ヴィンス固定イベント ルート分岐
こんばんは。これで今回のディアス(ヴィンス)ターンはおわりです。
――――鍵盤が最後の音を奏でる。
余韻に浸りながらも、手をはなした。隣で、ディアスが拍手をしてくれる。
「……素晴らしかったです。伊織さん。あの時聞いた以上でした」
お世辞ではないのだろう。それでも苦笑がもれる。
「さすがにあの時から何も変わっていなかったら、それこそ才能ゼロですよ。とっくの昔に師匠に見放されています」
「……伊織さん」
「はい?」
ディアスの低い声に首をかしげる。
「……僕がヴィンセントだということに気が付いてもらえたんですよね?」
「はい」
何をいまさらという風に眉をよせると、あからさまにため息をつかれた。失礼な。
「なら、どうして敬語なんですか。僕だと分かったならもうそんな必要ないでしょう?」
距離ができたようで悲しいですと訴えるディアスがうっとうしい。いや、真面目な話ヴィンスなら許せても、ディアスだと許せない事ってたくさんあると思う。
「ディアス先生。……けじめは必要です。昔はどうあれ今は私の通う学園の理事長先生ですから」
「……ヴィンスと。呼んでくださいとお願いしませんでしたか?」
「……」
黙ってディアスを見上げる。ディアスはこちらから目を逸らさず、訴えかけるように見つめてくる。その様子が在りし日のヴィンスと重なり、此方の方がため息をつきたくなった。
「……はあ。わかった……じゃあ聞くけど、名前が違うのは何故? ディアスが本名なの?」
あきらめて、普通に話せばディアスの目が輝いた。いかん。もはやヴィンスにしか見えなくなってきた。
「名前ですか? 僕の名前はヴィンセントで間違いないですよ。あの名前は僕を認識する記号として、あいつらが勝手につけて呼んでいるだけの、意味のないものです」
あの名前で僕を縛ることはできませんと、しれっというディアスにこめかみが痛む。そんな設定しらない。頼むからこれ以上ややこしくしないでほしい。
「僕が名乗ったのは、後にも先にもあなただけです。あなたしか呼ぶ人がいないのですから、どうか遠慮なくヴィンスと呼んでください」
……遠慮するわ。
重すぎて顔がひきつる。あの当時は当然そんな話知らなかったし、普通に名乗られたものと思っていたから気にならなかったが、知ってしまえば呼びづらくて仕方ない。
どう思い返しても主人公、ディアスって呼んでいたよね? 偽名設定とか本当はあったの? なんで私だけ強制ヴィンス呼びなの?
疑問がぐるぐるまわる。
一人だけ特別な呼称とか嫌だ。回避したい。
「え……えーと。私はディアス先生でいいと……」
「伊織さん」
にっこり微笑まれる。閻魔さまが笑ったのかと思うくらい怖い。
「自分が大事だと思う人に、偽名で呼ばれるのってどう思いますか?」
「はい、ごめんなさい。ヴィンス」
即座に謝った。
……偽名か。名乗らなかったから、勝手に人間たちが付けたっていう事なのかな。自分の名前を教えるくらいなら偽名でも構わないと思うくらい、ヴィンスは人間を憎んでいるのだろうか。
「髪の毛の色……。綺麗な銀色だったのに」
きらきらして大好きだったのに。
残念と呟くと、ああと思い出したように言った。
「あの時は、力を使い果たしていましたから。色が抜けていたんです。本来の僕はこちらですよ」
「……小さくてかわいかった。たった三年で可愛くなくなった」
「それも力が底をついていたせいですね。僕もあそこまで使った事がなかったので、まさか子供になってしまうとは思いませんでした」
可愛くなくなったってなんですか。というので思い切り睨んでやった。
ため息ばかりがこぼれる。
「もう会うこともないと思っていたんだけどな」
ぼそっと呟くと、そうですか? と返ってきた。
「僕の方は、数年前に鏑木財閥の兄妹が学園に在籍していたことを知っていましたから。ですから、数年待てばあなたがこちらに戻ってくることは分かっていましたよ。今年という事までは知りませんでしたが」
あの時、『カブラギ』と呟いていたのは思い出していたからか。すでに個人情報を握られていたとはつゆほども思わなかった。
ドイツで助けた少年が、元通っていた学園の理事長だなんて誰が思うか。
知っていたのに黙っていたのか、と一瞬なじりそうになったがやめた。
事情を聞かないと言ったのは私だ。仕方ない。業腹だが我慢する。
「……他に聞きたいことはありませんか?」
にっこりほほ笑むディアス……じゃなかったヴィンスに首を振った。
「ない」
「……いいんですよ? あなたに聞かれて困ることなんてありません」
「私が知りたかったのは、外見と名前が変わっていた理由だけ。それ以上はいらない」
はっきり否定する。
あの時確かにヴィンスは話したくないと言った。あれは本音だったと思う。私は聞かないと答えたし、それは今でも有効な約束だ。
ヴィンスが私の目の前で消えたり現れたりしていたのは、あれは自分の正体をばらしたいのではなくて、ヴィンスだと気が付いてもらいたいからやっていた事なのだろう。ヴィンスとして私の近くにいたときは、普通に力を使っていたから、そこから連想させようとしたのだと思う。
今更ながらあの時の私、相当混乱していたみたいだ。よくあれをスルーしたものだと我が事ながら感心する。
「本当に聞かないんですか?」
しつこく食い下がってくる。どれだけ疑われているんだか……。
「……そのセリフも二回目だね。だから、くどいって。ヴィンスはヴィンスなんでしょ? 別にあのころから何か変わったわけでもないんでしょう?」
「それは、そうですが」
「なら、いいじゃない。あの時と返事は変わらないよ。別に知りたくないし、必要もない。私の中で、ヴィンスは『不思議なことができる人』で完結しているの。分かった?」
「……あなたがそれでいいというなら」
言ってやれば、しぶしぶ引き下がった。
実際の話、正体は悪魔です。人間じゃありません。とはっきり言われても困るのだ。心の中で『いや、知ってるし』と突っ込みいれて、私の方はおわるだけになると思うし。
考えてみれば、ゲームのディアスも主人公にばれるまでは、結構必死に正体隠していたよね。やっぱりばれたくないと思っているとしか考えられない。
ヴィンスをみれば、じっとこちらを見つめている視線とぶつかった。
「……? 何?」
いぶかしげに尋ねれば、ふんわりと笑う。
「いいえ。やはり、伊織さんは伊織さんだなと思いまして」
「よくわからない」
「あなたは変わらないなと思ったのです」
「ヴィンスは変わりすぎだよ。見た目が」
しつこく指摘してやる。
「よっぽどあの外見がお気に入りだったようですね」
「可愛かった……。あんな弟が欲しかったのに……」
「弟……ですか」
少し間をおいてヴィンスは頷いた。
「なら、この姿に戻ってよかったです。僕は、弟になんてなりたくないですから。……あなたの恋人になりたいのです」
「っ!」
「何度も言っていますが、これでようやく信じてもらえますか? 僕はあの時からずっとあなたが好きです。あなたを、愛しています」
いきなりの告白に驚愕した。まさかここで言ってくるとは思わなかったのだ。
「ヴィンス……落ち着いて。大体、私の何が好きなの。昔に一月ほど過ごしただけじゃない。そこまで思いつめる必要ないよ」
なんとか、思いとどまらせようと言葉を紡ぐ。
いや、本当に私のどこにヴィンスが惚れる要素があったのか知りたい。ディアスがヴィンスだったと分かっても、結局何故私に固執するのかさっぱりわからなかった。
小さな少年とピアノを弾いて、おしゃべりをした。それだけのはずだ。
「わかりませんか? 本当に? 僕にとって、僕をそのまま受け入れてくれる人なんて存在しないはずだったんです。でも、あなたがいた。あなただけが、僕が僕であることを肯定してくれたんです。好きになるなと言われても、到底無理な相談です」
「いや、でも話してみればそういう人、実はけっこういたりなんか……」
見苦しくあがく私にディアスはきっぱりと答えた。
「いませんよ。そんな奇特な人。……そして僕も、あなたがいてくれれば十分です。本当は三年前、伝えたかった。だけど、あんな姿で告白してもきっと本気には受け取ってもらえないですからね。いつかあなたが帰ってきたらと、ずっと待っていました」
ヴィンスが本気すぎて困る。
「伊織さん。愛しています。本当にあなただけを愛しているのです。あなただけがいれば僕はそれでいい。大切にします。後悔なんてさせません。僕が全力で幸せにすると誓います。ですからどうか、どうか僕の愛を受け入れてください。僕の伴侶になってください」
いきなりのプロポーズ!?
「ヴィ……ヴィンス。それはちょっと気が早すぎない?」
若干ひきつりながら指摘する。ヴィンスは怖いくらい真剣な顔をしていた。
「早くなんて全然ありません。僕は3年待ちました。これから先、あなたの外に好きになる人ができるとも思えません。ですからどうか……」
最後は、無意識だったのだろうが、私の一番弱い声だった。思わず耳を押さえてしまう。この声でこのセリフとか、私死ぬと思う……。
私の反応で気が付いたのだろう。ヴィンスは少し笑った。
「ああ、あなたは僕の顔と声に弱いんでしたね。……聞かされた時は、初めて自分の容姿に感謝しましたよ。あなたに好かれる要因が少しでも増えるのですから。……そういえば、つい先日も助手席から、随分熱心に僕を見ていてくれましたね。あの時は本気で理性が飛ぶかと思いました。……無意識に僕を煽ってくれて、伊織さん……あなたは悪いひとだ……」
うわあああああ。セリフの全てが、例の声で!
これは耳の拷問か何か?
必死で耳を押さえる私に、くすりと笑いながらもヴィンスは私を引き寄せた。
声の影響で身体が硬直してしまっている私に抵抗する術はなく、あっさりと腕の中におさめられる。耳元で次々とささやかれる、甘いセリフと声になすすべもなくただ震えた。
「ヴィ……ヴィンス……やめ」
「伊織さん。お願いですから、僕を受け入れると言ってください。あなたを他の誰にも渡したくない」
私の意見はあっさりと無視される。ぎゅっと抱きしめられ、もはや昇天しそうな気分だ。多分私は全身真っ赤だろう。天国なのに地獄とはどういうことか。
「――――僕と、永遠に二人で過ごしましょう」
「っ!?」
はっと我に返った。
「離して!!」
自分の今できる最大限の強さでヴィンスから逃れようと身をよじった。
想像していなかったであろう。
強い拒絶の言葉と態度に一瞬ヴィンスは力を緩める。その隙になんとか逃げ出すことに成功した。そのまま、ヴィンスから距離をとる。……危なかった。
私が、意識を覚醒させることができたのは、ヴィンスのあのセリフを聞いたせいだ。
――――永遠に二人で。
そう、このセリフこそが、ディアスルート最初にして最後の分岐点。
桜エンドにいくか、世界崩壊エンドに行くかの分かれ道なのだ。
どくどくと体中が脈うってる気がする。
まさかここで例の言葉を聞くことになるとは思わなかった。あれは3月中旬くらいの最終イベント時のセリフ。
すでに恋人となっている主人公に、プロポーズするディアス。自分と共に永遠を過ごしてほしいと望む彼は、主人公に決断をせまるのだ。
でも、その時主人公はディアスの正体を知った上での選択を迫られていたはず。
……私、何の説明も受けてないんだけど。いや、聞かないって言ったのは私だけど、こういう一生の問題をだまし討ちみたいな形でするって実際どうなの? 頷いたら、問答無用でヴィンスの契約者? 冗談じゃない。
――――なんとかしないと。
慎重に、慎重に事を進めなければ。
下手な断り方して世界崩壊とか恐ろしすぎる。
本当にどうしてこんなことになったのだろう。ディアスルートに入りたくない一心でここまできた筈なのに、気が付いたら全部すっ飛ばしてエンド分岐とか怖すぎる。これも、私が3年前、無意識にヴィンスのフラグを拾ってしまったせいなのか。
「……えーと。気持ちは嬉しいんだけどね」
もう一度抱き寄せようとするヴィンスから、更に距離を取りながら話しかける。
つかまったら一巻の終わりだ。あの声で、なし崩し的に言質をとられかねない。というか、頷きそうな自分が本当にいや。しっかりしろよ。私。
「伊織さん、僕が嫌いですか?」
悲しそうな顔をしてヴィンスが問う。
「そんなわけない。ヴィンスの事は好きだよ。でもね」
「だったら!」
話の途中で割り込むな。ヴィンスの伸ばしてくる手を振り払う。
「それとこれとは別。私、本当に今、誰に対しても特別な感情を抱いていないの。だからどれだけ言葉を重ねてもらっても、応える事はできない」
「そんな……」
絶望した表情で私を見上げる。まだ話の続きがあるから、頼むから早まるな。
「……だから、それなら私に頷かせてみせてよ」
「え?」
ヴィンスがきょとんとした顔をした。想定外だったのだろう。よし、一気にたたみかける!
「私を口説き落として。それでヴィンスの事を好きになれたら、その時は返事もできると思うから」
「それって……」
うんと頷く。
「私を落とせたら、ヴィンスの勝ちってことかな」
「伊織さん……」
「ただし、期間は私の次の誕生日まで。後、公平を期すために言っておくと、誠司くんからもすでに同じ申し出を受けてる」
「神鳥くん、ですか」
やはりという風に、ヴィンスがぎりっと奥歯を噛みしめる。
「彼にも同じ条件を飲んでもらった。……次の誕生日までに私を落とせた方に、返事をするよ」
自分で言っておきながら、どこの自意識過剰な悪女だと思わないでもないが、世界崩壊ルートを防ぐのに、これしか思いつかなかった。
今はお断りしつつ、可能性を残すという方策。可能性があるのなら、ヴィンスも短気を起こさないのではないだろうか。というか起こすな。
「……」
無言の時が辛い。言うべきことはいった。
うつむいたまま、ヴィンスの判断をまつ。
一歩間違えれば、世界は崩壊。考えただけで失神しそうだ。
ふと、頭上で嘆息した気配がした。
「……わかりました。その条件をのみましょう」
ぱっと顔を上げた。苦笑するヴィンスと目が合う。
「うまく乗せられた気がしないでもありませんが、どうせなら僕も、あなたに好きになってもらいたいですからね。……それに、僕も少しずるかったかもしれません。今まで待ったのですから、もう少し時間をかけてあなたに僕をわかってもらう事にします。……それまで我慢します」
ただし、遠慮はしないですよ。というヴィンスにひきつりつつ頷く。
良かった。とりあえず目先のことしか考えられなかったが、世界崩壊引き伸ばしに成功だ。
後は、如何にヴィンスの魔の手から逃れるか。……ああ、誠司くんもか。
これから、3月まで。
恐ろしくハードな日々を過ごすことになりそうだ。ヴィンスと誠司くんをかわしつつ、ノーマルエンドを狙う。きついけれど、やるしかない。
そしてとりあえず問題を先送りすることができた今、真っ先に今やることといったら。
「……ずいぶんな時間邪魔してくれたね。ヴィンス。ピアノ弾きたいから出て行ってくれる?」
ヴィンスを追い出してピアノに没頭することだ。
え? ヴィンスの部屋じゃないのかって?
ここまで人を散々疲れさせておいて、聞かせてもらえると思うなよ。
食い下がるヴィンスを無言の笑顔で追い出して、心行くまでピアノを弾くことにした。
◇◇◇
ねえ、イベントがどういうものか、本当にわかってる?
それとも、そろそろ気が付いた?
……そうだね。今度、今回の礼に助言に行くことにする。
――――イベントクリア。おめでとう。
ありがとうございました。




