うな言うな!!言うな――――!!!!』


 ――――私がいつも見ている悪夢。

 誰にも知られてはいけないもの。

 誰も知っているはずがなかったもの――――







 悪夢はいつも同じ場所から始まる。

 それはどこか広い場所だ。


 男が一人、目的地に向かって近づいていく。

 もう疲れてしまった。だから、終わらせたい。

 男の心に占めるのはそれだけ。

 ただまっすぐに目標に向かって進む。

 しばらくして、標的を見つける。

 だが、それが誰かも男はもう認識していない。

 自分にとっての憎い相手。ただそれだけだ。

 だから用意した獲物を取り出し、それを目的の腹に納めるだけの作業を淡々と行う。

 終われば、呆気ないほど標的は静かに沈む。

 自らの作り出した赤い海の中に沈む。



『やめろ、やめてくれ!!!!』


 いつだって私は叫ぶ。狙われているのは自分より年上の高校生くらいの男の子。

 彼は何がおこったのかもわからず、驚愕に目を見開き、己の腹に手を当て血の海に沈んでいく。


『頼むから!!逃げろ!!』


 少年に向かって何度も声を枯らして叫ぶ。

 でも誰も聞いてくれない。聞こえてなんていない。

 腹から抜き取った獲物を抱え、男は逃走を始める。

 すべてを終わらせたいと思っていたくせに、生存本能だけで逃げを打つ。

 倒れた少年がどうなったのかわからない。

 でも、多分いや、絶対生きてはいない。

 男の逃走の途中で夢は終わる。そしてまた最初から繰り返す。


 始まりはいつも、どこかの建物に入るところから。

 終わりもいつも、彼に背をむけるところまで――――。



 ――――これがいつも医者や母さんに話す夢の内容。

 嘘はない。ただ、言っていないことがあるだけ。


 それは私のいる場所。


 そう。

 ……私の意識は、外側にはない。空から傍観しているわけじゃない。

 いつも殺人を犯す男の内にある。


 全てを男の視線で見て。

 男の感情をダイレクトに受け止めて。

 でも殺人を犯す男の心情など理解できないし、したくない。

 毎回必死に男を止めようとするのに声も届かず、体も動かない。

 男の体の中から止めてくれと訴えるしかできない。

 自分の意思では決して動かない手足。


 なのに、少年を刺した時だけは生々しくその感触が伝わってくる。


 ――――私が彼を殺した。


 そう思ってしまうにはあまりにも十分すぎて。

 夢の中だというのに、見続けてしまったせいかいつしか自分が殺してしまう少年の顔を覚えてしまった。

 夢はいつだって残酷で生々しく、とても夢だとは思えない。

 でも自分が殺しましたなんて、そんなこと誰にも言えるはずがない。



 幼い頃に見たときは、カウンセラーと母さんのおかげでしばらくしたら治まった。

 イオリに知られたくなかったから、必死でカウンセリングを受けたからか、とにかく落ち着いてくれてほっとしていたのに。


 ――――忘れよう。悪い夢だったんだ。


 ようやくそう思えた矢先、日本に来る機会があって、また夢を見だした。

 以前とは違い、夢は日に日に鮮明になっていく。

 まるで現実のようなリアリティーに精神が削り取られていく。

 誰か――――誰かこの男を殺してくれ。

 そう思っても、夢の内容はいつも変わらない。


 いつしか眠るのが怖くなった。

 寝不足が続く日々。

 

 それでも、そんな自分にも一つだけ嬉しいことがあった。

 ――――ユウト先輩。


 二つ年上の、イオリと同じ年の小柄の綺麗な男性。やさしい雰囲気をもった彼を初めて見たとき、自分の中に衝撃が走った。


『彼だ……』


 顔は全く似ていない。そして存在するはずもない。

 でも絶対に彼だと思った。


 いつも、なすすべもなく血の海に沈んでしまう、名も知らぬ彼。


 勿論、私の夢の話だ。

 夢の彼と現実の彼が無関係であることは分かっている。

 でも、私の中には不思議なくらい確信があった。

 そう思いたかっただけなのかもしれない。何かにすがりたかったのかもしれない。

 それでもよかった。

 彼が生きて私の目の前にいてくれたことが、何よりの褒美だと思った。


 ――――生きていてくれた。

 こみ上げる歓喜に涙ぐみそうになった。

 長い間、ただ生存だけを望んだ執着は、実物を目にすることにより一瞬で強烈な恋情へと変化した。


『好きだ』


 衝動に任せて先輩に告白する。

 嫌われてしまったようだが、構わなかった。

 生きている彼を目にしたい。

 それだけの思いで、彼のいる教室まで毎日通った。

 動いて話す彼をみれば、毎晩の悪夢も耐えられる気がした。


 イオリには、向き合ってくれたら諦めると言ったが、本当はどうでもよかった。

 こんな自分勝手な想いに応えてもらおうなどと、初めから思っていなかった。

 そんな資格自分にはないと分かっていた。

 生きて、幸せになってくれればそれだけでいい。

 何も望まない。そう思っていた。


 先輩との距離は近づかない。

 望むべくもないことだから構わないのだが、何の偶然か私は先輩と二人で巡回に出ることになった。

 先輩には申し訳なかったが二度とない機会と思えば、本当に嬉しかった。


 二人で無言のまま歩いていたが、何を思ったかユウト先輩は自分の事を話しだした。難病を患っていると、だから関わるなと言われたが、それが引く理由にはなりえなかった。


 ――――夢では絶対に死んでしまうのだ。


 生きられる可能性が少しでもあるというのならそれだけで嬉しい。

 病気の有無なんて関係ない。


 そう伝えると、先輩は理解不能な生き物をみるような顔をした。

 私はなにかおかしなことを言っただろうか。

 

 首をかしげていると、先輩に寝不足を指摘された。

 まさか私をみてくれるとは思っていなかったから、思わず動揺して正直な理由を告げてしまった。

 今考えても、何故言ってしまったのかわからない。

 でも、嬉しかった。先輩に心配してもらえたこと。

 気にかけてもらえたことが嬉しくて、もう十分だと思った。

 なのに、それを堪能することすら許されなかった。

 突然胸を押さえた先輩が倒れこんだのだ。


 ……我ながら滑稽なくらい取り乱した。

 倒れた光景が、悪夢の景色と重なり正気を保てなかった。

 血の海に沈む彼と、倒れたユウト先輩。

 あそこにイオリたちが来てくれなかったら、もしかしたらユウト先輩は……

 そう思うと、彼らには感謝してもし足りない。






『――――――――言うな』

『……ふふ。いいよ、彼には黙っておいてあげる』

『!!』


 はっと顔を上げる。

 衝撃のあまり、思考が彼方へと跳んでいたみたいだ。


『知られたくないんでしょう?いいよ。私も人の秘密をわざわざ暴き立てたいわけじゃない。でもそのかわりといってはなんだけど、お願いがあるんだ』


 にやりという音がしそうなくらい嬉しそうな声が、待ってましたとばかりにうきうきと告げる。


『お前の高等科の生徒会長。神鳥誠司っていったかな。彼が何を考えているのか知りたいんだ。別に報告はいらないから、何を企んでいるのか彼を揺さぶってくれない?それだけでいいよ』

『セイジ……イオリの彼氏か?』


 思いもしない名前をだされ、つい聞き返した。

 セイジと言えば、最近紹介されたイオリの恋人だ。

 イオリは違うと言っていたが、どうみても二人は恋人同士にしかみえない。

 お似合いだと思うし何と言っても二人が幸せそうにしているので、理事の味方だという母さんには悪いが、こっそり応援している。


『は?誰が伊織の彼氏だって?そんなわけないだろう。彼女はまだ自分の本当の気持ちに気が付いていないだけだ。伊織の相手はちゃんと別にいる。今回だってそのための布石だよ。変な勘違いはやめてもらいたいね』


 機嫌よく話していたはずの声は、急に饒舌になり、いらいらしだした。

 こいつは、イオリとセイジがくっつくのが許せないのか?


『あいつは本当に私の計画に邪魔なんだよ。人間のくせに。全くいらいらする。……ねえ、お願いしたこと分かってくれた?難しいことを頼んでいるわけじゃないでしょ?』


 それだけで、お前の秘密は守られるんだよ。


 声はまた、にたあっと粘着な響きを持った。

 自分の秘密を守るために、友人を売れという事か。

 そんなことできる筈がない。


『断る。友人を裏切ることはできない』

『ふうん。なら大好きな彼に秘密がばれてもいいんだ?』

『!!!!』


 思わず黙り込んでしまった私に、声はいい気味だと高らかに笑った。


『別に私はどっちでもいいよ。すべてはお前の意思次第。ただ、良く考えて行動してね。私はいつだって見てるから』


 あははと哄笑が響き、気配は完全に掻き消えた。

 同時に目を覚ます。

 ベッドから起き上がった私は、呆然としながらも自分の置かれた状況を考えた。


 とても夢だとは思えない。

 現実味がありすぎるし、内容も残念ながらはっきりと覚えている。 

 単なる夢だと片づけない方がいい。あれはリアルだ。本能的にそう思った。


 そうすると情けない話だが、思ってしまうのは先輩に知られたくないということ。

 なら、そのために友人を裏切るか。

 

 考えるまでもない。長い付き合いの親友とその彼氏を裏切ることなどできない。

 どうすればいい?


 結論は案外簡単に出た。

 ……接触を絶つしかない。


 先輩からもイオリ達からも離れればいいのだ。

 そうすれば、情報を調べようもないし、先輩に知られるかもしれないという恐怖を味わう必要もない。

 そうして早く日本を出て……ドイツに帰ろう。

 そうすればきっと、この悪い夢も、何もかももとに戻る。


 私に、恋なんて分不相応だったのだ。

 それでも、私に夢をみせてくれた先輩には大いに感謝を捧げたい。

 どうか、彼が幸せに生きてくれますように。

 

 それだけで、これから先も頑張っていけるような気がした。




 ――――確かにそう思っていたのに。


 イオリが何を思ったか、ユウト先輩をうちに連れてきた。

 もう会う気なんてなかったのに、先輩に無理やり部屋から引きずり出されて。

 怒りをたたえた瞳の前に、何も言えずただうなだれるしかなかった。


 何を聞かれても黙りこくる私を前に。

 ユウト先輩はため息をついて、帰って行った。


 ――――呆れられた。折角来てくれたのに。

 でも、それでようやく終わったと思った。

 正直言ってほっとさえした。


 なのに、先輩はその後もほぼ毎日、時間が許す限り私を訪ねてくるようになった。

 扉越しは許されないので、先輩が来ると私は仕方なく扉を開ける。

 関係のない話をぽつぽつとして、そうして先輩は帰っていく。


 そんな日が続いた。


 私は悩む。

 どうして、先輩は私を気にかけてくれるんだろう。

 こんなどうしようもない奴放っておいてくれたらいいのに。

 そう思いながらも、心のどこかで喜んでいる自分がいる事をわかっていた。

 先輩を拒絶しきれないのだってそのせいだ。

 自分の心の弱さを見せつけられた気がした。


 毎日、先輩が帰った後、どうしたって考えてしまう。

 本当にこれでいいのか。自問自答を繰り返す。


 そして、今日。

 ユウト先輩は、着いて早々私に言った。


『来週の文化祭、見に来いよ』

『……』

『帰国するというなら、もう止めない。だけどせっかく短い間でも、ここの学園の生徒になったんだ。文化祭を楽しんでから帰るくらい構わないだろう?』

『……』

『俺も初めてだから、よくはわからないけど、案内してやるから』


 どうしてそこまで言ってくれるのかわからない。

 でも、そう言われて自分の中でようやく覚悟が定まった。

 ここ数日ずっと考えていた事。


『……わかった。行く』


 ……文化祭で、先輩に懺悔しよう。

 すべてを話して、そして今度こそドイツへ帰ろう。

 私の為に時間を割いてくれたこの人に対するこれが私なりのけじめだ。

 事情を何も知らない奴からじゃない。

 私の口からすべてを語って、それで断罪されるのならそれでいい。

 先輩に、糾弾してもらえるならむしろ願ってもないはずだ。


 ――――最初からこうすればよかった。

 変に隠し立てせず話してしまえば、あんな風に脅されることもなかった。

 気が付くのが随分と遅れてしまったけど。それでも。


 誰も裏切りたくないと思うのなら、自分が傷つくことを選ぶしかないと、私はようやく思いきる事ができた。




*******************************



『先輩は聞いてくれるかな』


 思い返し、鏡を見ながらつぶやく。

 優しい先輩の事だ。きっと後輩の戯言も笑って聞いてくれることだろう。

 嘘だと思うならそう思ってくれていい。

 私の口から伝えることに意味がある。

 許してとは言えない。言うつもりもない。


 好きだとも、もう言える資格もないけれど。


 帰国してもしばらくは、この胸の痛みを抱え続けることになるのだろうとそう思った。






ありがとうございました。

数日中に、番外編を投入予定です。

本編の間に入れにくいので、今までの番外編もまとめて別に置くことにします。

シリーズ名から飛べるようにしますので、よろしかったらそちらもどうぞご覧ください。

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