新しいフラグはいらない
間に合いました。連続更新です。
お楽しみいただければ幸いです。
「おはよう。伊織、昨日はよく眠れた?」
朝、着替えて部屋のドアを開けたとたん、兄が声を掛けてきた。
きっとドアの前でタイミングを見計らっていたのだろう。完璧な笑顔の中に心配そうな表情が見え、罪悪感が芽生える。
「おはよう。兄さん。大丈夫、ちゃんと眠れたから。もう大丈夫、ちょっと疲れただけだし」
「それならいいけど。もし何か悩み事があるなら、すぐに言うこと。君の曇った顔なんて見たくないから」
そっと私を抱きしめる。相変わらずの通常運転の模様。でも、本当に心配かけたみたいだ。力のこもり方が当社比20%増しでちょっと苦しい。
「兄さん、苦しい。……悩み事なんてないから。大体、あるとしたら兄さん関連がほとんどじゃない。それも私が対処する前に兄さんが先につぶしてしまっているし」
「当たり前。君に私の事で困らせるようなことはしたくないからね。大丈夫、今回もすでに手は打ってあるよ。それでも何かしてくるようならすぐに言っておいで。すぐに片づけてあげるから。君に憂い顔は似合わない。……笑って、私の可愛いお姫様」
小学生の頃、私が兄に群がる女生徒たちから嫌がらせをうけた事をきっかけに、彼は自ら彼女たちの粛清を始めた。その手腕は見事としかいいようのないもので、二度私に仕掛けてくるものはいなくなった。
ただその結果、私は女子たちから敬遠されるようになってしまい、同性の友人をほとんどもつことができなくなってしまったが。
昨日のクラスでも、小学生の頃からの知り合いからは歓迎はしてもらえたが、どこか一線引かれているような態度のままで、改めて兄の影響にため息をつきたくなったものだ。
この様子だと高等部でも女友達はほぼ絶望的だろうか。……友達欲しい。
それでも私の為にと、骨を折ってくれる兄には本当に感謝している。
「可愛いなんていってくれるのは、兄さんだけだから。もう本当恥ずかしいな」
「ふふ、本心だよ。さ、朝食を食べに行こうか。お腹、空いてるだろう?」
抱きしめた腕を解かれ、食堂へ促される。
昨日ろくに夕飯を食べることができなかったことを暗に言われ、思わず苦笑した。
「うん。お腹すいた。でもダイエットにはなったかも」
「伊織は十分痩せているよ。これ以上細くなってしまったら、抱きしめたときに折れてしまわないか心配で気が気でないよ」
「兄さんは大げさすぎだから」
父様たちは仕事に行ってしまっているので、二人きりの朝食を済ませ嵯峨山さんの待っている車に乗り込む。
後部座席に二人で並んで座る。車は静かに走り出したが、その間も兄さんとの会話は途切れることがない。何気ない日常会話をしながらふと思う。
兄さんは攻略キャラだ。しかも、腹黒副会長キャラ。
ゲームでは、自分の留学中に勝手に結婚を決めた母に非常に怒っており、今更ながらにできた義父と義妹が気に入らない。幼心に母親を守るのは自分だと思っていたのを裏切られた気分になったのだ。
義父に関しては、母が選んだ人だからと内心の想いは隠して外面だけは取り繕うが、義妹、つまり主人公に対しては、まるでゴミや虫けらでもみるかのような態度をとる。
本当の彼は、父がおらず祖父母に愛されなかったことで家族愛に飢えていたさみしがりやの少年だった。
だが、いつしか希望をもつことをやめ、母の為だけに生きることに決めたのだ。
今更家族なんていらない。
そんな彼とのルートはかなり心をえぐられるものだ。とにかく言葉がきつい。
DVさながらの言葉攻めは、ネット上でMの子たちが『ご褒美』などといっていたが、声をカットして速読に励んだ私ですら辛いものだった。
なんでここまでしてこの男を攻略せねばならんのかと思ったものだ。
だが、ストーリーの中盤以降どんどん態度が軟化していく彼には正直くらくらきた。最初の印象が悪すぎた為か、ちょっとした優しい言葉だけでもじんときた。
エンディングでの『微笑みスチル』には、感動のあまり涙が出た。
エンディングは「家族エンド」と「恋愛エンド」の2種。
勿論両方クリアしたが、私は「家族エンド」が好みだった。詳細は省く。
……今の兄をみて、ゲームの彼と同一人物とはとても思えないし、思いたくもない。
「私に近寄るな、ゴミ」
なんて絶対零度の表情で言われた日には二度と立ち直れない。
これに関しては無意識ながらフラグを折っておいて本当によかったと心から思える。
そうやって話をしていると、あっという間に学園に到着してしまった。車を降りて、昇降口まで一緒に歩く。やっぱり皆、微妙に道を譲ってくれているような気がする。
……ここは気が付かないことにしよう。
「伊織、今日放課後予定はあるかい?」
「ないけど。何かあるの?」
何気ない話の途中でふと兄が尋ねてきた。
「いや、昨日誠司から『頼みたいことがあるから放課後、生徒会室に来てほしい』と君に伝えろと言われていたことを思い出してね」
「誠司くんが? ……嫌な予感しかしないけど」
生徒会長の生徒会室への呼び出し。イベント以外ありえない。
だって誠司くんも攻略キャラだし。それもメインヒーロー。
「多分伊織の推測は当たっているよ。申し訳ないけれど、私も誠司に賛成だ。この件に関して君の味方はしてあげられない」
「……兄さん」
「悪いね。でも私も君が適任だと思うよ」
おそらく、役員就任要請。会計と庶務があいていたはずだから、そのどちらかだろう。
でも、ゲームでは主人公は勉強ができるわけでもない音楽科の1生徒だったから、そんなイベントは発生しなかった。
今でもアップアップしている状態なのに、これ以上予想外のフラグは本当にいらない。
よし、フラグ回避に、とりあえず断ろう。
そんな私の空気を敏感に察したのだろう。口を開く前に、にっこり笑って一気に畳み掛けてきた。
「とりあえず、行ってやってくれるかな? 考えるのは誠司の話を聞いてからでも遅くはないだろう?」
「……うん」
……行ったら最後のような気もするが。
昨日心配させてしまったという負い目があった私は、兄に逆らえなかった。
必ず訪ねるとしっかり約束させられて、私たちは別れた。
読んでくださり、ありがとうございました。




