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3年前冬 銀色の少年 上

こんばんは。過去編は簡単に終わらせようと思っていたのですが、1回でいくには文字数が多いので明日との2回で終わらせます。宜しくお願いします。



*この物語はフィクションです。実際の場所等とは全く関係ありません。*



 


 ――――もう、3年も前になる。


 季節は冬。ドイツの冬は寒い。

 私は師匠のお供でとある町に来ていた。


『……寒いわー』


 手をこすり合わせていると、隣のリザが苦笑する。

 まだ10歳だというのに大人びた表情をするのは、やはり育ちのせいだろうか。


『イオリは寒がりだな。私はもう慣れてしまった』

『慣れるとかいう問題でもないような気がする……』


 目の前には、元気に歩く師匠の姿。

 この寒い中、薄手のコート一枚なんて信じられない。


『母さんは特別だ』

『そうでしょうとも。……リザ!』

『ああ、母さん。そっちじゃない』


 全く逆の方向へ行こうとした師匠を止める。

 私は方向音痴だが、師匠は別にそういうわけではない。ただ、非常に優秀な甘味センサーが内臓されているようで、私たちの隙をついてはショコラトリーに突入してくれるのだ。

 そんな自由な師匠を探しだしたり、無理やり連行していったりと、無駄に鍛えられたおかげでずいぶんとナビやGPSの使い方がうまくなったような気がする。

 流石に狭い敷地内や建物内では使いにくいが、外の移動はこれさえあれば私でもなんとかなる。建物内の案内はリザにお願いすればいい。


『わぁ、綺麗なお城』


 目線を上にあげれば、優美な城が見える。前世でも見たことあるとある有名な城だ。まさかここでもみることができるとは思っていなかった。

 というか、あると思っていなかった。

 ここは、微妙に私の生きてきた前世の世界とは違う。歴史も細かいところが違っていたりするし、むこうの世界では有名な歴史的建造物も、あったりなかったりだ。

 転生した当初は、死んで何十年後かの世界だと普通に思っていた。だが、どうもおかしい。

 科学技術なんかはどちらかと言うと、私が生きていた時代より20年は逆行していたのだ。

 それなら過去に戻ったのかと言えばそうでもない。知っていた人たちは存在しないし、調べれば調べるほど、前の世界との相違点ばかりが浮かび上がってくる。

 似ているけれど、別世界。

 今では、そう認識している。

 まあ、ゲームイベントが起こるくらいだからね。

 美しい城の姿に思わずため息がこぼれる。是非見学してみたいと思うが、どうだろう? そんな暇あるだろうか。


『イオリ、なに見てる……ってああ』


 隣のリザも城を見上げた。


『綺麗だろ』

『うん、内部見学できる時間あるかな?』

『一月はこの町に滞在する予定だし、時間作れるんじゃないか?』


 スケジュールを確認するリザに、私も師匠の予定を思い浮かべる。そんなにきつい予定はなかったはず。

 元々一番の目的が、この町にある師匠一押しのショコラトリーだ。


『じゃあ、行ってみようかな。あ……リザ、師匠がいない』

『またか』


 ……話しているうちに、また師匠がいなくなっていた。


◇◇◇


 最低でも一月は滞在するだろうということで、町はずれのピアノ付一軒家をホテル代わりに借りることになった。

 周りに目立つ家や建物はない。静かな場所だ。

 ここならば思い切りピアノを弾いても、近所迷惑で怒られることはないだろう。

 家に着くなりピアノを弾き始めた師匠を放っておいて、私とリザは今後の予定の確認と、部屋の振り分け、家事の分担等を話し合う。

 今日はリザが夕飯を作ってくれるという事で、私は食後にショコラを買いに出ることになった。勿論対師匠用である。

 有事の際は、これを餌に言う事を聞かせる予定だ。

 師匠は、まだピアノを弾いている。満足すればでてくるだろう。二人だけの夕飯を軽くすませ、リザに声をかけ外に出た。


「月が出てる」


 ――――今夜は、月がきれいだ。

 気温が低く空気が澄んでいるせいか、月の光がいつもより美しく見える。

 吐く息は白く、体の芯まで凍りそうな寒さだったが逆にそれが心地よかった。黙々と歩く。

 しばらく歩けば、お目当てのお店になんとか到着することができた。少し迷ってしまったため閉店ぎりぎりではあったが、無事ミッションコンプリート。このショコラは師匠もまだ食べたことがないだろう。切り札として活躍してくれること間違いない。自然と笑みがこぼれた。

 用事も終わったので家路に向かって、さくさくと道を歩く。目の前には例のお城。といってもそんなに近い距離ではないが、それでも月明かりに照らされるその城はとても幻想的な様相を呈していた。


『やっぱり綺麗』


 足を止めてうっとりと見つめる。と、その城の棟のてっぺんで光るものを見つけた。何かの見間違いかと、目を凝らしてみる。


『ん?』


 それは銀色で、月の光に反射してさらにきらきら光っていた。なんだろうとさらに凝視すると、ふらふらと動いているように見える。いや、風にはためいている?

 そうして観察していると、その銀色のものは唐突に塔の上から落ちた。


『危ない!』


 聞こえる筈はない。だがその時、その銀色の物体と私は、確かに一瞬目が合った。

 

『え?』


 目が合った物体は、人、のように見えた。もしそれが本当だとしたら、もしかして私は自殺現場にでも居合わせてしまったのだろうか。

 あわてて、もう一度視線をやる。だが、すでに見えるところにその姿はなかった。どうしよう。もしかして本当に落ちたのだろうか。様子を見に行った方がいい? それとも救急車を呼んだ方がいいのだろうか。


『お姉さん』


 柔らかい声がかかった。

 突然の事態に、すっかりパニック状態になってしまった私の服の裾を、ひっぱる者がいる。

 はっと我に返る。

 くいっくいっとコートをひっぱる感覚と掛けられた声にようやく反応する。そして同時に不思議に思う。

 さっきまで誰もいなかったはず。誰が話しかけてきた?

 ひっぱられた方向をみれば、そこには私より小さい少年が一人佇んでいた。

 私のコートを掴み、首をかしげて質問してくる。


『お姉さん、僕の事見てましたか?』


 銀色の髪の10歳くらいに見える少年だった。身長は12歳の私よりまだ10㎝以上低く、ほっそりした体躯。コートではなく黒いマントのようなものを羽織っている。

 

『え。見てたって?』


 何を言われたのかわからない私は、思わず少年の言葉を反芻する。

 少年は、そうと言って城を指さした。


『僕、あそこにいました。お姉さんの、危ないっていう声が聞こえたからここに来たんですが……違いましたか?』

『ち、違わないけど』


 その言葉から、私がさっき見たのはこの少年だったという事が分かる。だが、さっきまであの城のてっぺんにいたという彼がどうして今ここにいるのか。


『な、なんでここにきたの?』

『なんでって……どうしてでしょう。僕にもわかりません』


 そう言って少年は首をかしげて考え込んでしまった。

 ……わからないのはこっちだと騒ぎ立てたくなる気持ちを必死にこらえた。

 駄目だ。相手は年下の少年。こっちは見た目12歳だが、実年齢47歳だ。色々と譲らなくてはならない……。


『そ、そう。君、どこの家の子? もう時間遅いけど、おうちの人心配しているんじゃない?』

『おうちの人……』


 今度は、沈み込んでしまった。しまった、私何か地雷踏んだか。

 少年の様子をそっとうかがう。銀色の髪をしたその子は、とても綺麗な顔をしていた。『実は僕、公爵家継嗣です』と言われても、ええそうでしょうともといいたくなるような気品ある美しさ。小さいのに一つ一つのパーツがとても整っている。数年たてば、誰もが目を見張る絶世の美少年になること間違いないだろう。きっと良いところのお坊ちゃんに違いない。こんなところに一人でいたら、それこそ誘拐でもされてしまうのではないだろうか。

 そう思ったのだが、少年はかぶりをふった。


『そんな人僕にはいません』

『もしかして家出?』

『……』


 少年は黙ってしまった。はあとため息をつく。面倒そうな匂いがぷんぷんする。でもこのままこの少年を置き去りにする気にはどうしてもなれなかった。


『……まだ、帰らなくても大丈夫?』

『っ!』


 そういう聞き方をすれば、はじかれたように顔を上げた。こくこくと頷く。

 そんなすがるような顔をされれば、見捨てるわけにもいかない。

 40歳も越えてくると、おせっかいの血が騒ぎだすのだ。というか、さっきからの私のセリフ絶対12歳の言葉じゃないよね。気を付けよう。


『じゃあ、もう遅いけど、少しだけうちに遊びに来る? さっきお菓子も買ったから、あったかいお茶も入れてあげるよ』

『いいんですか?』


 目を見開き、信じられないという顔をする少年に頷く。なぜか頭をなでてやりたくなり、その衝動のまま少し乱暴に頭をなでてやった。少年の顔がかーっと赤くなる。


『な、なんですか』

『いや、別に。可愛いなーと思って。ごめん、嫌だった?』


 男の子だもんね、といえば違いますと答えが返ってきた。


『僕をなでる人なんていなかったから……』


 はかなく笑う姿に胸を締め付けられた。

 このかわいらしい美少年をないがしろにする奴らとはどんな鬼悪魔なのか。先ほどから妙に寂しそうな姿を見せるとは思っていたが、もしかして虐待でも受けているのか。

 思わず問いただしそうになってしまったが、初対面の人間がいきなり突っ込んでいい話題ではないことくらいは流石に分かる。しかもこんな小さな少年相手だ。

 ぐっとこらえて、彼の手を握った。びくっと体が震えるのを感じる。

 ああ、彼はこんなことすら未知の体験なのか。


『行こう、すぐ近くだから』


 つないだ手をぎゅっと握れば、おずおずと握り返してくる少年が妙に愛しかった。




ありがとうございました。

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