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総太朗視点 上

こんばんは。今日は総ちゃんです。

あと、明日も総ちゃんです


 負けた負けた負けた。

 悔しくて仕方ない。

 奥歯を噛みしめて、あいつを睨みつける。愛しい人と笑っている仇敵の姿に、また唇をかんだ。


「悠斗に勝ったら、一緒に勉強しよう」


 伊織ちゃんはそう言った。

 初めての彼女からの約束。張り切らないはずはなかった。俺は昼夜惜しまず必死に勉強した。

 なのに結果はこの様だ。

 自分の執着が異常だという事は分かっていた。それに対し、伊織ちゃんがひいているということも。

 だが、止め方が分からない。

 止めようと思っても、気が付けば言動はエスカレートしていた。


◇◇◇


 初めて彼女にと出会ったのは2歳の時。

 隣に同じ年の子がいるということで、遊び相手として引き合わされた。

 俺の家も彼女の家も親が留守にすることが多かったから、少しでも寂しくないようにとの配慮だったのだろう。

 記憶があるのは3歳くらいから。今考えても伊織ちゃんは子供だとはとても思えないような発言ばかりしていたような気がする。記憶の中のおじさんも、よく苦笑していた。

 そんな伊織ちゃんに俺が懐くのは早かった。

 やさしく笑って、かいがいしく自分の面倒を見てくれる伊織ちゃん。

 両親が留守がちで愛情に飢えていた俺は、彼女の姿に母親をみた。一度自覚してしまえば後は坂道を転がりおちるように、伊織ちゃんにのめりこんでいくだけ。伊織ちゃんさえ居てくれればいい。そう思うまでになっていた。

 そんな伊織ちゃんが、おじさんの再婚で引っ越すと決まったのが4歳の時だった。

 当然俺は受け入れられなくて、伊織ちゃんに泣いてすがった。今までなら泣いてお願いすれば仕方ないと受け入れてくれた伊織ちゃんが、そのときばかりは「だめだよ」と首を振った。それが妙に印象的だった。

 彼女との繋がりを失いたくなくて、彼女の所有物をねだった。当時彼女が常に身に着けていたお気に入りのリボンを、強引に奪い取った。

 ……うん、分かっている。

 伊織ちゃんが嫌がっていたことなんて、ちゃんと気が付いていたんだ。


 彼女が去ってからの日々は、寒々しいものだった。

 両親は相変わらず仕事に追われ、俺は一人きりで家で待つのみ。ヘルパーさんが毎日様子を見に来てくれたが、それは当然形式的なもので俺が満たされることはなかった。

 そんな日々も突然終わる。

 ーーーー両親が事故死したのだ。

 忘れもしない。それは雨の日の事だった。

 ばたばたと俺の周りを黒い服を着た、知らない人たちが駆け回る。

 「葬式の準備」とか「喪主が」とか、聞きなれない言葉を早口で話していた。

 そのとき、俺は小学生。両親が亡くなったと聞かされ、何もできずただ茫然自失。気が付いた時には、全てが終わっていた。

 その後に起こったのは、俺を誰が引き取るかという問題。聞きたくない言葉が俺の周りを飛び交う。俺が分からないと思っているのか遠慮も何もなかった。

 俺は黙って2階の自室にひきこもった。親戚たちの醜い顔が、消しても消しても浮かんでくる。その度に吐きそうになりトイレに駆け込む。

 そんな俺の唯一の慰めは、やさしかった記憶。俺に愛情を注いでくれた、伊織ちゃんとの思い出だけだった。彼女から奪い取ったリボンを胸に抱きしめて眠る。そんな日々が続き、俺は精神的にも限界がきていた。

 ある日、家に尋ねてきた老人がいた。本当はまだ老人というには若かったのかもしれないが、小学生の俺にはそうみえた。

 老人は、俺を自分の孫だと言った。

 まだ学生の頃に勘当した息子夫婦の死を聞かされ、さすがに黙ってはおけず駆けつけてきたらしい。葬儀もすべてとうの昔に済んだことを伝えれば、悲しそうにうつむいていた。もっと早く許してやればよかったと泣き崩れた。

 両親の死を悼んでくれる人がいたということに、少し救われたような気になった。線香をあげたいという老人に頷き、仏間に通す。長い時間、じっと祈っていた老人は顔を上げて俺に言った。「うちにこないか」と。

 同じいたみを抱える者同士、無言のうちに通じるものがあった。俺は頷き、彼に引き取られた。家は処分されることになった。

 新しい家は、前の家の何倍も広かった。そこで俺は、じいさんが飲食系の会社の経営者であることを知った。

 学校は、中学に上がると同時に転校することになり、暁学園という一貫校に通うことになった。どうせろくに友人もいなかったので、断る理由もない。お金持ちの子が通う学校と言われ、もしかしたら伊織ちゃんに会えるかもと、少しだけ期待した。言われるままに淡々と転入試験を受け、手続きを済ませた。

 学園は、今まで通っていた学校とは大違いだった。お金持ちか、特待生くらいしか通えないというその場所は、全ての設備が新しく綺麗で、どこもぴかぴか輝いているようにみえた。

 おっかなびっくり通い始めた学園も、慣れてしまえばどうということもなかった。車通学は少し慣れなかったが、それもやがて気にならなくなった。……伊織ちゃんはいなかった。

 学園に慣れてくると、徐々に噂話というものが耳に入るようになる。こういう学園には、やはり雲の上の存在というものがいるようで、クラスの女子たちは大抵そういった噂話を好んでいた。

 特によくでてくるのが、中等部の現生徒会長。神鳥誠司。どうやら、あの神鳥財閥の跡取り息子らしい。俺も、生徒集会の時に遠目から見たが、恐ろしいくらい整った容姿をしていた。薄い金髪にグリーンの瞳。芸能人顔負けの容貌をもつ彼は、女たちが夢見る王子というものをまさに体現させたような存在だった。

 口調は丁寧で優しく、笑顔を崩さない。そんな完璧な王子様の話でいつも女子たちは盛り上がっていた。今も、噂話に余念がない。


「いつみても神鳥様は麗しいわ」

「そうね、時たま見せる切なそうな瞳がたまらないの」

「やはり、大切な幼馴染がいないのが、お辛くていらっしゃるのよ」

「あれはドイツの方角をみていらっしゃるのかしらね」

「でも、大丈夫よ。鏑木様は来年お帰りになるはずだし」

「まあ、またあのツーショットを拝めるのね。待ちきれないわ」


 彼女たちは、初等部からの学生だ。どうやら、会長には留学中の幼馴染がいて、来年こちらに戻ってくるようだ。どうでもいいな、と思いながらも耳を傾ける。『鏑木』という名前に聞き覚えがあったのだ。


「鏑木様といえば、妹の伊織さんも一緒にお帰りになるの?」

「いいえ、伊織さんはもう二年、ドイツに残るというお話よ」

「そう、それは、神鳥様も鏑木様もお辛いわね」

「ええ、初等部の伝説を思い出します。神鳥様と鏑木様に大事にされる伊織さんを妬んだ子たちの騒動は、見ている分には楽しかったですけどね」

「……私は少し怖かったですわ。一歩間違えれば、自分もそちら側に立ったかもしれないと思うと……」

「そうね。でも皆思い知ったでしょうから」

「高等部になって伊織さんがお帰りになったら、外部生たちがまた同じことをやらかすのではなくて?」

「お二人が許すはずありませんわ」

「伊織さんに手をだすなという、不文律もしらない、愚か者たちの自業自得というわけですわね」

「ええ、こちらは高みの見物とまいりましょう」

「そうね」


 くすくすと楽しそうに話しているが、内容はとんでもなかった。そして俺はその内容よりも、名前の方に反応した。伊織? 鏑木伊織?

 それは確かに、彼女が変わってしまった名字だった。彼女の話を思い出す。

 確か、ヴァイオリンの上手な兄ができたと言っていた。噂話に華を咲かせていた彼女たちに詰め寄り、情報を得た。

 そして確信する。

 ……間違いなく、伊織ちゃんだ。

 そうか、高等部に上がれば彼女に会えるのか。

 久方ぶりに浮き立つ感情に、心が温かくなった。


◇◇◇


 待ちに待った高等部の入学式、壇上に立つ彼女をおよそ10年以上ぶりにみた。

 彼女は目を見張るほどの美少女に育っており、黒いロングストレートが美しくうかつには近づけないオーラを醸し出していた。何より、直前にみた生徒会長と副会長との3ショットが、何とも似合いで、声をかけられなかったのが悔しかった。

 それでも何とか機会を待ち、教室で声を掛けた。

 振り返った彼女は俺を忘れてしまっていたが、何とか思い出してもらう事に成功した。彼女の声で呼ばれる自分の名前はひどく甘く聞こえ、思わず涙ぐんでしまいそうになった。

 嬉しさのあまり暴走し、昔のように彼女をまた追い詰めた。そんな自分が心底嫌になる。

 ……どうしてこうなるのか。

 ただ、こちらを見てほしいだけなのに。

 彼女と接すると自分が止められない。こんなことをしても嫌われるだけだと分かっている。ようやく手に入れた彼女のアドレスさえ、喜びのまま送りつけているうちに、いつの間にか届かなくなっていた。すぐにアドレス変更された事に気が付いたが、知らんふりをして翌日彼女と話す口実に使った。

 その前後から、彼女は同じクラスの男子生徒といることが増えた。

 彼女と同じ生徒会役員の今里悠斗。こいつも、かなりの美形だ。

 伊織ちゃんと並んでも遜色がない。腹立たしい限りだった。排除してやりたいと思ったが、伊織ちゃんの悲しそうな顔を思い出してしまえば、実行に移す気にはなれなかった。

 高校生になった伊織ちゃんはやっぱりモテた。特に目立ったのが、噂どおりの2人。生徒会長の神鳥誠司と副会長の鏑木里織。

 生徒会長は、中等部の時に見た容姿にさらに磨きがかかっていた。その会長と並んで全く見劣りしないのが副会長で会長を越える天才と名高い、鏑木里織。

 伊織ちゃんの義理の兄だ。

 二人が並ぶと女たちがうるさい。二人とも財閥の御曹司というのもあるのだろう。抜群の容姿と頭脳、人当たりの良さに女たちは騒ぎ立て、どうやらファンクラブもあるらしい。そんな二人が構い倒すのが伊織ちゃんだった。

 伊織ちゃんの方がどう思っているのかはわからなかったが、幼馴染だという生徒会長は明らかに伊織ちゃんを特別視していた。

 まず表情が違う。いつも万人に見せる顔は、ただ一人だけのものに変わる。愛しげに彼女に触れ、柔らかい声で話しかける。ちらりと彼女との会話を聞いたが、その時の会長はまるで別人のようだった。

 兄の方も似たような印象をうけた。あの3人に手を出してはいけないという、中等部時代に聞いた言葉がよみがえる。否が応にも、理解せざるを得なかった。

 自分が立ち入れない空間を感じ、歯噛みした。

 ある昼休み、上級生らしき女生徒が伊織ちゃんに言いがかりをつけにきた。

 どうやら伊織ちゃんを呼び出したらしい。だが彼女はそれをすっぽかしたようだった。

 金切声で不快に騒ぎ立てる女を、伊織ちゃんは見事にスルーした。俺を簡単にやり過ごす彼女が、あんな女にどうこうされるわけがない。黙って観察していると最後に大声で名乗り、去って行った。

 折を見て、腰を上げる。2年の佐竹桜子。伊織ちゃんの敵を俺が見逃すはずがない。早速情報収集を始めた。

 ……結果、あの女ととりまきは、中等部からの転入生だということがわかった。

 俺ですら知っている初等部での騒ぎをしらない馬鹿共だ。でも、だからこそできた行動とも言える。今回の件がばれれば、あの二人が介入してくることは間違いない。そう心配することもないかと思いつつ、伊織ちゃんを観察することにした。

 放課後、やっぱり伊織ちゃんは例の女たちに囲まれた。彼女はため息をつきながらおとなしく連行されたが、女たちはわかっているのだろうか、彼女が送った連絡先の相手が。

 気付かれないようにこっそり後をつける。いいタイミングで助けに入ろうと様子をうかがっていたが、本気で一人で片づけてしまいそうな事態に焦り、慌てて割り込んだ。彼女に良い格好をみせられる機会をみすみす逃すつもりはない。

 乗り込んでみたものの、馬鹿な事ばかりいう女たちに呆れる。

 伊織ちゃんがいつ、俺たちに言い寄ったというのか。誰が見たって、相手にしてもらえていないのは俺たちの方だろう。

 あまりに腹が立ったので、本気で潰してやろうと思った。

 だが、残念なことに早い段階で本命が登場。あっさり見せ場を奪われてしまった。

 こちらで始末したいところではあったが、本気で怒った生徒会長と副会長はなかなかに迫力があり、おとなしく伊織ちゃんと共に場を去ることにした。


 ――――伊織ちゃんに今里との勝負を持ち出されたのは、この直後の話だった。




ありがとうございました。

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