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ディアス固定イベント 合宿B

こんばんは。本日もよろしくお願いします。


 演奏はつつがなく終了した。

 終わった途端、わっと取り囲まれる私と兄。これをほぼ予想していた私は、逃げられなくなる前に兄に「じゃ、私は帰るね」とこっそり耳打ちして輪の中からひとり抜け出した。厄介ごとを最初に持ち出したのは兄だ。後始末は一人でよろしく。

 教室をでて、階段へ向かう。

 久々に人に聞いてもらうための演奏をして、かなり気分が高揚している。日本に帰ってきて初めてかもしれない。帰ったら、このまま夜までピアノ弾きっぱなしでもいいな、なんて思いながら鼻歌でも歌いだしそうな気持ちで、階段を下った。

 音楽棟は学園の端の方にある。駐車場までは少し歩かなくてはならない。

 無事、ディアスとのイベント回避成功だ。うまく逃げおおせた。

 うきうき気分で音楽棟を出て、歩き出したところで背後から声がかかった。

 瞬間テンションががたっとさがる。聞きたくない声だったので、聞こえなかったふりをした。

 気のせいだ。さあ、行こう。


「伊織さん」


 数回無視して進んだところ、突然耳元で声が聞こえた。と思ったら、さらに肩に手がかかっていた。

 ……強硬手段にでてきたな。思わずびくっと反応してしまったし、これは振り向かないわけにはいかない。不承不承という表情で振り返れば、そこには予想通りの人物が立っていた。

 とりあえず謝った方がいいかな。


「……理事長先生。全く気が付きませんでした。申し訳ありません」


 嘘だ。


「……あなたの嘘は分かり易すぎて、逆に面白いですよ」

「そうですか? 真実聞こえていなかったのですが」


 呆れた口調のディアスに「はて?」と首をかしげてやれば、奴はやれやれとため息をついた。いや、そうまでして追いかけてこなくてもいいと思う。


「僕を嫌っているわけではない、と以前言いませんでしたか?」

 

 よく覚えている。


「はい。嫌ってなどいません。通常ならあまり会う機会のない方に、何故かよくお会いするものですから、どう対応していいものやら戸惑っているだけです」

「普通に接して下さい。あなたに距離をおいて話されたくありません」

 

 嫌味を言ってみるもさらりとかわされた。

 普通に接しろ? 全力で拒否する。


「とんでもありません。何といっても我が校の理事長兼校長先生ですから、そのような態度、取れるはずもありません」

「……僕は、出会いからやり直す必要があるのでしょうか」


 複雑そうな顔をするディアスに、少し気の毒だなーと思いながら、そういえばもう少しましな対応をしようと思っていたことを思い出した。申し訳ない気分が三割増しになった。


「……ところで先生。いったいどのようなご用件でしょうか?」


 わざわざ声をかけてくるのだ。なにかあるのだろう。気を取り直して質問すれば、ディアスはそうそうと頷いた。


「いえ、以前あなたが方向音痴だと言っていたことを思い出しまして。音楽棟の方にはあまり来ないでしょう? もしかして迷っているのではないかと……」


 余計なお世話でしたらすみません、というディアスにますます罪悪感が募った。

 普通に親切心とか、こちらの心が折れる。でも、イベントのこともあるから二人きりにはなりたくない。


「……大丈夫です」

「残念ながら、今伊織さんが向かおうとしている方角は駐車場がある側ではありません。本当に大丈夫ですか?」


 聞き捨てならない言葉に、ぴたりと動きが止まった。方向が違う……?

 はて、私は確かに来た方角へ戻ろうとしていたはずなのだが。

 嘘でしょう、と冷や汗を流す私にディアスはさもあらんと頷きながら

 

「行きましょう」


 考えもしなかった方向に向かって歩き始めた。

 自らの通う学園内で迷子とか、微妙にへこむ。案内されるがままについていけば、確かに見覚えのある道のような気がする。


「あの、先生。お手数おかけしました。申し訳ありません」


 小さくなって謝れば、ディアスは気にした様子もなく構いませんよといってくれた。

 酷い態度ばかりとっている私に対して、この言葉とか。どっちが悪魔だ、と思ってしまう。

 学園は色々と施設を増設していったせいもあって、かなり広い。あのままだと、よくわからない場所へでてしまって、結局兄さんに探しに来てもらうなんてことになりかねなかった。

 今度、地図でももって、一度学園全容を確認したほうがいいかもしれない。

 そんなことを思っていると、ディアスがそういえば、と声をかけてきた。


「先ほどの演奏は素晴らしかったです」

「ありがとうございます。ですがまだまだです。望むレベルには程遠くて」


 ここは、素直に答えることにした。何でもかんでも拒絶して回るのは、あまりにも大人げない。


「鏑木くんのヴァイオリンとの掛け合いが絶妙でした」

「ありがとうございます。留学中も、兄とはよく演奏していましたから」


 ……私も鏑木さんと呼んでください。是非に。


「あなたのピアノを聴くのは、久しぶりでしたがやはり心が浮き立つような気がします」

「有難いお言葉ですが、そこまでほめていただくようなものでもありません。ですが、一層精進いたします」

「……あなたは頑なですね」

「……そうでしょうか」


 嫌いではないが、親しくなる気がないのだからこんなものではなかろうか。

 今、『久しぶりに聴いた』という言葉を全力でスルー中なのだ。他に話題をもってこないでほしい。


「……腹の探り合いは精神衛生上よくない、とそう思いませんか」


 突然ディアスが小声で話してきて、私はびくっと飛び上がった。

 全く上の空で話していたので心底驚いた。心臓がばくばくしている。


「っうわ。……先生、急に何ですか」


 あたふたとうろたえれば、ディアスは歩みを止めた。仕方なく私もその場に止まり、相対する。沈黙が流れた。


「……僕は、あなたが知っているのではないか、と疑っています」

 

 十分すぎる間を取って、ディアスが言う。


 なにを。とは聞けなかった。怖いくらい真剣な顔をしたディアスが目の前にいて私を見つめていた。その瞳の中に光とゆらぎが走り、そのまま彼は私に触れようとした。

 咄嗟に飛び退く。心を読まれてはたまらない。


「ほら。やっぱり」


 私の反応をみて、ディアスは目を細めた。浮かべていた対人間用のやさしげな笑みが、獰猛な悪魔のそれにかわる。

 今、私試された!

 しまった! と思うも動けない。

 心を読まれるとわかれば、どうしたってああなる。避けるか、もしくは黙って心を読まれるかのどちらかだ。だが、読まれた時点で知っていることがばれるから、どちらを選んでも結局ゲームオーバーだ。


「……どこまでわかっていますか?」


 悪魔の笑みを浮かべたまま、じわりと距離を詰めてくるディアスにこちらもじりじり下がる。非常に嬉しそうなのだが気のせいか。これは、このまま話してしまうのが正解?

 でも、あがけるところまではあがきたい。


「いや、あの!」


 こっちに来るなとばかりに、思いっきりディアスの方に手をつっぱねて言った。


「何のお話かはさっぱりわかりませんが、あの、私が先生から逃げているように見えているなら誤解です!」


 こうなったらこれしかない。


「今更なんです?」


 別に責めているわけではありませんよ、といぶかしげな顔をするディアスに、一世一代の告白をすべく息をはく。

 ディアスが怒っていないのは分かっている。

 こいつは私に知られたい筈だから、むしろ嬉々としてどこまで正体をつかんでいるのか聞いてくる。というか現在進行形でそうだ。それは回避するべきだ。絶対。

 その為にできる事。これだけは言いたくなかったが背に腹はかえられない。後々どう思われようと、正体諸々知っていますと言うよりはよっぽどましなはずだ。私にとって! 多分!


 よし、言うぞ! 行け!


「私……先生の顔と声が好みすぎて、直視できないんです!」


 覚悟を決めて、カミングアウトした。


「……え」


 ……今なら羞恥で死ねると思う。

 ―――――時間が止まったような気がする。恥ずかしすぎて真っ赤になってしまった顔を、恐る恐るあげてみれば、ぽかんとした顔でディアスが固まっていた。


「先生……?」


 声を掛ければ、はっと気がついたような表情をみせた。そのまま私の方を向く。


「伊織さん、今なんて」


 うわ。恥ずかしい。公開処刑もう一回しろっていうのか。鬼か! いや、悪魔だった。


「え、だからあの、先生の顔と声が好みすぎて直視できないんです……」


 消え入りそうな声でもう一度告げれば、ディアスはまじまじと私を見つめてきた。


「顔と声、ですか?」

「はい。顔もなんですが特に声、です。本当に駄目なんです。その……まともに聞いてしまうと腰が砕けそうで……」


 うううううと視線をそらす。本当の話なので疑われはしないはずだ。しかし、いくら緊急回避の為とはいえ、絶対に秘密にしておきたかったことを本人に向かって言わなくてはいけないなんて、拷問すぎて泣く。


「ですので、目を合わすのも辛ければ、声を聴くのもまともには聞けないというか……だから、避けているように感じているならすみません。さっきも、それで耐えられなくなって思わず飛び退いてしまったんです」

「……本当ですか?」


 じっとみられ、さらに顔がのぼせるように熱くなる。


「その声、やめてください」


 低くてささやくような声。甘い中に色気があって、腰と背中にぞくぞくくる。

 いつもはさっと目を逸らすのだが、ディアスは今私が言ったことが本当かどうか確かめているのだろう。ならば逃げられない。

 この話はどこにも嘘がないから、カモフラージュにはばっちりだとは思うけど、その前に私の精神が崩壊しそうだ。

 涙目になりながら訴えると、ディアスはふと視線をゆるめてくれた。

 そして何か企むような顔をしたと思うと、すっと私の方に近づきあの甘い声でささやいた。

 

「僕の声に弱いんですか? この声に?」


 くすりと笑いを含んだ声に本気で崩れ落ちそうになった。腰が抜けそうになる私を、ディアスはなんなく片手で支え、抱きしめる。


「本当、みたいですね」

「嘘なんて……ついていません」


 楽しそうに笑うディアスに、ひどいと見上げれば、申し訳ありませんと謝られた。何とかうまく誤魔化せたようだ。

 そうなると、片腕で抱きしめられているこの状態が気になってしょうがない。


「先生、離してください」


 仕方なく訴えかけると、「嫌です」私の弱い声で断ってきた。

 思わず耳を押さえようとするが、もう一方の手でそれは防がれてしまう。


「いいことを聞きましたね」

「それで、何か誤解されていたみたいでしたが、それはとけましたか」

「ええ。僕の勘違いでした」

「……それならよかったです」


 なんだろう。私は選択をミスしたのだろうか。

 正体を知っている事を知られるよりは、実は顔と声が好みすぎて直視できませんでした。の方がましかと思ったのだが。

 ディアスは私を抱きしめたままにこにこと笑って、涙目になっていた私の頭をよしよしと撫でた。

 そして、気分が良いので今日はこれくらいにしておいてあげますと、ようやく私を解放してくれたのだった。

 その後は、普通に駐車場まで送ってくれたのだが、精神力を限界まで使い切った私は、最早なにもする気になれず、家に帰ってベッドに沈み込んだのだった。

 ……それで結局、私はイベントを回避できたの?

 ――――求む。検証。


◇◇◇


『伊織、あなたは決定的に勘違いしている。

――――イベントクリア』






読んでくれてありがとうございます。

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