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6月中旬 ディアスVS誠司

こんばんは。

宜しくお願いします。

 

 なんとかディアスから逃れ、家に帰ってきた。早く準備をしてでかけなければ。

 はやる気持ちのままに、玄関のドアを開けると、そこには何故か兄と誠司くんがいた。


「あれ、二人ともなんでここに?」


 不思議に思って尋ねると、兄が答えてくれた。


「おかえり、伊織。君がディアス理事を苦手にしているみたいだからって、誠司が気にしてね」

「……先生の事になると、お前態度変わるだろう」


 どうやら、私の事を心配して様子をみに来てくれたらしい。だが、帰ってみたものの、私はまだ帰宅しておらず、こうして待っていてくれたようだ。


「……ありがと。大丈夫だよ。ディアス先生は……ちょっと苦手なだけ」


 嘘ではない。好み過ぎて苦手とか何の冗談だと思うが、そうなのだ。

 一歩間違えるとうっかり惚れてしまいそうで怖い。必死で距離を置こうとするのもそのためだ。勿論ルート回避が一番の理由ではあるが。

 兄や誠司くんを見すぎて、イケメン慣れしてきている私ではあるが、イケメンにプラス要素として好み顔がつくと手におえない。彼のセクハラを完全に拒否しきれないのもきっとそのせいだ。あの顔と声に思わずぐらっとくる。『但しイケメンに限る』というのは言い当て妙だと最近つくづく思う。

 拒否しきれない自分が情けないとは思うが、でも人間そんなものだよね。多かれ少なかれそういうことってあると思うのだ。私だけではないと信じたい。

 全くイケメンという人種は色々な意味で得していると思う今日この頃。勿論美少女にも同じルールが適用される。


「帰りも遅かったようだが、何かあったか?」


 誠司君は心配性だ。大丈夫ともう一度言う。


「師匠のピアノ聞いていたからね。それで遅くなっちゃった」


 そう言いながら、左手の腕時計を確認した。あまり時間がない。


「ごめんね。私今から師匠たちと食事会に行かないといけないから。準備があるからまたね」

「食事会?」


 慌てて二人の前を去ろうとしたが引きとめられた。


「うん。先生含めて4人でね。あ、そうだ。兄さん。私今日から芸術鑑賞会までの間、家に帰らないからよろしく」


 父様たちに言っておいてと、兄に言う。

 危うく大事な事を伝え損ねるところだった。


「帰らないって? どういうことだ」


 兄よりも何故か誠司くんが反応した。


「師匠の世話だよ。ドイツにいた時もそうだったから。泊り込みなの。兄さんは知っているよね」

「ああ、そうだったね。私が帰国した後の二年間は、結局彼女のところに居候していたと言っていたし」

「そういうこと」


 兄は納得したように頷いた。師匠の世話は通いでは行き届かないことが多い。ドイツでも、気が付けば師匠の家に泊り込み、リザと一緒に世話をすることになっていたのだ。

 

「詳しい話が聞きたかったら、兄さんに聞いて。ああ、もう時間ない。じゃあ、私用意しにいくから。心配してくれてありがとう」


 じゃあね、と手を振って自室に向かう。後ろでまだ誠司くんが何か言っているようだったが、兄が宥めているのだろう。じきに聞こえなくなった。

 誠司くんの事は、扱い方のコツを完全につかんでいる兄に任せておけば間違いない。

 部屋に戻った私は、急いで少し大きめのトランクケースを取り出した。最低限入用のものをさっさと鞄に詰め込んでいく。足りないものがあれば買えばいい。

 時間がないので思いつく限りのものを適当に放り込んだ。その途中、スマホがINELが送られてきたことを告げる。

 INELを開くと、ディアスからだった。連絡に必要だからということでさっき番号とともにIDを交換したのだ。

 待ち合わせの詳しい時間と場所が書いてある。待ち合わせだと思っていたら、迎えに行くと書いてあった。確かにその方が効率的か。

 さらに文面を追っていった私は、記された店名をみて、くすりと笑った。

 前から私も気になっていた和食の店だ。

 デザートの和菓子が特に評判で、持ち帰りがないのが残念だと思っていた。

 店内で食事をしようと思っても、予約は実に半年待ち。諦めていたのだが、ディアスはどうやってか今夜の予約を取ることに成功したらしい。暁学園理事の権力。いわゆる、ツテというやつか。

 何にせよ、行きたいと思っていた店なので、億劫だと思っていた食事会が急に楽しみに思えてきた。

 

「なかなかのグッドチョイス」


 ひっそり呟いて、了解の返事を送った。


 着替えてトランクケースを引きずりながら、玄関前までくる。ばたばたしている音を聞きつけて、兄と誠司くんがまたひょっこりと顔をのぞかせた。大荷物とそれに見合わない、食事会用の服装に少し気恥ずかしく思う。


「もう行くのかい?」

「うん。もうすぐ迎えがくるから」

「迎え?」

「ディアス先生。待ち合わせるよりいいだろうって」


 ディアスと言ったところで、無言だった誠司くんの眉がぴくっと動いた。うわ、何怖い。


「苦手なのではなかったか」

「まあ、そうなんだけどね。別に断る理由もなかったというか」


 低い声に、悪いことをしているわけでもないのに体がびくっと震える。なんか怒られているみたいでいやだ。


「無理する必要はない。俺が店まで送っていってやる」

「ちょっと」


 約束しているのに無理だよ。そういって宥めるも効果がない。兄の方をちらりと横目で見れば、嘆息して仲裁に入ってくれた。


「誠司。そこまでだよ。やりすぎだ。理事に嫉妬する気持ちもわかるけど、いい加減にしないと愛想つかされるよ」


 ぽんと誠司くんの肩をたたくと、誠司くんははっとしたように動きを止めた。

 

「余裕のない男は嫌われるよ」

「うるさい。あの男の態度を見ていれば一目瞭然だろう。どう見たって伊織に気がある」


 その点に関しては言い返せない。

 絶賛口説かれ中、セクハラ、パワハラ中だ。だがそんなことを言ったら、誠司くん爆発しそうだな。と心のどこかで冷静に思う。


「別に先生に対して恋愛感情とか持っていないから」


 いっそ嫌いになれたら楽だなとは思っているが。


「誠司くん。嫉妬してくれたのは分かったけど、そもそも私と誠司くんは付き合っているわけではないよね。それを私にぶつけるのはお門違いなんじゃない?」


 続けていうと、誠司くんは押し黙った。兄は笑って頷く。


「伊織が正しいね。誠司、それじゃあ伊織はやれないよ。君はもう少し考えて行動したほうがいい」

「兄さん。人を勝手にやりとりしないで」

「冗談だよ」


 本当か。本気で最近、兄が誠司くんの味方に付いた気がするのだけど。

 好きになってしまったら仕方がないとは思っているが、あくまでも私の望みは「ふつう」に他ならないのだ。囲い込むのはやめてほしい。

 二人を睨んでいると、呼び鈴がなった。どうやら迎えが来たみたいだ。

 ドアを開けてディアスが待っている所まで急ぐ。兄と誠司くんまでついてきた。


「お見送りだよ」


 なんて言っているがどこまで本気か。ため息をついて前を見ると、門の前にディアスが待っていた。隣に止めてある車は、黒のメルセデス・ベンツ。おそらくSクラス。彼の赤い髪に、細身の黒いスーツとその車が非常に似合う。

 あまりの自分の好みど真ん中ぶりに思わず立ち止まり、彼に見惚れてしまった。

 それに気付いたのだろう。ディアスは、華やかな笑みを浮かべてこちらをみた。


「伊織さん」


 ……心臓に悪い。

 例の甘い声付きで、一瞬にして頭が沸騰しそうになった。見たことはないが、イベントスチルだと言われても納得する。そんな構図だった。

 思わず天を仰ぎ顔を覆えば、後ろの方から恐ろしいまでの怒りのオーラを感じた。恐る恐る振り向けば案の定誠司くんが、こめかみに青筋たてて静かに怒っていた。先ほど私や兄に言われたからか、何も言葉にはしないが明らかに私に対して責めるような視線を送っている。見惚れていたのがバレバレだったようだ。苦手なんじゃなかったのかとその目が訴えている。

 ごめん。だって好みなんだよー。条件反射のようなものでどうしようものない。それこそ前世からの性だ。

 思わず目を逸らせば、背中に誠司くんの視線が突き刺さる。……痛い。

 更に後ろでは兄が面白そうに笑っている。楽しそうで何よりですが助けてくれないのね。

 非常にやりづらい雰囲気の中、私は急いでディアスのところに行った。ごろごろトランクケースを押していくと、それを引き取ってくれる。


「先生、お待たせしました」

「このトランクケースは?」

「今日から師匠の宿泊先に泊り込む予定です。ホテル名を聞いたら、私もそちらに部屋をとります」

「わかりました。では後ろに入れておきますね」

「お願いします」


 荷物を引き取ってもらえれば、かなり身軽になった。ほっと一息つく。そこへ二人が追いついてきた。


「おや、神鳥くん。あなたもいたのですか」


 いるとは思わなかったという声でディアスが言えば、誠司くんはにっこり笑って爆弾を落とした。


「ええ、里織とは親友ですし、伊織は僕の婚約者ですから」

「へえ?」


 ひゅーと冷たい風が通り抜けた気がする。


「婚約者、ですか」


 ディアスは一語一語、確認するように言った。心なしか周りの温度が下がっているような気がする。


「はい。幼少よりの。卒業と同時に結婚する予定です」


 誠司くんはさらにつっかかる。というか。何勝手なこと言ってくれてるのだろうか。そんな約束したこともない。

 驚いて目を見開く私を放っておいて、二人の言い合いはヒートアップしていく。それと同時に周りの温度はどんどん冷え込んでいくようだ。


「伊織さんの様子をみている限り、あなたの独りよがりのように思えますが?」

「それは先生の思い違いです。僕たちはきちんと思いあっていますから」


 二人とも大人げなさ過ぎて引く。誠司くん、いつもの猫かぶりはどこにいったの。はみ出してはいけないものがはみ出しかかっているよ。

 助けて兄さん、と視線を向けるも、兄は楽しくて仕方ないかのように低く笑っているばかり。


「せ、先生。時間がありません。行きましょう」


 居たたまれなくなり、話をさえぎるようにディアスに言った。

 はっとしたように二人は言い合いを止め、バツの悪そうな顔をみせた。我にかえったようだ。……よかった。


「……失礼しました。僕としたことが大人げないことを」


 ディアスが先に言えば、誠司くんもそこは大人の対応をみせてくれた。


「僕の方こそ、かっとなってしまい申し訳ありませんでした……伊織、くれぐれも気をつけて下さいね」


 2人とも冷静になってくれたようだ。胸を撫で下ろした私は、誠司くんに向かって頷いた。


「伊織さん、では」

「はい」


 ディアスのエスコートを受け、おとなしく助手席に座った。これ以上の騒動はいらない。出発前から非常に疲れた。

 兄が誠司くんの後ろで手を振っている。私もふりかえしたところで車は静かに発進した。

 これ以上、何事も起こらないことを切に願う。




全然話が進みませんでした。おかしい。今回で食事会くらいは終わる予定だったのに。すみません。続きはまた明日……。

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