10月上旬 悠斗とリザ
『ユウト先輩』
『鬱陶しい。近づくな』
昼休み。ブリザードでも吹き荒れそうなほど機嫌の悪い悠斗はリザをそう一刀両断した。彼女が悠斗に告白してから2週間が経っていた。
あの日、衆人環視の中初対面の悠斗に告白するという暴挙にでたリザは、悠斗に完璧なまでの拒絶をされた。端的に『断る』という一言で片づけた悠斗は、冷たい目をしてリザに言った。
『そんな気は全くない。俺のことは放っておいてくれ』
そのまま鞄を掴んで生徒会室を出て行ってしまったのだが、私たちはその間ぽかーんとして、彼が消えていく姿を目で追う事しかできなかった。
我に返ってリザを見れば、彼女はどこか夢見心地に悠斗の消えた場所を熱く見つめている。正直、こんなリザは見たことがなかった。
『ね、ねえ、リザ。さっきのは何?』
『何とは?』
常にない様子をみせたリザに、思わず確認を取ってしまう。
『いや、悠斗に告白、してたよね?』
『?見ていたならわかるだろう?私は彼を好きになった。だから告白した。何か順序に間違いでもあったか?』
『……ないね』
あの母にして、この娘ありだ。直球すぎる。
至極あっさりと、悠斗に対する想いを認めたリザは何がおかしいのかという顔をした。
『……あのさ、やり方がまずかったんじゃないかな。悠斗みたいなタイプは、仲良くなってから徐々にというのが定石だと思うけど』
さっきのは、どうみても最悪のアプローチだったと思う。
『人によってやり方を変えるなど、私にはできないし、好きだと思ったら想いを伝えるのは当然のことだと思う。遅い早いは関係ない。大体、じりじりとせめるのは性に合わない』
『……師匠のやりかたは参考にしない方がいいと思うよ』
好きだと思えば即実行、は師匠の手口だ。それを間近で見続けた彼女が同じ手段に出たのは仕方のない事かもしれない。でも、悠斗には悪手でしかないと思う。
『母さんを真似たつもりはない。ただ、好きだと言いたいと思ったから、そうしただけの事。イオリ、ユウト先輩とは友人なのだろう?私に協力してくれ』
『え……ええええ?』
この状態から、協力しろとかどんな無理ゲーだ。どうせならアプローチする前に相談してほしかった。
どうしよう。固まってしまった私に気が付いた蓮が、こっそり小声でささやいた。
「いいじゃないか。協力してやれ」
「……そんな無責任な」
「今里は単純そうに見えて思い悩む癖がありそうだからな。丁度良い。別の事に気を取られれば、余計なことも考えないだろう。」
「……わかった」
にやりと悪い顔をする蓮に頷いた。なんか別の事も考えていそうだ。そういう時は逆らわない方がいい。
それに、蓮の言う事も一理ある。確かに悠斗にはそういう一面がある。前世のこともかなり引きずっているみたいだし、内面は実際の今里 悠斗と同じでかなり繊細だ。
こんなことをして、かえってストレスにならないかと心配になるが、私だって女友達の恋くらい応援したい気持ちはある。暴走するリザを軌道修正するくらいの協力なら、悠斗にもそこまで迷惑にはならないだろう。
『……じゃあ、協力するけど、悠斗に迷惑にならない程度にね。彼、体があまり強くないから』
『分かった。それで十分だ。私も好んで迷惑を掛けたいわけではないから。ありがとう、イオリ』
そういうわけで、悠斗を落とそうとするリザの猛攻は始まった。冒頭のやりとりは、現在目の前で繰り広げられている攻防の一環だったというわけだ。
「……師匠を知っていたから想像はしていたけど、リザってあんな積極的なタイプだったんだね、知らなかった」
「そうだね。ねえ、悠斗の機嫌が見ていてわかるくらい急降下中なんだけど、俺たち行ってやらなくていいの?伊織ちゃん」
「あの空気に混じりたくないなあ」
呆れた口調を隠そうともしない私と総ちゃんは、生ぬるい眼差しで悠斗とリザのやりとりを少し離れたところから眺めていた。
時間は前述通り、昼休み。協力を要請されてからというもの、リザは何かとつけて悠斗の側にやってくるようになったのだ。
あまりやると逆効果だと思うよと助言はしたものの『好きな人の事を知りたい、自分の事を知ってもらいたいと思って何が悪い?』と返されて、ああうんそうね。とすごすご引き下がってしまったのだ。女の子の恋愛パワーってすごい。
……だが今は、もう少し強く言ってやればよかったと反省している。
「なんか、悠斗が別人みたいだよね。あんな悠斗、俺、初めて見たよ」
「だよね。私も。いつも困ったように笑っているイメージがあったから、ある意味新鮮だけど」
「あんなきっついこと言うんだってびっくりした。でもめげない子だよね。俺、ああいう子嫌いじゃない」
可愛いじゃんと面白そうに二人を眺めながらいう総ちゃんに、まあねと同意する。
総ちゃんとは今やすっかり普通の友人関係だ。
数か月前の私がこれを見ても絶対に信じなかっただろうと思う。
これも悠斗のおかげなのだが、そんな彼に私は何をしてあげられるのだろう。分からないけど、今は蓮の思惑に乗るしかない。それしかできない自分が情けない。
「一生懸命だものね。リザ。悠斗もどうしてあんなに毛嫌いするかな。リザだって話の分からない子じゃないのに。私の気のせいでなければ、初めて会った時から妙に嫌がっていたように見えた」
「ああ、俺だけじゃなかったんだね。伊織ちゃんにもそうみえたんだ。珍しいよね。印象だけで好き嫌いを決めるような奴じゃないのに」
「だよねえ」
もう少し、リザを知ろうとしてくれれば印象だって変わると思うのだが、悠斗は頑なにリザと関わることを避けているようにみえる。
「最初はちょっとあれだったけど、あの子の顔を見ていれば、本気なんだって事くらいすぐわかる」
「普段の悠斗なら、それをわからない筈ないんだけどね」
「全然冷静じゃないよ……あ、まずいかな?」
悠斗の様子をみていた総ちゃんが腰を上げる。
二人が何を言っているのかわからないけど、あれ、ヤバくない?という総ちゃんに大体想像どおりだよと頷いて返す。
「やっぱりか。じゃ、悠斗そろそろキレそうだし、俺行くね」
「よろしくー。リザはこっちで引き取る」
軽い調子で悠斗の元へ行く総ちゃんにひらひらと手を振って、こちらはリザに声を掛ける。リザには私が声を掛けたらストップの合図だと言ってある。それでやめないなら協力はしないと最初に約束させたのだ。
『リザ、そこまでだよ』
むうっと不満げにしながらもリザはおとなしくこちらにやってきた。こうやって聞き分けてくれる分、彼女は十分賢く振舞っていると思う。
確かに悠斗を口説くのは難しい。友人から始めようとしても恋心を気取られれば一線を引かれてしまうし、そう思って引けばそれで終わってしまう。
結局リザのように何を言われてもへこたれず、何度もアピールするしか方法はないのだ。
『今日はなんていわれたの?』
『恋愛なんてする暇はないって言われた』
『それはまた』
悠斗の言うことは分からないでもない。多分自分の死亡フラグが気になって仕方ないんだろう。年明けの手術の成功の是非で生死が決まってしまう悠斗は、それが解決するまで恋愛にうつつを抜かす気は全くないのだ。
蓮の話もあるし、事情を知っているだけに何とも言えないが、だからといって年下の女の子を毎日傷つけ続けてもいいという理由にはならない。
『体が弱いって聞いたけど、ユウト先輩って病気なのか?……確かに体調が思わしくないようだが』
ちらりと悠斗の方を伺ってから、おずおずと尋ねてくるリザに困った顔をして笑う。
『ごめん。多分詳しいことは、私から言わない方がいい』
『!!そう、そうだな。すまん。危うくルール違反を犯すところだった。忘れてくれ、イオリ』
教えてあげた方がいいのかもしれないけれど、悠斗が言わないことを私が言っては駄目だろう。はっとしたように謝るリザに気にしないでと、お弁当を差し出した。
最近はリザが来ることが分かっているので、自分の分ともう一つ別に用意するようになってしまったのだ。
『まだ食べていないんでしょう?中等部に帰るのも時間かかるし、食べていきなよ』
『ありがとう』
礼を言って、お弁当を受け取る。ふたを開けて、早速おかずを咀嚼する彼女をぼんやりと観察した。
中等部の校舎は少し離れている。ましてや音楽科ともなればなおさらだ。昼休みは通常の休み時間より長いとはいえ、往復となると決して楽なことではない。それでも何も言わず毎日通ってくるリザには感心する。
悠斗に必死にアピールする金髪碧眼の小柄な年下の美少女に、クラスメイトも最初はとまどっていたが、一生懸命な姿をみて今では何も言わず黙って協力してくれている。
そうやって大目に見てくれている皆の為にも、早めに解決するといいのにと思わずにはいられない。
『リザ、いつまで続けるの?』
ため息をついて彼女に問うと、リザは食べるのを中断しゆっくりと箸をおいた。
こちらを見ながら、諦められるか自信はないがと前置きをした上で、少し思いつめたように言う。
『……先輩が、私自身をきちんと見てくれるまで、かな』
それで振られるのなら、諦める。と小さく呟くリザ。自分の事を知った上で振られるのなら諦めると、そういうリザの頭を何となく撫でた。
彼女の気持ちは理解できる。悠斗はただの一度もリザを見ていない。リザが本気であればある程、そんな態度で断られても納得できる筈はないのだ。
……彼女はちゃんと分かっている。
――――振ってもいいから、きちんと向き合ってあげてよ。
そんな思いを込めて、総ちゃんと一緒にいる悠斗を思い切り睨みつけてやった。
総ちゃんがこちらをみて苦笑いしていたが、それは無視した。
ありがとうございました。
また、次は数日後です。




