転生者
何が何だかわからない一日が過ぎた、次の日の放課後。
総ちゃんをさっさと追い払った私は今里くんのもとを訪れていた。
どんどん総ちゃんの扱いがひどくなっている気がするが、それは彼の自業自得だろう。
……私は知らない。
それはそうとさて、どう今里くんに話しかけたらいいものやら。
昨日のこともあるし、あまりくだけた話し方は好ましくないだろうか。
正直、昨日のことはあまり思い出したくない。
帰ってからずいぶん自己嫌悪に苦しんだのだ。
さすがに誠司くんが私のことを好いてくれていることくらいはわかっている。よくある鈍感のせいにして、気のせいなどというつもりもない。
だが、私に応える気がない以上昨日のアレはないだろうと思うのだ。
――――あれは、振り払うが正解だ。
だが、わかっていたのに私はそうしなかった。できなかった。
きっと色々ありすぎて、私も弱っていたのだろう。
自己分析の結果、最低な話だが、思わず身近にいた誠司くんにすがってしまったのだ、という結論に達した。
自分のことを好きな男にすがるとか最低すぎる……。
謝った方がいいのだろうか、むしろ謝らせて、とも思ったが、それは逆に酷いなと思いとどまった。なかったことにするのが多分正しい。
これからも誠司くんとはいい友人であり続けたい。何度も言うが、誠司くんと恋愛をする気なんて全くないのだから。
いっそ「好きだ」と言ってくれたら、はっきりさせることができるのにと思うのだが、誠司くんはその辺りをしっかり理解していて、絶対にそういう色を見せようとはしない。
頭がいい男との駆け引きなんて面倒くさいことこの上ない。
いい加減婚約者の肩書きも外したいのだが、誠司くんを説得できる自信もない。逆にうまく丸め込まれて、そのまま時期がきたらゴールインなんて恐ろしいことになるのではないかと最近では疑っている。
徐々に外堀が埋められているような気がするのだ。
……うん。私の望む未来の為に、やっぱりさっさと家をでることにしよう。
「今里くん」
帰り支度を始めている彼に、話しかける。彼は手をとめて私の方をみあげた。
「なんだよ」
「少し話があるのですが、よろしいですか?」
「……何?」
続けろという視線を受けて、要件を伝える。
「昨日、神鳥生徒会長から伝言を頼まれました。今里くん。あなたを生徒会役員に指名するとこのことです。ちなみに拒否権はないそうです。生徒会室まで出頭をお願いします」
「生徒会?」
今里くんは少し思いめぐらせたようにしたあと「ああ」と納得したように頷いた。
これはやっぱりわかっていたな。
「わかった。生徒会室に行けばいいんだな。でもなんであんたが?」
「私も、役員ですから」
「……は?」
目を点にしてこちらを見つめる今里くんに軽くうなずいてみせる。
しかし今里くん、色々分かり易すぎだ。これ、私じゃなくても気付く人は絶対に気付くぞ。
もう少し隠そうとしてくれないと、その気もないのに思わずつっこんでしまいそうだ。
「あんたも役員だって?」
「はい。昨日指名を受けて引き受けました。会計を担当します」
「は!? 会計は俺じゃないのか? じゃ、俺は?」
「庶務と聞いていますが」
「庶務? いや、だって由良は……?」
「……さあ、由良くんの事に関しては存じませんが」
だーかーら、頼むからもう少し考えて話してほしい。
……どこまでスルーできるのか本当に心配になってきた。
「私は何も聞いていません。会長からは、今里くんを連れてくるようにとだけ聞いています」
「そ……そうか」
納得いかないという顔をしながらも、今里くんは立ち上がった。
「悪い。変なこと言った。生徒会室だったな。あんたも行くのか?」
「はい。顔合わせと聞いていますので。ご一緒させてください」
「……その言葉遣いやめろよ。クラスメイトだろ」
嫌そうな顔を隠そうとしないので、思わず笑ってしまった。
彼の希望通り口調を戻す。
「ごめん。昨日のこともあったし、あまりくだけた話し方はいやかなと思って」
「そっちの方がよっぽど嫌味っぽくきこえたけど」
「そう? 気のせいだと思うよ」
「……ほんとかよ」
疑わしげにこちらを見つめる彼。もう一度笑ってしまった。
軽口をたたきながら、二人で生徒会室に向かう。
生徒会室には、すでにほかの3人の役員が揃っていた。
初対面の人間もいるので、お互いに改めて自己紹介をしあう。
いきなり誠司くんと二人きりで会うとか、そんな勇気のなかった私には、この『多人数を交えて話す』というステップは非常に有難かった。
そして書記でもあり、誠司くんの従妹でもある奏さんは、私の加入を殊の外喜んでくれた。
「本当に嬉しいですわ。伊織さん。あなたが来て下さるなら、あの男も少しは自重するようになるはず。手綱を握れる方が増えることは大歓迎ですわ」
その言葉に目を丸くした。
「……奏さん。それってもしかしてかなり苦労していた?」
「ええ、もう。だってあの調子でしょう? 気持ち悪いったら! 本当に辟易していましたの」
誠司くんを苦手だという奏さんは、本当にいやそうに彼のことを視線でしめした。奏さんも勿論、誠司くんの猫かぶりをわかっているようだ。
従妹という間柄、奏さんは誠司くんと会う機会が多い。そして私たち兄妹と共にいることも多かったから、自然と誠司くんの中での身内扱いになっていたのだろう。彼が自然体でいられる人物が増えるのはとても良いことなので嬉しいとは思うが、このせいで、より奏さんは誠司くんが苦手になったみたいだ。
そんな誠司くんは、兄と一緒に今里くんとはなしこんでいるところで、勿論例の猫かぶりモードだ。ここでくらいやめればいいのに。
「君が今里くんですね。会長の神鳥 誠司です。色々と大変だろうとは思いますが、学園をよりよくするため、ともに頑張っていきましょう」
王子様顔のキラキラスマイル。あれも一種の自己防衛みたいなものだろうか。その隣では兄さんも一緒になって笑っている。
そんな二人に囲まれて、今里くんは緊張のあまり「ハイ」としか返事ができていない。
私は三人を観察しながら奏さんに言った。
「私も初めてみたときは驚いた。もうほとんど二重人格レベルだよね」
「笑ってバカにしてやればよろしかったのですわ」
そうすれば、少しは考え直しもするでしょうと吐き捨てるように言う彼女に、元々ライバルキャラ設定だけあって、実はけっこう相性はいいんだよね。と思ってしまう。
彼女も誠司くんと同じ金髪。前述通りの縦ロール。二人とも生粋の日本人なのにどうしてこんな色彩がうまれるのか? なんてことは言わない方向で。
大体、考えてみれば周りには不思議な色彩の髪や目の人間が山のようにいたが、一度も本気で気になったことがなかったのだ。
多分、それがこの世界のお約束というやつなのだろう。
「ま、あなたを役員に引きずり込んだのですから、あの男もたまには役にたちますのね」
「奏。何かいいましたか?」
悪口を言われていると気づいたのだろう。誠司くんがこちらにやってきた。
「たまにはあなたもましなことをするといったのです」
「君は相変わらずですね」
つんと横をむく奏さんに誠司くんが言い返した。
「ふん、あなたに言われたくありませんわ」
私を間に挟んでの応酬はやめてほしい。
言い合いをはじめた二人をみて、兄と今里くんもやってくる。
「誠司。仲がいいのはよく分かったけど、やるなら伊織を巻き込まないところで、二人きりでやってくれるかな」
迷惑だよと、さっと私を自分の方へ引き寄せて言う兄。
二人はまだ何か言いたそうにしていたが、兄の顔をみておとなしく引き下がった。
「おい……」
今里くんが、いつもこうなのかと訴えかけてくる。既に彼には、私が皆と友人関係にあることを伝えてある。だから私も、目でそうだと答えておいた。
「全く。いつもいつも君たちは。……ああ、ディアス先生がいらっしゃったようだね」
いつの間にか場を仕切っていた兄が、誠司くんに代わって扉の向こうに返事をした。
え……ディアス先生って。
分かっていたことだがきもち体がこわばった。
昨日のこともあってか、誠司くんが心配そうな顔をして私を見ていた。
いけない。しっかりしなければ。
「……ディアス……せんせい……?」
気合いを入れ直していると、近くでそう呟くのが聞こえた。
何かを思い出そうとする声。今里くんだ。
彼の様子に気づくと同時に、私はさっと自分の血の気がひいたのがわかった。
そうだ、彼はディアスがここに居ることを知らないのだ。
まずいと思う間もなく、ディアスが入ってくる。
今里くんは白い顔をさらに蒼白にさせて目を見開いている。
信じられないものをみたという顔。
ディアスがみない顔である今里くんに気付き、声をかけた。
「ああ、あなたが最後の一人ですか?」
「……」
「……庶務を担当してもらう1年の今里悠斗です。先生。これで全員になります。これからご指導よろしくお願いします」
誠司くんが、答えられない今里くんの代わりに告げる。今里くんの様子がおかしいのは誰の目からみても明らかだ。このままだとまずいのではないだろうか。
「……あ……」
無意識にディアスを指さす今里くん。次に何をいうのかわかってしまい、私はとっさに彼の指した指をつかんだ。
「えっと、すみません、先生。今里くんは気分が悪いみたいですので、保健室に連れて行きたいと思います。申し訳ありませんが、また後ほど。失礼します」
一息に言い、返答を聞く前に彼を引っ張って外に連れ出した。
皆が唖然としているのを目の端でとらえる。
礼を失しているのは十分承知の上だ。でも今はそんなことを言っている場合ではない。
そのまま彼を引きずるように、別の階の空き教室に連れ込んだ。
誰もいないことを確認して、ドアに鍵をかける。
「……」
今里くんは何が起こったのか分からないといった顔でこちらを見ていた。
いらいらした私はつい、彼にとげのある声で言ってしまった。
「―――馬鹿じゃないの」
「え……?」
思った以上に低い声だった。
でも、仕方ない。
このままではこちらにまで被害がでる。
そっとしてなんておけない。
私は今里くんを睨み付けた。
「ディアスに悪魔って言おうとしたでしょう。混乱するのはわかるけど、そんなことしたらどうなるか少しは考えてよ」
きつい言い方になってしまったのは仕方ない。本当に先ほどは焦ったのだ。
もう少し遅かったらと思うと冷や汗がとまらない。
「あ、あんた。なんで」
わなわなと震え出す今里くん。私は、心を決めて口を開いた。
もう、覚悟はできていた。
「……私も今里くんと同じ」
そこで言葉を区切った。今里くんはまさかという顔をする。
少しは疑われているかと思っていたが、どうやら彼は私が転生者だとは思っていなかったらしい。
おかしいとは思っていたくせに、どこか抜けている。
「……同じって……」
彼は確認するように何度も私の顔をみる。
考えてみれば、自分の正体をさらすのは前世の記憶を思い出した3歳以来初めてだ。
彼が味方になるかどうかなんてわからない。でもここは腹を割って話す以外ないと思った。
だから、その後のリスクも全部承知の上で。
「うん、私もあなたと同じ、転生者だよ」
はっきりと告げた。
ありがとうございました。




