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悠斗視点 リザ

こんばんは。よろしくお願いします。




 一言で言うと、巡回自体は特に問題はなかった。


 会長にうまくいいくるめられ、渋々リザと二人で各棟を回ったが、元々育ちのいい子息たちの集まる学校だ。問題などそうそう起こるはずもなかった。

 これなら思ったより、早く帰れる。そう思ってほっとした。

 隣にいるリザが一生懸命話しかけてきたが、全力でスルーした。頼むから関わらないでほしい。


 大体の場所を見終わって、後は特進科が入っている校舎のみとなった。このままいけば後30分もすれば、解散することができるだろう。苦痛な時間だったがようやく解放されると思うと、自然と気も緩んでいく。


『ユウト先輩』


 1階を巡回し、2階に上がろうと階段を上り始めたところで、めげずにまたリザが話しかけてきた。いくらなんでもここまで無視されれば、歓迎されていないことくらいわかるだろう。

 そう思ってリザの声をそのまま無視する。だが、リザは眉をひそめて話を続けた。


『先輩。本当に顔色悪い。……大丈夫か?』


 どうやら心配してくれたみたいだ。そう思うなら、お前が離れてくれるのが俺の精神衛生上一番効果的だといいそうになり、そこで閃いた。

 ……そうだ。俺の病気の話をすればこいつもひくんじゃないのか?


 自慢じゃないが、俺の病はそんじょそこらのものではない。15年物の、治療法だってまだ確立していない代物だ。しかも死亡率が異常に高い。

 普通の神経をしていれば、誰もそんな爆弾を抱える男と付き合いたいと思わないだろう。わざわざ俺じゃなくてもこの学園には健康で有望な男がごろごろいるし、死ぬかもしれない病気もちの男と付き合ったって楽しいはずがない。

 伊織たちにも、いい加減にしろと言われている。本意ではないがこれをいう事でリザがひくなら、彼女たちにも言い訳が立ちやすい。

 病気の事はおいそれと話すつもりはなかったが、リザの方から距離をとってもらうにはこれが一番いい方法に思えた。

 だから珍しく、普通に言葉を返した。どうしても感じてしまう嫌悪感は、できる限り気にしないようにする。


『顔色が悪いのはいつものことだ。……俺、病気もちだから』

『え?』


 返事が返ってきたことに驚いたのだろう。そんなリザは無視して、ゆっくり階段をのぼりながら、淡々と事実だけを述べていく。


『生まれた時から難病かかえて、世界各国の病院を転々としてきた。手術の繰り返しで体はボロボロ。何が体に影響するかわからないから、体育だっていつも見学。かといって手術をやめれば、死亡率はほぼ100%。……本当にいつ死んでもおかしくない、それが俺』

『病気……』

『伊織と生徒会長は知ってる。伊織に聞かなかったか?』

『いや、体が強くないとだけは聞いていたが……』


 それ以上は、というリザに納得する。伊織はそういうやつだ。俺の了解なしに話すのをよしとしなかったのだろう。そういうところがいいやつだなって思う。


『そうだよな。伊織なら言わないか。……まあそういうことだから、いつ死ぬか分からない俺なんかを追いかけていたって仕方ないと思うぞ』


 自分で言っていて、悲しくなってくる。冷静に分析すると本当にどうしようもない状態なんだよな。俺。リザに諦めろと言っているつもりが、全て自分に跳ね返ってきているような、そんな気がする。


『……手術したら、先輩は助かるのか?』


 リザが真剣な眼差しでこちらを見てきた。てっきり無言で去っていくとばかり思っていたのでこの展開は意外だった。思わず足が止まった。


『……年明けの手術が成功すれば』


 マスターに死刑宣告受けているけど、とそこは胸の内で呟くだけに留める。何が理由で死ぬとは聞かされていないが予測はつく。

 おそらく手術失敗とかじゃないだろうか。それか、病気の進行が予想以上に早いか。

 自嘲するようにつぶやいた俺に、リザはそうかと頷いた。

 わかってくれたのなら、もういいだろう。頼むから、俺の目の前から早く去ってくれ。 そう思ったのに、リザは心底不思議そうに、こう続けた。


『手術に成功すれば、助かるのだろう?手がないわけじゃない。それに、申し訳ないがユウト先輩のいう事はよくわからない。……病気の有無や生死が、一体私の行動とどう関係あるんだ?』

『は?』


 わからないと困ったように言うリザに、今度は俺の方が固まった。


『いや、普通そうだろう?手術を受ければというが成功する確率はかなり低いし、死病もちの男を追いかけても未来なんてどこにもない。面倒くさいだけだ。だからいい加減お前も目を覚まして……』


 何故、わざわざ説明してやらないといけないのか。そう思いながらも、必死で自分といることのデメリットを並べ立てる。……後で泣いても良いだろうか。


『私は、ユウト先輩が好きだと言った。その気持ちに、病気の有無は全く関係ない。……面倒だなんて、思うはずがない』


 私の気持ちはその程度のものだと思われていたのか?と話すリザに声が出ない。

全くの想定外の事態に思考がおいつかない。

 呆然とリザを見る。彼女は優しい目で俺を見つめていた。リザはこんな女だったか?

 今までろくに視線も合わせようとしなかった彼女を初めてまともに見た気がする。


 ぽかんと馬鹿みたいにまじまじと彼女を見つめた。そこであることに気が付く。……目元にある酷い隈。一気に俺の眉が中央に寄った。


『……お前、ちゃんと寝てるのか?』

『先輩?』


 俺が難しい顔をしたことに不思議そうにしたリザは、なんのことかと首をかしげた。自分がどれだけひどい顔をしているのか分かっていないのだろうか。


『目の下の隈。すごいぞ。その様子なら一日二日寝てないではきかないだろう。どうした?』

『え?いや、その』


 慌てだすリザは放っておいて、その目の下の隈を観察する。くっきりとくろずんでしまった隈が、彼女のひどい寝不足を物語っていた。


『……ユウト先輩、私を心配してくれるのか?』

『お前が何を言っているのかわからないが、体調の悪い人間を放っておくような鬼畜だと思われるのは心外だ。……俺も病気もちだから、種類は違えどその辛さはわかる』


 そう言うと、リザは驚いたように目を見開き、そして破顔する。本当に嬉しそうなその顔に、不覚にも一瞬見惚れてしまった。


『先輩。ありがとう。やっぱり先輩は私が思った通りの優しい人だ。でも大丈夫。ただ悪夢にうなされているだけだから』

『悪夢?でも、その様子じゃ、かなり長い間睡眠障害で苦しんでいるだろう?』


 指摘すれば、言い辛そうにこくりと頷いた。


『……幼い頃から悪夢はよく見るんだ。あまりにもひどいから、一時期は母親と一緒にカウンセリングへ通ったりもしていた。それで治まっていたんだ。……なのに日本に来てから、また毎日のようにうなされる。最近では眠るのが怖くなって、それでこんな有様というわけだ』

『悪夢?』

『そうだ。夢の内容は昔から変わらない。いつも同じだ』


 辛そうにうつむくリザを見る。いつも俺に手ひどく扱われても、文句ひとつ言わず笑っているリザ。そんな彼女が項垂れている姿をみるのはなんだか嫌だと、そう思った。


『……心因性のものなのか?』


 浮かんだ考えをすぐさま放棄し、リザに尋ねる。

 俺も、体調の悪いときなどは悪夢をみやすい。

 同じ夢しかみないというのなら、心因性のものだという可能性が高い。


『以前かかっていたドクターはそう言っていた。だが、実際はどうかわからない。……すまない。私の事で時間を取らせた。単に夢見が悪いだけなのに、大げさに言ってすまないな。……忘れてほしい』


 いつもと違うはかない笑みに、どくんと胸が高鳴った。


 何か言わなくては、そう思って、口を開こうとした時、急に胸にぐっとつまるような痛みを覚えた。先ほどとは種類が違う。咄嗟に握り拳をつくり、胸の中心を押さえる。さらに呼吸が苦しくなり、眩暈に吐き気といった症状が次々と現れだした。

 立っていられなくなり、近くの手すりを片手でつかみしゃがみこむ。

 ……これはまずい。


『……先輩?どうした!!?やはり体調が悪いのではないのか?無理をしない方が!!保健室へ……先輩!!!!!』


 酷い耳鳴りのせいで、リザの声が遠くで聞こえる。何とか力を振り絞って携帯を差し出す。手が震え携帯を落としそうになったが、リザが慌てて受け止めてくれた。


『……それじゃ、多分間に合わない。これで、うちに……電話してくれ……頼む』

『で、でも、私日本語が!!!』

『……俺以外からかかってきただけで緊急事態だと……わかる。電話してくれるだけで……いい』


 パニックになるリザを落ち着かせるように言う。リザの声は遠鳴りのように響き、何を言っているのかよくわからない。


『先輩!!先輩しっかりしてくれ!!!せっかく生きていてくれたと思ったのに!!!せっかく会えたと思ったのに!!嫌だ!!!先輩、ユウト先輩!!!』


 泣き声で、必死に俺をゆするリザを霞む視界の端でとらえる。不思議と姉の姿を思い出した。

 ――――俺が死んだとき、必死で俺をゆさぶっていた姉の姿と、今のリザの姿は妙にかぶった。


 ああ、俺はこんな彼女の何をそんなに怖がって、嫌っていたのだろうか。

 他人でしかないはずの俺の為に、必死になってくれている彼女をみてそう思う。

 この世界にきて、俺にこんな真剣な感情をぶつけてくれた人はいなかった。

 

 ――――救急車のサイレンが聞こえてきた。

 えらく早いなと思いながらもほっとする。泣きじゃくるリザをみて、何故かきれいだとぼんやり思った。


 続いて声が聞こえる。知らない声じゃない。

 ……多分会長の声と、そして伊織の声。誰かが俺を抱き上げる感覚。

 助かったのかな、と思い息を吐いた。

 うっすら目をあけると、リザの顔が目に入った。



 ……もう、あの妙な嫌悪感を抱くことはなかった。




ありがとうございました。

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