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魔導書製造者  作者: 樹
それぞれの戦い
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不快

「土屋を助ける反論は認めない」


 戦闘における十部隊の隊長が集まっている緊急会議の席で僕はそう発言した。集まった全員はそれに反論はないようだ。


「でもあっちは結構強いよ?」

「あっちって何だ」

「解放軍『エンドカード』。到来機関と同じレジスタンスなんだけど…あっちは戦闘重視だからね。到来機関とはそりが合わないんだよ」


 どれだけ反乱がおきてるんだよ。コーホジーク。もう末期じゃないか。

 エンドカードはどうやら武装蜂起した奴隷らしく、一番大きな組織らしい。土屋を連れ去ったのは戦力として使うつもりだろう。

 まぁそんなことはさせないが。


「そういえば、フェルちゃんはどうしたの?君のそばにいないようだけど」

「エンドカードに潜入してもらってる」


 これはフェルと事前に打ち合わせていたことで、フェルは基本僕と土屋の護衛をしているのだがもしもの時は土屋のほうを重視してもらうように命令しておいた。だから今どこにいるのかも分かる。


「準備はできてるってことか…まぁこっちもここまでやられて黙ってるほど意気地なしじゃないし、なにより」


 キトルの言葉が途切れた瞬間、その場にいる僕を除いた十一人から背筋が凍るような殺気が感じられた。歴戦の傭兵のような殺気が部屋に充満し、それを代弁するようにキトルが立ち上がった。


「それでは、始めようか」


 全員が立ち上がり、それぞれ己の武器を掲げる。


「到来させよう。あいつらに、後悔を」


 僕たちは会議室を出て外で待っている傭兵たちの前に出る。


「行くよ」


 キトルの一言に、その場の全員が叫び声で反応した。



 気が付くと私は見知らぬ部屋にいた。そこには生活できるだけの器具がそろっておりまるで私の部屋のようだった。

 って、ここどこ!?


「そうだ…私、攫われて…」


 私は急いで部屋を見回し、窓がないこととドアが開かないことを確認してどうにかして他に出るところがないか確認をする。

 脱出は不可能っぽいね…初心の書は…


「失礼します」


 ガチャリといきなりドアが開いて誰かが入ってきた。私は魔導書を出すのをやめてそっちのほうを向く。

 入ってきたのは中年の男性だった。


「初めましてお嬢さん」

「誰ですか」

「そんなに警戒しないでください。わたしはこのエンドカードの長、ジョーカーと申します」


 ジョーカーさんは丁寧にお辞儀をした。しかし私はお辞儀をしようとせずむしろ警戒心をバリバリだしてジョーカーさんを睨む。ジョーカーさんはやれやれと首を振りため息をついた。

 なんだろう…この「やれやれ…」と言った感じは。なんかむかつくんだけど。


「わたしの目を見なさい」

「は?何を言って―」

「いいから、見なさい」


 ジョーカーさんはグッと私に顔を寄せてきた。私は後ろに下がるがなぜか目が離せない。

 だんだんと意識が曇ってきたような気がして…

 私が消えた気がした。



 戦艦時計に乗り込み適地であるエンドカードに向かう。エンドカードの船じゃこの時計にスピードではかなわない。

 僕は船内に潜伏しているフェルに連絡を取る。


「フェル、聞こえるか?」

『…すみま…通し…わ…』


 かなりノイズが混ざっていて声が聞き取りにくいが聞き取れないわけではないので通信を続けることにした。


「土屋はどうだ?」

『様…お…あ…』


 かなりノイズが強くなり全く聞こえなくなったが土屋の様子が変らしい。敵になにかやられたか。


「多分エンドカードの長であるジョーカーのスキルだね。『マリオネットワイヤー』。誰かを操る能力」

「随分とふざけたスキルだな…くだらない」


 吐き捨てるように呟く。

 なんだこの感じは。どうしようもない不安は。なんだっていうんだ。


「トーギくん」

「なんだ」

「君ってさ、ミツキちゃんのこと好きでしょ」

「まだその話か。今はそれどころじゃ」

「今だからだよ。大丈夫。誰にも聞かれてないから」


 確かに周りを見回してみても僕たちの話に聞き耳を立てている人間はいない。僕はキトルを見て、ため息をついた。


「分からないんだよ。この感情がな」

「どういう感情?」

「なんていうか…こう…不快だ。とてつもなく不快だ」

「なるほど。不快なんだ」


 キトルはそう呟いて遠い目をした。


「それはね、恋だよ」

「そうか?」

「そうだ。断言する」

「根拠は」

「僕がそうだったから」


 キトルは自分を指さして言った。


「僕は他人に心を開かせようとしなくてね。だから恋心と言うものが分からなかったんだ」


 キトルは何かを思い出すように呟く。


「でもある日、僕に構ってくる女の子がいてね。その子のことが最初は不快だったけどだんだん気になるようになって、だんだん惹かれていくような気がして、彼女がいなくなったときはどうしようもなく不安で、不快だった」


 今の君のようにね。とキトルは言った。

 そう言われても判断のしようがない。僕はこの気持ちを知らないのだから。どんな方程式にも化学反応にも文章でも成り立てないこの気持ちを知らないのだから。


「ま、おいおい分かるよ。とりあえず今の君はスタートラインに立ったんだ」


 キトルは嬉しそうに、自分のことのように嬉しそうに笑った。


「それじゃ、囚われのお姫様を助けてあいつらに自分たちがしたことの重みを思い出させてやろう」


 キトルは目の前に見え始めたエンドカードの船を見て全員に向かって叫ぶ。


「戦闘準備―全員、容赦するな」


 今まで聞いたことがないような声でそう言って、時計はエンドカードに追いついた。

 僕は天蛇の書を取り出し、ため息をつく。

 おいおい分かる、ね。

 僕は戦闘が始まらんとする最前線に向かう。


「上等だ」


 僕が小さくつぶやき、魔導書が光を放つ。

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