10月中旬 悪夢
――――時間は少しさかのぼる。
悠斗たちが巡回に出てしばらくしてから、様子を見に行こうという蓮に誘われて、こっそり彼らの後を追った。
遠目から二人をみる。珍しくリザと会話をしている様子の悠斗に少しホッとする。いくらなんでも、親友が何度も無視され続ける姿を見るのは辛いのだ。
「ね、蓮。あの二人うまくいくかなあ?」
隣にいる蓮の服の裾をちょいちょいとひっぱって尋ねる。蓮はさあと興味なさそうだ。
「どうだろうな。人の恋路のことまで俺は知らないが、どうしても相手が欲しければ、多少強引な手段をとってでも相手を手に入れるしかないだろう」
「……犯罪、駄目、絶対」
蓮が言う『多少強引な手段』にはそこはかとなく危険な香りが漂う気がする。犯罪を有効な手段に入れないでほしいと切に願う。
「分かっている。だから犯罪行為だと思われない程度に、いかにうまく調節するかがポイントだな」
割と真剣に考えだした蓮にひきつる。どう聞いてもあの二人の話じゃない。自分ならどうするかの話だ。
「相手との距離感を見極めて、気づかれないように逃げ道を塞ぎながら、懐に入る。警戒心を完全に解かせれば……チェックメイト」
「……それ、完全に蓮の手口じゃない」
覚えのある手法にがっくり項垂れる。大学生のとき、似たような手段で無理やり落とされた記憶はしっかり残っている。あの時は、見事に逃げ道を防がれ、付き合う以外の返事ができなかった。
「……相手がその前に気が付いて抵抗したら?」
ふと、あの時はできなかった行動を提示してみた。
そういう行動をあのときの私がとったら、彼はどうしたのだろう。諦めたのだろうか。
ちょっとした興味だった。
「……そうだな。それでも欲しいのなら仕方がない。多少荒っぽくなってはしまうが、一旦警戒されない程度に全ての行動を抑え、相手が油断したところで拉致。既成事実を作る。それでも頷かないなら、さらに孕ませるなり鎖をつけて監禁するなり、手段はいくらでもあるな。手をまわして周囲から孤立させ、頼れるものは自分しかいないと思わせるのも面倒だが非常に有効だ。その後、見捨てるふりでもすれば、捨てられるのを恐れて自らを差し出してくるようになる。どの手段にしても手に入れた後はどろどろに甘やかして、自分に依存させるようにもっていけば、警察沙汰になることも、引き離される心配もない」
「……私が悪かったから、もう勘弁して」
多少どころではない。完全に『クロ』だった。蓮が『監禁系ヤンデレ』だろうことは分かっていたつもりだったが、まさか真顔でそういうことを言うとは思わなかった。
……そうか、つまり蓮の話でいくとロックオンされた時点ですでに相手はつんでいるわけだ。
最初の段階でおとなしくうなずいた私、グッジョブ!!!
下手に抵抗しないで本当に良かった……のか?
「有効な手段を提示しただけだぞ?」
「……必要とあれば蓮はためらいなく使うでしょう」
「もちろん」
しれっと言う蓮に頭痛がする。
彼の部屋に鎖が常備してあったことは知っている。幸いにも体験せずに済んだが、蓮の場合は好きになれなければ、おそらく問答無用でヤンデレモード降臨。
『拉致監禁→強姦→妊娠→結婚(監禁継続)コース』一直線だ。
前世でも思っていたが、数か月前に捕まったら最後だと本能で感じた私は正しかったわけだ。転生しても何も変わっていない。
「一応確認。……今はどう思っているわけ?」
「お前は俺との賭けに勝った上で、自ら俺の側にいることを選んだ。だから今は必要ない」
……本当か。なんだか、逃げれば即監禁っていう心の声が聞こえた気がするのだが、大丈夫なのか。『今は』という言葉が妙に生々しい。
「……ならいいけど」
そして『賭け』という言葉にひんやりとしたものを感じた。
どうも私が蓮に気が付かなかった間に、何か個人的な賭けをしていたらしい。 勝ったという話だからいいようなものの、負けていたらと思うと背筋が凍る。
蓮に見つかった段階でゲームセットだろうことは分かっていた。だから、自分の気持ちが蓮に向いていないのなら、声を掛けるべきではないと思っていた。絶対に逃げきれないと思ったから。
私が、いつまでもぐずぐずしていた理由はそれもある。
……実際にはとうに見つかっていたわけで、すでに逃げ道はなくなった状態だったが。気づいた時にはすでに公認の婚約者ってどんな手のまわし方したんだ。
どうやっても逃がすつもりはないという見えない気迫と、すでに張り巡らされていた鎖に、驚くよりも先に呆れる。
最近つくづく思うが、もしかして私、ディアスよりも厄介な男につかまってるんじゃないだろうか。乙女ゲーのヤンデレキャラと対抗できるというか勝てると思われる蓮って一体……。
「本当に心配はしていないぞ。お前はいつも賢い選択をするからな」
頭を撫でられた。なんだろう、嬉しくない。きわどいところで危険を回避してるってことですか。聞くんじゃなかった。
気を取り直して、二人の様子を再度観察する。悠斗たちというより、悠斗の動きがあきらかに先ほどと違ってみえた。どうやら座り込んだみたいだ。
「……ねえ、悠斗の様子おかしくない?」
そういうと、蓮はちっと舌打ちした。
「……やはりか。……俺だ。医療班をまわせ。学園の許可は取ってある。高等部の特進科の校舎だ」
私の声を受け、慣れた手つきで蓮が携帯を操作する。通信先はどうも蓮の家の医療スタッフらしい。手広く商売をしている神鳥財閥は、勿論いくつか病院も所有している。
しばらくしてサイレンの音が聞こえた。蓮の家の病院の救急車だろうが、それにしても早すぎる。
「こんなこともあろうかと、あらかじめ待機させていた。……行くぞ、依緒里」
「あ、ちょっと待ってよ」
携帯をポケットにしまい、悠斗の元に走り出した蓮を追う。『待機』させていたってどういうことだ。いくらマスターにばれないようにするためとはいえ、蓮がやろうとしていることはさっぱり分からない。
「ねえ!!わざわざ救急車待たせていたの?」
「……最近の今里の様子をみていれば、調子がわるそうだったのは一目瞭然だろう。もしもの事があった場合のため万全の策をとるのは当然の事だ」
そのとおりだが、それならわざわざ尾行までして巡回になど行かせなければよかったのではないか。そう思ったが、どうせ聞いてもまだ教えてくれないのだろうと口にするのはやめておいた。
「悠斗!!大丈夫!?」
駆け寄って、悠斗に声を掛けた。リザは蹲り、悠斗を必死でゆすっている。とても正気のようには見えなかった。完全にパニック状態に陥っている。
『ユウト先輩!!ユウト先輩!!いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ…………』
『リザ!!!しっかりして!!もう救急車が到着したから、大丈夫だから正気にもどって!!』
無理やり、リザから悠斗を引き離す。そんなことはしたくなかったが、彼女には冷静になってもらわなくてはならなかった。心を鬼にしてブラウスの襟を掴み、もう片方の手でリザの頬をはたいた。
『リザ!!』
『……あ、イオリ……』
ぱちぱちと瞬きした後、リザの目の焦点がようやく私に向いた。その様子にほっとしてリザを解放する。
『……正気ね?リザ』
『あ、ああ。……そうだ。ユウト先輩が倒れて、それで……!!!電話しないと!!』
今気が付いたと慌てて、悠斗から預かったとみられる携帯を操作しようとするリザを片手で制する。
『え?』
『連絡は誠司くんがもうしてくれたから。救急車もきてるし、ほら、悠斗も運ばれてる』
そう言って、悠斗のいる場所を指したが、先ほど到着した医療スタッフがすでに応急処置を終わらせ、悠斗を運び出していた。その隣で蓮がどこかへ電話をしている。おそらく悠斗の家だろう。用件のみの電話を終えると、蓮は医療スタッフに何か指示した。
それに彼らがうなずくと、救急車は悠斗を乗せて出発していった。
そこまできちんと見届けてから、蓮はこちらへとやってきた。
応急処置が早かったので、命に別状はない。病院ではなく、悠斗の家に直接送り届けることになったという話をきき、リザと二人ほっとする。
『よかったね、リザ』
言うと、頷きながらも暗い顔をする。今にも泣きそうだった。
『……リザ、どうしたの?』
『……私、ユウト先輩にせっかく頼ってもらえたのに、パニックになって連絡一つまともにできなかった。イオリ達が来てくれたからよかったようなものの、私一人だったらどうなっていたか』
『……結果として間に合ったんだからもういいじゃない』
まさか尾行していましたとはとても言えなかった。
『それでも、ユウト先輩に申し訳ない。……合わせる顔がない』
『そんなこと気にする奴じゃないから。ねえリザ、そんなに気になるならお見舞いに行こう。ね?』
『でも』
らしくなく渋る、リザの手の中にある携帯に気が付いた。それが理由になってくれればいい。
『その携帯悠斗のでしょ?返さないといけないし、二人は一度きっちり話した方がいいと思うよ』
『……』
『悠斗が落ち着いたら、一緒に行こう?ね?』
辛抱強く説得を続けると、ようやくだがかすかにリザは頷いた。ほっとして微笑みかける。
『リザもひどい顔してる。今日はもう早く帰ってゆっくりして』
『確かに顔色が悪い。リザ、うちの車に乗って行け。送らせる』
話に参加してきた蓮がそう提案する。でも私も彼女を一人で帰すのは心配だ。
『誠司くん。リザはうちの車で送っていく。師匠とも話したいし、リザを一人にしたくない』
『……わかった。里織には俺から言っておいてやる』
家に連絡をとろうとした蓮が携帯をしまった。リザを一旦蓮に預け、自分の携帯を取り出す。運転手の嵯峨山さんに連絡し、車をまわしてもらうように頼んだ。
『リザ、帰ろう?』
『……』
無言のリザを促して、家に連れ帰った。
『師匠、リザの様子はどうですか?』
あらかじめ連絡を入れておいた為、師匠は家にいてくれた。憔悴しきった彼女を、師匠は部屋へ連れて行き寝かしつけてきたらしい。
『あまりよくはないわね。携帯を握ったままはなさないし、ずいぶんショックを受けているみたい』
『そう、ですか』
勝手知ったる師匠の家のリビングのソファに落ち着いて、私はため息をついた。
師匠にはリザがパニックになった経緯をできるだけ詳細に伝えていた。この際、悠斗の病気の事も仕方がないと話した。……彼には後で謝ろう。
『リザ、悠斗の事であまり気に病んでほしくないんだけど』
『……その倒れたユウトって子が、リザの好きな男の子?』
『そうです』
向かいの席に座った師匠に尋ねられ、頷いた。隠しても仕方がない。
師匠は難しい顔をして、嘆息した。
『その状況じゃリザがパニックを起こしても仕方ないわね。……うまくいかないわ』
『え?』
師匠の言葉に反応できず、問い返す。
『うまくいかないといったの。イオリ、あなたは知っていたかしら?あの子が、昔から悪夢にうなされていた事』
『……いえ、聞いていません』
そういえば、師匠はやはりとうなずいた。
『やっぱりね。プライドの高い子だから、親友と言っても同じ弟子であるあなたに弱みをみせたくなかったのでしょう』
初めて聞く話に、目を見張る。そんな話を私に黙ってして、いいのだろうか。
私の疑問が顔にでたのだろう。師匠は頷いた。
『あなたには知っておいてもらった方がいいわ。特に今はあの子の近くにいるのはあなただし。リザもそう言えば反対はしないでしょう。……そうね、あの子が小さい頃感情が不安定だったことは当然知っているわよね?』
『はい』
出会ってしばらくしたころのリザがそうだった。
『私が原因ね。父親が誰かもわからない。母親は自由な恋愛を好みふらふらしている。不安で仕方なかったときに、新しい弟子としてあなたを迎えた。……あの子には耐えられなかったのでしょうね。毎晩夢を、見るようになったのよ』
『夢』
長く一緒にいたがそんな話をしたことは一度もなかった。部屋が別だったからか私が鈍かったからなのかはわからないが、気が付きすらしなかった。
『夢と一言でいっても、色々な種類があるわ。あの子が見たのは悪夢。それもとびっきり酷い悪夢よ。それを毎日』
思い出すように、師匠は天井を見上げた。
そしてまた、ぽつりぽつりと話し出す。
『夢をみるようになってしばらくは、私にも何も言わなかった。ただ、感情がどんどん不安定になって、ピアノを弾くことすらままならなくなった。だからあなたの留守中、カウンセラーのところに連れて行ったのよ。イオリには知られたくないって、あの子がそう言ったから』
『リザ……』
『カウンセラーに尋ねられたあの子はそこで初めて言った。毎日悪夢を見ると。だから眠れない。眠るのが怖いって。カウンセラーは、あの子が悪夢を見てしまうのは私の態度が問題なのだと指摘した。自分が愛されているか自信がないから、そんなものを見るようになってしまったんじゃないかって』
そう言えば、彼女が落ち着くようになったのは師匠がどこに行くのにも、リザを連れて行くようになってから。リザを愛していると何度も伝えるようになってからだった。
『そう。そうしてようやくあの子は落ち着いた。落ち着いていたの。……でも、日本に来日してからしばらくして、また様子がおかしくなった。目の下に隈をつくるようになった。眠れていないのは明らかだったわ。でも、何度聞いてもあの子は違うって言って答えてくれない』
ふうと息を吐きだして、師匠は私を見つめた。
『さっき。もう一度問い詰めたら、ようやく白状したわ。思った通り、あの子はまた、あの悪夢を見始めていた』
『どうして』
『何が理由かは、本人にもわからないそうよ。でも、内容は昔と寸分の狂いもないって。毎晩同じ夢を繰り返してみるそうよ』
『師匠、どんな夢か聞いても?』
ぎゅっとこぶしを握り締めて、師匠に問いかける。きっと悠斗に対して起こしたパニックと関係があるのだろう。
『……勿論よ。……あの子が毎晩みるのは……人が死んでいく夢』
――――それを、傍観者としてただ眺めるだけの悪夢よ。
そう言って、師匠は悲しげに微笑んだ。
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「……くくくっっ。あははははは。いいね――――面白い」
本日もありがとうございました。




