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8月下旬 彼と彼の誕生日

こんばんは。今日は誕生日記念として一話あげました。番外編にする予定が、なぜか本編になってしまった。

そんなこんなでどうぞ。宜しくお願いします。



「お会いできて光栄です。伊織様」

「いえ、こちらこそ。今度ともよろしくお願いいたします」


 もう何度同じ会話を繰り返したことだろう。これだから社交は嫌いなのだ。

 ひっきりなしに人が訪ねてくる。今夜の主役は、神鳥財閥御曹司。つまり、誠司くん。そうなると、婚約者である私にも注目が集まるのは必至というわけで。

 ひたすら笑顔の大盤振る舞い。表情筋はすでに悲鳴を上げている。隣で如才なく微笑む誠司くんが恨めしい。


「お誕生日おめでとうございます。誠司様」

「ありがとうございます。今日は楽しんでいって下さい」

「伊織様も。ご婚約おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 どうしてこうなったー!

 ひくひくとひきつりながらも、場の空気を壊すことはできない。

 今日は、神鳥家で行われる誠司くんの18歳の誕生日パーティー。だが、たかが18歳の少年の誕生日と侮ることなかれ。

 神鳥財閥跡取りの誕生会に呼ばれるような面々は、皆が皆各界の代表クラス、もしくは将来有望、いや将来間違いなしの大物がずらりと並ぶ見本市。そんなメンツが出席するお誕生日会は、当然のことながら恐ろしく高度な社交場と化すのである。

 その中で誠司くんが主役なのは勿論の事だが、これからしばらく社交の話題でも中心となることは間違いない。なぜならパーティーが始まってすぐ、神鳥のおじさまとおばさまが挨拶に立ち、笑顔で爆弾を投下したからだ。


「誠司が18歳になった今日、正式に鏑木財閥のご令嬢、伊織さんとの婚約を結ぶことになりました」


 盛大な拍手が沸き起こる中、場内は一躍騒然となった。

 元々婚約者という立場ではあったが、正式に発表するのはこれが初めてだ。親しい身内位しか知らないはずの公然の事実を公に発表したことにより、いよいよ鏑木財閥と神鳥財閥が縁続きになるのかと場内はざわめいた。

 私はと言えば、驚きを顔に出さないようにするのが精いっぱい。聞いてないぞとばかりに誠司くんを振り返るが、彼も目を見張っている。二人とも立場上、壇上に立っていたので直接話すことはできない。アイコンタクトのみで会話は行われた。


『ちょっと、誠司くん。どういうこと? 聞いてないんだけど!』

『俺も聞いていない。どうせしびれをきらしたあの人が、勝手にやったんだろ……悪い、話を合わせてくれ』

『あああああ。なんて面倒くさいことを。……仕方ないけど、本当勘弁してよ』

『でも、見る限り鏑木のおじ様方には話が通っているみたいだぞ』


 誠司くんが向ける視線の方向を追う。そこにはにこにことご機嫌な私の両親の姿があった。


『父様! 母様! ……ちっ、計られた!』

『まあ、こんな大々的な発表、うちの家だけの独断ではできないからな』

『何諦めてんの! 勝手に話進められて、腹立つ!』

『諦めるも何も。俺は構わないと言っているが。お前は人の話を覚えていないのか?』

『……覚えているけど! でも、当人の意思無視とかってないと思う』

『分かったから落ち着け。俺は協力しないが、後で両親に文句でもなんでも言いに行けばいいだろ』

『さらっと協力しないって言ったね、誠司くん』

『外堀が勝手に埋まるのなら、それはそれで大歓迎だからな』

『くっ。汚い!』


 以上すべて、アイコンタクトのみでの会話だ。


 その後、立食パーティーとなったわけだが、当然話の中心は私と誠司くんの婚約話になる。

 全く知りませんでしたなどと言えるはずもなく、令嬢として恥ずかしくない態度を取りつつ、なんとかうまくやり過ごした。


「疲れた……」


 ある程度義務を果たしたところでうまく会場を抜け出した私は、庭先で兄と偶然遭遇した。どうやら先に避難していたらしい。


「お疲れ、伊織。大変だったね」


 柔らかく微笑んでいたわってくれる兄だけが私の癒しだ。本当だよと呟いて大きく伸びをした。


「……今回の話、全然話聞いてなかったんだけど。兄さんは知ってたの?」

「まあね」


 予想はしていたが、兄は勿論と頷いた。


「やっぱりね。……止めてくれたらよかったのに」


 兄が知らないはずがないか。咎めるような視線を兄は笑って受け止めた。


「私が言って止まるような人たちでもないからね。面白そうだったし」

「他人事だと思って。兄さん、最近面白そうで行動しすぎだよ」

「見ていて面白いのが周りに多いから、ついね。……でも伊織、そう嫌というわけではないんだろう?」

「……まあ」


 見ず知らずの、良くわからない他人と婚約させられるよりかは全然いい。政略結婚の相手としては上等の部類だとは思う。


「……本当に伊織が嫌だと思うなら、きちんと父さんたちに言えばいいと思うよ」

「兄さん?」


 ふと真剣な顔になる兄に見入る。その顔は、父様がたまに見せる仕事の時の表情に似ていた。血のつながりはなくても親子なんだなと、時折思う瞬間がある。


「伊織に、家の犠牲になってほしいと思っているわけじゃない。それは、父さんたちも私も同じだ。本当に誠司が嫌なら、そう言いなさい。私たちが、何とでもしてあげるから」

「……」


 思わず黙り込んでしまった。

 今まで、婚約者なんてごめんだと散々に言ってきた。兄や父達も私の話を聞いていつつも、誠司くんとそうなるのが当たり前のような話ばかりで。これが家同士の婚約ってやつなのかなとずっと思ってきた。こうなったら家をでて逃げるしかない。そう思い込んでここまできた。

 でも。

 私は本当の意味でこの婚約を破棄したいと彼らに申し出たことがあっただろうか。なんとかなるかと考えることを放棄していたような気がする。一応、誠司くんと口約束の賭けはしている。彼を好きにならなければ、婚約は解消するというやつだ。でもその話を私は両親にはしていない。

 母は言った。

 「嫌なら恋人でもなんでも作りなさい」あれは私が本気なら、母たちに行動で示せと、そういうことだったのではないか。誠司くんだってそうだ。彼はきちんと言葉と行動で示してくれた。私だけが与えられた猶予と提案に安穏とし、逃げ回るだけで何も決めようとしなかった。


「伊織?」


 兄が心配そうに覗き込んでくる。なんでもないと笑ったつもりだが、笑いきれなかった。


「兄さん……」

「ん?」


 結局50年生きても私は子供だった。私よりも彼らの方がよっぽど大人だったのだと気が付いた。


「……もう少しだけ、待ってくれるかな」


 私の気が付かないところで、甘やかしてもらっていた。大人ぶって振舞っていたけれど、一番子供だったのは私だったという事だ。


「……あまり余裕はないよ?」

「分かってる」


 少し困った顔をしていう兄に頷く。私も本来はいい年した大人なのだ。50にもなって何も決められないではあまりにも格好が悪い。気持ちが決まっても、期限ぎりぎりまで逃げようと思っていた事を、多分全員に見透かされていた。全く情けない話だ。……そろそろ本気で腹をくくる必要がある。


「……ディアス先生が好きかい?」


 静かに聞いてくる兄に、黙って首を横に振る。兄はそうかと頷いて、私を抱きしめた。それだけのやりとりだったが、多分兄には伝わった。


「兄さん?」

「大丈夫。伊織は私の自慢の妹だ。君の思うとおりにしなさい。私はそれを応援するから」

「……うん」


 私もまた、兄を抱きしめ返す。


「……でも、誰を選んでも兄さんの次になりそうだよ」

「それは光栄だ。私も君が一番大切だよ。私のお姫様」

「とっても嬉しいけど、兄さんの結婚相手も大変そうだね」


 真面目にそう思う。名残惜しいが、ゆっくりと兄から離れた。後方から声が聞こえる。誠司くんだ。彼もまたうまく抜け出してきたらしい。


「私の一番はいつだって君だ。それをわからない相手と結婚する気はないし、まだ先の話だよ」

「……だと嬉しいな」

「私は嘘をつかないよ。ほら、今夜の主役のお出ましだ」


 兄が、誠司くんの方を見る。私も振り返り誠司くんに手を振った。それをみて、急いでこちらにやってくる誠司くんに意地悪く言ってみた。


「さすがに主役が抜け出てくるのはどうかと思うけど?」

「うるさい。お前らだけ逃げ出しやがって」


 こちらにやってきた誠司くんは、疲れた様子で文句をいった。確かに逃げ出した覚えはあるので、気まずくなって視線を逸らす。


「特に伊織。婚約者はどこへ行ったとうるさく聞かれて、散々な目にあった」

「あはは。ごめん。……あまりにも鬱陶しくてつい」

「ついで済むか。ったく。里織、お前も逃げたな」


 誠司くんが兄を睨むが兄はどこ吹く風だ。


「嫌だな、逃げただなんて人聞きの悪い。私は外の風に当たりたくなっただけだよ」

「そうか。たくさんのご令嬢たちがお前を探していたようだが、戻ってやらなくていいのか」


 兄が嫌そうな顔をした。珍しい。あまりそういうのを前面に出す人ではないのに。私が不思議そうな顔をしたのがわかったのだろう。誠司くんが兄を指して言った。


「俺の婚約が大々的に発表されただろう。優良物件が一つ消えたわけだ」

「ああ」


 そこまで言われればわかる。残った超優良物件である兄に、ターゲットが集中したということだ。それで逃げてきたのか、納得。


「私の事はいいよ」


 その話はしたくないという兄に、誠司くんが食い下がった。


「そうはいくか。最近お前には色々とやられているからな」

「そうでもないよ。期末は君の勝利だったじゃないか」

「お前がそれを言うか。嫌味ったらしくわざと一問だけ間違えやがって」

「ふふ。なんのことかな」


 とぼけたふりをする兄をみて誠司くんはため息をついた。言っても無駄だと思ったらしい。


「……もういい。だが、二度とやるな。気分が悪い」

「そうだね。2番というのは思いの外イラつくことが分かったことだし、二度と誠司に1番を譲らないことにするよ」

「ほう?」


 兄の言葉に、誠司くんが片眉を上げる。


「だから誠司ももう手は抜かないでほしいな。今回の期末で分かったけどやっぱり誠司、今まで本気じゃなかっただろう?」

「いや、本気でやっていたぞ」


 お前相手に手を抜くわけがないと真剣に言う誠司くんに、兄は胡散臭いものを見るような目を向けた。信憑性がないといいたいらしい。


「そう? 伊織がかかった途端、まるで別人みたいに切り替わったけど」

「それは仕方ない。あれは勝手にスイッチが入っただけだ。言っておくがわざとやっているわけではないからな」

「君って男は……」


 呆れたように言う兄に誠司くんは獰猛に笑った。理想の王子様のような容貌の彼には、似つかわしくない表情。


「くくっ。……だが、そうだな。里織の自作自演とはいえ、1位という事実自体は、悪くなかったな。これからも里織には、2位の位置に甘んじてもらうことにしようか」

「……へえ、私に勝てると思うんだ」


 面白いことを言うねと、兄も挑戦的な笑みを浮かべる。そんな兄の様子が、そのまま腹黒副会長のイメージにどんぴしゃで、思わず吹き出しそうになった。


「ふふ。二人とも仲が良いのはよく分かったから。……誠司くん。そろそろ戻らないとまずいんじゃない?」


 声を掛けると、誠司くんは時計を確認する。私も兄も同じようにした。


「結構な時間だな。……仕方ない、戻るか。伊織、お前もこい」

「はーい」


 さすがに「いってらっしゃい」というわけには行かないか。


「兄さんはどうする?」

「私もとりあえず戻ろうかな。そろそろお開きだろう」


 確認した時間を思い出し頷く。私や誠司くんには、出席者のお見送りという仕事が残っている。

 3人で屋敷の方にむかって歩く。あ、と思って立ち止まった。兄の方を向く。

 兄は一つ頷いた。


「どうした? 二人とも」


 足を止めた私たちに首をかしげる誠司くん。いつも思うがこの人は、今日が自分の誕生日だということを本当に理解しているのだろうか。あんな社交場となってしまうような誕生日では、仕方ないのかもしれないが。


「誠司くん」

「誠司」


 兄と声をそろえる。


「「誕生日おめでとう」」


 実は今日、私たちは一言もこの言葉を言っていない。

 嘘や欺瞞の溢れるあんな場所で、彼に私たちの想いを伝えたくなんてないからだ。でも残念ながら、神鳥財閥後継の誕生日パーティーは毎年ある。だから私たち兄妹はいつも、彼と3人になった時に伝えることにしている。ある時は彼の部屋で。またある時は、今日のように偶然3人がそろった時に。

 誠司くんは分かっているのかな。全然かまえていないから、多分彼は気にしてもいないのだろう。そういう意味ではサプライズ向きな人ではあるけれど、それはそれでどうなのかとも思う。


「おめでとう。君と友人になれてよかった」

「私も。おめでとう、誠司くん。誠司くんが生まれてきてくれて、出会ってくれてよかった」

「……ありがとう」


 そしていつも少し照れくさそうな顔で礼をいう彼。

 両親からの愛を与えられない彼だから、そして私たちはそれを知っているから、彼に直接伝えるのだ。私たちはあなたを想っていると。

 態度で分かるというのは半分嘘だ。言葉を駆使しなければ伝わらないことも確かにある。そして、言葉にした方が絶対に伝わるのだ。


「ふふ、誠司、照れてるね」

「うるさい」


 からかう兄に、反射的に答える誠司くん。この二人のやりとりが本当に好きだ。


「今年の誕生日ケーキは、兄さんのレシピによるレモンタルトを作ってみました。後で持っていくから、みんなで食べよう」


 私たちからのプレゼントは、毎年兄妹特製手作りケーキと決まっている。

 兄がレシピを考えて私が作る。兄の才能は多岐にわたっていて、これも才能の一つだとは思う。だが、レシピの段階では完璧なのに、何故か兄が作るとおかしなことになる。とてもではないが、食べられるようなものではない。

 そのため兄には、毎年誠司くんの為の新作レシピを考案してもらうだけにしている。

 あとは私が、それにしたがって作るだけ。レシピどおりに作ればきちんとおいしくできるのに、どうして考えた本人の兄が作るとおかしなことになるのか、本当に不思議で仕方ない。おそらく、菓子作りの才能はなかったということなのだろう。


「今回のものは、かなり力作になったから楽しみにしているといいよ」

「……本当だよ。何度失敗したか。いつもいつも兄さんのレシピはこりすぎ」


 すごく難しかったといえば、兄はそうだったかなという。私はそんなにお菓子作りがうまいというわけではないのだから、こちらのレベルも多少は考慮してもらいたい。


「それは楽しみだな」

「でしょ。だからさっさと仕事を終わらせよう」

「ああ」


 頷く誠司くんに兄が声を掛ける。


「戻るのも億劫だし、私はこのまま先に誠司の部屋にいっているよ」

「わかった、あとでな」


 そのまま、兄と別れて二人並んで歩く。夕方から始まったパーティーはもういい時間になっていた。夜空にうっすらと三日月が浮かんでいる。それを眺め、ふとあることに気が付き足を止めた。


「……誠司くん」


 そのまま誠司くんに声を掛ける。


「なんだ」

「……ごめん。先に行ってくれるかな。……すぐに追いつくから」


 理由は聞かないでほしいと言えば、難しい顔をした後、渋々頷いた。


「……すぐ来いよ」

「わかってる」


 踵を返す誠司くんを見送る。一人になってもう一度夜空を見上げる。空は黒くて星は見えない。だけど、そこに向かって手を伸ばした。

 昔、彼と一緒にプラネタリウムをみた。田舎へ行って一面の星をみた。

 ――――思い出したのは、たった一人のこと。


 ――――まだ呼べない。

 だって覚悟も勇気も、何もかもが足りない。

 ……話をしなければいけないのはわかっているのに。

 結局そのうち目の前に現れるだろうと、他人任せにしていた。

 ……それは単なる逃げだったのだと、兄の話を聞いた今ならわかる。


 ごめん。ごめんね、蓮。

 会いに行くから。必ず行くから、もう少しだけ待っていて。


 そう、さっき思い出したのだが、くしくも今日は蓮の誕生日でもあった。

 攻略キャラの神鳥誠司と同じ誕生日だねと言えば、非常に嫌そうな顔をしていた。

 そんな他愛もない日々を、ふとした拍子に思い出す。


 ……今の私にこれをいう資格はないのかもしれないけれど、でも言葉にすることくらいは、許してほしい。

 忘れていたこの15年分の想いもすべて乗せて。


「――――HAPPY BIRTHDAY 蓮」


 ――――覚悟が足りない私を、どうか叱って。


◇◇◇


「よくわかったよ……あなたには自分の立場を理解してもらう必要があるようだね」





ありがとうございました。次は、2~3日後だと思います。

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