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8月某日 とある彼のある日の思い出 上

こんばんは。二日ぶりですー。

今日は蓮さん。宜しくお願いします。

 今日もまた、あの夢をみた。あいつが死ぬ夢。

 俺の目の前で、スローモーションのようにあいつが崩れ落ちていく夢。

 この世界に転生してから、何度も何度も繰り返す性質の悪い悪夢。


「はあ……」


 ひどい夢だった。

 目を覚まして、上体をゆっくり起こす。顔を押さえ静かに息を整えた。

 気持ちの悪い汗が体中を伝っている。広い部屋の中央にどんと構えた大きなベッド。そのわきにある時計はまだ、5時を示していた。

 カーテン越しに、空はすでに明るくなってきているのを感じる。だが、おきるにはかなり早い時間。けれどあの夢を見た後ではとても寝直すことなど出来はしないし、何と言っても気持ちが悪い。

 のろのろと起き出して、洗面所へ向かった。

 冷たい水で顔を洗って、濡れた前髪をかきあげる。

 鏡に映る顔は、前世の自分とは似ても似つかない顔。自分の顔の造作など、前世の時から気にしたことはなかったが、どうせならあいつ好みのあの顔に生まれたかった。……そう思ってから、思い直す。

 ああ、やはり駄目だ。あれは、人外だ。

 あの顔になるということは1000年以上も一人であいつを待っていることになる。問題外。再会するまでにきっと気が触れてしまうだろう。

 俺の望みは後にも先にも、あいつと共にいることだけ。

 どうしてこんなに惚れぬいてしまっているのか、自分でもわからない。だけど、魂が求める。あいつ以外はいらないのだと俺の心が叫んでいる。

 いっそ記憶がなければ、普通に人生をやり直していたのかもしれない。

 いや、それはないか。あいつを見つけてしまえば、記憶がなくても必ず恋に落ちるだろう。

 これはもはや必然だ。そしてあいつがいないのなら……人を想う事を知らないまま老いて死んでいくだけ。

 そう思えば、すでに今あいつという存在を見出している俺は幸せなのだろう。


 ……たとえここがゲームの世界なのだとしても。


 鏡の中の自分を睨みつけながら、考える。

 ディアスとあいつを如何に引き離すか。

 あいつの気持ちはまだディアスに向かっていない。

 あれは前世の時にディアスに向けていた感情と同じものだ。男として意識していない。

 だがディアスの方は、はっきりとあいつに惚れている。設定的にも、ディアスがあいつに惚れるのは仕方がないことだが全く面白くない。攻略キャラがディアスだけだということも含めてだ。

 これは俺の情報から推測したものでしかないが、あいつがディアスを選ばなかった場合、おそらくループ現象が発生するのだと思う。このゲームはループ系で間違いないはずだ。

 だが、それをおとなしく指をくわえてみているつもりはない。

 ループ回避の原因を確定させ、(恐らく推測通りの理由で間違いないと思う)、重要なのはこちらだが、桜エンドへ行く以外のループ阻止を考えなくてはならない。せっかくあいつを手に入れても、やり直しなんてまっぴらだ。

 あいつは前世の頃から俺だけのものだ。

 誰がどう動こうが、それは変わらない。だから、賭けの最後の時までは好きに行動すればいい。

 それまでは我慢する。最後まで俺を呼べないというのなら、予定通り計画を進めるだけのことだ。結果は何もかわらない。

 ……ただ、早く思い出して俺を呼べばいいとは思う。そうすれば、この荒れ狂った心のうちも収まるだろう。昔と同じように、いや、前以上に愛してやることができるだろう。

 もう、喪いたくない。

 凶刃を受け、目の前で動かなくなるあいつを抱きかかえて、絶望と共に果てるのは一度きりで十分だ。後悔はそれこそ腐るほどした。二度と、俺はあいつを手放さないと新たに誓った。


 ――――そして、今度こそ死ぬときは共に。

 

 自分の想いが行き過ぎていることなど百も承知。それでも、自分の感情のバロメーターがあいつでしか動かないのだからどうしようもない。

 俺の心を動かすのはいつだってあいつだけなのだ。出会った時から今もそれは変わらない。

 目を閉じて、彼女との出会いを思い出す。あれはもう何十年も前の話。

 ――――彼女と出会ったのは、大学の入学式の日だった。

 その日も朝から大学の構内を歩く俺に、ずっと鬱陶しい視線が突き刺さっていた。これは子供のころから慣れたものなので、今更気にすることはない。

 平均を大幅に超える、整った容姿と頭脳を生まれ持った俺は、幼い頃からもてはやされ続けてきた。少し微笑んでやれば、女たちは黄色い悲鳴をあげる。だが関わりたくないというのが本音だ。

 今も女どもの声がうるさい。ひそひそと話す声の中に「格好いい」だの「イケメン」だの、ひとを外見でしか判断しないような言葉が混じって聞こえてくる。うっとうしい。無視してさっさと歩くことにした。外見で寄ってくるような女に用はない。

 そうやって急ぎ入学式会場へ向かう人ごみの中、一人の女の姿がふと俺の目に入ってきた。

 その姿は妙に俺の心にやきつき、俺は思わず足を止めた。

 彼女を目にした瞬間、普段はどんな事をしても動かない感情の針が、ある方向に振り切れた気がしたのだ。同時にどくんと鼓動が一つ高鳴る。

 これもまた知らない感覚。瞬きして、彼女を見つめた。

 まず目に止まったのは背中まである黒いストレートヘア。

 スーツではなく、柔らかい素材でできた濃紺のフォーマルなワンピースを着ていた。背は結構あるようなのに、何故か小さい印象を与える。式典に向かう横顔は美しく、周りの男どもが何人も振り返っていた。

 だが、彼女は一向に気が付かないようで。自分に注目が集まっている事も、自分の美しさにさえ無関心のように見えた。

 勇気ある男が彼女に声をかけようとしたが、本気で気付かない彼女にスルーされ、挑む前に撃沈していた。

 似たような視線は俺も受けている。今だって、女たちの不躾な視線を嫌というほど感じている。だけど、あそこまで無関心でいられる彼女に興味が沸いた。

 いや、それを理由にしたいだけだ。本当は分かっている。ただ余りにも突然で認めたくないだけ。

 ……俺が一目惚れをしただなんて。

 一度目の邂逅はこれで終わり。

 通り過ぎる彼女を見送り、はじめて自分がぼうっと突っ立ったままであることに気付いた。慌てて俺も自分の席に移動する。

 ――――2度目の出会いは案外早かった。 

 大学に入って最初の授業。

 楽な語学教授だからという理由で選んだのだが、時間が火曜の1限。

 語学は必修だし、いきなりサボるわけにもいかない。こんな時間帯の授業を選択するんじゃなかったと、若干後悔しながら教室のドアを開けた。

 時間はかなり早い。初日の授業ということもあって、電車の時間やタイミングが読めず、早めの登校になってしまったのだ。

 ドアを開けるとすでに女生徒が一人先に来ていた。

 窓の側に立って外を見ている。着ている服になんだか見覚えがあって違和感を覚える。胸が騒ぐ。そんな自分にとまどいながらも、声をかけた。

 ……いつもなら絶対にかけないような理由で。


「ここって小椋先生の教室であってる?」


 そんなこと、わざわざ聞く必要ないだろう。

 だが、自分でもよくわからない行動に、疑問を持つ時間さえなかった。

 振り返った彼女をみて、息が止まるかと思った。


「あっ……」


 ……入学式で見た彼女だった。

 正面から相対する。通常この場合、俺をみた女の方が顔を赤らめて目を逸らすのが普通なのだが、目を逸らしたのは俺の方だった。

 目が合った途端、激しい動悸に襲われた。かっと顔が赤くなり正視できなかったのだ。

 俺の挙動不審な行動にも、気にした様子もなく彼女は淡々と答える。


「合ってるよ。私もかなり早くきてしまったから不安だったの」


 彼女の声には艶めいた色も、一瞬の動揺すらなかった。俺と目が合っておきながら、単なるクラスメイトの一人として話かけてきたのだ。

 自惚れていたつもりはなかったが、思いの外その事実がショックで、言葉を返すのに時間がかかってしまった。彼女に自分を意識してもらいたかった。

 そんな事を自分が思っていたのだという事実を突きつけられた。


「そ、そう。良かった。合ってて。……隣、いいかな?」

「……いいけど」


 広い教室内。どこに座ってもよかったのだが、彼女ともっと話したくて仕方なかった。俺はもはや自分の感情を認めないわけにいかなかった。

 動揺などとは縁のなかった自分が、今やどうだ。

 彼女の顔を見るだけで早まる動悸。詰まる言葉。そして、何より彼女の側にいたくて仕方がないという自分の感情。

 初めての感覚に振り回された俺はその想いのままに、いそいそと彼女のものと思われる鞄のおいてある隣の席に行く。席に座った彼女に話しかけようと思い、先ほどの違和感の正体に気が付いた。


「ねえ、その服……」

「っ!」


 途端、かっと彼女の顔が赤くなった。がたっと音をたて立ち上がる。俺と目を合わせても眉一つ動かさないくせに、こんな一言で簡単に動揺する彼女に笑いがこみ上げる。


「あの、これ……は」

「フォーマルだよね?」

「うっ!」


 そう、彼女の着ている服は先日入学式でみた同じ濃紺のワンピースだった。痛いところを指摘されたとでもいう顔をしておろおろした後、ため息をついて彼女はもう一度椅子に座った。


「……やっぱりそうみえるよね」

「え、うん」


 俺は、ジーパンにシャツスタイルだ。何故フォーマルな格好でこの場にいるのかわからないのと、話題の一環として聞いたのだが、えらく落ち込んでしまった。

 ……まずかっただろうか。


「……いや、何着てくればいいか分からなくて。これなら間違いないかと思ったんだけど、いざ学校に来てみたら大失敗だったというか……」


 あまりにも皆普通の格好で、気負っていた自分が恥ずかしい。そうぼそぼそと事情をはなす彼女。

 いたたまれなくなったのか、どんどん声が小さくなっていく。その様子が可愛くて仕方がない。真っ赤になる表情や仕草、何もかもに煽られる。


「な、何も言わないで。おかしいのは十分理解したから……はあ。……今日はこれ終わったらすぐ帰ろう」

「……似合ってる。別におかしくなんてない」

「へ?」


 彼女の声が裏返る。可愛い。

 別にいじめるつもりで言ったわけじゃない。確かに授業初日に、フォーマルな格好をしてきた彼女に多少驚きはしたが、それで彼女に対して幻滅したかといえばそうじゃない。似合っているし、別に何を着て来ようが本来構わないのだ。そんなことより何より、恥じる彼女が可愛くてたまらない。


 ……ああ、彼女の名前が知りたい。いや、彼女を知りたい。彼女が欲しい。

 まだ彼女を良くも知らないくせに、際限なく欲が膨れ上がっていく。止まらない。

 まずは名前を知りたいと彼女に話しかけようとして……とある事実に気がついた。

 もしかしなくてもこれ、ナンパって言わないか?

 声をかけて、名前を聞いて……。

 しかも理由が外見に一目ぼれって……。

 自分が何よりも嫌っていた、外見でよってくる奴らと同じことをしているという事実に初めて気が付き愕然とした。

 ……ダメだ。彼女に、奴らと同類だと思われるのは耐えられない。


「ん?」


 訝し気な顔をする彼女に、言いかけた言葉を飲み込み、硬い声でなんでもない言う。

 つまらないプライドが邪魔をしてそれ以上何も言えず授業は始まり、彼女との2度目の邂逅はおわった。

 言うまでもない。……酷く後悔した。







次回投稿予定は明日。

下を投稿します。ありがとうございました。

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