10月中旬 ファンってなんですか
師匠の話を聞いて数日後、私はぼんやりと廊下を歩いていた。
悠斗の体調は問題なかった。早めの処置が効いたのか、入院する必要もなく次の日には登校してきていた。
問題はリザだ。でてきた悠斗とは反対に、登校拒否を始めてしまった。
何度も彼女の部屋の前へ行き、登校するように言ったががんとして頷かない。部屋にひきこもってしまった彼女に何もできることはなく、すごすごと引き返すしかなかった。
『あの子もまだ混乱しているみたいだから。落ち着いたら、また元のリザに戻るわ』
師匠が言う言葉を信じることしかできない。いきなり現れなくなったリザに、悠斗もまた困惑を隠せない様子だった。表だって聞いてくることはしないが、休み時間になると何とはなしに、入口の方を眺めている気がする。休憩の終わりを告げるチャイムが鳴ると、心なしか少し落ち込んでいるようにさえみえた。
今なら落とせるから、登校しなよ。とでもいえばリザはでてきてくれるだろうか。どうにもうまくいかない二人にため息しかでない。
ちなみに悠斗の携帯は師匠経由で私から彼に戻された。
2人が会話をする理由にしようと思っていたので、当てが外れてがっかりだ。
今日は、演劇の練習はない。少しだけ生徒会に顔をだして、後はリザの様子を見にいこうかなと思った。師匠からあんな話を聞いておいて、放っておくことなんてできない。
ちなみに数週間前から始まった演劇の練習は、忍の一字だ。練習場所は秘密にして毎回変えているはずなのに、どこから聞きつけてくるのか練習日には見学者が絶えない。目的は当然蓮の『ロミオ』だ。
蓮がセリフを言うと、きゃあきゃあ黄色い声がうるさくて練習にならないので、遂には見学者を締め出すようになった。
だが、ファンはそんなことではめげやしない。
いわゆる出待ちを行い、練習終わりの蓮を取り囲むのだ。
蓮は完全に無視。前の王子モードの時とは全く違う態度なのに、それでも構わないというファン心理が理解できない。蓮の機嫌がここのところ下降の一途をたどっている。たまったものではない。
同時に、私に対する嫉妬の視線も面倒くさい。ジュリエットがやりたいなら喜んで代わるよと大声で叫んでやりたいくらいだ。
婚約者の地位がうらやましい?あのヤンデレ度合を知らないからそういう事が言えるのだ。一回でも間違えたら『監禁エンド』まっしぐらな男と喜んで付き合いたいという女がいるのなら、是非ともお目にかかりたいものだ。
いくら容姿やその他がよくても、それひとつですべて台無しである。
私?いや、『喜んで』とはさすがに言いたくない。できれば今のうちに何とか更生させたい。
……無謀かなあ。いや、人間あきらめたら終わりだ。がんばろう。
もやもやした気分を抱えながら、1人とことこと廊下を歩く。こんな時、よく声を掛けてくるのはヴィンスだ。だがあの嫉妬イベントの後、向こうからは声を掛けてこない。気にしているのかなんなのか分からないが、そろそろやってくるような気もする。
もしかしたら今にも現れるかもしれない。特殊能力を惜しみなく使うヴィンスは一応人目を気にしてか、私が一人にならないと近づいてこないから。
そこへタイミングよく声が掛けられた。
「伊織先輩」
「なに、ヴィン……ごほっ。えーと、私に何か用かしら?」
丁度考えていたタイミングで声がかかった為、考えもせずヴィンス一択で返してしまった。声が違うことに気が付き、あわてて振り返った先にいたのは、中等部の制服に身をくるんだ、後輩とみられる女の子たち。ひーふー……7人もいる。多い。
集団の女の子に声を掛けられる時の理由は、100発100中で蓮か兄さん関連だ。今は特に演劇という爆弾を抱えているので、呼び出しを掛けられる確率は通常より高いだろうとは思っていた。
一人でのんびり歩いていたのがあだとなったようだ。
最近はずっと蓮と一緒にいたので声をかけられることはなかったから、油断していた。
「先輩。お話があります。お時間よろしいでしょうか?」
それぞれ名乗ってくれたが、興味がなかったので聞いた先から忘れてしまった。
私をじっと見上げてくる少女たちを見て、それだけで疲れた気分になる。
「あー、その急ぎかしら?」
「できれば」
こくりと頷く彼女たちに見つかったのが運の尽き。仕方ないかと肩を落として了承した。
連れてこられたのは、例に寄っての空き教室。囲まれたわけではないので以前より状況はましだが、最近こういうことが多すぎる気がする。兄さんたちの牽制、効いてないよと言ってやりたくなる。
「で、話って何かしら?」
ぐだぐだと話を続けるつもりはないので、はっきりと尋ねる。
どうせ、文化祭の演劇の話か、婚約の話だろう。それ以外の話が出たことはない。自分たちのファンの管理位きちんとやってくれ。とばっちりはうんざりだと思いながら目の前の少女たちを見つめた。
「……あの、神鳥生徒会長との婚約って本当なんでしょうか」
「……家同士が決めたことだけど、その通りよ」
やっぱりか。
決意を秘めた眼差しで、直球勝負にきた彼女たちに生ぬるい視線をおくる。次は、何をいわれるのか。ああ、婚約破棄してください。だな。
「……似合わないと思います。考え直してください」
「そう言われても、家同士の婚約の意味も分からないほどあなたたちも子供ではないでしょうに。私には決定権はないわよ?」
そうあっさり返すと、言葉に詰まってしまった少女たちを見つめる。
この子たちは新たな蓮のファンだろうか。まだ中学生だというのに、あんなヤンデレ男に熱をあげているなんてかわいそうに。
「何も私に言わなくても、直接誠司くん本人に言えばいいじゃない。巻き込まれるのは心外」
うんざりだと言ってやれば、少女たちは驚いたように目を見張った。そしてあっと言ってから、違うと思い切り首を振る。
「!!違います!!私たち神鳥会長になんて興味ありません。私たちは、伊織様のファンなのです!!」
「…………はあ?」
たっぷり5秒は沈黙したと思う。想定外の事態だ。驚愕のあまり、がくんと顎が落ちそうになった。
「え、えーとどういうことかな?私にそちらの趣味はないんだけど」
今、私のファンだと言ったか?顔がひきつるのが自分でもわかった。
BLが好物だった時代もあるけど、ユリはない。というか、3次元では絶対にお断りだ。個人の趣味にケチをつける気はないが、私をつきあわせるな。
「ち、違います!!そりゃあ、伊織様はとてもお美しいし、おそばに置いていただければとても光栄ですけど、そうじゃありません」
「……はあ」
そうじゃないというわりには、光栄だとか言葉が続いた気がするが……。
男性のファンよりも先に、女性のファンができるとはどういうことか。
あまりの自分の残念さに、本気で泣きたくなってきた。
「私たち、皆音楽科のピアノ専攻なんです。ゴールデンウィークの合宿のとき、里織様と伊織様の演奏を聞いてファンになりました」
今となっては無駄なあがきだったが、ヴィンスにソロでの音を聞かせたくなくて、無理やり兄さんとコラボしたことがあった。そのときの話だ。確かに、皆熱心に拍手をしてくれていたが、まさかファンだと言ってくれるとは思わなかった。
「えーと、それは、どうも?」
「伊織様のピアノは繊細でお美しくて……伊織様には才能があります!!絶対にピアニストになるべき方なのです!!」
ヒートアップする下級生の女の子。周りの子たちもうんうんと同意する。
「それなのに、婚約だなんて……。噂では卒業と同時に結婚とか。そうなったら家庭にお入りになるのでしょう?伊織様のせっかくの才能を、埋もれさせてしまうなんてそんな恐ろしい事できません!!!婚約はなんとしても破棄されるべきです!!」
ひたすら訴えかけてくる女の子たちが怖い。
だがとても有難いことだなあと思う。自分のピアノを評価してもらえるというのは嬉しい。
「ありがとう。でも、卒業と同時に結婚だなんてそんな噂、真に受けなくても……私もそんなに早く家庭に入るつもりはないから……」
「何を言っている、伊織。卒業までだなんて誰が悠長に待つか。式は後でも、籍はお前の誕生日に入れるぞ」
「……誠司くん」
会話の途中だというのに横やりが入った。嫌というほど聞きなれた声がした。
どうしてここにいるのかなと振り返ると、そこには予想どおり蓮の姿があった。
教室の後ろドアにもたれかかって、けだるそうに腕を組んでいる。金の髪が夕焼けに反射してとてもきれいだとは思うけど、醸し出すオーラはすごく怖い。
「……お前たち、伊織のファンか。伊織は来年には俺の妻になる。これは予定ではなく決定だ。残念だったな」
せせら笑う蓮に、少女たちはおびえながらもぐっと立ち向かった。蓮にこういう態度をとる子たちって珍しいからすごく新鮮だ。
「……そんな。横暴です。伊織様のピアノは万人に必要とされる才能です。それを潰すおつもりですか!!」
「俺ではない、他人の為の才能なんて、必要ない」
「ひどい……」
言い切る蓮に、少女たちが絶句する。それを綺麗に無視して蓮は体を起こす。 ゆったりとした動きでこちらにやってきたと思ったら、ひょいと私の腰を引き寄せた。見せつけるように、にやりと笑いながらおでこにそっと唇を落とす。少女たちの顔色が蒼白になる。
……蓮があまりにも大人げなくて泣きそうだ。
「何故俺のものを他人に貸し出してやらなければいけないのか、そちらの方が理解できないな。大体俺たちの事を他人にとやかく言われる筋合いはない」
「……あなたをみていると、とても『王子』などと呼ばれていた方とは思えません。皆どこを見ていたのでしょう。全く理解できません」
くやしげにそう言う少女たちに、蓮は楽しげに答える。
「顔、だろうな。別に呼んでくれとも頼んでないが。俺にとってはどうでもいい話だ。……伊織以外の女に興味はない」
必死に蓮を睨みつける少女たちに拍手をおくりたくなってくる。すごい。この子。完全に怒っている蓮に抵抗している。中学生にしとくのはおしい。
ふと、我に返る。あれ、これ私の話じゃなかったっけ。あまりにあっさりと所有権を主張されたので、驚きのあまり思考がストップしていた。
「誠司くん……、その話は後で摺合せが必要そうだね。婚約は了承しても、結婚はまだするつもりないから。……それとあなたたち、気持ちはとてもうれしいけど、あまり暴走しないで。一応私もいろいろ考えているつもりだし。それにこの人、私が関わると途端大人げなくなるから」
でも、私のピアノを好いてくれてありがとう。そう言えば、少女たちはとんでもないですと言って、ぽっと頬をそめうつむいた。
はて、照れる要素がどこかにあったのか。
あからさまな態度で、蓮が気に入らないと舌打ちしたが、無視した。
とりあえず、もうお開きにしたい。
「話はもういいかな。じゃ、疲れたし私もう帰るから。誠司くんは?今日は生徒会?」
「……そうだ。お前も」
「今日は行かない。……帰るから」
一緒に来い、そう言おうとしたのだろうが、話をぶった切ってやった。
……実際のところ私は怒っていた。
誕生日に籍を入れるだの、よくもまあ好き勝手にいってくれたものだ。
前世は前世で幸せだったと思うが、今の私は閉じ込められるのを良しとする気は全くない。今抱えてる問題の結末がどうなろうと来年にはドイツに戻る気だし、ピアノを続けるつもりだ。
それを蓮が邪魔するというのなら、私だって全力で抗う。希望がかなえられるよう努力するつもりだし、絶対に泣き寝入りだけはしないと決めた。
私の機嫌が悪くなったのを察したのだろう。蓮はため息をついて、わかったといった。珍しく引いてくれたのは、これ以上私の機嫌が悪くなると非常に面倒くさいことになることを知っているからだ。
その子たちに、変な事言ったりしたりしないでよと釘を刺してから教室をでる。 後ろから「伊織様、素敵」という声が複数聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだ。
腹を立てつつ、うつむきながら教室をでて歩き始めると、目の前に黒い影がよぎった。不思議に思って顔を上げると、そこにはちょっと困ったように佇む総ちゃんの姿。
「あれ?総ちゃん?どうしたの」
そう言えば、総ちゃんはやれやれとため息をついた。
「どうしたのってねえ。伊織ちゃんがまた女の子たちに連れて行かれるのが見えたから、気になってついてきたんだけど」
俺、必要なかったねと苦笑いされる。心配してくれたのかと思うと、苛立ちも自然と治まる。我ながら単純だ。
「ありがと。……そう言えば、前の時も総ちゃんがきてくれたよね」
嬉しくてにっこり笑うと、総ちゃんは照れたようにそっぽを向いた。
「偶然だよ。それに、前回はともかく今回は俺、話に入る隙すらなかったし」
言外に蓮のことを示唆され、また気分が重くなる。本当にどうして私はあんな男がいいのか。自分でもわからない。
「ああ、誠司くんか。……迷惑かけなかった?」
何とも言えない顔をした総ちゃんに、嫌な予感がしたので聞いてみた。あの男は私が関わると何をしでかすかわからない。
「生徒会長ね、俺が伊織ちゃんの後をつけてたら後ろから声を掛けてきてさ……めちゃくちゃ怖かったよ。理由を言ったら、すっごい怖い顔して俺が行くって出ていっちゃうし」
「……ごめん」
……無駄に総ちゃんおどしたのか。本当に見境ないな。
「伊織ちゃんに謝られることじゃないよ。本当、あの人伊織ちゃんの事好きだよねって思っただけ……あれ?伊織ちゃん、今日は生徒会室よらないの?」
生徒会室の方ではなく、下駄箱の方に足を向けた私に総ちゃんが尋ねる。
「うん。むかついたから帰ろうと思って」
はっきり頷けば、くはっと総ちゃんは吹き出した。
「うわあ。そりゃさぞかしあの会長もご立腹だったんじゃない?」
会長は絶対、伊織ちゃんを生徒会室にお持ち帰りするつもりだったと思うよ。
そういう総ちゃんに乾いた笑いを返す。
「……ははははは」
……いつ『ヤンデレモード』発動するかと思うと、あまり思い切ったことはできないなあ。
「それは分かっていたけど、誠司くんがあまりにも馬鹿なこというから行く気なくした」
正直に言いながら尋ねる。
「やりとり、見てなかった?」
「残念ながら、見てない。覗き見なんてしたら、命がいくつあっても足りなさそうだったから、近くで待機してた」
賢明な判断でしょ、という総ちゃん。危険察知能力が非常に高くて結構なことだ。私も是非それが欲しい。
そうやってひとしきり話した後、そのままじゃあねと言って別れの挨拶をした。
帰ろうと思い歩き始めると、ちょっと待ってと呼び止められた。
「俺も今日はすることないし、帰るところなんだ。よかったら一緒に帰ってもいい?」
断る理由はなかったので、いいよとうなずいた。
ありがとうございました。




