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7月下旬 和菓子と夏祭り

こんばんは。今日もよろしくお願いします。

 勘違いもとけたみたいで、よかった。

 それなら早速次のイベントへ行こうか?

 ……こちらにも都合があるから手は抜かないよ。


◇◇◇


 夏休み。

 ――――それは師匠の和菓子めぐりから始まった。


『師匠、いい加減にしてください。一体一日で何件回る気ですか』

『あら、せっかく日本に来たのだもの。食べられるだけ食べるわよ』

『……勘弁してください』


 夏休み初日となる今朝、師匠の家(長期滞在が決まったので家を借りた)を早朝から尋ねた私は、引きずられるように新幹線に乗せられた。

 ろくな説明もないままに、着いた先は和菓子が有名な場所。


『……師匠、和菓子ですか』

『せいかーい』


 ピアノ尽くしの毎日だと思った私の意気込みを返せ。がっくりと項垂れる私の肩をぽんと叩くリザの視線が憐れみに満ちていて辛い。……いや、リザあんたも同じだからね?

 悲しきかな、師匠に振り回されることはお互い慣れている。早々に諦めるのが一番被害がすくないというのも理解している。

 頭を切り替えて、二人で師匠に手を出した。

 

『行くつもりのリスト、貸してください。どうせチェック済みなんでしょう?』

『うふふ。ご慧眼』


 奪い取ったリストの列の長さに、リザと二人でため息をついた。


◇◇◇


 昨日、何とか自分を取り戻した私は、時間を十分においてからリビングに行った。心配かけてごめんと謝れば、兄は何も言わずやさしく笑って抱きしめてくれて、またちょっと泣きそうになってしまった。

 誠司くんとはなんとなく目を合わせづらくて、兄とだけ話してさっさと部屋に逃げ戻った。戻るときにちらりと彼を見れば、見事に物言いたげな目と合ってしまい、慌てて視線を逸らした。

 顔が赤くなったところは気が付かれなかったと思いたい。


 ――――さて、今更だとは思うがゲームの話をしよう。

 ゲームでは色々な夏休みイベントが目白押しだ。

 ある程度攻略キャラが決まってくる時期だからか、イベントは全て、終業式の時点で好感度が一番高いキャラと発生する。

 たとえば兄が相手なら、家族旅行と銘打ったドイツ旅行イベントがあるし、誠司くんは夜景ディナーデートや水族館イベント、悠斗は図書館デートやお見舞いイベント、総ちゃんは夏祭りイベント、同窓会イベント等々、各キャラ平均して2~3回は発生する。

 ディアスのイベントは……彼は基本引きこもりだから学内イベントがいくつか。夏休み特別講習会3泊4日に参加して……という展開もあった。

 だが私はもう、イベントを気にするのを止めていた。

 あの夢で「マスター」の言う、イベントの思い違いに少し思い当たる節があったからだ。

 私は、ゲームで発生した事のあるイベントばかりに気を取られていた。でも、マスターの話を聞いて、自分なりに考えてみた。

 実際の所、ゲームイベントって現実においてはなんだろう? と。

 よくよく考えた結果、「対象人物と過ごす、少し特別な日常」というものに落ち着いた。

 そう考えると、ゲームとは関係ないと思われたヴィンスとの買い物や、合宿時の帰り道でのやり取り、下手をすれば食事会に至るまですべて、イベントと呼べてしまうのではないだろうかという結論に達した。

 誠司くんとの遊園地デートなんて鉄板でイベントだろう。勿論、あのキスも。

 ……なんということか。誠司くんとヴィンスの好感度が高いのは当たり前のような気がする。それこそ好感度なんて現実では存在しないだろうが、共に過ごす時間が増えれば、当然その人に対する印象は上がる。嫌いじゃないから一緒に過ごしているわけだし、楽しいと思えたのならなおさらだ。その時点で、イベントとしては成功していると言えるのである。

 ……結局、ゲームで発生するイベントを回避したから大丈夫だと思い込んだ私が間違えていたわけだ。本気で潰そうと思っていたのなら、まず皆とかかわってはいけなかった。かかわらなかったら印象なんて上がりようがないのだから。

 最早どうしようもない。

 そう思った私は、必要以上にゲームの内容を気にすることをやめた。上がった好感度はどうしようもないし、大体元々前提が違いすぎるので参考にならない。足をとられて余計ひどいことになる方が多い気がする。

 当初の予定どおり、行き当たりばったり私のやりたいようにやろう。それがゆくゆくは、エンド回避につながる何かが起きるきっかけになるかもしれないし。

 考えすぎて、煮詰まるのは私のキャラじゃない。

 そういうわけで、あっさり私は師匠と夏休みを過ごすことを決めた。家にいれば、何らかのお誘いがあるかもしれない。ヴィンスとか誠司くん辺りはうぬぼれではなく、本当に仕掛けてくる気がするし、特に今誠司くんに対して、あまり強く出られないような気がする。

 三十六計逃げるが勝ちだ。


◇◇◇

 

 こちらの夏はとても暑い。

 和菓子の列に並ぶ師匠とリザを眺めながら、日陰に隠れる。太陽光が苦手なので、避難させてもらっているのだ。日本語が話せない師匠が和菓子を買えるのかとも最初は心配したが、意外とボディーランゲージでなんとかなるものらしい。

 そういえば、今師匠が並んでいる和菓子屋は、実は前世でもお世話になった店。この世界にもあると先ほど知ってびっくりした。

 ついでに言えば、この道沿いの先にある大学に通っていた。特急電車を使って二時間通学。1限の語学を取った時は6時半には家をでないといけなかったのだ。下宿できなくてつらかったことを思い出す。

 ここの和菓子は帰りによく買って帰った。夕方に行くともう売り切れてしまっているから、2限までの日しか寄れなかったけど。

 蓮も、私の機嫌を取るのによくここの和菓子買ってくれたなと思い出す。帰りに買って、特急電車の中でおやつ代わりによく食べた。特急電車は二人掛けの席のみで構成されているので、普通にドリンクを飲んだりお弁当を食べたりする人が多かった。

 懐かしい。古い思い出を思い起こしながら、ぼんやりと道行く人たちを眺める。

 ちらっと店の壁に貼ってあるポスターに目がいく。お祭りのポスターだ。ああ、そういえばそろそろそういう季節だなとぼんやり思う。

 お祭りも楽しかったなと前世の事ばかりが頭をよぎった。多分道行く学生カップルが、昔の私と蓮の姿に被ったからだろう。


「こんにちは、伊織さん」

「っうわ!」


 突然声が聞こえのけぞる。

 思考を中断され何事かと振り返れば、そこにはヴィンスがにこにこと立っていた。相変わらず格好いい……じゃなかった、シャツにスラックスと、まさに今まで仕事をしていましたというスタイルだ。


「……なんでここにいるの」

「何故って、それは伊織さんがいるからですよ」

「なんで私がここに居ることを知っているのか聞いているんだけど」


 強い口調で睨みつけると、肩をすくめて何でもない事のように言った。


「ショウコに教えてもらいました」


「雛和の芋羊羹」で。と言葉を続けるヴィンスに、こめかみがぴしりときしむ。

 ……ほう。師匠は、和菓子で私を売ったか。


「手引きは師匠なのね。で、そんな恰好で来ているということは、ヴィンスも忙しいんじゃないの。さっさと学園に戻ったら?」

「大丈夫ですよ。今は丁度休憩時間ですし、時間が来れば戻ります。夏休みに入ってしまうとなかなか伊織さんに会えないでしょう。少しでも時間を作らないと」

「激しく遠慮するわ」

 

 堪える様子のない、ヴィンスに嘆息する。

 どうやってきたかなどと、尋ねる気は当然ない。どうせ瞬間移動してきたのだろう。マスターは「結界は消滅した」と言っていた。ならば今のヴィンスはやりたい放題。防衛策が通じないストーカーとか最悪だ。どうやったって逃げ切れない。


「祭りですか」


 店先に貼られているポスターをみてヴィンスが呟いた。


「あれ? ヴィンス、お祭りなんて興味あるんだ?」


 意外に思って尋ねる。


「そうですね。経験がないという意味では興味があります。このあたりで、伊織さんおすすめの祭りなんてありますか?」


 尋ねられるままに答えるとへえと感心された。


「余所の土地なのに詳しいですね」

「まあ、旅行先について調べるのは当然でしょう」


 勿論、嘘だ。全部蓮と前世の時に行ったものばかりだった。


「その中で、あなたの興味を引いたものはありましたか?」

「私?」

「ええ。参考までに教えてください」


 聞かれたので、ふむと考える。どれも行った事があるから特にこれというものはない。どれもそれぞれ楽しかった。でも、そうだな。


「明日の花火大会」


 車で行って酷い目にあったことを思い出したのだ。なぜか失敗したデートの方が強く覚えていたりするから不思議だと思う。


「明日なんですね」

「うん、大体時期はいつもこのあたりだよ」

「それは都合がいいです。では伊織さん、明日19時ごろ迎えに行きますから、用意しておいてくださいね」

「……はあ?」


 ヴィンスのセリフに固まる。


「そんな想定外だという顔をしないでください。……僕がデートに誘うのはそんなにおかしなことですか?」


 いや、間違いなく想定外。


「でーと……」

「そうです。年頃の男女が一緒にお祭りへ行くのですから、デートと言わずしてなんというのですか」


 年頃? 言われた瞬間、むせそうになった。年頃って1000年以上生きている悪魔が何を言うか。というか、さっきの微妙な誘導尋問はお誘いだったのか。分かりにくいことこの上ない。1000年生きているというのなら、もっとスマートに誘ってみろ。断るから。


「えーと、ヴィンス。知っていると思うけど、私ここに遊びに来たわけじゃなくて……」


 師匠のお供に(師匠は遊んでいるようにしかみえない)きたといいかければ、ヴィンスは指で私の唇を押さえた。そんな仕草も妙に様になって思わず固まる。


「ん!?」

「分かっていますよ。ショウコのお供ですよね。大丈夫です。こんなこともあろうかと、『銘菓 リアルの恋人』で、すでに話はつけてありますから」

 

 抜かりないというヴィンスに絶句する。……すでに賄賂がわたっていただと?


 そういえば、数日前、どこから手に入れたのか師匠が嬉しげに『リアルの恋人』を頬張っているのを見た。あれは、この為の貢物だったのか!


「問題は全てクリアしてありますから、あなたは安心して僕にエスコートされてください。……ショウコ達に見つかるとさすがにまずいので、僕はそろそろ帰りますね。では明日、僕は新幹線に乗ってくるという設定でお願いします」

「ちょっと!」


 アリバイ工作まで協力させるつもりか。文句を言ってやろうと思ったが、すでにヴィンスの姿はない。

 新幹線に乗ってくる設定って……乗ってくる気ないのか。


「本気で疲れた……」


 ただでさえ暑さにやられているというのに。明日は熱射病にかかったとでも言って、ドタキャンしてやろうか。いや、看病するとか言われそうだ。それも困る。

 結局行くしかないという事実に打ちのめされた。

 目的の品を手に入れて、笑顔でこちらにもどってくる師匠が憎たらしい。


『師匠』

『お待たせ……ってあら、ご機嫌斜めね。どうしたの?』

 

 機嫌よく戻ってきた師匠は、私の怒気にひるんだ。隣にいるリザは、何となく事情を察したのか少し離れたところにさっさと退避した。


『師匠、私に何か謝ることはありませんか?』

『何の話かさっぱりわからないんだけど』

『「リアルの恋人」といえば分りますか』


 多少は罪悪感があるのか、しまったという顔をする師匠。心当たりはあるようで何よりだ。


『あら、もうばれちゃったのね。なあに、ディアスから電話でもきた?』

『そんな感じです。……ひどいじゃないですか、師匠。弟子を餌にしましたね?』

『いいじゃない。ディアスも必死だから面白くて。本当にあなたの事好きみたいだし、悪いことにはならないでしょ?』


 絶対に「面白い」が、理由の9割だ。


『そうですか。……「芋羊羹」、おいしかったですか』

『ふふふ。そうね。今度は「すあま」を要求するつもりよ』


 全然懲りていない様子の師匠に脱力する。次、だと? そんな日が来ないことを本気で祈る。

 この人がヴィンスのイベント作っているんじゃないのかと、思わず邪推したくなってしまう。それくらい、師匠が来てからというものヴィンスとのかかわりが多くなった。


『お似合いなのに。それともやっぱり婚約者の彼がいいのかしら?』

『違います。別に誠司くんは関係ありません』

『彼も格好良い子だったわ。王子様みたい』


 くすっと笑う師匠に頷く。


『ええ、そう言われているみたいですよ』

『でも、イオリはそう言う風には見ていないのね』

『え? はい』


 素直に頷けば、ふうーんと意味ありげに笑う。


『特別視されることに慣れた男は、自分を特別視しない、特別な女に惚れるのよ』

『……?』


 意味がわからない。たまに出る、師匠独特の言い回しだ。


『そういう男たちは、総じて厄介だから気をつけなさい。次、そんな女性に出会える可能性なんて殆どないって理解しているから、見つけたら絶対にひかないわよ』

『師匠?』

『ディアスや、セイジなんてそのままのタイプじゃない。あの子たち、あなたを手に入れるためなら何でもすると思うわよ』

『……』


 すでにそういう目に合っています。

 死んだような目をむけた私に、師匠は『あら』と笑った。


『女冥利に尽きるじゃない。うまく転がして利用してやればいいのよ。惚れられた方が強いんだから。あなたはもっと強気にでればいいのよ』


 ……これはあれか。師匠なりに私にアドバイスをしてくれているのだろうか。


『師匠。なら一つだけいいですか』 

『何かしら?』

『金輪際、和菓子で弟子を売らないで下さい』


 せっかく逃げていたのに捕まったのは、他でもない師匠のせいですから。

 きっと、言っても聞いてくれないんだろうなあと思いつつも、言わずにはいられない心からの苦言だった。





ありがとうございました。


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