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里織固定イベント 兄妹の絆

こんばんは。今夜もよろしくお願いします。

 八月中旬。お盆。

 私は、実母の墓の前に立っていた。


 散々な和菓子めぐりの旅が終わって、帰ってきたのは8月の頭。そこからは、毎日望んでいた通りのピアノ三昧な日々を送っていた。

 ずっと師匠宅に泊り込みをすることにさすがにいい顔をしなかった両親の願いもあって、帰ってきてからは毎日師匠の自宅からきちんと帰ってきている。

 だが両親は仕事で朝早くから夜遅くまでいないし、兄は夏休みに入るなりドイツに行ってしまった。

 そんな家へ私が帰ることに何か意味はあるのだろうかと少々疑問には思う。 

 兄は卒業次第ドイツに戻ることが決まっている。今の内から準備を始めるらしく向こうとのやりとりが忙しそうだなと思っていたら、いつの間にかドイツに行っていたらしい。兄のヴァイオリンの先生はドイツ人なので、この機に色々話を詰めてくるそうだ。

 私もついていきたかったなと思ったが私の師匠は現在日本にいるし、行っても全く意味がないという事に気が付いた。

 そうやって毎日を忙しく過ごしていると一日がすぎるのは早い。気付けばお盆の時期だった。

 師匠に了解をとり、数日の休みをとった。お盆はどんなことがあっても、毎年産みの母の墓参りにいくと決めているのだ。

 お墓はとある山の山上にある。山一つが丸々お寺で、小鳥遊一族は代々皆、そのお寺の墓に入る。

 お盆初日、単線の無人駅を一人降りた私は毎年の恒例で駅前のスーパーに入り、母の好きだったという花を購入して山へむかった。ここからそう遠くはない。

 お盆という事もあってか、道は車の通りも少なく歩きやすい。

 毎年のことだからさすがの私も道は覚えている。労せずたどりつき、後は無言で山を登った。

 この山もタクシーを使えば15分程度でお寺まで辿り着く。

 それはわかっていたが、この道のりを歩いて登ることに意味があると私は思っている。

 一歩一歩登りながら、記憶にない母を思う。私の前世の年よりも早くに亡くなってしまった母を長く思うことのできる、数少ない時間だ。


「あつ……」


 蝉しぐれが暑さを誘う。

 汗が背中に流れ落ちた。それでも、ただひたすらに上り続ける。

 何とか無事に辿り着き、ほうと息を吐いた。

 本当は明日、この寺に小鳥遊一族が一堂に会する集まりがある。そちらに参加しつつ、墓参りをするのが本当は正しいのだが、父が首を縦に振らなかった。

 母と再婚した時、鏑木になることを父は軽く了承したように言っていたが、本当は小鳥遊の祖父たちとかなりもめたらしい。少しずつでも歩み寄るつもりだから、今はそっとしておいてほしいと言われれば頷くより他はなかった。

 それ以来、墓参りはその集まりの前日にこっそりと済ませる事にしている。

 父と来ることができればよかったのだけれど、今年はどうしても外せない会議があるとかで、私が師匠の所にいる間に先に済ませたと言っていた。

 母の墓はお寺の手前にある石段を上った先にある。道具を持ち、水を汲んでよろよろと石段を上る。

 古いお寺なので石段もあちこちかけている所があって、気を付けないとかなり危ない。蝉に混じっていろんな虫や鳥の鳴く声が聞こえる。夏だなあと思いながら登り切った。


「母さん、来たよ」


 母の墓の前に立つ。

 奥の一角にある、小鳥遊家の墓。ここに母が眠っている。

 無言で荷物をわきに置き、黙々と掃除を始めた。この階層には私の外には誰もいなかった。

 父が事前にきていたのでそんなに汚れもなく、すぐに掃除は終わった。父の供えた花はすでに撤去されていた。

 新聞紙にくるまれた買ってきた新しい花を新たに供え、盆菓子を用意して線香を焚いた。

 手を合わせて祈る。その内容は毎年同じだ。

 産んでくれたことへの感謝を。そして冥福をただ祈るだけ。


「伊織」


 立ち上がって、そろそろ帰ろうとしたとき、後ろからそっと声がかかった。

 よく知る声。でも、ここにいるはずのない声だった。

 ゆっくりと振り返って、その姿を確認する。思った通り、私の自慢の兄がそこに立っていた。


「兄さん」

「やっぱりここだったね」


 間に合ってよかったという兄に、私は驚きを隠せなかった。


「どうしてここに? いつドイツから帰国したの?」

「ついさっき帰国したところ。そのままこちらに直行した」


 私にも挨拶させてほしいな。という兄にとまどいながらも場所を譲る。

 真剣な表情で祈りを終え、立ち上がった兄はこちらを振り返った。

 何故ここにと尋ねようとしたが、兄の方から全く関係のない話題をふってきた。


「……ねえ、伊織。私の学期末テストの順位を知っているかい?」


 突拍子もなく告げられたセリフに思わず固まる。

 え? それ今するべき話なの?


「いきなり、何? 順位って、いつもどおり1位でしょう?」


 訳が分からないながらも兄の問いに答える。その結果以外ありえない。

 あれから調べてわかったのだが、兄は5教科合計常に満点の化物である。

 そりゃ誠司くんだって勝てるはずがない。


「やっぱり。伊織は先月、随分と荒れていたから気が付いていないと思ったよ。結構な騒ぎになったんだけどね。……知らないのは伊織くらいじゃないかな?」

「何の事? 何かあったの?」

「今回の学期末考査、3年の1位は誠司だよ」

「え?」


 兄は気にした様子もなくにこにこ笑っている。


「な、なんで? 兄さんは?」


 私の方が動揺して、口ごもってしまった。


「惜しくも一点差だったね。2位だよ」


 何故このタイミングで振ってくるのかわからない。兄のことだから意味はきっとあるのだろうけれど私にはさっぱりだ。

 疑問が顔に出たのだろう、兄が悪い顔をして言った。


「誠司にね。テスト初日に、伊織のことが本気でほしいのなら、最低でも私に勝ってからにしろって言ってみたんだよ」

「……兄さんはどうしてわざわざ誠司くんを煽るの」

「あいつはね、本当はもっとできる奴なんだよ。でも何故か本気を出さない。悔しいっていう割には私を抜こうとしないのが気になってね」


 いい機会だと思ったと、兄は続ける。


「でも、誠司くん。手なんて抜いてなかったと思うよ?」


 負けっぱなしは悔しいとよく言っていたし、彼が嘘をつくとも思えない。


「分かっているよ。誠司なりに本気でやっていると思う。でもねえ、どうしても一回本当に本気になった誠司をみてみたくて、わざと焚きつけてみたんだ」


 結果はご覧のとおりだよと、嘆息する。


「そうだろうとは思っていたけど、本当に満点たたき出してくるとはね。やっぱりその気になれば、できるんじゃないか。誠司の奴」

「それなら同率1位なんじゃないの? 兄さんもいつも通り満点なんでしょ?」

「信用してくれる可愛い妹を裏切るようで辛いんだけどね。なんと今回、私は生まれて初めてケアレスミスというものをしてしまったんだ」


 だから2位なんだよという兄の笑みが胡散臭い。

 だって兄にケアレスミスは存在しない。わざと以外ありえない。


「兄さん。わざと間違えたでしょ?」


 確信をもって言えば、さすがにあからさまだったかなと開き直る兄。やっぱり確信犯だった。


「それでも、一点だけだよ。誠司が勝つ可能性を作ろうと思ったら、どうしたって私が間違える必要があったからね。同率1位じゃ、どっちが勝ったか分からない。だから、一つだけ落としておいた。さすがにそれ以上のサービスはできないしね」


 結果として、誠司くんは満点。兄の長く続いた主席の座を、奪い取ったというわけだ。


「誠司くん、怒っていたでしょう」


 わざと間違えたことに、彼が気付かないはずがないのだ。


「まあね。でも、今回だけだよ。次からはこんなサービスは絶対にしない。他人の後ろに自分の名前が並ぶのは、思った以上に不快だったからね。やるんじゃなかったと後悔したよ」

「兄さん、自業自得」

「今回はいいんだよ。お蔭でようやく踏ん切りがついたんだから。それでも、私は女々しい男でね。もう一回自分を見つめなおしたくて、ドイツの先生の所に行っていたんだ」

「見つめなおす?」

「そう。自分の結論を肯定したかったんだよ」


 兄は笑う。すっきりとした笑みだった。

 墓石の方にもう一度体を向けて礼をする。そうしてゆっくりと話し出した。


「……ずっと、ここへこないといけないと思っていたよ。伊織を、私の妹を産んでくれた人が眠っている場所だからね」

「兄さん……」

「でも、この人になんて言って立てばいいのか分からなくてね。ずっと来ることができなかった」


 私も兄にならって、もう一度母の前にたった。


「君は毎年私の父親の墓参りまでしてくれていたというのに、情けない話だろう?」

「それは、私が勝手にしていることだから」


 兄は静かに首を振った。


「それではいけないことは分かっていたんだよ。でも、決断できなかった。……色々自分で自分を追い詰めて、ようやく最近ここにくる勇気が持てた。それなのにやっぱり一人で来るのは怖くてね。今日なら君がきているだろうと思って、慌てて帰国してきたんだ。君が帰ってしまう前に、ここで会えてよかった」


 何がいいたいのか、あいまいでよくわからない。兄はもう終わった事だから気にしなくていいよとやさしく笑う。


「伊織、これからは私も毎年ここに来ようと思う。君の母なら私にとっても母だからね。今まで親不孝した分真面目に通うよ。……一緒に行ってくれるかい?」


 眼差しに真剣な色をにじませて兄が問う。


「勿論だよ。嬉しい」


 兄の気持ちが本当に嬉しくて、自然に笑みがこぼれた。


「なら兄さんのお父さんのお墓参りも私、一緒に行きたい」


 一人で毎年こっそり参っていた、兄の本当の父のお墓。

 そう言えば、兄も嬉しそうに笑ってくれた。


「そうだね。一緒に行こうか。……私たちは兄妹なのだから、父母の墓参りに共に行くのは当たり前の事だ」

「うん」

「そろそろ行こうか。あまり長居すると、帰りが遅くなってしまう。タクシーを待たせてあるから、一緒に帰ろう」


 振り返って手を差し出してくる兄に、何故か胸をしめつけられるような気持ちを覚えた。それでもとまどいなく、その手を取る。

 一瞬切なそうな目をした兄は、すぐにその色を消し、いつものやさしい表情で私に語りかける。

 その顔はいつか見た、あるスチルを彷彿とさせた。


「君が私の妹になってくれて本当によかった。愛しているよ、私の可愛いお姫様」


 ……あ。


 情けない。

 ……本当に遅すぎる話ではあるが、ようやくここにきて私は気付いた。

 この言葉が、……里織ルート『家族エンド』の最後のセリフで、さっきの表情はそのスチルだったということに。

 ずっと兄と一緒に過ごしてきたせいもあって、兄が攻略対象者だということをすっかり忘れていたのだが、確かに兄は攻略対象者の一人だったみたいだ。

 思い出す兄のエンドは、『恋愛エンド』と『家族エンド』の2種類。

 正直、兄と恋愛とか考えられない。兄は大切な家族だ。

 兄もそれは同じだと思う。だからか、どこで決断していたのかはわからないが、兄は私を妹として愛することをすでに決めていたらしい。兄の瞳がそれを物語っている。

 私は、兄の目を見てしっかりと頷いた。ゲームの主人公のセリフは覚えている。でも、私は私の言葉で兄に返したいと思った。

 

「私も。兄さんが、兄さんになってくれて本当に嬉しい。……私も兄さんを愛してる」


 迷いなく笑って言う。

 この人が兄になってくれて本当に良かったと思っている。

 色々フラグぶち壊したりして大変な思いもしているけれど、そのかわりこの人に忌み嫌われる始まりにならなくてすんだのだ。

 それだけでも、私にとってはお釣りがくる程の幸福だ。

 改めてそう思った。悪いことばかりじゃない。良かったことだって、こんなに身近にあった。

 兄と手をつなぎ、共にお寺の駐車場に向かう。

 来年からは、一人で母に会いに来ることはないだろう。兄と二人、いや、父や母も一緒にもっと大勢で会いに行けるかもしれない。


 母さん。また来ます。


 話したことすらない、産みの母。

 私にできることはこうやって菩提を弔うことだけだけれど、皆で訪れることで少しでも母の慰めになることができればと思わずにはいられない。

 兄を見上げる。なんだいと尋ねる兄に何でもないと微笑みながら首をふる。

 きっとこの先、誰を愛することになっても私の一番は兄だ。それは揺るぎようのない事実。

 この人と、兄妹になれてよかった。

 ルートは終わるのかもしれないけれど、私たちの人生はこれからも続いていく。

 ――――そうして、私たちが選んだのは、決して切れることのない絆。

 家族という絆だった。


◇◇◇


「……まあ、これなら範囲内。里織ルート『家族エンド』クリアということで。……次もうまくやってね」

 





ありがとうございました。

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