共通イベント ハイキングB
本日更新分です。いつも感想などありがとうございます。
……引き続きハイキングである。
まるでさっきのスチルによりイベントが終了したかのような話であったが、実は発生する可能性のあるイベントは存在する。
なんとか頂上について皆とお弁当をたべながら、私はこの後に起こるイベントを改めて思い出してみた。
……出会っていない攻略キャラがいる場合、キャラによって多少は違うが『初対面・山登りスチル』の発生。これはさっき変則的ながらもおそらくクリア。
そしてもう一つ。出会っていないキャラがいない場合だ。この場合一番好感度の低いキャラとのイベントが起こる。これにはスチルはない。通常ならどちらかのイベントしか発生しない。
だが、考えてみれば最初のイベントが発生したことがまずおかしい。私は当然ながら不本意にもディアスを含めすべての攻略キャラとすでに面識がある。
さっきのあれをイベントととらえるのもどうかとは思うが、でもあの誠司くんの表情は、間違いなく見たことあるスチルだったと思う。
普通ならこのイベントは発生しないはず。もう一つのイベントが代わりに発生するからだ。
なのにそれが起こったということは、もう一つのイベントも同時に起こる可能性が高い。むしろそっちのイベントの方が確率高いだろうと思っていたし。
誰とのイベントになるかもなんとなく気になるが、それより憂鬱なのはその内容だ。
確かどんくさい主人公は、帰り道で道を外れ迷子になってしまったとかなんとか。いや、集団行動していてありえないよね。どんなご都合主義よ、と思ってその時はゲームをしていたのだが、現実にあり得るのか……これ。
方向音痴である自覚はあるが、さすがの私も皆とはぐれて下山ルートを外れるなんてやらかさないだろう。
……とにかく、迷子になった主人公を見つけてくれるのがその時点で一番好感度の低いキャラ。あ、そういえばその時も歌っていたな。あの主人公。誰か見つけてくれますように。的な意味を込めて。
その歌声に気付いたお相手が助けてくれるのだったか。
……おう。また、例の問題が発生したようだ。
歌のない私はどうやって助けを求めればいい?
……音をだせるという一点においてのみ、真面目にピアニカを検討したくなってきた。
うん、このイベントは全力でスルーさせてもらおう。無理だ。発生した場合本気で遭難とか、のっぴきならない事態に陥りそうだもの。
帰り道は、他の役員達のそばから片時も離れない。迷子フラグなんぞ誰がたてるものか!
「おう、ノー……」
……なーんて思っていた時期もありました!
ああいうセリフってむしろ死亡フラグだよね。
『この戦いが終わったら結婚しよう』的な。うふふ。
そういうわけで。えへ。わたくし、ただいま絶賛迷子中。
「そうなん、なう」
……失礼。最近よくあることだが、かなり混乱しているようだ。自分で言っていて意味がわからない。
ここはどこだ。何故私はここにいる。
どうしてこうなった。
思い返してみる。さっきまで確かに兄と、誠司くんと、奏さんと一緒にいたはず。
では、なぜ私はこんな木々の間で蹲っている? どうして足首がずきずき痛むのかな?
「あー、そうかー」
……思い出した。いや忘れていたふりをしただけだが。
そう、歩いていた私はなぜか地面のでっぱりに足をとられ、そのまま下にずり落ちたのだ。……ありえないだろ。
しりもちをつくように落ちたので、幸いにもお尻と足首が痛むだけ。ただ、滑り台の要領でかなり下まで降りてしまったようだ。起伏がゆるやかだったお蔭で軽傷ですんで助かった。
一応上を見上げてみても木々と空が見えるだけ。遠くの方から誠司くんたちの焦った声が聞こえるような気がするけど、姿は見えない。
これ、待っていたら助けにきてくれたりとかするのかな。歌えないけど。
……変則的だが、これは多分例のイベントだろう。
そう思ったら、なんだか急にむかむかしてきた。誰かの手で踊らされているこの状況が腹立たしい。
誰が助けなど待つものか。
痛みをこらえ、立ち上がった。荷物はリュックに入れていたのでそこからスマホを取り出す。確かこの山は携帯の電波が入ったはず。まずは連絡をいれよう。
そう思って確認すれば、圏外と線一本というのを行き来する微妙な電波が立っていた。どうりで皆からの連絡がないはずだ。
道を外れているから電波が弱いのかもしれない。
そのせいか、ためしに通話してみても圏外だといわれる。仕方なく電波が一本立ったところで誠司くんに無事だというINELを送った。おそらくかなり下の方にいるだろうことも。これも何度も失敗したが、最後にはなんとか送信することに成功した。返信はないが既読がついたのを確認できたので多分大丈夫だろう。
これ以上、やれることはない。
だとすると、本当に単なる救助待ちになってしまう。それはいやだ。他に何かやれることはないか。
ゲームではどうだったか。考えてみる。確か歌で気が付いてもらえたはず。だが、見つけてくれという思いをこめて歌っていたという割には、結構小さな声で歌っていた。これで気が付くとかどんな近くにいたんだと思った覚えが……ん?
そこで、あっと思った。
変則的にでもゲームと同じように進んでいるのなら、私が落ちたこの場所はもしかして本来主人公が迷い込む場所だったのかもしれない。それならここは、実は本来の下山ルートからほど近い場所なのではないだろうか。
ありうる。
私は必死に記憶を総動員させた。ヒントは、助けにきてくれたときに表示されるスチルだ。
どの方向から助けは来た?
確か繁みの向こうから『誰かいるの?』みたいな声がかかって、そこから該当キャラが顔をだしたスチルだったはずだから……。
どんな背景だった? そう、確か夕日がまぶしくて……!
「夕日の方角!」
あわててスマホのコンパスを起動させる。ここで自分の方向感覚を信じるほど馬鹿ではない。
太陽の位置と、コンパスを両方確認する。間違いない……あっちだ。
慌ててそちらを振り向くと、確かに記憶の風景がそこにあった。ただし、勿論人影はない。
よし!
小さくガッツポーズをとると私はそろそろとそちらに進んだ。更なる遭難はごめんなので、一応目印になりそうなものを置いておく。
覚悟をきめて歩き出す。意外に結果はすぐに出た。
数分歩いたところで、舗装された道が見えたのだ。下山道に合流した……そう思ったとたん涙が溢れそうになったが、なんとかこらえた。
ここで待っていれば誠司くんたちと合流できる。近くに椅子になりそうな岩をみつけて座った。
忘れていた足首の痛みが自己主張を始める。知らないうちに止めていた息を吐きだした。
誠司くんたちがくるにはもうしばらく時間がかかるだろう。それまでになんとかこの崩れてしまった自分を立て直さなければ。
「ふう……」
……本当は今すぐ、連絡を入れた方がいいのは分かっている。でも、今更ながら全身に震えがはしり、恐怖で動けない。スマホを持つ手も震えている。
そのまま両手でスマホを握り締め、下を向く。目を閉じて、深呼吸を数回。そうやって息を整えると少しずつ、冷静な自分が戻ってくる。
「……やった。イベントどおりにはならなかった。阻止、できたんだ」
やりきったのだという実感がようやく沸きあがってきた。
ざまあみろ。私は誰かの思う通りには動かない。
しばらくすると、知った声が上の方から聞こえてきた。
ひどく焦ったような誠司くんと兄の声。ずいぶん急いで下に降りてきたらしい。また心配をかけてしまった。
自分に気合を入れなおして、しゃんと立ち上がる。相変わらず足首も、そういえばお尻も痛いが仕方ない。でも今はできるだけ格好つけたい。
上の方から誠司くんたちがおりてくる姿が見えた。
何事もなかったかのような顔をして、私は笑顔で手を振った。
「伊織!」
真っ先に駆け寄ってきたのは兄だった。思い切り抱きしめられる。
「ああ! 無事でよかった!」
「兄さん! 痛い、痛いってば」
ばんばん背中をたたいて抗議すれば、慌てて顔を覗き込んできた。
「ごめん。もしかしてどこか痛めてる?」
「えと、足首をちょっと……」
「見せて!」
もう一度先ほどの岩に腰かけさせられる。
その様子を心配そうに見ていた誠司くんは、他の生徒たちにそのまま山をおりるようにと指示した。
一緒にいた奏さんがいう。
「誠司。後はわたくしが引き受けますから、あなたは伊織さんの側にいてさしあげて。仮にも婚約者なのですから、それくらいするのは当然というものです」
「……すまない。奏。頼んでいいか」
「勿論。あなたのためではありませんもの。先生たちにも事情は説明しておきます」
当然と頷いた奏さんは、そのまま残りの生徒たちとおりていった。その場には兄と誠司くんだけが残る。
「かなり腫れ上がっているみたいだ。誠司、確か私のカバンに湿布と包帯が入っているはず。出してくれるかい?」
「ああ、これか」
渡された湿布と包帯を兄さんは手際よく巻きつけていく。冷たい感触が気持ちいい。患部はかなり熱を持ってしまったみたいだ。
そうやって、手当てを終えると兄さんはおもむろに私に向かって背を向けてしゃがみこんだ。理解できなくて、ぽかんと見つめるとそのまま背中に乗るよういわれる。
「え? 大丈夫、歩くよ」
兄さんの手当のおかげでかなり痛みは軽減している。くだるくらいならできそうだ。
だが兄さんは駄目だと首を振った。
「その足でかい? いいから背負われておきなさい。なんだったらお姫様抱っこで運んであげてもいいんだよ」
なんて恐ろしい!
それを聞いていた誠司くんもいう。
「それなら、婚約者特権で俺が運んでやろう。何か言われたらそれこそ婚約者だからと言ってやればいい」
「誠司は黙っていて。私が背負っていけばいいだけの話だよ」
さあ、と促されれば私に拒否権はない。誠司くんとの婚約は、できるだけおおやけにはしたくないのだ。
ここで誠司くんに運ばれて後々面倒くさくなることを考えれば、シスコンだとすでに知られている兄の方がよっぽど安全だ。
「お願いします」
そういって、兄におぶさる。重さを感じさせない足取りで兄が歩き、その横に誠司くんが並んだ。
しばらく無言で歩くと、急に兄さんがくつくつと笑い始めた。
「……さっきは本当にびっくりしたよ」
誠司くんもそうだなと頷く。
「ああ、焦って助けに行かなければと思ってみれば、そのとうの本人が道の先でにこにこ手を振っているんだからな。何が起こったのかと思ったぞ」
「自力で助かるなんて、助け甲斐のないお姫様だね」
二人に言われ、うろたえる。
「……助けを待つとか、性にあわないから」
ぼそっとつぶやけば、困った顔をされた。
「伊織らしいな」
「本当にね。まったくお転婆で困った子だよ。でも、無事でよかった」
ささやくように言われ、思わず兄の肩をぎゅっとつかむ。
「ごめんなさい」
「気をつけろよ、全く。……心臓が止まるかと思った」
誠司くんがやさしい手つきで頭を撫でてきた。気持ち良くて思わず目を閉じる。
「疲れただろう。伊織。後は私たちに任せて眠っていなさい」
「うん……」
兄の声が遠くなっていく。
背中の温度が温かくて、気持ちいい。
……すっかり安心しきった私は、彼らのいうとおり意識を手放すことに決めた。
読んでくれてありがとうございました。




