ディアスと誠司
「悪かったな、伊織」
攻防に決着がついておちついたところで、誠司くんが再度謝ってきた。
「いいよ。もう。本気で困ってたんでしょ」
「ああ。俺は、信頼できる奴が少ない。だから、お前には絶対に生徒会入りしてもらいたいと思っていたんだ」
誠司くんがあの最終手段を使うことはめったにない。きちんと正攻法でお願いしてくるのがほとんどだ。私が引かず、それでも誠司くんもどうしても引けない時にだけ使う。まさに最終手段。
「仕方ない。私は誠司くんに弱いからね」
諦めて、吹っ切るように笑った。
面倒くさいことになったとは思うが、考えようによっては、兄さんと誠司くんという二人の攻略キャラの側にいることになるのは案外いいのかもしれない。
もし他に転生者がいて、彼らに近づいてきた場合もすばやく対処できるし。
うむ。前向きに考えよう。
ディアスのことは確かに心配だが、気にしすぎても仕方ない。かかわってしまったら、できるだけ嫌われるようにでも仕向ければいい。
今更フラグが一つや二つ増えたところできっと何もかわらない。
「で? 後のメンバーは誰なの?」
気を取り直した私は、他の役員について尋ねてみた。
「副会長が里織。書記が奏。お前には会計をやってもらおうと思っている」
「会計か。私、庶務でいいけど。庶務は誰なの?」
なんで会計。首をひねっていると誠司くんはあっさりと言った。
「お前の金銭感覚を特に見込んでのことだ。それで後一人だが、どうしても適材が見つからなくてな。かといって空席にするわけにもいかない。慣例通り、一年の成績優秀者を指名するつもりだ」
「なるほど。で? 成績優秀者って誰?」
「入試次席でお前と同じ特進の、今里 悠斗という男だ」
どうやら、誠司くんは私の前世で培った金銭感覚を高く評価してくれているようだ。役職などどれでも構わないが、確かゲームでは会計が今里くん。庶務が総ちゃんだったはず。
まあ、今の総ちゃんに庶務なんて絶対にできないと思うけど。
今里君は、多分生徒会から勧誘がくることがわかっているだろうが、また流れと違うことで混乱しないだろうか。
「今里とは知り合いか?」
「うん。クラスメイトだし。それに今日、教室をうるさくして怒られたから」
「入学早々何をやっているんだ、お前は」
「私にも色々あるんだよ。お願いだから詳しいことは聞かないで」
今朝のやりとりを思い出せば、乾いた笑いしか出てこない。
疲れたように言うと、誠司くんはそれ以上聞かないでくれた。
「まあ、知り合いだというのなら話は早い。お前の方から、今里に話を通しておいてもらえないか? 明日にでもこちらにつれてきてくれ」
「放課後? いいけど。庶務になってっていえばいいよね」
「直球だな。だがそれでいい。拒否権はないといっておけ。断られでもしたら面倒だ」
「次の候補探すのも大変そうだしね。わかった」
拒否権ね。確かに私にもなかったな。
深く納得して頷いた。そして誠司君に向かって言う。
「じゃあ、これで用事は終わり? もう帰っていいの?」
話はついた。もういいだろう。そう思い、椅子から腰を浮かしかけたところで誠司くんから待ったが入った。
「まあ、待て。もうすぐ顧問がくるはずだ。明日にしようかと思っていたが、丁度いい。挨拶していけ」
「顧問? そんな先生がいるの?」
初耳だ。ゲームではそんな細かい設定はなかった。それとも、主人公が生徒会役員ではなかったから出さなかっただけなのだろうか。
現実との違いってこういうところでもでるな、とつくづく思う。
意外だと目を瞠ると、誠司くんは呆れたように言った。
「いるに決まっているだろう。忙しい方だから、そうそう会うこともないと思うが自己紹介くらいしておいてもいいはずだ」
「へえ? どんな人?」
聞いたところで扉がノックされた。「どうぞ」と誠司くんが答え、扉が開かれる。耳に入ってきたのは、腰がくだけそうになるほど好みの美声。
そう、それは先ほど私に手をふった――――。
「すみません。少し、遅れましたか?」
ほほ笑む赤い悪魔だった。
◇◇◇
「……」
絶句している私に、誠司君は時計を見上げて首を振った。
「いいえ、時間通りです。理事長。紹介します。今回会計をお願いすることになった一年の鏑木 伊織さん。鏑木さん、勿論知っているとは思いますが、こちらの方が我が校の理事長兼校長、生徒会顧問を担当していただいているフィアラル・ファン・ディアス先生です」
誠司くんがさっと紹介をすませる。私といえば、声の魔力にすっかり固まってしまっていた。相変わらずなんという美声。
なんとかこの場を取り繕わなければと、ギギギと音がしそうな動きでディアスの方を向く。
目が合って一瞬逸らしそうになったが耐えた。やっぱり群を抜く美形。それはそうか。彼、人外だもんな。
「初めまして。鏑木 伊織です……」
固い声ながらもなんとか、挨拶をする。
でも、これが限界。頼むから家に帰らせてほしい。
「おや? 初めましてだなんて。ひどいですね、伊織さん。昨日もお会いしましたよ」
私とは反対に、柔らかく話すディアス。
だが、話の内容は全くかわいらしくなかった。昨日の話って……やっぱり私だと認識していたのか。
伊織さん呼びも気になるがあまりつっこみをいれたくはない。
藪蛇、藪蛇。
ひいいいいいと内心冷や汗をかいていると誠司君が驚いたように言った。
「先生は、鏑木さんをご存知でしたか」
「ええ。実は昨日中庭で彼女が素敵な歌を歌っている場面に遭遇しまして」
そ、その話するんだ。
にこにこ話すディアスの言葉を聞き、いたたまれなくなってしまった私はうつむいた。
隣の誠司くんの視線が痛い。
歌って何だって言われている気がする。絶対後で聞かれるんだろうな、これ。
板挟みのような気分ではあったが黙っている訳にもいかず、私もディアスの話に合わせた。
「同い年くらいの人だと思っていましたので、まさか理事長だとは存じませず。失礼いたしました」
「若作りなんです。僕。こうみえて結構な年なんですよ」
「そ、そうですか」
知ってるわ! 1000歳を軽く超えてる化け物が若作りとかいうな!
ああ、早くこの場を去りたい。
そうかー、生徒会役員って何フラグ? と思っていたが、まさかのディアスフラグだったのか。
でも、ゲームでは確か先輩のふりして近づいてくるって話だったけど。
色々私がフラグ折ったりしたからおかしくなったのかな。
だとしたら、かなりやばい。話がわからないから先回りしてフラグを折ることができない。ぶっつけ本番でやるしかないのか。
私がもんもんと考え込んでいる間に、誠司くんとディアスの話は終わったようだ。
用事があるので理事長室に戻るという奴にほっとしていると、ディアスはふと私の方へ向き直り、その手をとった。
咄嗟の事で反応できず、固まってしまった私の手の甲にそっと口づける。
「伊織さん。これからよろしくお願いしますね」
口調は柔らかい。だが顔を上げてこちらを見つめる奴は、まちがいなく捕食者だ。髪の毛と同じ赤い目が奥の方で光ったように見えた。
――――まずい。
咄嗟に手をひっこめ、ディアスから距離をとった。あわてて離れた為、後ろにいた誠司くんにぶつかってしまったが、彼は危なげなく受け止めてくれた。
知っている、あの光はディアスが心を読むときの現象だ。
ディアスを見上げれば、何故か彼は不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「す、すみません。突然で驚いてしまって」
言い訳がましく目を逸らしていえば、納得したようにうなずいてくれる。
「いいえ、こちらこそ。驚かせてしまいましたか。ドイツから帰ってきたとのことでしたので、このような挨拶には慣れていると思いこんでいました。申し訳ありません」
「申し訳ありません。でも、ここは日本ですから」
「そうですね」
そう言って今度こそディアスは生徒会室を後にしたが、私の心は穏やかではなかった。
くそう、やはり留学先のことまで知っていたか。
奴が去ったことで緊張していた体が少し緩む。ほっと息を吐き、まだ私を抱き留めたままだった誠司くんに礼を言った。
「受け止めてくれてありがとう、誠司くん」
もう、いいから離して。そう言おうとしたのだが、逆にそのまま抱え込まれてしまった。
突然の力のこもった抱擁に、顔が赤くなった。
「せ、誠司くん。どうしたの」
「何が不安なんだ、伊織」
「え……? 何を言って……」
彼の言葉はあまりにも的を得ていて、私は絶句してしまう。
どうして私が不安だと気付いたのか。そして彼は何を言いたいのか。
分からなくて混乱する。
誠司くんは言った。
「お前が俺を守ってくれるように、俺もお前を守りたいと思っている。何か不安があるならいってくれ。さっきのお前は何かおかしかった。理事長と何かあったのか」
「そ、それ……は」
それ以上答えられない私を彼はさらに強く抱きしめる。
何故か離してといえない自分の心がわからなくて、なのに彼の腕の中が心地よくて混乱する。
「伊織、言ってくれ」
「何でもない、何でもないの」
必死で、首をふるのが精いっぱいだった。
話的にあかない方がいいと思うので、次も投稿します。




