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演習 螺鈿の文箱  作者: たびー


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いとし子

たびーさんには「いつまでもこの手をはなせずにいる」で始まり、「何度だって伝えるよ」がどこかに入って、「それはとても素敵なことだね」で終わる物語を書いて欲しいです。

 #書き出しと終わり


 いつまでもこの手をはなせずにいる。

 赤い婚姻色が額に浮かび出たリーリヤが、托卵の乙女に選ばれたのは三年前。卵からかえった坊やは、すでに二歳。背中には鳥の国の民である証拠に、羽が生えている。

 自国と鳥の国が争いを始めて早や二十年が過ぎようとしていた。リーリヤが生まれる前からの争いは混迷を深めている。いつしか狂王は、鳥の国から卵を盗んできては托卵の乙女にそれを孵させる。

 ――三才まで育て、勝利を祈願し生贄として軍神にささげるために。

 逃げなければ。安全なところへと。つないだ手を離したくはなかった。けれど坊やの羽根は、鷹だ。きっと王族の血筋なのだ。生贄になどさせはしない。

 リーリヤは、住まいである尼院が見えなくなると、森の中で服を脱いだ。一糸まとわぬ姿で、リーリヤは短剣を手に取った。

 どうか、どうか、最後まで正気を保てますように。

 ポカンと見上げる坊やと目が合う。

 大丈夫、必ず鳥の国の砦まであなたを届けるから。わたしがわたしで無くなっても驚かないで。姿かたちが変わっても、何度だって伝えるよ。

 あなたが、大好き。

 リーリヤは頭の後ろの、長い金の三つ編み――生まれてから一度も切ったことのない髪に刃をあてた。

 ばさり、と金の束が地面に落ちる。

 リーリヤは炎のなかに突き落とされたように、身をよじり地面を転がった。体のなかを嵐が駆けめぐる。土をかきむしる爪が、徐々に鋭くなる。両手をついて、じりじりと上半身を両腕で持ち上げると、リーリヤは見事な虎に変わっていた。

 目を丸くする坊やに、一瞬胃が刺激される。ミルクの匂いがする柔らかい首を鋭い牙で食いちぎりたいという衝動に耐える。

 大丈夫、わたしはわたしを見失わない。

 虎になったリーリヤは坊やの服の背中を咥えると、猛然と駆け出した。木の根につまずかず、岩を飛び越え、鳥の国との国境線まで一気に駆ける。

 間もなく日が落ちた。暗闇の中でも、リーリヤの目は昼間と同じように周りが見えた。やがて、高い塔が木々の間から見え隠れする場所までたどりつく。

 ここからだ、とリーリヤはいちど坊やを下ろすと、疲れて半分眠った坊やの額に頭を寄せた。目覚めたときの、汗の匂いがする。この二年間、いつも一緒にいた。リーリヤは手縫いの服を坊やに着せ、尼僧たちの手を借りて沐浴や食事をさせてきた。

 ほんとうは抱きしめたい。けれど、虎の形をした今となってはそれは叶わぬことだ。

 ここからが勝負なのだ。砦には鳥の国の兵士たちが見張りに立っているだろう。リーリヤはその中に飛び込んで、そして。

 ――降り注ぐ矢羽が坊やに当たりませんように。それから、まだ飛んだことのない坊やが、どうか飛べますように。

 リーリヤは再び坊やを口に咥えると、一気に砦の下まで駆け寄った。

 兵士たちが驚く声がしたかと思うと、矢羽が唸りをあげて襲いかかってきた。リーリヤの背中は、突き刺さった矢羽でたちまち紅に染まった。

 痛みなど構わずリーリヤは頭を大きく振った。

 篝火が坊やの影を砦の壁に映す。兵士たちが息を飲む音が聞こえたような気がした。

 放りあげられた坊やの翼が、大きく開いた。

 見上げたリーリヤは笑っている。

 砦から飛び立った兵士が、坊やを抱きしめるのが見えた。

 もう大丈夫、そう思った刹那。

 だん。

 リーリヤの眉間深く、矢が突き刺さった。リーリヤは血を吐いて倒れた。

 生きて、坊や。大きくなって。争いをどうか終わらせて。

 争いが収まったなら、大きくなった坊やとまた手をつなぐの。

 ……ねえ、それはとても素敵なことだね。


ずーっと温めて書けずにいる『托卵の乙女』の冒頭の一場面。

あちこち説明不足ですが、習作ということで、すみませんm(__)m


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