伊織的考察 その2
3歳の時、私は前世の記憶がよみがえった。それはつまり、子供ではなくなってしまったということ。自分がいい年した既婚者だったと思い出したということだった。
前世を思い出したショックで高熱を出し続けた私は病院へ入院しており、3日ほど様子をみた後、退院の運びとなった。
「パパは手続きしてくるから、ここにいるんだぞ」
退院の日まで付き添ってくれた父の言葉にうなずく。病院の外にあるカフェで待つように言われた私はイチゴのケーキセットをつつきながら、前世の私よりも年下の彼が父親だなんて変な感じだなあ、なんて思いながらぼんやりしていた。
周りをなんともなしに眺めていると、入院の会計を終わらせた父が戻ってくる。
「お待たせ。さ、行こうか……!」
何かに驚いたような声を出した父を見る。父は目を見開き身じろぎひとつしない。
不思議に思って、父の見つめる視線の先を追うと、カフェの外に一人の綺麗な女の人がたたずんでいた。彼女もまた窓越しにこちらを、父をみていたようで、二人の間ではまるで時が止まっているかのようだった。
……人が恋に落ちる瞬間を初めて見た。
おそらく、そう。しかもお互いに一目ぼれ。
へえと思わず口元が緩んだ。
だが父は、すぐにさっと視線を逸らせて私に向き直った。
「さ。いこうか」
「え?」
声かけないの? こんなにあからさまに見せつけておいて? このまま別れるつもりなの?
信じられない気持ちで私は父を見た。私の今世での母は、私を産むと同時に亡くなっている。もしかして母や、小さい私に遠慮したのではないだろうか。
ならば、父の背中を押すのは娘である私の役目だ。
「パパ、行って」
端的に告げた。
父は驚いたように私をみた。
「伊織。な、何をいっているんだい?」
動揺が隠せていない。
「あの人のところ。好き、なんでしょ? 見たらわかるよ。声、かけないと会えなくなっちゃうよ」
「いや、あの、な」
「隠してもわかるから。私やママに気を使ってくれなくていいから。パパが幸せになってくれる方がいいって絶対ママもいうと思うよ」
できる限り真剣にいう。
前世の私は旦那様を残して死んでしまった。私がいなくなった後彼はどうしているだろう。たくさん愛してもらった。幸せだった。だから可能ならば、別の誰かと幸せになってほしいと心から思う。
それはきっと私の母にも言えるのではないだろうか。いつまでも一人でいてほしいなんて、そんなこときっと思っていない筈だ。
「ね。パパ。行って。いつあるか分からない出会いを大切にして。私とママは応援するから」
「……伊織」
父はくしゃっと顔をゆがませて笑うと、私の頭を乱暴に撫でた。せっかく整えてもらった髪が台無しだが別にいい。そのままじっとパパを見上げた。
「……こんな小さい伊織に何言わせてるんだろうな、パパは。格好悪いな」
「パパは格好いいよ。自慢のパパだよ。だからきっとあの人、パパの奥さんになってくれると思うよ」
「……なんでこんなに大人びてしまったんだか」
疲れたようにつぶやいた父は私の頭から手をどけた。そしてしゃがみこみ、私を覗き込んだ。
「これ以上格好悪いところはみせたくないから、行ってくる。……待っていてくれるか?」
「うん!」
私は大きくうなずく。
父も意を決したように頷くと、まだこちらを見ていた彼女の方へしっかりとした足取りでむかっていった。遠目でも父が照れたような顔で彼女に話しかけているのがわかる。彼女の方も顔を赤くしてうつむきながら何か頷いているようだ。
初々しいなーなんて思ってしまう、38歳。
◇◇◇
……とまあ、こんなことがありました!
思いっきり背中押したね、私。
この相手の女の人が、なんとまあ鏑木透という鏑木財閥の一人娘で、新進気鋭売出し中だった父と運命の出会いを果たし、次の年には再婚、という運びになったのだ。
はい、現実とゲームの違い。
結婚相手は変わらない。
結局、ここで声をかけなくても、ゲームでは主人公が中学生のときに、とある企業のパーティーで出会った父達がやっぱり一目惚れをして結婚という運びになるのだから。
ただ、結婚を許してもらう際、母の方の家は祖父母の経営の失敗のせいで立ち行かなくなっており、父の方が財閥をのっとるという形で祖父母を助ける事になる。
財閥名は残ったが、実質父の会社に合併されたようなもので、こんな形で助けられるのも、代わりに娘を差し出すみたいな形になってしまったのも祖父母は非常に不満だったらしい。
父側主導だったから、名前も小鳥遊のままだったし。 現実では父の会社が大きくなる前での結婚で、財閥の経営状態も悪くなる前だったから、普通に祖父母に気に入られ婿養子に入っている。
婿養子なので勿論名字は、鏑木に変わった。
最初思い出したとき、名字が違うことに実はかなりびっくりした。攻略キャラでもある兄の名前は『小鳥遊里織』だし、主人公の名前も『小鳥遊伊織』のはずだから。
どのタイミングで結婚するかで、どちらの姓を名乗ることになるのか変わるらしい。それもすごい話だ。
でも、これが大きく横道にそれた一番最初のフラグだと思う。間違いなく。
……でもあの時、背中を押さないという選択肢はなかった。
そのせいで、総ちゃんのイベントは起きてないし、私は歌という武器を得ることができなくなってしまった。
早々に鏑木にきたせいで、兄や誠司くんの性格もゲームとは違ってしまった。
いいことなのか悪いことなのか本当のところはよくわかっていない。
だけれどもだ。
もう一度同じ場面に出会ったとしても、きっと私は同じ行動をとるだろう。
すぐ目の前に、届く幸せがあるのなら絶対に手を伸ばしてほしい。
あきらめるなんてしてほしくない。
◇◇◇
いつの間にか、大学ノートはぎっしり文字で埋め尽くされていた。思いつくままに書いていたが、かえってわかりにくいかもしれない。
書いてある文字をもう一度読み返す。ディアスのこと、歌のこと。そして、総ちゃんのこと。
父と母の再婚までを読み返したところですこし考えた。おもむろに消しゴムを手に取り、総ちゃんと父たちの下りを消す。 なんとなく。消したくなった。それだけだ。
それから眠気に負けてしまった私は、結局大事なことを思い出せなかった。
ディアス真相ルートで、ネット上で噂されていたこと。
公式発表待ちと言われつつ、多分こうなんじゃないかという推察。
――――もしかして、この世界は。
でもそれですら、すでにフラグを折ってしまっていたことに私が気がつくのは、もっと後の話。
……もっとずっと後になってからのことだ。
説明ばかりでしたので、今日中に書き終われば、次も投稿します。
間に合うかな。
ありがとうございました。




