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8月下旬 お嬢様方の嗜好

こんばんは。最近真面目な話ばかりでしたので、軽い話が書きたくなりました。

それだけです。


 昨今の夏休みは短い。8月の下旬。前世で高校生だった頃、この時期はまだ休み真っ只中だったというのに。

 久々の登校ではあるが、うんざりした気分で車を降りた。暑い。照りつける太陽が、根こそぎやる気を奪っていくようだ。駐車場から教室までの道のりすら永遠に感じる。

 なんとか辿り着いた時には暑さで息が上がっていた。


「おはよう」


 教室に入って、クラスメイトに挨拶する。皆からも同じように挨拶が返ってきて、日常に戻ってきたなと思う。自席に座って一息つく。さて、悠斗はいるかなと彼の席を見た。いい加減悠斗にも話を通しておきたい。全然会えていないので、話せないままきてしまったのだ。


「……悠斗……?」


 悠斗の姿が見えたので声を掛けようとして、止まった。

 悠斗は自分の席に座っている。その隣に机に手をついて話しかけている男子生徒が一人。それにこたえる悠斗の顔は穏やかだ。別に無理をしているようには見えない。男子生徒の方も楽しそうに会話に応じている。誰がどう見ても、仲の良い友人同士に見えるだろう。

 それが、あの二人でなければ。


「そ……総ちゃん?」


 一番の驚きは、そこだった。何故悠斗と総ちゃんが仲良さ気に話しているのか。

 私が知っているのは、中間に負けて総ちゃんが悠斗に喧嘩を売ったところまでだ。何がどうなってこうなったのか。

 そう言えば、テスト前に総ちゃんが悠斗の話をしてくれた時に、違和感を感じた事を思い出した。悠斗と連絡を取り合っていそうなところ。総ちゃんがやけに落ち着いた様子を見せていたところ。

 信じられなくて、思わず二人を凝視してしまう。その私の様子があまりにも奇妙だったのだろう。クラスメイトで友人の小野雅おのみやびさんが私に話しかけてきた。(私の名誉の為に言わせて頂くと、私にだって悠斗以外の友人くらいいる。伊達に初等部からこの学園に通っているわけではないのだ。小野さんもそんな友人たちのうちの一人だ)


「おはよう。伊織さん。もしかして初めて見た?」

「おはよう。雅さん。え? あれって珍しいものじゃないの?」


 話しかけてくれたことに感謝を覚えながら、尋ねる。誰かに問い質したい気持ちでいっぱいだったのだ。


「ええ、もう二月くらいになるわ。6月頃から行動を共にすることが多くなって、今では当たり前の風景よ」

「当たり前……」

「そういえば伊織さん、6月は鑑賞会の準備に駆り出されていたのだったわね」


 こくこくと頷く。そうだ、怒涛の6月だったのだ。生徒会どころか、教室にだって一度も顔をださなかった。そのツケがこんな形で表れようとは。悠斗と総ちゃんが仲良くなった? そんな重要イベントを見逃していただなんて、何という不覚。

 忙しくても、教室で授業を受けるくらいどうにでもできたはず。調子にのってピアノばかり弾いていたからこんな面白そうな話を見過ごすのだ。

 私があまりにも悔しそうにしていたからだろう。雅さんは笑って情報を追加してくれた。


「私も詳しいわけじゃないのよ? でも、そうね。初めてあの二人のツーショットを見たときは、教室中がどよめいたわ。完全に犬猿の仲だと思っていたからありえない二人組だって。でもねえ、これが意外と相性が良いみたいで、由良君も今里君といるようになってから、表情が柔らかくなったし、なんといってもとても絵になる二人なのよねえ」

「ああ……」


 どことなくうっとりとした雅さんに、なるほどと思った。確かに周りをよく見れば、クラスメイトのお嬢様方が雅さんと同じような視線を送っている。そして廊下に目をやれば、余所のクラスの面々までこちらに出張してきているようだ。……全くよくやる。

 忘れがちではあるが、悠斗はかなりの美少年だ。しかも女顔。総ちゃんもいうまでもなくイケメンと言えるだろう。その二人が仲良さ気に話している。……というか、今二人が小突きあいをした。同時に上がる黄色い悲鳴。

 ……ああ、これはあれだ。イケメン二人にうっとりする図という意味では同じだが、兄と誠司くん達とははっきりと目的が違うやつだ。

 兄達のことはあこがれの存在として、頬を染めて騒いでいるみたいだが、悠斗達の場合は違う。お嬢様方はどうやら彼らをBLボーイズラブ的視点で眺めて楽しんでいらっしゃるようだ。

 ……おおおお。女子恐るべし。

 思わず遠い目をしてしまった。

 ちらりと隣を見れば、雅さんも今の2人をみて鼻息を荒くしていた。クラスの大半の女子が二人に釘づけだ。男子生徒は、そんな女子たちを少し引いた目で見つめている。まあ当然と言えば当然だろうが、意外に女性というものは、こういう話題が好きなのだ。

 そして、その話題の中心の二人と言えば、全く気にした様子もなく普通に会話を続けていた。大物だ。こいつら大物だよ!

 ……しかし、そうか。

 私の知らない間に怒涛の展開があったらしい。これは是非とも本人から話を聞きたいところだ。だが実際問題、今あの二人に声を掛けるなんて暴挙に出ることが私にできるか?

 否、断じて否だ。お嬢様方に睨み殺されるのは必至であろう。折角の素敵スチルに、私という邪魔者を入れてはいけない。オーケイ、勿論分かっているとも。

 ここは、おとなしく用件のみINELで伝えることにしよう。

 名案だ。うむと一つ頷き、鞄からいそいそとスマホを取り出す。アプリを開き、悠斗に要件を送信した。よし、これで無駄にお嬢様方の恨みを買わずにすんだ。

 よくやった私、と自画自賛してスマホをしまう。後は、あの二人を存分に鑑賞させてもらおうじゃないか。何となくにまにましながら二人を眺める。そうか、『総ちゃん×悠斗』か。(悠斗×総ちゃんは、私の中ではない)同人誌買いあさっていた時にも、この二人は考えたことがなかったが、こうやってみるとゲームとは性格も違うし、案外とアリなのかもしれないと妙に真面目に検証を始めてしまった。

 そうやって、じーっと二人を見つめていると悠斗がINELに気が付いたのだろう。スマホを操作し始めた。INELの画面を見ているみたいだが、その動きがぴたりと止まった。

 おや? と思い引き続き観察すると、今度はぷるぷると震えだしたようだ。

 隣にいた総ちゃんが、悠斗に何か話しかけている。悠斗は首を振って、INELの画面を総ちゃんに提示した。それを覗き込んだ総ちゃんもまた、動きが止まる。

 あ、なんか嫌な予感がする。一瞬背中がぞくっとした。

 やばいと思って立ち上がろうとするのと同時に、二人がぎりぎりと音がしそうな動きでこちらを振り返った。……すごく良い笑顔だ。こちらへ来いと手招きしている。

 あれ? 地獄へのお誘い? 私なんかしましたっけ……。

 無言の圧力に耐え切れず、恐る恐る二人の元へと向かう。なんだか断罪される被告人の気分だ。


「えーと、おはよう。悠斗に総ちゃん。久しぶりだね」


 とりあえず挨拶してみる。総ちゃんは微妙な顔をしながら、悠斗はぴくりと眉を動かしつつ、挨拶を返してくれた。


「……おはよう。本当に久しぶりだな。ところで早速なんだが、このINELどういうことか説明してもらえるよな?」


 悠斗が私に突きつけてきたのは、やはり先ほど私が送ったINEL。はて、何かおかしなこと書いただろうか。


「何か問題あった?」


 心底わからず、そう尋ねれば悠斗が怒鳴りつけてきた。


「問題しかねえよ! なんだ、この『二人の邪魔しちゃ悪いから』から始まる気持ち悪いINELは!」

「伊織ちゃん、さすがに俺も怒るよ?」


 総ちゃんまで、酷いとこちらを非難してくる。


「え? え? なんで? 仲よさそうにしていたから、邪魔しちゃ悪いなと思ってINELにしたんだけど、駄目だった?」

「その親切心でしたって言い方がむかつく」

「伊織ちゃん、俺と悠斗は伊織ちゃんが思っているような関係じゃないからね」


 その、わざわざされた訂正に、我慢できず吹き出した。


「やっぱりそういう意味の『邪魔』だったんじゃねえか!」

「しまった……いや、言い出したの私じゃないし。私もさっき聞いたばかりだよ?」

「……それで堂々と乗ってくるのは伊織ちゃんだけだと思うけどね」


 確かに、皆遠巻きに眺めて喜んでいるだけみたいだった。


「どうも最近生暖かい視線をやたら感じると思ったら……」


 ぎろっと睨まれる。さっと視線をかわした。……私のせいじゃないよね。


「いや、お嬢様方の癒しを私が奪うわけにもいかないと思って、私なりに気をつかったとでもいいましょうか……」

「伊織ちゃん、どうせ面白がってたんでしょう」

「う……」

「総太朗、伊織はそういう奴だ」

「知ってる。はあ。本当伊織ちゃん全然変わってないね」


 そんなダメな子を見るような目で見ないで下さい。

 しょぼんと肩を落とせば、はあと、わかりやすくため息をつかれた。


「……まあ伊織の場合、今に始まった事でもねえし、もういいけど。……久しぶりに会ったんだから、馬鹿な事やってないで普通に話しかけてこいよな」

「はい。ごめんなさい」


 正論すぎる言葉に、頷く事しかできない。


「総ちゃんもごめん」

「俺はいいよ。伊織ちゃん、元気になったみたいだし」

「総ちゃん……」


 にっこり笑ってくれる総ちゃんが、ゲームの彼の姿に重なった。思わず悠斗の方を見ればわかっているという顔をして、ひらひらと手をふった。


「INELの返事はオーケーだ。後でな」


 問題となったINELの内容自体は、簡単に言えば「放課後に、前行ったカフェで情報交換しましょう」とまあ、これだけのものだ。

 悠斗の言葉に頷く。話は終わったので席に戻ろうとすると、悠斗から声がかかった。


「……あんた、もう大丈夫なのか?」


 振り返りはしなかったけど、思わず口元が緩んだ。多分、7月の試験の時の事を言っているのだろう。気にかけてくれていたことを、素直に嬉しいと思った。


「……うん。心配かけてごめん。……もう大丈夫だから」


 これは、今日のカフェ代も私の奢りだなあ。そう思い、無意識に笑みを浮かべてしまう自分を戒める。何はともあれ、放課後が楽しみだ。





ありがとうございました。

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