10月中旬 ヴィンスの疑問
悠斗に話をつけた次の日の放課後。私は彼を連れて、リザの家まできていた。
案の定、彼女の家に行くことに悠斗はいい顔をしなかったが、約束をたてにとって強引に連れだした。
「蓮の許可はとったから」
最後にはこのセリフで折れてくれたが、どうしてそんなに蓮の動向を気にかけるのか。
「行って、話すだけだぞ」
仏頂面の悠斗に勿論それでいいと感謝した。リザと会ってくれるだけで有難い。
多分だけど、悠斗はリザの事を気にかけてくれている。
でなければ多少強引にでたくらいで悠斗が来てくれるとはとても思えなかった。
がちゃりと家のドアを開ける。戸惑いなく鍵を出す私を悠斗は怪訝な顔で見ていた。
今日も師匠は留守。というか悠斗が来ることを聞いて、なら私は外した方がいいわねと自主的に留守にしてくれたのだ。
いつの間にかできていた『彼氏』の所へ行くらしいが、それに対してなんといえばいいのか非常に困った。ゴーイングマイウェイというか、何というか。
「なあ、伊織。いいのか?勝手に入って」
悠斗がとまどいながら私の後に続く。
やはり、勝手に入ったのが気になったみたいだ。
「大丈夫。師匠から許可はもらっているから。それにどうせリザは出てくれないから、インターホン鳴らしても意味ないよ」
「……そうか」
複雑そうな顔をする悠斗は放っておいて、リザの部屋へと案内する。
部屋の前へついてから、悠斗の方をちらりとみてリザへと声をかけた。
『リザ。来たよ』
何の返答もなかったが、しばらくすると小さくリザの声が聞こえた。
『……イオリ。また来たのか。私はもういいと言わなかったか?』
『聞いたけど、私は納得していない』
『そう言われても、もう決めた。……早くドイツに帰りたいんだ』
『帰る??』
リザとの相変わらずの平行線の会話。
それを中断させたのは、悠斗の呆然とした声だった。
またヒートアップしそうだった会話を遮ってくれたことにほっとしながら私は悠斗を振り返った。
そうだ。今日はこんな不毛な会話をするためにわざわざ来たわけではないのだ。
少し落ち着きを取り戻し、悠斗に声を掛けようとして、止まった。
悠斗から、確かに怒りのオーラを感じたからだ。
『悠斗??』
うかがうように悠斗に声を掛けたが、それは見事に無視された。
ぎりぎりと音がなりそうなくらい歯を喰いしばった悠斗が、扉を睨みつけながら、唸るように言う。
『どういうことだ?帰るって?』
『え……ユウト先輩?』
リザは声だけで悠斗だと気が付いたらしい。
だが、まさかここに悠斗が来ているとは夢にも思わなかったのだろう。
明らかに動揺した声が廊下に響いた。
『っイオリ、まさかここにユウト先輩を連れてきたのか?』
彼女の言葉に私は静かに頷いた。
状況を打破するためには使えるものは何でも使うと決めたのだ。
『……うん。私じゃ埒があかないからね。ちなみに師匠も知ってるから同罪だよ』
『余計な事を!!』
予定外だと言う声に、隣の悠斗が不快げに眉を上げる。こんな悠斗初めて見た。
『なんだ、お前ドイツに帰るのか』
『っ!!!』
静かなのに問い詰めるような声に、リザが怯む。
悠斗は未だ扉を睨みつけながらも言葉をつづけた。
『調子悪いっつーから、また夢見が悪いのかと思って気にしてみたらこれかよ』
吐き捨てるように言う悠斗に、私は驚きを隠せなった。
悠斗はリザの悪夢の話を知っていたのか。私だって師匠から間接的に聞かされるまでは知らなかったというのに。
『伊織がどうしてもっていうから来てみたが、余計な世話だったみたいだな。……んだよ、お前逃げんのか』
『ち、ちが……!!!』
焦ったような声が必死で否定の言葉を紡ぐがそれは意味をなさなかった。
悠斗はいらいらした態度を隠そうともせずリザに言う。
『人の顔を見て話もしないやつが何言ってんだ。とりあえず……出てこい』
『そ……それはできない……先輩に合わす顔がない』
小さく呟かれた声に悠斗の機嫌がさらに下がった。
火に油を注いだことは間違いない。
『その俺が出て来いっていってんだよ。さっさとしろ』
苛立った様子で悠斗はがんっと扉を蹴った。
乱暴な仕草に私も驚くが、さすがのリザも恐怖を感じたらしい。
開けなければ、何を言われるか。こういう時は素直に従うに限る。
リザもそう思ったのだろう。戸惑った気配がして、それからかちゃりと鍵を外す音がした。ゆっくりとためらうように扉が開く。
『遅い』
イライラが募った悠斗が待ちきれず扉を無理やり開ける。その勢いで向こう側にいたリザもついでにひきずり出された。
『うわあ』
思わず声がもれた。
この数日、私や師匠がどうやっても出てこなかったリザが悠斗の一喝ででてきたことにも驚いたのだが、今の状況も何とも言えない。
びっくりした様子でぺたんと床に座り込んだリザ。それを冷たく見下ろす悠斗。
修羅場だ。紛うことなく修羅場。
……これ、どう見ても私邪魔だよね。
自然とリザの目が、助けを乞うように私を探した。
次の瞬間には視線が合ったが、悠斗の怒りの背中を目の端でとらえた私は、リザに首を振って否定をしめした。
『どれだけ皆が心配したと思ってるの。悪いけど、一回怒られた方がいいと思う』
『イオリ、そんな』
『私、帰るね。元々、悠斗を届けにくるだけのつもりだったから。……ごめん、悠斗。後頼んでもいい?』
『ああ』
リザを睨みつけたまま頷く悠斗に、じゃあねと小さく手を振ってその場を立ち去る。リザの恨みがましい目はかわいそうだが無視だ。
……今は私の出番じゃない。
どうなるかは知らないけれど、とりあえず後は悠斗に任せよう。
気が乗らないと言っていたわりに、悠斗はリザと会ってからはむしろ積極的に行動しだしたようにみえた。
彼らには話し合うきっかけが必要だったのかもしれない。
二人の話す内容が気にならないと言ったら嘘になる。
だけど、私がいたら話せないこともあるんじゃないだろうか。
実際、リザは私にも言ってない事をすでに悠斗に告げていた。
リザがまた笑ってくれるなら、それでいい。全部を知る必要はない。
そう思い、リザの家を出た。
時間はまだ夕方。今日は演劇の練習もサボったし時間はたっぷりある。
いささか疲れた事だし、これから『アフィリア』に行って一人でお茶をするのもいいかもしれない。
こんなときには、濃いミルクティーが恋しい。
いつもはストレートでしか飲まないが、精神的に疲れている今の心境にはアッサムの茶葉で飲むミルクティーが妙にあう気がした。
考えれば考えるほど素晴らしい案のように思え、早速実行してみることにする。
最近はスコーンだって落ち着いて味わえていない。のんびりお茶ができる機会なんて滅多にない。今日くらい骨休めだ。ゆっくりさせてもらおう。
足取りも軽く、アフィリアへ向かおうとする。そこへ艶のある重低音が響いた。
腰に来るこの声。ピンポイントの好み声。
「こんにちは、伊織さん」
黒い細身のスーツを着こなした、紅い悪魔だった。
「ヴィンス、久しぶりだね……」
何でここにという思いを込めてため息をつくと、ヴィンスは嬉しそうに何度もうなずいた。
「ええ、本当に。しばらくあなたに会えなくてとても辛かったです」
「私は平和でよかったけど」
ぽつりと本音をこぼすとヴィンスはそれはひどいと口元で笑った。
「またつれない事を言って。僕はこんなに寂しい想いをしたというのに」
冗談交じりで大げさなジェスチャーをするヴィンスにじと目をむける。
真に受けないよう、ヴィンスの言葉はスルーするに限る。
好みの声でこんなことを言われると、そんなつもりはなくても無意識でぐらっときてしまう。
毎回思い知らされるのだが、3次元での好み声って想像以上に危険なのだ。
いくら警戒してもしすぎるという事はない。
「で、なんでうちの理事長様がこんな道端にいるわけ?忙しいんじゃないの?」
「ええ、忙しいですよ。望まない地位でも義務はついてきます。ちなみに今日の執務は以前から楽しみにしていた『演劇練習の視察』でした。なのに蓋を開けてみれば、肝心のヒロインが欠席というじゃありませんか」
「へえ」
平然を装って返事をしたが、何という事か。
今日はよりにもよってヴィンスの見学の日だったらしい。
一応生徒会の顧問という立場である彼が、どこかで一度視察に来ることは知っていた。憂鬱な事だと思っていた。だが、まさか今日だったとは。
……多分蓮、知ってたな。だからあっさり休みの許可をくれたのか。
でも、ヴィンスが会いにきたと知ったらきっと怒る。
「一番見たいヒロインがいないのでは、退屈な時間でしかありません。視察は取りやめにしました。時間が余ってしまいましたので、それではと思いあなたの様子を見に来たのですよ」
「ヒロインなんてみても楽しくないよ」
運が悪かった。
私がいないと思ったヴィンスは、会いに行くという選択をしたらしい。
「いいえ、あなたが舞台に上がると聞いて、視察をとても楽しみにしていました。相手役が神鳥くんだったことは正直気に入りませんが、それが生徒の総意というのですから仕方ありません。キスシーンがある、ということですが勿論『ふり』ですよね?」
「衆人環視の中でキスするような度胸はない」
世界崩壊うんぬんの前に、蓮のファンに殺されるわ。
思わず真顔で答えると、ヴィンスはほっとした表情を浮かべた。
「それを聞いて安心しました」
ならなんとか我慢できますと言われ口元がひきつる。
蓮のファンも怖いが、ヴィンスも怖い。
元からその予定ではあるが、どちらにせよ絶対にキスシーンは『ふり』だ。
蓮にも、もう一度強く念押ししておこう。
「……そんなこと言いに来たわけ。何さぼってんの」
これ以上この話はしたくないと、話題を強引に戻す。
「伊織さんこそ。生徒会の業務をサボってこんなところで何をしているんですか?」
「え?」
思いもしなかったことを言われて、声がひっくり返った。
「僕はこうみえてもれっきとした生徒会顧問ですからね。サボった人にはお仕置きが必要です」
ここへきたのはそれもあるんですよというヴィンスに後ずさる。
悪いことをしたわけでもないのに、冷や汗がつーっと背中を伝う。
「いや、サボりじゃないし……ちゃんと生徒会長から許可はもらってる。……というかヴィンス知ってるでしょう?」
うろたえながらも必死で説明をし始めると、ヴィンスはくすくすと笑いだした。
からかわれたことに気付き、かーっと頬が熱くなる。
「ええ、聞いていますよ。大事な用事があるからということでしたよね?」
「……知ってるくせにそういうこと言うのは悪趣味だと思う」
「すみません。久しぶりに会えて気分が高揚しているんです。それでつい。……好きな子をいじめたくなるという気持ちがわかりますよ」
「一生わからなくていい」
からかわれ続けて疲れさせられる身にもなれと睨むと、ヴィンスはすみませんともう一度謝り、真面目な顔をした。
「伊織さん」
「……今度は何?」
むすっとしながらも返事を返す。
声の響きが真剣なもののような気がして、一応きちんと耳を傾けた。
「今日、ここへきたのはあなたの様子が気になったというのも勿論あるのですが、一つどうしても確認したいことができたからでもあるんです」
あらたまって言うヴィンスに、何事かと視線で続きを促す。
ヴィンスは躊躇した様子を見せながらも、慎重に口を開いた。
「伊織さん、あなたもしかして前世の記憶がありませんか?」
ありがとうございました。




