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総太朗固定イベント 初恋 下


「……ごめんなさい。私、総ちゃんのこと、そんな風には思えない」


 震えるような声で、俺の想いをぐさりと叩ききってくれた彼女は泣きそうな顔をしていた。

 どうして伊織ちゃんがそんな痛い顔をするかな。

 いっそ笑ってくれた方がまだ良かったのに。


「伊織ちゃん、何泣きそうになってるの。それ、普通振られた俺の方でしょ」

「だって……」


 長い溜息を一つ。近づいて、彼女の頭を撫でてみた。拒否されたら怖いなと思ったけど、伊織ちゃんは逃げなかった。

 初めて触れた彼女の黒髪はさらさらして、ふんわりとフルーツ系の香りが俺の鼻腔をくすぐった。


「……いいよ、もう。伊織ちゃんはそれで。だから、ちゃんと答えて。伊織ちゃんは、あの男、神鳥会長が好きなの?」


 俺の言葉を聞いて、びくっと伊織ちゃんの体がはねた。そして少ししてから、肯定を表すように頭が一回、こくりと縦に振られる。


 ――――そうか、やっぱり。分かっていてもきついな。

 覚悟していたつもりだったけど、全然足りていなかったようだ。

 思いの外痛む胸に、自分の弱さを思い知らされる。


「そっか。でも伊織ちゃん、俺が言うのもなんだけど、会長ってちょっとやばいと思うよ?大丈夫?」

「……やばいって?」

「俺も人の事は言えないと思うけどさ。会長はなんていうか、伊織ちゃんへの執着が尋常じゃないようにみえる。普通じゃないよ、あの人。……正直、伊織ちゃんが泣くことにならないか心配……ねえ本当にあの人でいいの?」


 素直に思うところを告げれば伊織ちゃんは、他人から見てもそう見えるんだ。とため息をついた。


「……うん。大丈夫。それこそ昔から知ってるから。それに、彼の執着はある意味仕方ないの」


 ――――私があんな死に方したから。

 聞こえるかどうかの小さな呟きだったが、言葉の意味が分からない。

 でも、多分聞こえなかったふりをした方がいいのだと思った。


「これを聞くのは失礼かなとも思うけど、聞かせてくれる?伊織ちゃんは神鳥会長の何がいいの?」


 普通に考えれば、顔だったり頭脳だったりだが、伊織ちゃんに限ってそれはない。

 あんな面倒くさい男に伊織ちゃんが惚れるなんて本当に思わなかったのだ。

 俺の質問を受けた伊織ちゃんは、心底困ったという顔をして悩み始めた。

 あれでもない、これでもないと、遂にはぶつぶつと独り言を言い始めてしまう。


「……アレのどこがいいか?……イケメン顔は兄さんで見慣れているし、碌なことにならないから興味ない。頭もいいけど、これまた余計な事にしか使わないから厄介だとしか思えない。財閥の跡取りって言われても、うちもそうだし、むしろない方がいいと思ってるくらいだから、これもプラス要素にはなりえない。……総ちゃんの言うとおり、アイツは束縛もかなりひどいし。あれ、本当にどこがいいの?」

「……伊織ちゃん、流石にそれは……」


 好きな男を語る女の子の言葉じゃない。


「……ごめん。でも、正直自分でも思うの。彼の何がいいんだろうって。他の人じゃ駄目なのかなって。あんな面倒くさいの、普通なら一度だけでも十分だよ。私も始めはそう思っていたはずなのに。なのにどうしてこうなったんだろうって」


 そこで大きくため息をついた伊織ちゃんは、俺の目を見て情けなさそうに眉を下げた。


「……でもね、ある時気が付いちゃったんだ。……やっぱり、彼以外に触れられたくないって。理屈じゃなかった。どこがいいとか、そういうもの全部すっ飛ばしてた。だから多分、それが答え」

「……そっか」


 俺の出る幕は最初からなかったみたいだ。伊織ちゃんが納得しているのなら、これ以上俺がいう事は何もない。


「心配してくれてありがとう、総ちゃん。……もし何かあったら、相談してもいいかな?」


 そう恐る恐る聞いてくる伊織ちゃんは、不安でいっぱいという顔をしていた。


 俺がこのまま離れていかないか心配なの?

 いきなり他人になれって言われても、それこそこっちが困るよ。


「勿論良いに決まってる。俺たちは……友達でしょ?」


 心を抉られるような気持ちで、それでも求められているだろう答えを用意した。


「!!うん。うん友達!!そうだね。ありがとう」


 涙目でにっこり嬉しそうに笑った伊織ちゃんが、あまりにも可愛くて思わず抱きしめてしまいそうになる。

 駄目だ。俺に、その権利はない。

 勝手に伸びてしまいそうな手を必死で握り締め、理性の力で押し込めた。


「俺の話を聞いてくれてありがとう。しばらくは俺の態度がおかしくても、気にしないでくれると嬉しい」

「私も。総ちゃんの気持ちはすごく嬉しかったよ。……応えてあげられなくてごめんなさい」


 うなだれる伊織ちゃんの頭をもう一度なでる。


「あまり言われると本気でへこむから、もうやめてよ。分かっていた事なんだから。ただ俺も長い事伊織ちゃんを見てきたから、何も言わないまま終わらせることはできなかったんだ」


 それは分かってほしいと彼女の顔を見れば、小さくうなずいてくれた。

 息を吐き、顔を上げる。

 夕日がまぶしくて、目を細めた。伊織ちゃんがブランコから立ち上がる。


「……もうこんな時間。私、そろそろ行くね。今日は、リザの所にも行かなくちゃだから」

「うん。時間とらせてごめん。また明日」


 そう言えば、伊織ちゃんも返してくれる。友人としての程よい距離。


「また明日。じゃあね、総ちゃん」


 こちらに向かって手をふり歩いていく彼女を、できる限りの笑顔で見送った。

 俺は最後まで、いつもと変わりない態度でいられただろうか。


 完全に彼女の姿が見えなくなっても、しばらくの間じっと消えた背中を見つめ続けた。

 ふと、自分の顔に触れる。

 ……なんとも情けない気分になり、自嘲するように口元を歪めた。もう一度ブランコに腰をおとす。

 これは、少し落ち着かないと帰れない。


「あー、俺格好悪い……」


 両手で顔を覆い、空を仰ぐ。先ほど触れた場所は冷たく濡れていた。


 知らないうちに涙が出ていた。それは次から次へとあふれていって、どうしても止まらない。

 伊織ちゃんに見られていなかったらいいけど。


「予想通りだったけど、見事に振られちゃったなー」


 涙声でそう呟く。声が震えていた。本当に格好悪すぎる。


 ――――ふと思った。

 以前の俺ならどうしただろうか。

 振られた事実にふたをして、自己嫌悪にかられながらも、どこまでも伊織ちゃんに迫っていそうだ。

 自分から思いついた事だが、あまりにも簡単に想像ができてしまい、非常にいやな気分になった。

 そんなみじめなマネをする羽目にならなくて、本当によかったと心から思う。


 どうにか涙を止めて、心を落ち着かせる。


 おもむろに携帯を取り出し、電話を掛けた。相手は勿論あいつだ。

 幸いなことに、彼はワンコールで出てくれた。


「悠斗ー。今大丈夫?」


 出来るだけ軽い声を心掛ける。


「総太朗?ああ、平気だけど。どうした?」

「うん。俺、たった今伊織ちゃんに振られた」

「は?」


 いきなりのド直球に、悠斗が電話の向こうで固まった気配がした。


「告白したよ」


 もう一度言う。息をのむ音が聞こえ、悠斗が恐る恐る尋ねてきた。


「……そっか。伊織はなんて?」

「神鳥会長が好きなんだって。俺の事はそんな風にみれないんだってさ」


 結論なんてそれだけだ。ただ自分ではない、他の人が好きだというだけ。


「……総太朗、大丈夫か?」


 心配性の悠斗が真剣な声で俺に呼びかける。

 大丈夫じゃないから、悠斗に電話したんだけどな。


「あんまり大丈夫じゃない。でもこれは俺が乗り越えないといけないものだから。ねえ、悠斗。俺、伊織ちゃんに全部言ったよ、今までの事。懺悔した……それで友達になった」

「……お前たちは元々友達だろ」

「そうだよね。うん、そうなんだけどさ……」


 元々友達、そういう風に周りからも見えていたのかな。

 伊織ちゃんもそう思っていたみたいで、実はちょっとだけがっかりした。

 俺の方には恋愛感情があったから、本当は今の今まで友達だとは思っていなかった。

 ……違う。思いたくなかった。


「頑張ったな」

「……そう思う?」


 何故か褒めてくれた悠斗に、尋ね返した。


「ああ、これで総太朗は前へ進める。そうだろう?」

「そうだといいな。……振られておいてなんだけどさ、伊織ちゃんやっぱりめちゃくちゃ可愛いんだよ。悔しいな。なんであんな男がいいんだろ」

「……伊織の男の趣味が悪いのは否定しない」


 答えが返ってくるまで、微妙な無言の時間があった。

 生徒会長の性格の悪さを、悠斗も肯定した証拠だ。


「だよね。だって、どう見たって誰より性質が悪いよ、あの男。よりにもよってあんなのにつかまらなくても、伊織ちゃんならより取り見取りなのに……」


 対外的には、ものすごい優良物件だが、内情を知ってしまった今となっては、酷いハズレくじだと言わざるを得ない。


「それこそ、余計なお世話なんだろ」

「……そうだね。……ねえ、悠斗。お前はどうなの?」

「俺?」


 いつもなら尋ねても答えてくれないだろうことを、この機会に聞いてみる。


「そう、リザの事。どうするつもり?……俺も経験者だからわかるけど、向き合ってもらえないのって結構きついよ」

「……分かってる」


 低い声だけど、確かに返事をした。


「そう?ならいいけど。いい子じゃない。彼女。……俺は嫌いじゃないよ、ああいう子」

「俺だって嫌っているわけじゃない」

「!へえ」


 まさか悠斗からそんな言葉が返ってくるとは思わなかった。嫌ってないんだ。ふうん。


「俺だってちゃんと考えるつもりだ。……けどあいつ、ここんところ登校すらしてこないから」

「心配だね。……そうそう、伊織ちゃんが様子見に行くっていってたよ」

「そっか」


 言葉の端々からリザを気にしている様子がうかがえる。

 あんなに嫌がっていたのに、いつの間にこんなことになったのか。

 恋愛に臆病な悠斗を変えたリザの手腕を是非とも知りたい。


「そんなに気になるなら、悠斗もいってやればいいのに。きっと喜ぶよ。彼女」

「誰が行くか。……なあ総太朗」

「ん?」


 声のトーンを落として、悠斗が声を掛けてくる。


「近いうち、どっか行くか」

「は?男2人で?」

「たまにはいいだろ。そういうのも」


 おそらく振られた俺を気遣ってくれているんだろう。それくらいはわかる。


「ま、悠斗のおごりならいいよ。行ってやる」

「誘ったのは俺だしな。いいぜ。じゃ、また明日学校でな」

「うん。ありがと、悠斗」


 通話を終了させ、立ち上がる。携帯をズボンのポケットにしまいこんだ。

 土ぼこりを軽く払い、大きく伸びをする。

 ――――良かった。悠斗のおかげでかなり落ち着いた。


 まだ、胸の痛みは残っている。長い片想いだったから、当然だ。

 けれど、ようやくそこから一歩進めるような気がする。


 ――――いつか俺にもあらわれるだろうか。

 俺だけを見てくれる、俺だけの女性が。

 それが伊織ちゃんであれば嬉しかったのだけど、彼女にはもう彼がいるから。


 さっきまで彼女が座っていたブランコにそっと触れる。


「……さよなら」


 本当に好きだった。多分愛と呼べるものだった。




 ――――この日俺は、1つの長い想いに終止符を打った。

 






ありがとうございました。

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