5月中旬 勉強会
こんばんは。今日もよろしくお願いします。いつもの時間の3分前。
焦る・・・・・・
試験期間が近づくと自然と私のテンションは上がっていく。悠斗との勝負もあるし、私の試験への意気込みと追い込みは、傍から見ても鬼気迫るものがあった。
「伊織、週末も勉強三昧かい?」
ノックの音がして振り返ると、そこにはドアの内側をもう一度叩く呆れ顔の兄が立っていた。この様子だとかなりの時間気が付かなかったようだ。自分の集中力に、我ながら驚く。
今日は金曜日ということもあって、夕飯の後はずっと部屋にこもり、ひたすら勉学に励んでいたのだ。
「ごめん、兄さん。気が付かなかった」
とりあえず謝ると、兄は仕方ないという顔で笑ってくれた。
「いいよ。……全く。勉強が絡むと君はいつも別人になるね」
「そうかな。自分ではそんなつもりはないんだけど。で、週末だっけ?」
聞かれて困るものでもないし、素直に明日の予定を告げる。
「そうだね。概ね兄さんのいうとおりだけど。ただ、明日は悠斗と勉強会するつもり」
「今里くんと?」
兄さんは複雑そうな表情になった。
「なにかいけなかった?」
「いや、君たちは本当に仲がいいねと思って」
「ふふ。入学式の時から、悠斗のこと狙っていたから。今回も、拝み倒して一緒に勉強してもらえることになったの」
苦労した、と言えば兄さんは驚いたという顔をした。
「狙っていたって……」
「だって、悠斗ってば入試次席だよ? これはもう絶対学年1位を競いあうライバルとして頑張ってもらわないと」
「ああ、そっちの意味ね……」
なんだか疲れたようにいう兄に首をかしげる。
私なんかおかしなこと言った?
「学力の近い者同士、共に勉強し合えば、効率的な成績の上昇も望めると思うの」
はてと思いながらも目的を告げると、兄は片手をこめかみに当てていた。
「何というか、君は本当に想像の斜め上を行くね」
「ん? 褒めてくれてるの?」
予想できないという意味では。……そうだ、誠司がよかったら勉強を教えようかと言っていたよ」
「誠司くんが?」
兄さんの言葉に反応する。
3年生から指導を受けられるというのは非常に魅力的な誘いだ。だがしかし、誠司くんはどの程度の学力なのだろうか。
「誠司くんて、どれくらい賢いの?」
「……そこからなんだね。かわいそうに。誠司はずっと学年2位だよ」
「へえ。誠司くんってやっぱり賢いんだね。勿論そうだとは思っていたけど学年2位とか知らなかった」
「誠司は基本何でもできるからね」
「確かに」
兄の言葉に深くうなずく。
考えてみればスポーツも万能だったな。
流石乙女ゲー攻略対象者。隙がない。
「で、どうする? 誠司なら、連絡を入れればすぐにでも予定をあけると思うけど」
「どうしようかなあ。あ、そういえば誠司くんて学年2位なんでしょ? 1位って誰なの?」
あの誠司くんをずっと押さえているという点においては、むしろそちらの方が気になるくらいだ。そんな人物、是非ともお近づきになりたい。
「私だよ」
「兄さん?」
「そう。ドイツから帰ってきてから、誠司に1位を奪われたことはないよ」
さらっと爆弾投下する音楽科の兄。
言い忘れていたけど、うちの学園は特進科も音楽科も、テストは全て同じ内容だ。音楽科にはそれとは別に、それぞれの専攻に応じた課題が追加されるけど。
だから、当然のことながら成績上位者はほとんどすべてが特進科の生徒の名前で埋め尽くされる。それが、入学してからずっと音楽科の兄の名前が1位とか、誰が見たって異常事態だ。
……それでも、兄なら妥当かと思ってしまう。よくよく考えてみれば、兄でなければ誰なのって思うし、忘れがちだけど兄だって超ハイスペックな攻略対象者の一人だ。しかも頭脳派腹黒副会長系の。
でも、私と違って特に勉強する様子のない兄があの誠司くんをあっさり押さえている事実には素直に尊敬する。
……あれ? でもそれなら。
「兄さんに教えてもらうのが一番良くない?」
純然たる事実に気が付いた私がそういうと、兄は、やっぱり伊織ならそう言うよねと呟いた。
ん? それ以外何があると?
不思議そうにする私の頭をなでながら、兄は
「だから、やめといた方がいいって言っておいたんだけどね」
と、喉の奥で笑った。
何の話か分からない。そう思ってさらに首をかしげると、兄は何でもないよと言って私の教科書をめくって勉強を教えてくれた。
そうして土曜日。約束の日である。悠斗の体調も考慮にいれ、勉強会は悠斗の家で行なわれる事にした。天候は晴れ。手土産とたくさんの参考書を持った私は、早速彼の家を訪れていた。
以前来たときにも思ったが、悠斗の部屋はかなり広い。それをそのまま感想として伝えれば、病室に変化することも多いから、色々な機材が置けるように広めにしてあるとの答えをもらった。悠斗の部屋だけ電源も別電源になるようにしてあるらしい。
なんか余計な事を言ってしまった。「あと一年の事だし気にしなくていい」と言ってくれる悠斗に申し訳ない気持ちになる。
本当、早く手術が終わって元気になればいいのに。
「それで、試験範囲どこまでだっけ」
「はぁ?」
勉強を始めた途端、当たり前のように聞いてくる悠斗に私は愕然とした。
本気でやるって言ったのに、そこからとか!
「数学は80頁までだけど。全然聞いてなかったりするわけ?」
思わず責めるようにそういえば、バツの悪そうな顔をした。
「内容はちゃんと理解してる。ただ、ぼんやりして試験範囲を聞きそびれただけ」
「……なら、まあいいけど」
仕方なく試験範囲を教えていく私に、でもさと悠斗は言った。
「俺からすれば、それこそ中間考査なんていい加減にしとけばいいと思うけどな。ゲームでも学力ゲージってなかっただろ?」
むしろ、歌のレベルゲージ以外何もなかったけどね。
魅力も学力も寛容さも勇気も社交性もおしゃれさえも、すべては歌の前にひれ伏すのだ。
歌がなくて、どれだけ私が焦ったか分かろうものだ。最近はすっかり開き直ってしまったが。
悠斗の言い分もわからないではないが、それでも私は首を横に振った。
「ここは現実だからね。ゲージがないからってのんびりしていると、ゲーム期間が終わった後に、受験戦争という高い壁に敗北することになるんだよ」
「……なんで高校に入学して早々、そこまで先を見越さないといけないんだ」
重々しく事実を告げる私に、悠斗は呆れを隠せないようだった。
「甘い。ぼんやりしていたら、あっという間に受験生になっているんだから」
「内部進学すればいいんじゃねえの?」
「私、外部受験予定だし」
今世では必ずあの大学へ行くと高らかに告げれば、ますます悠斗はうんざりした顔になった。降参というように両手をあげる。
「うん。まあ俺を巻き込まない場所で勝手にやってくれ」
そりゃ、がりがり勉強するわなあ。という悠斗に違うよと答えた。
「勉強は単に好きだからやっている。最初は、義務感からだったんだけど、ある日突然勉強の面白さに目覚めちゃってさ。それ以来取りつかれたかのように……」
面白くなってしまうと、比例して他人と競うのも楽しくなってくる。
今や模試とか大好物。順位表の冊子の最初の頁とかに自分の名前が載るとこう、ぞくぞくするんだよね。
「変態がここに居る」
自覚はあるから言わないで。
そう言えばそのまま無言になったので、なんとなく勉強を開始する。
始めてさえしまえば悠斗も真面目なようで、しばらくペンの走る音しか聞こえなくなった。たまにこれはどうするだの、これはこの方程式を使うのがいいやら、話しながら進めていく。
思った通り、悠斗との勉強は非常に快適だった。おかげでかなり早い時間の内に、全ての予定分量を終了することができた。素晴らしい。
時間が余ったので、のんびりとお茶菓子をいただきながら世間話に興じる。私たち二人以外いないからだろう。話の内容は、なんとなく前世についてに変わっていった。
「……俺、前世ではこんな勉強しなかったわ」
「話聞いてるとそんな感じだね。勉強って大事なのに」
大人になってからわかるんだよといえば悠斗は、冗談っぽくさらっと言った。
「それが分かる前に死んだからなー。俺、死んだの今と同じ年だぜ」
突然のカミングアウトに思わず詰まる。このタイミングでとか、いきなりすぎて対応できない。
「……若いね」
他に何も言えず黙ってしまった。ここは軽く返すべきだったのに。
「……あんたはいくつだったんだ?」
「35歳」
そういうと、悠斗は驚いたみたいだった。それでも、重くなってしまった雰囲気をできるだけ軽くしようとしてくれる。
「そんなに年上だったんだ。そりゃ、説教くさいことばかりいうよなあ。年の功ってやつ?」
「……引きこもりだったから積み重ねられた人生経験なんてないよ」
「その年で引きこもっていたのかよ」
「まあ、それこそ色々あって」
旦那さまに閉じ込められてたとかね。痛すぎる話だからしないけど。
「悠斗は、自分が死んだ時の事覚えてる?」
ふと気になって聞けば、悠斗は頷いた。
「ああ、覚えてる」
「……そっか。私は全然。気が付いたらこの世界だったよ」
その方が幸せかもしれないよな。という悠斗に黙って頷いた。ひどい死に方なんかしていたら、それこそトラウマにでもなりそうだ。そういうと、悠斗は「まさに俺はそれ」と言ってうつむいた。ぼそぼそと小声で呟く。
「……俺はそのせいで、結構なトラウマをかかえちまった。……多分俺は通常よりずっと死への恐怖が強いんだと思う」
なのに、今里悠斗に転生とか何の嫌がらせかと思ったという悠斗に、なんていえばいいのかわからない。せっかく悠斗が気を使って空気を軽くしてくれたのに、また私はやらかしてしまったようだ。
「悠斗、それ以上言う必要ないよ」
痛々しい顔をする悠斗を見ていられない。でも、そういっても悠斗は頷かなかった。
「いや、いい機会だ。せっかくだし、聞いてくれるか? ……あんたくらいしか、話せる相手もいないしな」
「……いいの? 無理する必要ないと思うけど」
「人に話してみれば案外平気だったり、客観的に判断できたりとかあるだろ。……頼むよ」
そう言われれば、私に断る選択肢はない。
「いいよ」
出来るだけ真剣な表情で頷けば、悠斗は思い出すように目を閉じた。その顔色は紙のように白い。無理をしているのが丸わかりだ。それでも、私にできることは最後まで聞いてあげることだけ。
かなりためらった様子を見せた後、恐る恐ると言った口調で悠斗は語り始めた。
「どこから話すべきかな……俺は死んでしまったから後の事は分からないけど、複数人死んでいるからあれはかなり大きな事件になったと思う。……同じ時代を生きていたんなら、もしかしたらあんたも報道で聞いたことがあるかも」
ぎゅっとこぶしを握り締めて、悠斗ははっきりと言った。
「……俺は、姉ちゃんの恋人と勘違いされて刺殺されたんだよ」
ありがとうございました。明日は悠斗の過去話になりそうです。




