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10月上旬 ヒロインの座はいらない

こんばんは。今夜も宜しくお願いします。



「神鳥会長。投票結果がでました」

「……」


 縁なし眼鏡をかけた細身の男性、文化祭実行委員長の桐生先輩が提出してきた書類を、ものすごく嫌そうな顔で蓮はみた。対して桐生委員長は非常に楽しそうだ。

 最近恒例になった放課後の集まり。全員が着席するや否や、議長を務める桐生委員長は蓮に話しかけてきた。どうもこれが今日の議題の中心らしい。


「全く腹立たしい話だな。出し物くらいこちらで選ばせてくれてもいいと思うが」

「これも慣習です。神鳥会長。代々生徒会の出し物は、生徒たちの投票で決まることになっています」

「分かっている」


 苦々しい顔をする蓮をよくわからず見つめていたら、近くにいた兄さんがこっそり教えてくれた。


「生徒会の文化祭の出し物は、生徒の投票で決まるんだよ」


 ちなみに多数決ねという兄さんにさーっと血の気が引く。兄さんや蓮のいる美形集団の生徒会に、皆が何をさせたいかなんてある程度予想が付く。それに必然的に巻き込まれる事に言い知れぬ恐怖を感じた。


「兄さんお願い。後生だから!!私は裏方で!!裏方でお願いします!!」


 両手を合わせて兄さんを拝み倒す。彼らと一緒に前面に出るなんて絶対にお断りだ。


「残念でした。生徒会役員をやっていてこのイベントから逃れられると思わない方がいいと思うよ」


 直接的ではないものの明らかな拒否をされ、ショックを受ける。

 どうにか回避できないものか。今更と言われようが、できる限り悪目立ちしたくないという思いは変わらないのだ。


「で、今年は何だ」


 私が兄さんに食い下がっていると、蓮がそう桐生委員長に聞いていた。思わず聞き耳を立ててしまう。

 蓮の投げやりな様子をみて、桐生委員長はにっこり笑って投票結果を記した用紙をさらにぐっと差し出した。

 この人も見た目だけでいうのなら、腹黒副会長系だ。誰に対しても丁寧語で話すし、眼鏡の奥が本気で笑っていないようにみえる。……おい、本気でこんなのしかいないのか。この学園。

 桐生委員長からいやいや書類を受け取って、ざっと眺めた蓮はやれやれと嘆息した。やっぱりかといったようにも見える。

 兄さんが立ち上がり、蓮の側に行った。


「誠司、どうだった?」

「予想通りだな。今年も『演劇』だ」

「やっぱりね。嫌な予感はしていたんだ」


 二人が苦虫を噛み潰したような顔をする中、中等部の生徒会長があの、と声をかけた。


「神鳥会長。今年も是非高等部とご一緒させて下さい。こちらで単独開催しても、そちらほどの動員数は見込めません。よろしくお願いします」

「分かった。役割分担はこちらで指示する。それでいいな?」

「ありがとうございます。勿論結構です」


 ほっとした様子をみせ、中等部の生徒会長は丁寧にお辞儀をして席に戻った。

 そんな彼には目もくれず、二人は何か話し合っている。

 思った通りだよと話す兄さんの声が聞こえる。


 ……何て事だ。あまりにも想定内の事態に、知らず頭を抱え込んでしまう。

 どうせ美形を長時間眺めたいとかいう不純な動機をかかえたお嬢様方の票が、投票結果を大きく左右させたに決まっている。私だって、参加しなくていいのなら目の保養だと、きっと大喜びで投票したことだろう。

 

「で、でも兄さん。『演劇』って去年もやったって聞いたよ。流石に2年連続ってわけにはいかないんじゃ……」


 なんとか阻止したいと思い、言い訳がましく食い下がってみるが、兄さんは苦笑しながら逃げられないよと駄目押しした。


「申し訳ないけれど、それは関係ない。生徒会の出し物は、生徒たちの希望するものであることが第一条件だからね。彼らが望むのなら毎年同じものでも全く問題なし。……そういえば誠司、今年の演目はなんだい?まさかそれも去年と同じ?」

「いや、今年の1位は『ロミオとジュリエット』だな」

 

 ぱさりと書類を投げ捨てて蓮は言った。かわりに机の引き出しからおもむろに束になった原稿らしきものを取り出す。かなり分厚い。


「台本だ」


 全員が「え?」という目で蓮をみた。

 蓮は淡々と、どうせこうなると思っていたから演劇部に頼んで用意しておいたとため息をつきながら言った。

 が、どうして演目まで把握していたのか。皆が疑問に思ったのはそこなのだが、蓮は全く気にしない……と、そこで私はようやく気が付いた。


 ……これ『神鳥 誠司イベント』だ。


 主人公が誠司ルートへ分岐した場合、文化祭で生徒会が主催する『ロミオとジュリエット』のロミオ役を演じる誠司を主人公が観劇するイベントがあるのだ。

 その相手役ジュリエットは、当然生徒会役員で誠司の婚約者の峯村 奏。

 当日二人をみた主人公は打ちのめされる。彼らの演技は完璧で、どこからどうみてもお似合い。自分には到底手の届かない雲の上の存在なのだと改めて気が付き、絶望するのだ。   

 涙をこらえながら立ち去る主人公と、それを見て勝ち誇るように高笑いする奏のシーンがあまりにもデフォで逆に印象的だった。


 誠司ルートは王道ルートなのでイベントも王道のものが多かった。あまり好きなキャラでもなかったので今まですっかり忘れていたけど、確かにあった。

 それを知っていた蓮は、先回りして台本を用意していたというわけだ。流石。

 

 なるほどと1人納得していると、蓮は口元を嫌そうに歪めたまま台本を示した。


「どうせ俺たちに拒否権はないんだ。さっさと配役を決めてしまおう。まず主役のロミオだが、これは俺が演じた方がいいのか?」

「え?あ、はい。神鳥会長にやってほしいとの要望が圧倒的でした」

「だろうな。わかった。他の配役に対する要望は?」

「あ、いえ、流石に全てを要望通りにするというわけにもいかないので、とりあえずは圧倒的支持の集まった神鳥会長のロミオ役のみで結構です」


 これからの話の流れを理解している蓮は、逆らっても意味がないと理解しているのだろう。時間の無駄だとばかりにあっさりうなずいた。少なからず嫌がられると思っていただろう桐生委員長は、ぽかんとした顔をしている。

 書類を持ってきた時のあの嬉しそうな桐生委員長の顔を思えば、大体想像はつく。ロミオ役を嫌がる蓮に「生徒たちの要望ですから」と言って無理やり頷かせるとか、まあ、つまりは蓮を、多少なりとてやり込めたかったのだろう。

 この2週間ほど本性をあらわにした蓮に、面倒なことばかり次々と押し付けられて、かなりうっぷんがたまっていたのを知っている。

 嫌がらせになるような事があるのなら、是非楽しみたいとでも思ったのだろう。

 それが蓮にあっさり頷かれて、予想外の事態に動揺しているみたいだ。

 そんな桐生委員長の反応をみて、満足そうに笑う蓮。

 確信犯だ。絶対全ての思惑を理解した上でやっている。


 そういえば、本性を隠すのをすっかりやめ、理想の王子様業を廃業してしまった蓮だが、意外と周りはあっさり受け入れてしまった。なんでも、慣れてしまえばこちらの方が『らしい』と思うようになったのだとか。

 ファンクラブはどうなるのかなーと思っていたが、そちらはそちらで何と更に会員数が増大したらしい。やさしい眼差しではなく、鋭い視線。皆の王子様というより孤高の帝王。  

 そんな蓮にハートを打ち抜かれたお嬢様方多数。ファンを無視する姿ですら、彼女たちにとってはご褒美になってしまったようで、今や彼は『皇帝』と呼ばれているらしい。中二すぎて笑ってしまうが、いらないことをいって恨みを買うのもごめんだ。黙っておこう。

 ともかくこれでまた、逆恨みされる確率があがったわけだ。

 嫉妬という名の暴走の前では、私の『財閥令嬢』『婚約者』という肩書きは何の意味ももたなくなってしまうらしい。むしろさらに妬心を煽るだけだとか。

 ……別に慣れているから構わないけれど、もはや乾いた笑いしか出てこない。


「次はヒロインのジュリエット役だ、これは」

「あ、はい。推薦。奏さんがやるといいと思うよ」


 いらない考え事に熱中していたが、蓮が続けようとしたセリフに気が付き慌てて手を挙げた。

 それこそイベントでは奏さんがジュリエットだったのだ。彼女が演じれば問題ないと思う。是非ともやっていただきたい。

 大体蓮が無理やり私を生徒会入りさせなければ、こんなことに巻き込まれる必要もなかったわけなのだから、そこはしっかりと考慮に入れてほしい。

 かぶせるように言い切った私を蓮が睨んだが、素知らぬふりをした。


 ふん、巻き込まれてたまるか。


 ところが、私の希望とは裏腹に、奏さんの方がいい顔をしなかった。

 

「伊織さん、わたくしはお断りいたしますわ」

「え?なんで?」


 驚いてそういうと、物凄く嫌そうな顔で蓮をみた。


「猫を被らなくなったとはいえ、この男の恋人役など、たとえ役でもお断りですわ。わたくしはジュリエットの母親の役でもいたしましょう」

「ちょ、ちょっと待ってよ。奏さんがジュリエットをやってくれないと困る。後他に、誰がいるっていうの」

「何をおっしゃるのかしら。伊織さんがやれば問題ないでしょう?恋人どころか婚約者なのですから、どなたからも異論は上がらないと思いますわ」

「……冗談。私だってごめんだよ」


 何を馬鹿な事を聞くのかという奏さんに、思い切り首を横に振る。ロミオ役の蓮の隣に、ジュリエットとして立つなど絶対にお断りだ。私はイベントどおり、観劇する側に回りたい。切にそう思う。

 何とか回避しようと必死で頭を働かせる私をみて、蓮はあきれたと言わんばかりにまた一つため息をついた。


「お前たちの中だけで話は進んでいるようだが、俺にも選択権はあると思うがな。奏となんて、俺の方こそお断りだ。こいつとキスシーンなんて演じる気にもなれない」

「あなたにわたくしのことをどうこう言われたくはありませんが、わたくしだって、絶対にごめんこうむりますわ」

「キスシーン!!?」


 お互い心底嫌そうにいがみ合う二人に、そうだったっけと思わず叫んでしまった。

 驚く私に蓮は覚えてないのか?という目をする。慌てて記憶をざっと振り返った。

 ――――確かにあった。仮死状態のジュリエットの後を追うシーンで、ロミオが彼女にキスをするのだ。そのシーンをみて主人公は耐え切れなくなり逃げ出したのだった。肝心なシーンを忘れていたものだ。


「全く冷たい奴だな、伊織。お前は婚約者がたとえ演技であれ、自分以外の女とキスをしても平気だと、そう言うのか?」


 俺なら絶対に許さないぞという蓮の顔が、本気で怒っているようで怖い。

 ……そして心からお願いしたい。そういう話を全員がいるこの場所で言うのはやめていただきたい。皆、興味津々の顔で私たちを伺っている。無駄に話題を提供するのは避けたい。


「いや、あのさ、キスシーンと言ってもどうせ『ふり』でしょ?それを気にするほど度量は狭くないつもりだよ」


 そう言ってから、ぴーんと閃いた。そうだ、この手があった。


「ねえ!!兄さんがジュリエットやればいいんじゃない?美人さんだし、きっと誠司くんと二人並べば映えると思うの!!!」


 瞬間、しーんと室内が静まり返った。何が起こったのかわからず、え?ととまどう。

 ぽんと肩に手を置かれた。こちらに戻ってきた兄さんだ。


「え?兄さん?」

「伊織、君はたとえ『ふり』でも私に誠司とキスシーンを演じろと、そういうのかい?」

「へ?いや、あの」


 さらにぽんと逆側の肩にも手が乗せられる。こちらもわざわざここまでやってきた蓮だった。


「婚約者のお前がいるのに、あえて男のこいつとキスシーンを演じろと、お前はそう言うわけだな?」

「ひ……ひえ」


 二人は笑っているのに笑っていない。そんな蓮と兄さんにはさまれて、だらだらと冷や汗が流れる。なにこれ、超怖い。

 恐怖に固まっていると、困った顔をした奏さんが私にこう言った。


「伊織さん、知らないとはいえ、今の言葉はあまりにも配慮が欠けます。去年の出し物も『演劇』。演目は『白雪姫』。更に当時の生徒会に女性はいませんでした。大衆が望んだものは、この男が演じる『王子』と、あなたの兄が演じる『白雪姫』。結果どうなったかお分かりになる?」


 奏さんの言葉に顔がひきつる。言葉の端々から何か惨事が起こったらしいことが伝わってくる。去年の話の事はまだ聞いていなかったのだ。知らなかったのだから、広い心で許してほしいと思うのは贅沢な話なのか。


「いえ、知らない、です」


 思わず敬語になった。

 むしろ知りたくない。そう思ったのだが、奏さんは許してくれなかった。


「『白雪姫』ですから。こちらも当然キスシーンがありましたわ。美形男性二人のキスシーンを一目見ようと、当日ファンが大量に押し寄せ、会場はパニック状態になりましたの。それでも何とか無事公演をやり遂げたのですが、今度は別の問題が発生。記録は残さないようにとカメラ等の持ち込みは禁止されていたはずなのですが、何故か後日大量に二人のキスシーンの写真が出回り、それを回収するメンバーと抵抗する勢力との全面戦争が勃発。その結果、当事者であるこの二人が自ら出回り全ての証拠を押収、処分。更には犯人を特定し、検挙。……去年はそういう事態に陥りましたの」


 淡々と語る奏さんに、両肩から重々しく同意の声があがる。


「そうだな。あれは、本当に鬱陶しかった。慣例で断れないというから仕方なく応じたが、まさかあんな事態になるとは思わなかった。馬鹿を特定するのも処分するのも、至極面倒だったしな」

「そうそう。あれだけ記録に残すなと注意を促したんだ。その上で、私たちを敵に回してまで写真をとる馬鹿がいるとは思わなかったよ。不快な写真を大量にまき散らされた上、手間までかけさせてくれて本当に厄介だった」


 ……どうやら私は二人の黒歴史をつついてしまったらしい。おおよその話を知っている周りの面々も当時を思い出したのか、恐怖にじっと黙り込んでいた。二人が結構な報復手段をとったらしいことがひしひしと伝わってくる。

 知らなかったとはいえ、触れてはいけないことに触れてしまったらしいことだけは理解した。


「えーと、その……ごめん」


 神妙に謝る。――――謝る以外の選択肢がなかった。しゅんとする私の頭を撫でて兄さんが言った。


「いい思い出とはいえないからね。私たちもあまり思い出したくないんだ。でも、わかってくれたのならもういいよ」

「そうだな。あの暴動を二度経験するのはごめんだ。あれは、相手が男の里織だったからこそ起こった騒ぎだ。相手が女なら流石にあんなことにはならないだろう。……それとも何か?お前はそれでも俺たちにやれと、そういうのか?」


 どうなんだと問う蓮に、ぶるぶると首を振る。とんでもない話だった。

 だが、そんな大問題が起こったにもかかわらず今年も続行とか一体何を考えているんだ。上層部。


「そうか。理解してくれたようで何よりだ。……ところで伊織、肝心の俺の相手役だが、俺は奏ではやる気がしない。奏もそうだと言っている。かといって、俺が主役を降りるという話は、大衆の要望に応えるという生徒会の目的からしても不可能だし、そうなると女性の役員は、後はもうお前しか残っていない。中等部の生徒会も全員男だ……今までの話を理解してくれたお前なら、当然快く引き受けてくれると思うんだが、その認識で間違っていないよな?」

「え、あの、そのね、ディアスに知られたらどうかなーなんて……」


 一気に畳み掛けてくる蓮に、回避不可を悟りながらも、それでも一応小声で抗議してみた。少し気になったのは事実だ。だが蓮は、私の不安をばっさり切り捨てた。


「気にしすぎだ。たかが『演劇』で何かするほどあいつは馬鹿じゃない。だから後は、いかにお前がうまく逃げるかという話だけだ」

「は?」

「うまくやれよ。だが、もしあいつに捕まったらどうなるか、わかっているだろうな?」

「へ?」


 なんだか『お仕置き』という4文字が見え隠れした気がする。

 ひくりと頬をひきつらせた私に、小声で話すのをやめた蓮は改めて言った。


「さて、話は終わった。伊織、勿論やるよな?……まさか婚約者の俺が相手役じゃ不満だなんて、そんな馬鹿な事言わないよな?」


 逃げ道はどこにも残されていないようだった。


「……喜んでやらせていただきます」

「それは良かった。俺も相手がお前で嬉しいよ」


 にっこりと黒く笑う蓮の怒涛の攻めの前に、私はあえなく屈した。

 おかしい、どうしてこうなった。

 訳が分からないという顔をしている私に、蓮はさらにくくっと笑いながら小声でささやいた。


「イベントでの誠司の相手役は、『婚約者』だろ?間違っていないじゃないか」

「!!」

「よし、ジュリエット役は伊織に決定だ。次」


 一気に疲れが押し寄せてぐったり項垂れる私をよそに、蓮と兄さんは席に戻り、次の配役を指示しはじめた。先ほどの恐怖もあってか、皆素直に提示された役を承諾し、問題なく全てが決まっていく。

 それをどこか別世界のことのように眺めながら、『ロミオとジュリエット』の話を改めて思い浮かべ、うんざりとした気分になった。

 蓮と二人で『ロミオとジュリエット』など、リアルに前世の事を思い出すから正直やりたくない。

 後追い自殺とか、前世の死に際焼き直しみたいで本当に勘弁してほしい。

 

 悄然とうなだれてしまった私を総ちゃんと悠斗が気の毒そうに見ていたが、それには気が付かないふりをした。

 私が蓮にやりこめられている間、無言で助けを求める私から、視線を逸らし続けていた二人の事など知りません。絶対にどこかで仕返しをしてやるぞと、非常に大人げなく私は決意した。


 ……実に疲れる文化祭になりそうだ。皆を見渡して、私はもう一度溜息をついた。

 




ありがとうございました。

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